【時事問題】ワンピース単行本は配慮を欠いていたか?

6月16日朝日新聞の記事『ワンピース単行本「配慮欠いた」 横井庄一さん念頭表現「作者共々反省」』より

 週刊少年ジャンプ編集部は14日、人気漫画「ONE PIECE(ワンピース)」で配慮を欠いた表現があったとして、公式サイトで「作者共々反省しております」とのコメントを発表した。
 集英社広報部によると、問題の表現は4日発売の89巻にあった。作者の尾田栄一郎さんが表紙カバー裏のコメント欄で、「最後に一つ大皿にぽつんと残ってるからあげとかあるよね。あいつに名前をつける事にしました。横井軍曹と」などと書いた。太平洋戦争の終戦を知らずにグアム島の密林で28年間生き延びた元陸軍軍曹の故横井庄一さんのことを念頭に書いたという。これに対し、ネット上で「故人に失礼」などの批判が起きた。編集部は「より一層表現に留意して参ります」としている。


ネット上の批判というのがさっぱり理解できません。

横井庄一氏がグアムに残留した日本兵の最後の一人だったというのは事実です。大皿に残ったからあげと最後に残ったという共通点は確かにあります。

事実であっても失礼なもの言いというのはあり得ます。しかし尾田氏のコメントに、横井庄一氏が最後に残ったことを揶揄する様子はありません。尾田氏に限らず、日本人一般に残留日本兵が恥ずかしい存在という意識はないと思います。

どこにも失礼な要素はありません。

ネットで批判している人たちは、横井庄一の親族でもなんでもないのでしょう。無関係な人たちが「失礼だ」といって編集部に文句をいうのは、そちらの方が不謹慎だと思います。
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【展覧会】近代の日本画展

於:五島美術館

近代日本画の展覧会です。

横山大観、川合玉堂の絵が多数を占めていました。一番古い絵は、狩野芳崖の「烟巒溪漲」(明治13年)。新しいのは、川合玉堂の「春峡」(昭和31年)。

狩野芳崖の「烟巒溪漲」が気に入りました。

小さい建物なので点数は少ないのですが、客が少なく観覧しやすかったです。

【朝日新聞】どう思いますか:“議員候補者「男女均等」に違和感”

6月13日の朝日新聞朝刊の投書欄。毎週掲載の、投書に対する反響の投書を載せる「どう思いますか」のコーナー。テーマは、“議員候補者「男女均等」に違和感”です。

元の投稿は宮城県の無職の男性(76)の投書です。

(略)
国会で「政治分野における男女共同参画推進法案」が議論されているそうだ。女性議員を増やすため、男女の候補者の数ができる限り均等になることを目指すという。ただ、政党に女性候補者擁立を促す努力義務を課すというのは、なかなか強制的だと思う。
確かに男女平等の点からは良い考えであろう。国政でも地方議会でも女性議員が増えているとはいえ、まだ少数派だ。もっと女性の声が政治に届けられるべきだろう。
しかし、この法案が通ったら、優秀な男性の議員や立候補志望者を閉め出すことにならないか。国民の議員選択の自由を阻害し、政治が貧弱なものになるのではないか。だから、この法案に危惧の念を抱く。
政治家は、男性か女性かということの前に、まず人物本位、あるいは政治家としての資質で選ばれるべきだと思う。


一般からの反応は四通です。

大阪の翻訳業の女性(57)は、

(略)
女性の社会進出が進んだ今なお「女性は家事・育児を最優先すべきだ」という旧来の考え方は根強い。「家のことはどうする」といった周囲の圧力で立候補を断念する女性も多いだろう。資質を持ちながら、活躍の場を得られずに埋もれている女性は確実に存在する。「優秀な人物が締め出される」という懸念は、女性に関してはまさに現実のものなのである。
候補者を男女均等にせねばならないなら、政党も適性ある女性をもっと必死に探し始め、議会も女性が働きやすい環境を整えるようになるだろう。そのとき初めて、男女にかかわらず人物本位で政治家が選ばれるという理想が実現するのではないだろうか


現実に女性が差別されているのだから、法律で差別されている側(女性)を優遇して差別を解消せよ、という意見です。

しかし私には、女性がたくさん立候補して議員になったって、社会にはびこる女性に対する「旧来の考え方」が矯正されるという理屈がわかりません。

静岡県の無職の男性(85)(元学者のようです)は、女性には男性にはない視点があるのだから、という理由で元投書に反対しています。

これは、女性には男性が持っていない能力があるのだから、立候補者を半々にするのは正しい、という意見で論理的な整合性がとれた反対意見です。

神奈川県の主婦(41)は、元投書への反論ではなく、世間にある「議員を志す女性の発掘、育成に時間がかかる」という声に反論しています。そうした政治家志望者ではなく、普通に生活している人の中から人材を見つけるべき、という意見です。

しかし私には、政治家になりたいと思う段階でそれは「普通」ではなく、形を変えた政治家志望者に他ならないと思います。

東京都の男子高校生(16)は、元投書の意見に賛同しています。

(略)
私は、良い政治家が選ばれるなら、男も女も関係ないと思う。男女均等にすれば、政治が男女平等になるという確証はどこにあろうか。まして性別がどちらともつかぬことだってあるのだ。
そもそも、男女差別の原因は、こうした男女を分けて考えるところにあろう。差別の原因がどっちの側にあると言っていては、性の溝はいつまでも埋まらない。性別に関係なく、個人を寛容に認められる心が差別をなくす唯一の方法ではないだろうか。
男女平等という制度によって解決しようとするのは、いささか強引であると思う。上からの力よりも、市民一人ひとりの心がけが真の解決につながると思う。


若いのにたいへんロジカルで説得力のある文章です。感心しました。

さて、識者の枠ですが、今回は服飾評論家のピーコ氏です。

政治家をどう選ぶかという点で議論しているのに、服飾評論家が識者として登場するのは違和感があります。実際内容も違和感だらけでした。

今の国会に優秀な男の人ってどれだけいるの?安倍(晋三)さんに声を上げる自民党議員なんて、石破(茂)さんや村上(誠一郎)さんぐらいじゃない。男の人に過度に期待するのは幻想だと思う。
極端に男が多いと政治がいびつになるから、女性が増えるのは良いけれど、東大出とか弁護士、医者ばかりじゃだめ。男の人とは違った目で政治を見つめられる、普通の生活をしていた女の人が立候補できるようにしてほしい。
でも、法律はできたけど、どこまで本気なの。「3人以上の子供を産み育てていただきたい」なんて発言を聞くと、落ちそうな女の人を候補者にするんじゃないかと思ってしまう。本気で女性議員を増やしたいなら、比例名簿の上位は女の人を優先するぐらいしないと。受かりやすくなったら、女の人だってもっと立候補してくるって。


元投書は、男一般は優秀なのに立候補できないのは問題、と言っているのではありません。男の中の一部の優秀な人が男女平等参画推進法で閉め出される、という問題提起です。ピーコ氏の誤読です。

また、安倍首相にものを言えるのは優秀さとはあまり関係ありません。第一に意見が違うからという理由です。第二に、政治力の問題で、総理総裁に下手なことをいっても大丈夫な立ち位置でないと言えません。

ピーコ氏は安倍首相が好きでないのかもしれませんが、安倍首相にものを言わない議員が優秀でない、というのは正しくありません。

一般の反応はどれもきちんとした意見だったのに、識者の枠(で書いている一般人)がレベルを下げているように感じました。

【雑記】「罪と罰」を読んでいた犯人

5月9日、東海道新幹線の車内で鉈を持った22歳の男が暴れ乗客3名が死傷するという事件が起きました。

鉈と聞いて嫌な予感がしました。

アニメ化されたゲーム「ひぐらしのなく頃に」でヒロインが振り回しているのが鉈です。猟奇事件が起きると、いつもやり玉にあげられる「ひぐらし」だけに、今回は鉈まで出てきたので、今回もかと観念していました。

ところが予感は外れました。いまのところ犯人がアニメオタクという情報はありません。それどころか「罪と罰」を愛読していて、蔵書の中には塩野 七生もありました。まずまず知的な精神生活を送っていたみたいです。

よくよく考えればアニメを観て鉈を振りまわす人間がいるなら、「罪と罰」を読んで犯罪に走る人間がいたって不思議ではありません。しかし、”「罪と罰」の悪影響だ”とは言いにくい雰囲気が社会にはあります。それどころか、今週の週刊文春の記事では、中学生時代にアニメに夢中だった云々という、記述までありました。犯人の年齢から考えて、中学生でアニメを観ているのは不思議ではない時代ですので、牽強付会の度が過ぎます。

「ひぐらしのなく頃に」や「罪と罰」で犯罪者が生まれるのかどうかは知りません。しかし理解できない犯罪者が出現した理由を短絡的な理由付けで納得して踏み込んで考えなくなることは問題です。それもアニメが原因となら言ってもいいが文学作品が原因とは言えない、というのは知的不誠実です。

【雑記】日本の「ジャック・サマースビー」

1993年に公開された映画に「ジャック・サマースビー」(主演:リチャード・ギア、ジョディ・フォスター)というのがあります。あらすじは

南北戦争終結直後の1860年代後半のアメリカ南部・テネシー州の小さな村。南北戦争に出征していた農園経営者のジャック・サマースビーが6年ぶりに戻ってきた。戦死したと思っていた妻のローレルや村人たちは困惑を隠せない。以前は冷酷な性格で周りから嫌われていたジャックだったが、帰郷後は別人のように周囲との協調を図ったりローレルに深い愛情を注ぐようになる。
(ウィキペディア)


この映画を観たときは、”いくらなんでも別人が亭主を名乗ったって信じるわけないだろう。リアリティーなさすぎ”、と思いました。ところが、実際にあった事件を下敷きにしたものだと知り驚愕しました。

16世紀フランスの田舎で、失踪していた亭主を名乗る男が妻の元に帰還。二人は仲睦まじく暮らし子供まで授かりますが、財産分与のことで親戚と争いになり、偽物だと告発されます。裁判になりますが、証拠不十分で無罪になる寸前に、本物の亭主が現れ、にせ亭主は死罪となりました。この出来事は映画化され(日本未公開)、それを南北戦争時代のアメリカに置き換えてリメイクしたのが「ジャック・サマースビー」となります。

さて、6月13日朝日新聞に『遺体、別の家族に引き渡し 「死亡男性」現れ発覚 警視庁』という記事が載りました。

 警視庁は12日、東京都内で見つかった男性の遺体を、無関係の家族に引き渡していたと発表した。死亡したとされた男性が今年、親族の家に現れたことで誤りが発覚した。
 刑事総務課によると、昨年6月下旬、東京都葛飾区の江戸川で意識不明の男性が見つかり、死亡が確認された。亀有署は、この3日前に行方不明者届が出ていた千葉県松戸市の40代の男性と特徴が似ていたため、男性の親族3人に確認を依頼。3人が「間違いない」と話したため、遺体を引き渡した。遺体は火葬されたという。
 しかし、今年5月、この男性が親族の家を訪れたため、親族が今月6日、同署に連絡。署が改めて残っていた指紋などで確認し、遺体の身元は東京都内の30代男性と判明した。親族らが顔を見て身元確認ができたと判断した場合は、指紋やDNA型の照合はしていないという。同庁は死亡した男性の遺族らに経緯を説明し、遺骨を引き渡す手続きを始めたという。


生きている人間を家族と間違えることに比べれば遺体を家族と見誤ることぐらいなんでもないのですが、それでも驚いてしまいます。

三人で確認した、というのがミソなのでしょう。一人だったら責任をもって確認するのですが、三人で行って連れの二人が家族だと言い出したら内心変だと思っても口にだせない、というのが全員に起きたのではないでしょうか。

ところで、私の仕事であるコンピュータ業界では、オペレーションミスというのがしばしば起きます。そのたびに業務改善として、複数人の目でチェックしよう、などと言っているのですがいっこうに効果が見えません。もうしかしたら効果がないどころか、”隣の人が自信を持っているみたいだからいいのかな”と互いに思っていて逆効果になっているのかもしれません。
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えいび

Author:えいび
日々の出来事、映画やアニメの感想です。

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