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【雑記】アンコンシャス・バイアス

12月5日朝日新聞朝刊の記事を引用します。

労働組合の中央組織・連合が、職場や日常生活での「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」について組合員など約5万人に尋ねたところ、何らかの形で「思いあたる」人が95%に上った。性別や働き方などに対する思い込みの根強さが浮き彫りになった。
(略)


連合のページにあったので試してみました。性別や年代を入力して設問に答える形です。
ここです。

送信すると、「アンコンシャス・バイアス」の説明のページに移行するだけで、”あなたは極度の偏見の持ち主です!”みたいな診断結果は出てきません。

設問は以下の通りです。

1)非正規雇用で働く人は、自分で望んで、その働き方を選択していると思う
2)「普通は〇〇だ」「それって常識だ」と思うことがある
3)育児中の社員・職員に負荷の高い業務は無理と思ってしまう
4)上司より先に部下が帰るのは失礼だと思う
5)体力的にハードな仕事を女性に頼むのは可哀そうだと思う
6)外国人労働者は日本の企業文化にあうのか、つい心配になる
7)病気治療しながら働いている人をみると、仕事をやめて治療に専念した方が良いと思う
8)DV(ドメスティック・バイオレンス)と聞くと男性が暴力をはたらいていると想像する(女性を想像しない)
9)LGBTの人は一部の職業に偏っていて、普通の職場にはいないと思う
10)「多様性」と聞くと、全ての違いを、なんでも受け入れなければならないことだと思う
11)パートタイマーは、「主婦が家計補助のために働いている」というイメージがある
12)介護しながら働くのは難しいと思う
13)お茶出し、受付対応、事務職、保育士というと、女性を思い浮かべる
14)年配(高齢者)の人は頭が堅く、多様な働き方への融通が利かないと思ってしまう
15)LGBTであると聞くと、戸惑いを感じてしまう
16)「親が単身赴任中」というと、父親を想像する(母親を想像しない)
17)定時で帰る人は、やる気がないと思う
18)障がいのある人は、簡単な仕事しかできない、あるいは働くのが難しいだろうと思う
19)外国人労働者をみると、出稼ぎなど、一時的な滞在者だと思う
20)こどもが病気になったときは母親が休んだほうがいいと思う


私がどう答えたかというと
1)は、そういう人もいればそうでない人もいると思います。答えようがない設問なので、チェックしませんでした(=「いいえ」と回答)。

2)は、「はい」です。”普通はこうだろう”という推測をたてるのは人間の能力です。

3)は、「はい」です。それぞれの社員の生活環境に合わせて仕事を割り振るのは当然です。

4)は、「いいえ」です。私は平気で帰ります。

5)は、「はい」です。重いものを持たせたりはできません。

6)は、「はい」です。実際合わない外国社員を何人も見てきました。

7)は、「はい」です。実際にそんな大病の人を見たことはないですが、見たらそう思うでしょう。命と仕事(つまりサラリー)のどちらが大事かと言えば、当然命が大事です。

8)は、「はい」です。女性の加害者もいますが、圧倒的に男が加害者になることが多いはずです。

9)は、「いいえ」です。もしかしたらファッション関係とかには多いのかもしれませんが、他の職場にいてもおかしくないと思います。

10)は、答えにくいのでチェックしませんでした。つまり「いいえ」です。「多様性」という言葉を作った人に訊いてほしいです・・・・・・

11)は、「はい」です。そういう人が多いと思っています。

12)は、「はい」です。私も経験者ですが、簡単ではありません。

13)は、「はい」です。経験上、女性の方が多いです。

14)は、「はい」です。経験上、年配社員は手に負えないことが多いです。

15)は、「はい」です。実際に経験はありませんが、職場でわざわざそういうことを打ち明けるという心のありように戸惑うでしょう。LGBTに偏見があるわけではありません。

16)は、「はい」です。実体験で男の単身赴任しか知りません。

17)は、「はい」です。私は定時で帰るようにしていますし、そのために努力しています。しかし、仕事に命をかけるようなやる気があるかと訊かれると、ありません。

18)は、「はい」です。障害の内容、程度によって”ハンディキャップ”が生じるのは仕方ありませんし、それを恥じる必要はないと思います。

19)は、「いいえ」です。むしろ、ずっと居座るつもりかな、と思ってしまいます。

20)は、「はい」です。自分の子供時代を想像しても、父親に看病してもらいたいとは思いません。

結構「はい」が多いので、おそらく偏見まみれと診断されることでしょう。
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【雑記】こんどは「国境なき医師団」

国連WFP(世界食糧計画)からプレゼント付きの寄付のお願いがきたことを記事にしたことがあります。

先日、似たようなのが「国境なき医師団」から来ました。ボールペンとポストカード2枚が入っていました。

ボールペンはWFPのとは違って名前の刻印はありませんでしたが、クルスマス仕様なのか雪だるまやツリーのイラストがあしらったものです。

ポストカードは、ボールペンと同じイラストのと煙突のある一軒家に雪がふりつのり遠くから兎がながめているというイラストです。ただ、このポストカードの紙質が悪いからか同封のボールペンの圧力に負けてひん曲がっていました。とても人には送れません。

安物かもしれませんが、寄付するかわからない人間にまで配るというのは相当なコストがかかります。まったくの無駄遣いです、

「あなたのご支援により・・・」「5000円で100人のマラリア検査」とか「10,000円で300食の栄養治療食」とか書いていますが、嘘でしょう。5000円や10,000円の一部は先進国の裕福な誰かにおくるボールペン代になっているはずです。

組織自体は立派の活動をしているのだとは思いますが、なじめないものを感じます。

他の人がどう思うかは分かりませんが、私は寄付をする気をまったく持てませんでした。

参)【雑記】WFPのノーベル平和賞受賞

【雑記】WFPのノーベル平和賞受賞


国連WFP(世界食糧計画)が今年のノーベル平和賞を受賞しました。

ノーベル平和賞を受けるぐらいですから、世界の食糧危機撲滅に大いに貢献している組織なのだろうなとは思います。

しかし、このWFPという組織には別の思い出があります。

2、3カ月前にこのWFPから私のところに寄付金のお願いが来ました。寄付のお願いは時々受け取りますし、まれに寄付をすることもあります。ただこの時のダイレクトメールはほかのとは違ったところがありました。プレゼントが入っていたのです。

トートバッグと買い物の備忘録に使うようなメモ帳と名前入りのボールペンです。名前入りというのは「WFP」という組織名ではなく、私の本名でした。つまり送り先別にそれぞれ刻印したものです。

寄付するかどうかも分からない人間に、これらの物品を提供するとなると相当なコストがかかるはずです。寄付した額の多くがこうした物品の購入資金や事務局の手数料に化けてしまうのでしょう。

このプレゼントを見て寄付をする気は失せました。

そもそも私の個人情報はどこから手に入れたのでしょう。他の団体への寄付リストが流用しているのではと思います。悪用とまではいいませんが、個人情報保護の観点から疑問です。

立派な活動をしているのだとは思いますが、なじめないものを感じました。

【雑記】詐欺(?)電話

本日夕方に自宅の電話が鳴りました。

電話をとると、自動音声の声で”こちらは東京都です。蓄電池の補助金のお知らせです・・・”といった内容をしゃべりだしました。

長くなりそうだし、興味もないし、そもそもかけてきた側が自動音声というのは無礼だと思うので、ガチャ切りしました。ちょっと気になったのでネットで調べてみました。

結果、電詐欺の電話らしいです。すくなくとも東京都ではこういう電話案内はしていません。

電話をそのまま聞いていると、75歳以上か以下かを訊かれ、プッシュボタンを押させるとのことです。おそらく情報を集めているのでしょう。年寄りだけと思われたら強盗にくるのかもしれません。

強盗団もいろいろ考えるものですね。

【雑記】「星野君の二塁打」

昨日触れた朝日新聞社説余説の「脱メダル至上主義で行こう」で、引用しなかった部分で児童文学の「星野君の二塁打」なるものが紹介されていました。

(略)
小学校の道徳で定番だった「星野君の二塁打」を思い出す。道徳が「特別の教科」となり、改めて関心を集めた文章だ。
 同点で迎えた最終回、主人公は監督のバントの指示にそむいて二塁打を放ち、勝利の立役者になった。それなのに、「規則」を破りチームの統制を乱したという理由で、監督から厳しく叱責される。
 教科書は監督の行動に肯定的だが、最近の教育現場やスポーツ関係者からは批判が多い。とくに気になるのは個人の判断が良い結果を残しても、決まりを守らず、義務を果たしていないと批判され、しかられて当然、とされることだろう。組織の規律や利益を一方的に重視すれば、スポーツはおのずと窮屈になる。
 さらに言えば、監督の指示を絶対視するのはおかしいのではないか。作戦には成功も失敗もある。臨機応変であっていい。変化する状況の中で自ら考え、判断をする力を育むことが大切だ。ひたすら指示に従わせることは自由な発想や自立の芽を摘むことになる。
(略)


私は学校の道徳の授業でこの小説を読んだ記憶はありませんが、今回全文をネットで読むことができました。文学としての良し悪しではなく道徳の教材としてどう考えたかの私見です。


基本は、監督の指示に従うのが正しいのだと思います。従わなくていいなら監督というものが不要です。しかしすべての場面で、一挙手一投足を監督が指示するというのが現実的ではありません。ある程度は任せる部分があるのは当然です。

しかし、この場面は明確にバントの指示が出ていますので、破った選手は統制を乱したことになります。

窮屈だろうがなんだろうが、指示に背いたという事実に変わりはありません。


ただ、野球はゲームですので、楽しんで試合をして負けたら負けたで悔しいけれど仕方がない、という一面があります。

なんでもかんでも監督の指示通りにしなければいけないなら、楽しくはないでしょう。


これが仮に戦闘中の軍隊だったとします。陣地を防衛せよ、という命令を無視して敵陣に攻撃をして、それが原因で全軍敗走となったら、悔しいでは済みません。

現場の判断を神聖視して、命令違反をするのは極めて危険です。

この物語で学んだ子供たちが戦争に行くわけではありませんが、現実世界に出て直面する問題には、悔しいで済まないものがたくさんあります。


物語の中で選手が納得していないらしいのは、結果的にバントの指示を無視したことで試合に勝ったということです。

しかし、現実世界の問題は、必ずしも明確に結果がでるようなものではありません。

どういう基準で判断するか、どのタイミングで判断するか、というのが明確になっているわけではないのです。

野球の勝ち負けのような単純明快なものの方が少数です。


スポーツ選手としてこの振る舞いが正しいのかどうかは判断に悩みます。

しかし現実世界なら、基本上からの命令には従うべきで、それが納得できないなら、理由をあげて上と交渉することが望ましいと考えます。
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えいび

Author:えいび
日々の出来事、映画やアニメの感想です。

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