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【朝日新聞】同盟を解消するなら口も出せません

4月7日朝日新聞朝刊オピニオン欄。「耕論」のコーナー。米保守派重鎮のパット・ブキャナン氏の『「我々は参戦しない」の精神』より

(略)
 「米国第一」でまず重要なのが国境防衛です。92年の共和党綱領には私が訴えた「国境を防衛するために必要な構造物」の建設という一文が挿入され、「ブキャナン・フェンス」と呼ばれました。諸外国との同盟関係を解消し、海外駐留米軍を米国に帰還させることも重要です。
(略)
 一方、トランプ氏が米国の同盟国に「負担を増やすべきだ」と要求しているのは極めて正しいことです。北大西洋条約機構(NATO)加盟国の多くは防衛費を国内総生産(GDP)の2%に上げる目標を達成しておらず、日本もGDPのたった1%程度しか防衛費を負担していません。最大の問題は、我々が今後もこのような同盟を維持する必要が本当にあるかということです。
 NATOの中の1カ国でも攻撃を受けたら我々は参戦せざるをえない。これはアジアにもあてはまります。我々はこうした外国のために戦争をするという約束を、いつまで守る必要があるのでしょう。南シナ海のスプラトリー(南沙)諸島をめぐって中国はフィリピンやベトナムと対立し、東シナ海の尖閣諸島をめぐっても日本と対立しています。しかし、米国はこれらの島々の防衛のために戦争しなければいけないのでしょうか。「米国は戦争をしない」という点を私は明確にしておくべきだと考えています。(聞き手・園田耕司)


同盟は双方の合意で成り立っているのですから、片方が解消したいといえばそれで解消されます。米国が同盟を解消して駐留米軍を引き揚げたいというのであれば、それを止めるすべはありません。

しかし、同盟を解消した場合、元同盟国に防衛費をGDP比2%にしろとか指図することはできません。友好国に踏みとどまったとしても他国なのですから、安全保障について口ははさめません。

ブキャナン氏の主張のおかしなところは、他所の国の戦争に巻き込まれたくないといいながら米国を盟主とした地位は保持したがっているところです。

どの(元)同盟国もそんなことは認めないでしょう。

これが米国の保守派重鎮の理論だと思うと頭がクラクラします。
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【朝日新聞】布マスク配布案

4月2日朝日新聞の記事『布マスクは有効? WHOは「どんな状況でも勧めない」』より

 新型コロナウイルスの感染拡大防止の一環で、安倍晋三首相が洗濯して繰り返し使える布マスクを5千万余りある全世帯に2枚ずつ配る方針を表明した。布マスクの効用をめぐっては、専門家の間でも懐疑的な見方が多い。
(略)
 5年前に英国の医学誌に発表された論文では、1607人の医療従事者を、医療用マスクをつける人、布マスクをつける人、マスクをつけたり外したりする人にわけて感染リスクを比べたところ、布マスクをつけた人がもっとも呼吸器疾患やインフルエンザ症状を示した人が多かったという。
 WHO(世界保健機関)は、新型コロナ感染拡大期における布マスク使用について「いかなる状況においても勧めない」と助言している。
(略) 
(岡崎明子)


記事からは安倍政権のやることにはなんでもいちゃもんをつけなければ気が済まないという意思を感じます。

英国の医学誌の論文は、医療用マスクをつけたグループ、布マスクをつけたグループ、(おそらく)医療用マスクをつけたり外したりしたグループにわけて観察すると、布マスクの予防効果が低かった、というものです。

しかし今問題とすべきなのは、布マスクをつけたグループと何もつけなかったグループでごれだけの差があるのかということです。そこに差がないなら、布マスクなんか配っても無駄だ、ただの気休めにしかならない、と言えます。

しかし英国の医学誌の実験はそういうものではありません。したがって、それを根拠に布マスクを配るのは意味がないとは言えません。

【朝日新聞】新型コロナによる休校要請

3月25日朝日新聞朝刊オピニオン。「多事奏論」のコーナー。高橋純子編集委員の『コロナと国難 「引っ込み思案」じゃ困ります』

(略)
 「全ての小中学校、高校、特別支援学校に、来週から臨時休業を要請します」
 休校要請を知った時、2人の子を持つ同僚は足の力が抜け、下の子と手をつないだまま、その場にストンとへたり込んでしまったという。仕事と育児の両立が難しいのはもとより、いい担任の先生と出会って、子どもの確かな成長を感じて喜んでいたのに、こんな形で断たれてしまうのか、と。
 私は不思議で仕方がない。これほど重大な判断を、首相はどうして会議の席で、紙を読み上げるような格好で、さらりと言ってのけることができたのだろうか。すぐに会見を開いて、そう判断するに至った理由を説明し、言葉を尽くして理解と協力を求めたり、疑問に答えたりしようとは考えなかったのだろうか……と、とりあえず疑問形でつづってみたが、実はすっかり腑に落ちている。2014年、集団的自衛権の行使容認を表明する首相会見で示された、赤ちゃんを抱く母親に寄り添う子どものイラストを見た時、私は思った。薄っぺらな母子のイメージをこれほど雑に利用してのけるのは、女を、子を、そして子育てを、本当のところはナメているのだろうと。
 「断腸の思いだ」。休校要請の翌々日にようやく開いた会見で首相は釈明したが、そんな2日前の日記を読み上げられたところでいったい何になるというのだ。
 あの日、多くの親たちが不安と困惑の渦に放り込まれた。経済的、社会的に厳しい立場にある人は、より激しい渦へと。それを「あとは自助努力でよろしく」とばかりに放置した首相は、一国のリーダーとしての資質を欠いていると言わざるを得ない。
(略) 


安倍総理の休校要請で子育てと仕事の両立をしている人たちが困った、という話です。それはそれでわからなくもありません。家に子どもだけで置いておくのは心配だというのは納得できます。

しかし、この要請で安倍首相を「一国のリーダーとしての資質を欠いている」と評するのは暴論です。

今回の新型コロナによる休校要請以前にも、インフルエンザで学級閉鎖、学校閉鎖は普通にありました。これは総理大臣が要請したのではなく、おそらくそれぞれの学校できめたか教育委員会にはかって決めたのでしょう。

インフルエンザで子供が学校に行けなくなった時も、子育てと仕事の両方をしている親は困ったはずです。今回だけ特に困る理由はなにもありません。

インフルエンザの学級閉鎖に文句を言わないのに、今回の休校で「一国のリーダーとしての資質」を問うのは、単に安倍首相の悪口を言いたいからだと思います。

【朝日新聞】新型コロナ

3月25日朝日新聞朝刊オピニオン欄。世界エイズ・結核・マラリア対策基金戦略投資効果局長の國井修氏のインタビュー記事です。

(略)
--ではどう感じたのですか
「途上国では新型コロナ以上の威力を持つ病原体が多く流行してきましたが、世界はそれほど真剣に取り組んできませんでした。それが主要7ヵ国(G7)が当事者になるとこんな反応になるんだなと。少し冷静に見ています」
--先進国が無関心だったと?
「1990年代に現地調査に行ったアフリカのエボラ出血熱を思い出します。当時、致死率は90%以上ともいわれましたが、薬の開発や資金協力を訴えても、先進国はそれほど本気になりませんでした。先進国で流行しない限り、製薬会社や研究者もあまり関心をもたないのです。ソマリアにいた時も内戦と干ばつに加えて、コレラが大流行しまいたが、国際社会からの十分な支援はもらえませんでした。」
(略)
--WHOが当初「推奨しない」とした海外への渡航制限も結局、各国が乗り出しました。
「病原体の流入を防ぐことはできませんが、感染拡大を遅らせる効果はあるかもしれないということで、科学的判断というより政治的判断だと思います。こうした強硬な対策は今後・その効果をきちんと評価・分析し、社会・経済的損失とのバランスをよく検討する必要があります」
(略)



感染症と闘う国際基金からすれば、アフリカで流行したエボラ出血熱も世界で流行している新型コロナも、感染症という点では同じです。致死率やら感染能力で関心の差が生まれても、先進国で流行しているからといって特に重大とは考えないというのはわかります。

しかし国家は自国民を守るためにあるのですから、自国に降りかかった感染症とあまり関りのない遠くの国の感染所で真剣度が違うというのは当たりまえです。それを道義的に非難しても無意味です。

疑問を感じるのは、新型コロナよりはるかに多くの死者を毎年出しているインフルエンザには特別注意を払わないことです。イベント中止要請も、国境封鎖も、全国一斉休校もありません。

よく聞くのが、インフルエンザには予防注射もあるし薬もあるので新型コロナとは違う、という説明です。

しかしインフルエンザの予防注射をしても絶対にかからないわけではありません。薬を飲んでも死ぬ人は死にます。インフルエンザでも新型コロナでも、死の危険があることにかわりありません。

遠い国の感染症と自国に入ってきた感染症で対応が違うのは不思議ではありませんが、同じように流行しているインフルエンザと新型コロナで扱いの差がある理由が私にはよくわかりません。


WHOが推奨しない国境封鎖を各国がやっているのは各国はWHOの言うことを重んじていないからですし、「感染拡大を遅らせる効果はあるかもしれない」なら、科学的判断として間違っていません。

時間がたてば有効な対策が生まれるかもしれませんし、一時期に患者が爆発的に増えることを抑制できます。

WHOがなんで推奨しないのか理解できません。

【朝日新聞】私権制限の法律

3月20日朝日新聞朝刊「文化・文芸」欄。政治社会学者の堀内進之介氏へのインタビュー記事「私権制限、どこまで許される」は、新型コロナウイルス対策として改正された「新型インフルエンザ等対策特別措置法」についてです。

移動や集会、経済活動といった私権を制約する法律の問題点を訊いています。

(略)
政治思想史を振り返ると、民主主義と緊急事態条項のような国の権力行使は両立するという議論もあった。イタリアの思想家マキャベリが法治の停止に懸念を示したのに対し、英国の思想家ジョン・ロックは危機を乗り越えるために一時的に「大権」を発動する必要性を論じた。今に始まった話ではなく、繰り返し問われてきた問題だ。
(略)
共和制ローマにならった原則三つに照らすと、問題点が見えてくる。まず法改正で可能になった緊急事態は最長で2年まで延長できる。また、もともと政権を批判する声があるのに根拠に基づく説明が不足していおり、検証する仕組みも不十分。緊急時に大きな権力行使を認める共和主義の立場からみても、政権が何を守ろうとして私権を制限しようとしているのかが明瞭ではない。マキャベリもロックも反対するのでは
(略)


政治思想史のうんちくが語られていますが、あまり感銘を受けません。

非常時にはある程度の私権の制限は仕方ないことだと思います。しかし、政府が勝手に振る舞えるようにするのも怖いことです。したがって、今の日本の政府が一線を超えている、あるいは超えそうな場合にはおおいに警鐘を鳴らすべきです。

しかし今回の騒ぎで分かったのは「新型インフルエンザ等対策特別措置法」程度のことは欧米では常識的に行っているということです。イタリアでも米カルフォルニア州でも外出禁止令がでていますし、イギリスでは飲食店閉鎖令がでました。

これらの法律も、堀内氏からみれば不適当なものなのでしょうか。それとも欧米の法律と日本の「新型インフルエンザ等対策特別措置法」には質的になにか違うものがあるのでしょうか。

別に欧米でやっているから日本もやっていいとは言いません。しかし、日本だけが私権を制限する法律をつくって暴走しているということと、民主主義国の多くが暴走しているということは質的に違います。

うんちくも結構ですが、学者にききたいのはそういう実際的な知識です。
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えいび

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日々の出来事、映画やアニメの感想です。

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