【朝日新聞】儒学思想を政治に生かせるのか?

6月20日朝日新聞朝刊オピニオン欄。中国人民大学教授・康暁光氏のインタビュー記事「中国、儒学思想を政治に」より。

 ――中国の政治に、儒学的な思想を織り込む「儒家憲政」の必要性を主張されていますね。そもそも今の中国で儒学思想はどれほどなじみがあるのでしょう。
 「小中学校、大学で儒学を扱うことが増えています。テレビにも数多くの番組があります。それよりも、中国の若者の間で意外な現象がみられます。彼らは米国映画を好み、米国人のような服装を着ていますが、深層の考え方はたいへん儒学的で、個人主義的な傾向はあまりみられないのです」
 「ある調査で『個人は独立した主体。誰も他人の道具、手段になってはならない』、『社会は調和させる必要がある。家庭、社会抜きに個人は存立しない』のどちらを選ぶか聞くと、大半は後者でした。中国社会は儒学的なのです」
(略)
 「現代の中国は市場経済です。これはトウ小平の貢献です。もはやスターリンや毛沢東の計画経済に後戻りすることは不可能でしょう。これが大前提。市場経済に最も適合するのは、憲法に基づく政治、憲政です。中国の文化の主流は儒学思想だから、『儒家憲政』が必要だと思うのです」
(略) 
 ――「儒家憲政」は、具体的な制度を伴うのですか。
 「『儒家法院』という司法機関が必要になります。これが私の理論の核心です。中国の歴史と文化について深い知識がある儒学者らによって構成され、憲法と儒学の古典を踏まえながら審査する。これは主に過去の人々を代表し、現在の行動を審判するものです」
 ――儒家法院と、ふつうの裁判所の関係はどうなるのでしょう。
 「立法、行政、司法の上位にあって監視する立場です。他国にある憲法裁判所に似たものと考えればいいと思います」
(略)
 ――儒学の考え方を本当に今の政治に生かせますか。
 「儒学思想の『礼』は普遍的なものです。礼は制度、今の言葉でいえば法律です。礼を理解しないこと、守らないことは戒められます。今でいう法律の尊重という面で、儒学は明確な根拠を与えているわけです。儒学思想から現代の憲政の核心概念へと発展させ、両者はしっかりと結び付けることができる。人権、法治、国家主権。深くつながります。儒学の理想は古代には必ずしも実現できませんでした。憲政と結びつくことで現実となりました。中国にとって唯一の政治の道と信じます」
(略)
 ――もし、中国で過激な指導者が選ばれ、国の方向を誤ったら?
 「その人の政策が儒学思想に反するなら、儒家法院によって厳しい裁きを受けるでしょう。ふさわしくない政策は廃止されます。通常の憲政のもとでも、人権を踏みにじる政策は否定されますね。それと同じように、儒家憲政のもとでは儒学の価値観で判断が下されます。民族主権の考え方によって、過去と未来に責任を負う。儒学思想によって、現在を生きる人々が制約されるわけです」
 「かつては良い政治を求めるなら、良い君主の出現を期待するしかなかった。良い君主を持つには、教育して、徳を身につけてもらうしかなかった。現代は、悪い統治者が出てきたら代えることができる。より有効な政治制度が可能になっているのです」


『個人は独立した主体。誰も他人の道具、手段になってはならない』と『社会は調和させる必要がある。家庭、社会抜きに個人は存立しない』を選ばせたら、後者の方が多かったから中国では儒教が生きているという理屈はおかしいです。

この設問は、個人主義か全体主義(あるいは集団主義)のどちらかを選ばせています。ファシズムだって共産主義だって全体主義です。これだけでは儒教の影響なのか共産主義の影響なのか判断できません。

それよりわからないのは、「儒家憲政」の実態です。具体的なイメージがさっぱりわかりません。儒家法院なるもののメンバーが公正な方法で選定されるかという核心がぼやけています。

それに、私の理解では儒教の本質は忠孝の思想です。忠孝の思想で国家を安定させられるというのは、前提として皇帝が世襲で、臣下も基本的に世襲だからです。

時代錯誤の意見だと思います。
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【朝日新聞】どう思いますか:“議員候補者「男女均等」に違和感”

6月13日の朝日新聞朝刊の投書欄。毎週掲載の、投書に対する反響の投書を載せる「どう思いますか」のコーナー。テーマは、“議員候補者「男女均等」に違和感”です。

元の投稿は宮城県の無職の男性(76)の投書です。

(略)
国会で「政治分野における男女共同参画推進法案」が議論されているそうだ。女性議員を増やすため、男女の候補者の数ができる限り均等になることを目指すという。ただ、政党に女性候補者擁立を促す努力義務を課すというのは、なかなか強制的だと思う。
確かに男女平等の点からは良い考えであろう。国政でも地方議会でも女性議員が増えているとはいえ、まだ少数派だ。もっと女性の声が政治に届けられるべきだろう。
しかし、この法案が通ったら、優秀な男性の議員や立候補志望者を閉め出すことにならないか。国民の議員選択の自由を阻害し、政治が貧弱なものになるのではないか。だから、この法案に危惧の念を抱く。
政治家は、男性か女性かということの前に、まず人物本位、あるいは政治家としての資質で選ばれるべきだと思う。


一般からの反応は四通です。

大阪の翻訳業の女性(57)は、

(略)
女性の社会進出が進んだ今なお「女性は家事・育児を最優先すべきだ」という旧来の考え方は根強い。「家のことはどうする」といった周囲の圧力で立候補を断念する女性も多いだろう。資質を持ちながら、活躍の場を得られずに埋もれている女性は確実に存在する。「優秀な人物が締め出される」という懸念は、女性に関してはまさに現実のものなのである。
候補者を男女均等にせねばならないなら、政党も適性ある女性をもっと必死に探し始め、議会も女性が働きやすい環境を整えるようになるだろう。そのとき初めて、男女にかかわらず人物本位で政治家が選ばれるという理想が実現するのではないだろうか


現実に女性が差別されているのだから、法律で差別されている側(女性)を優遇して差別を解消せよ、という意見です。

しかし私には、女性がたくさん立候補して議員になったって、社会にはびこる女性に対する「旧来の考え方」が矯正されるという理屈がわかりません。

静岡県の無職の男性(85)(元学者のようです)は、女性には男性にはない視点があるのだから、という理由で元投書に反対しています。

これは、女性には男性が持っていない能力があるのだから、立候補者を半々にするのは正しい、という意見で論理的な整合性がとれた反対意見です。

神奈川県の主婦(41)は、元投書への反論ではなく、世間にある「議員を志す女性の発掘、育成に時間がかかる」という声に反論しています。そうした政治家志望者ではなく、普通に生活している人の中から人材を見つけるべき、という意見です。

しかし私には、政治家になりたいと思う段階でそれは「普通」ではなく、形を変えた政治家志望者に他ならないと思います。

東京都の男子高校生(16)は、元投書の意見に賛同しています。

(略)
私は、良い政治家が選ばれるなら、男も女も関係ないと思う。男女均等にすれば、政治が男女平等になるという確証はどこにあろうか。まして性別がどちらともつかぬことだってあるのだ。
そもそも、男女差別の原因は、こうした男女を分けて考えるところにあろう。差別の原因がどっちの側にあると言っていては、性の溝はいつまでも埋まらない。性別に関係なく、個人を寛容に認められる心が差別をなくす唯一の方法ではないだろうか。
男女平等という制度によって解決しようとするのは、いささか強引であると思う。上からの力よりも、市民一人ひとりの心がけが真の解決につながると思う。


若いのにたいへんロジカルで説得力のある文章です。感心しました。

さて、識者の枠ですが、今回は服飾評論家のピーコ氏です。

政治家をどう選ぶかという点で議論しているのに、服飾評論家が識者として登場するのは違和感があります。実際内容も違和感だらけでした。

今の国会に優秀な男の人ってどれだけいるの?安倍(晋三)さんに声を上げる自民党議員なんて、石破(茂)さんや村上(誠一郎)さんぐらいじゃない。男の人に過度に期待するのは幻想だと思う。
極端に男が多いと政治がいびつになるから、女性が増えるのは良いけれど、東大出とか弁護士、医者ばかりじゃだめ。男の人とは違った目で政治を見つめられる、普通の生活をしていた女の人が立候補できるようにしてほしい。
でも、法律はできたけど、どこまで本気なの。「3人以上の子供を産み育てていただきたい」なんて発言を聞くと、落ちそうな女の人を候補者にするんじゃないかと思ってしまう。本気で女性議員を増やしたいなら、比例名簿の上位は女の人を優先するぐらいしないと。受かりやすくなったら、女の人だってもっと立候補してくるって。


元投書は、男一般は優秀なのに立候補できないのは問題、と言っているのではありません。男の中の一部の優秀な人が男女平等参画推進法で閉め出される、という問題提起です。ピーコ氏の誤読です。

また、安倍首相にものを言えるのは優秀さとはあまり関係ありません。第一に意見が違うからという理由です。第二に、政治力の問題で、総理総裁に下手なことをいっても大丈夫な立ち位置でないと言えません。

ピーコ氏は安倍首相が好きでないのかもしれませんが、安倍首相にものを言わない議員が優秀でない、というのは正しくありません。

一般の反応はどれもきちんとした意見だったのに、識者の枠(で書いている一般人)がレベルを下げているように感じました。

【朝日新聞】カメラで北朝鮮が捉えられるのか?

6月9日朝日新聞夕刊のトップ記事。「カメラが捉えた、北朝鮮のいま 二つの写真集、相次ぎ出版」より

 全体主義、核開発や拉致問題などネガティブなイメージが先行する北朝鮮の姿を、先入観を排してとらえ直そうと試みる写真集が、相次いで出版された。撮影したのはともに40代の男性。現地で出会った市井の人々の表情を、ありのまま伝えようとしている。
 週末を楽しむ人たち。思春期の少年のニキビ。赤ん坊を抱く母親の視線――。北朝鮮も韓国も、政治体制や思想、文化は違っても、人の楽しみや悩みに大きな違いはないのではないか。
 大阪市の菱田雄介さん(46)は昨年末、そんな視点から「border | korea」(リブロアルテ)を出版。
(略) 
 日本では異質さや脅威ばかりが強調される北朝鮮だが、「固定化した価値観に一石を投じたかった」と菱田さんは言う。「テレビで平壌の映像が流れたとき、映る人たちの顔を見て『この人たちも人間なんだ』と思えない社会は、不幸だと思う」と問いかける。
 東京都の写真家、初沢亜利(はつざわあり)さん(44)は今年5月、北朝鮮で撮影した2冊目の写真集「隣人、それから。38度線の北」(徳間書店)を出版。経済制裁下でも独自の発展を続ける北朝鮮社会が記録されている。
(略)
 拉致問題で日本国内に反北朝鮮の感情が高まったことに違和感を覚え、「落ち着いた頃に、北朝鮮で生きる人の姿を写真で示したい」と10年に初訪朝。12年に1冊目を出した。
(略)


敵対している国でも、いや敵対している国だからこそ、実情を知る努力は必要です。その意味で、この二人の活動は評価すべきなのかもしれません。しかし、素直には受け取れませんでした。

まず、記事にも触れられていますが北朝鮮では自由に写真をとれたりインタビューできたりはしません。したがって彼らの写真は決して北朝鮮の「ありのまま」ではありません。

菱田氏の「テレビで平壌の映像が流れたとき、映る人たちの顔を見て『この人たちも人間なんだ』と思えない社会は、不幸だと思う」という発言も変です。

誰も、平壌の映像に写る北朝鮮人をみて人間でないなんて思ってません。

初沢氏の「拉致問題で日本国内に反北朝鮮の感情が高まったことに違和感を覚え」というのも釈然としません。同じ国の民間人が誘拐されたのですから多くの人が反感を持つのは不思議ではありません。初沢氏が怒らないのは個人の自由ですが、他人が反北朝鮮感情を持つことに違和感を覚えるというのは普通ではありません。

そもそも同じ時期に、北朝鮮の市井の人をテーマにした写真集が二つでるというのは不自然です。北朝鮮政府のなんらかの作為が働いていると考えざるをえません。

【朝日新聞】朝鮮戦争「終戦」で日本が困るとは?

6月5日朝日新聞朝刊オピニオン欄。「耕論」のコーナー。「世界史の中の朝鮮戦争」より、神戸市外国語大学の山本昭宏准教授の『「基地」「平和」、日本に矛盾 』より

 朝鮮戦争は、戦後の日本の方向性を、事実上決定する役割を果たしたと思います。そして、朝鮮戦争が60年以上休戦のままで、北朝鮮が脅威であり続けたことを、自民党政権はナショナリズムを喚起するために使ってきました。
(略)
 冷戦後も、朝鮮半島の分断が続いたことを、日本の政権は利用してきました。事あるごとに、北朝鮮という格好の「敵」に言及し、ナショナリズムを喚起して、国民の支持を「調達」してきたのです。
 米朝首脳会談で、朝鮮戦争が「終戦」したら、一番困るのは日本かもしれません。自民党政権は、会談後も北朝鮮の脅威を強調し続けるのではないでしょうか。
 そうではなく、戦後の「平和」の矛盾を直視する機会にすべきだと思います。「基地国家」でありながら「平和国家」を自任するという、朝鮮戦争が作り出した二重構造を再考する時期に来ています。


戦後、日本の主な仮想敵国だったのはソ連です。ソ連が崩壊した後も中国がその位置にとって代わりました。北朝鮮の脅威だけを自民党が利用してきたというのは間違っています。

また『朝鮮戦争が「終戦」したら、一番困るのは日本』という書き方が不思議です。山本氏の論旨に従えば、ここは『朝鮮戦争が「終戦」したら、一番困るのは自民党』とならなければなりません。

自民党と日本が明確に区別されていません。

ケアレスミスではないと見ました。山本氏を含むある種のグループの人たちには、自民党が長く政権の座にあったためか、自民党への批判が日本への批判と同一化してしまっています。

日本が困ることになると喜ぶ日本人という変態みたいな人たちの典型です。

そもそも、朝鮮戦争が「終戦」しただけでは北朝鮮の脅威はなくなりません。すぐに第二次朝鮮戦争がおきるかもしれませんし、日朝の紛争が起きるかもしれません。仮に、北朝鮮が無害化したとしても、中国の脅威はなくなりません。したがって、朝鮮戦争が「終戦」しても日本(自民党?)はちっとも困りません。

【赤旗】カジノがいけないなら、競輪・競馬・パチンコは?

5月27日赤旗の社説『「カジノ」審議入り 違法賭博を合法にはできない』より

 刑法が禁じる賭博場・カジノを合法化するカジノ実施法案が、衆院で実質審議入りしました。安倍晋三首相は、なんとしても今国会中に同法の成立を図ろうと、執念をみせています。
(略)
 刑法の賭博禁止の下でも特別法で実施されているいくつかの賭博があります。競馬、競輪などの公営賭博です。しかしこれは、公設、公営で、公益を目的とするという極めて限定的な条件で特例として認めているものです。
(略)
 日本共産党の宮本岳志議員は衆院本会議で「違法性が高く経済効果もないうえ、カジノ資本が国民を搾取し深刻なギャンブル依存症を増加させる希代の悪法は廃案しかない」と強く求めました。
(略)


ギャンブル依存症を心配するなら、これからつくるカジノだけでなく、既存の競輪・競馬・競艇も問題視すべきです。「公設、公営、公益を目的」としいうからかまわないというのは理屈が通りません。

また、民営のパチンコが賭博である現実を無視しています。いきなりパチンコを違法にして取り締まるのが現実的ではないとは思いますが、実際に存在しギャンブル依存症の増加をもたらしているものを無視するのは誠実ではありません。

カジノ自体はどうでもよくて、安倍内閣が進めているから反対しているだけのようにも見えます。

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えいび

Author:えいび
日々の出来事、映画やアニメの感想です。

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