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【朝日新聞】陰謀論の根底に宗教はあるのか?

11月28日朝日新聞夕刊。文芸評論家・藤田直哉氏の「ネット方面見聞録」。この日は「陰謀論の根底に宗教的伝統」です。

(略) 
 政治史学者リチャード・ホフスタッターは、アメリカは伝統的に「パラノイド・スタイル」の政治文化であったと分析している。常に脅威の存在を感じ、被害妄想(パラノイド)的にその対象を名指す傾向があるのだ。たとえば、フリーメーソンが政府機関を乗っ取ろうとしている、カトリックがアメリカを侵略している、エリートたちが支配しているなどと。そして大衆の熱狂を生み、エリートたちへの戦いを煽る。
 パラノイドの対象は、黒人や先住民などマイノリティーにも及ぶ。これは日本のオンライン排外主義者の主張と構造は同一だ。アメリカの右翼にこのスタイルは顕著で、アメリカが「奪われている」と感じ、取り戻すために戦っているのだという。これは1965年に発表された分析だが、現在にも当てはまる。
 パラノイドの人々が守ろうとしたものは、「民衆の秩序」や、プロテスタントにおける「個人主義と自由の原則」だと言う。エリートも、メディアも、知識人も、権力者も信用できない。であれば、何を根拠にして判断するのか? 自分の心である。心が神とつながっている、だからそれが正しいと考えられる。このような、宗教的伝統と結びついた個人主義や自由の感覚こそが、ポスト・トゥルースや陰謀論の淵源のひとつである。プロテスタントの伝統がない日本でなぜ同様の現象が見られるのかは、改めて分析が必要だろう。
(略)


アメリカには「パラノイド・スタイル」があり、その根底にはプロテスタントの宗教的な感覚が潜んでいるとホフスタッター氏は指摘しているそうです。

アメリカの右翼の排外主義と、日本のオンライン排外主義者と構造は同じだとのいうのが藤田氏の指摘です。

しかし、日本にプロテスタントはほぼないのでなんで同じなのか藤田氏は説明できていません。「改めて分析が必要だろう」などとカッコよく言っていますが、すくなくともここでは説明できていません。

論理に誠実であれば、
”日本にも米国にもパラノイドがいて排外主義を唱えている。しかしそこに宗教的伝統があるというホフスタッター氏の指摘は間違いである”
とか
”米国の排外主義は宗教に関係しているが、日本の排外主義はそれとはまったく別のところからきている”
などとなるはずです。

ホフスタッター氏の言うことは正しく、そして日本でも同じことが起きているといおう自分の指摘も正しい、と決めこんでいるから、おかしな感じになってしまてっています。

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【朝日新聞】教育現場の各国比較

11月24日朝日新聞朝刊の教育蘭。「OECD調査にみる日本の現在地 1クラスの人数、平均を超過」を引用します。

 OECDが9月に公表した2020年版の「図表でみる教育」によると、18年の日本の1クラスあたりの児童生徒数は、小学校27人、中学校32人。一方、OECD加盟国の平均は小学校21人、中学校23人だった。
 加盟準備中を含む38カ国のうち比較可能な国のなかでは、日本はいずれも2番目に多かった。小学校では日本、チリ、イスラエル、英国以外の国が25人以下だった。中学校では、コスタリカと日本だけが30人を超えた。
 OECDは、学級規模と学力の相関については否定的な立場をとりつつ、少人数学級のほうが子どもと教員の対話が進むメリットがあるとしている。
(略)
 別の調査では、学校長が教員がデジタル端末を授業に取り入れるための「十分なスキルがある」と答えた学校に所属する生徒の割合は、OECD平均が65%だったのに対し、日本はとくに低い27%。「十分な時間がある」と答えた学校に所属する生徒の割合も、OECD平均が61%だったのに対し、日本はわずか12%だった。
(略)
 長時間労働のわりには、授業で生徒に接する時間は短い――。OECDの調査からは、そんな日本の教員の働き方も見えてくる。比較可能な最新の調査によると、日本の中学校の教員の年間の総労働時間は、ドイツとほぼ同水準。だが、授業時間は日本の方がドイツよりも少なく、総労働時間が少ないフランスやオランダよりも下回った。
(略)



クラスの人数は少ない方が学習効果が高いだろうというのは予想できます。仮に1対1で教えたら学習でつまずくということは起きないと思います。

その反面、児童にとってクラスというのは世界とほぼ同じ意味を持つことも忘れるべきではありません。小学生のころを振り返ると、いっしょに遊ぶ友人というのはクラスの中に限られます。どんなに仲がよくてもクラス替えがあると自然と遊ばなくなります。中学生ぐらいになるとクラスの枠をはみ出た人間関係を築けるようになりますが、小学生では無理です。

そういう小学生の時代にクラスの人数を減らすと、気の合う友人を見つけられないかもしれないのでちょっと可哀想な気もします。


学校長が教員がデジタル端末を授業に取り入れるための「十分なスキルがある」と答えた学校に所属する生徒の割合」の高い順は、韓国・米国・英国となっています。そして日本は極端に低くなっています。

ただし、これは客観的な指標ではなく、学校長の自己採点であることを忘れてはいけません。

したがって、お国柄がずうずうしいほど高い点数になっています(←ヘイトスピーチです!)


各国で教員の指導時間を比べていますが、その前に生徒が指導を受けている時間の比較の方が重要です。

教師の指導時間や事務にかける時間というのは、教員の働き方という意味での問題でしかありません。しかし生徒の授業時間というのは国家・社会の将来にかかわることです。もちろん長ければいいということでもありませんが、重要な指標ではあります。

記事全体が、教員の待遇とか能力というところに力点がかかり過ぎていて、生徒がどういう教育を受けられる環境にあるのかという視点が少ないように思いました。

【朝日新聞】教育のデジタル化

11月23日朝日新聞朝刊。「柳沢幸雄の教育考・共育考」の「デジタル化怖くない 豊かに学んで、画面を飛び出せ」は教育現場へのデジタル化の問題を取りあげています。

 デジタル化の「黒船」が、教育現場に襲来しつつある。1人1台の端末配布、高校での新たな情報教育、大学入学共通テストに「情報」の新設、教科書も原則デジタル……。
(略)
 デジタル化によって可能になる学習はたくさんある。例えば理科。理科室では不可能だった実験も、動画再生なら一瞬で、目で見えない反応まで写せる。数学も、立体の切断面などは3D画像の方がイメージしやすいし、AIドリルや学習アプリで効率的な自主学習も可能になるだろう。
 先日、学園長を務める北鎌倉女子学園中学・高校の教員に、1教科だけデジタル教科書・教材を使うとしたら何が適しているか尋ねた。1位は理科で3割超、2位は社会で2割。資料や動画素材への期待も大きい。私なら国語だ。一つの言葉で検索し、辞書や別の文章・作品により言葉の世界を広げられる。
 教員の時間の有効利用もはかれる。プリントなどの印刷が不要になり、配布や指示も指1本で行える。生徒と教員の新たなコミュニケーションラインも確立する。授業の最後5分の振り返りのコメントも、一人ひとりが瞬時に提出し、やり取りできる。これにより授業の浸透度を把握できるし、人前での発言が苦手な生徒の意向を知ることもできる。
(略)


デジタル化によって色々な教科で学習方法が変わることが予想されます。理科や社会はもちろん柳沢氏のいうように国語の勉強にも発展的に使えそうです。

私は、そうした発展的な使い方だけでなく、つまづいた生徒を見つけることに活用してほしいと思います。

できない生徒はみんなの前で質問するのも恥ずかしいのでためらいがちです。どこでつまづいたのかも自分ではわからないので復習するのも容易ではありません。1対1の家庭教師につければよいのですが、経済的な点から全員が利用することは困難です。

しかしデジタルを活用すれば、間違えた問題から、どこを理解していなかったのかを指し示すことが可能になるでしょう。人目を気にせず質問できるのも魅力的です。

柳沢氏のような年配の先生がデジタル化に拒否反応を示さず積極的なのは素晴らしいことだと思います。

【朝日新聞】ランキングに一喜一憂

11月19日朝日新聞朝刊の社会面。「ニュースQ3」のコーナー。『「我が県は」、魅力度ランキングにやきもき』 を引用します。

 調査会社が毎年発表する「都道府県魅力度ランキング」をめぐり、一部の県がやきもきしている。初の最下位に沈んだ栃木県では知事選の論点になる事態に。「魅力度」って測れるものですか。
(略)
(調査したブランド総合研究所)の田中章雄社長(61)は「誰よりも順位を気にしているのは自治体自身」と言う。自治体職員から「うちの点数を教えてほしい」という問い合わせも多数ある。
(略)
観光とメディアが専門の北海道大学の岡本亮輔准教授は(略)上位の北海道や京都、沖縄などに対し、下位が目立つ北関東は「首都圏に似ている」と受け止められやすい。「ランキングを上げたからといって観光客や住民が増えるわけではない。ルールがわからないゲームに振り回されず、自分たちに合ったPRをしていくのがよいでしょう」と話す。
(池田拓哉、貞国聖子)


記事は「魅力度ランキング」に一喜一憂している自治体を取り上げています。そして北海道大学の岡本准教授の的確な指摘で記事を締めています。

私も岡本氏の指摘に全面的に賛成です。おそらく取材した記者もそう思っていることでしょう。

そこで思い出すのが「男女平等指数」とやらのランキングです。

これもたいがい「ルールがわからないゲーム」です。一例をあげれば、この指数は下院(日本では衆院)の国会議員の女性割合を指標にしていますが、上院(参院)は入れていません。なんで上院を入れないのか分かりませんが、おそらく入れると都合の悪い国があるからでしょう。

意味のわからない指標に振り回されるべきではないと強く思います。

【朝日新聞】ハンコ業界

11月15日朝日新聞朝刊オピニオン欄。「フォーラム」のコーナーで「脱ハンコ」を取り上げています。その中から、全日本印章業協会・福島恵一副会長の「忍耐 なくす議論、拙速」を引用します。

(略)
 ただ、行政のデジタル化が進まないからといって、ハンコを悪者にするような発言や行動を閣僚たちが繰り返すのはいかがでしょうか。急にハンコをなくそうという今回の議論はあまりに拙速です。
 別にデジタル化に反対しているわけではありません。一番の問題はペーパーでしょう。紙がオンライン化を阻んでいるのであって押印が最大の阻害要因ではない。紙をなくして行政システムのデジタル化を淡々と進めればいいだけで、なぜそこに「脱ハンコ」という言葉が必要なのか、その真意がわかりません。
 文化として残れといわれたら、業界はもうやっていけません。零細業者が多い全日本印章業協会の協会員は現在約900。この約40年で5分の1以下に減っています。ペーパーレスが進み、人口減少で販売本数は減り、後継者難で苦しい。そこに今回の脱ハンコが追い打ちをかけています。
(略)



「紙がオンライン化を阻んでいるのであって押印が最大の阻害要因ではない」という主張は意味がわかりません。

紙をなくしてデジタルデータにすることがデジタル化ということです。阻んでいるのはハンコを含めたいままでの慣習であって紙そのものではありません。

コロナ禍の中でも、ハンコを押すためにわざわざ出勤する人がいました。ハンコの習慣がデジタル化の障害になっているのは間違いありません。


橋がなかった川に橋をかけたら川越人足は失職しました。郵便制度が整ったら飛脚はいなくなります。彼らは、おそらく別の職をみつけたり郵便屋に転職して頑張って生きていったのでしょう。

ハンコ業界だって同じです。社会のニーズを満たさなくなったら形をかえて生き残りを図るか、別の業界に転職するかしかありません。

政治家に文句をいうことではありません。

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えいび

Author:えいび
日々の出来事、映画やアニメの感想です。

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