【朝日新聞】「忖度」の英語訳は?

2月12日朝日新聞朝刊「政治断簡」のコーナー。佐藤武嗣編集委員の「気骨なき日本の忖度政治」より
 

昨年8月末までワシントンで特派員をしていた。我々は米国政治を取材すると同時に、取材相手から日本の政治情勢について解説を求められることがある。そんな時、説明に窮したのが、「忖度」だ。
 森友・加計問題を機に「安倍晋三首相の気持ちをくみ取る」との意味で使われ、昨年の流行語大賞にもなったキーワード。辞書では「conjecture(推測)」や「surmise(推量)」などとあるが、どれもニュアンスが伝わらない。
 森友学園の籠池泰典前理事長による外国人記者クラブでの会見でも訳をめぐり混乱。「reading between the line(行間を読む)」と通訳されたが、外国人記者から、結局首相や夫人から直接の口利きがあったのかと再度問われ、通訳者も困惑していた。
 忖度とは「他人の心中をおしはかること」。だが、最近は「上司に取り入ろうと、その意向を推測する」という文脈で使われることが多い。
(略)
 共和党執行部は大統領の意を受けて動くなど米国に「忖度」がないわけではないが、自己の良心や知見に反すれば、権力者にも体を張ってノーと言う気骨ある者が現れ、米国政治に躍動感を与える。
(略)


「忖度」にあたる言葉が英語にないというところから、日本の政治風土を論じようと思ったのですが、よく考えたら米国政治にも「忖度」があるようなので、「権力者にも体を張ってノーと言う気骨ある者が現れ、米国政治に躍動感を与える」とかなんとか詩文みたいなことを言ってごまかしているようにしか見えません。

基本は、英語の「忖度」にあたる訳語があるかないかではなく、森友・加計問題で、法的でも道義的でもいいですが、安倍政権にどういう間違いがあったのかを説明できないことが問題だったのだと思います。だから、「外国人記者から、結局首相や夫人から直接の口利きがあったのかと再度問われ、通訳者も困惑」してしまうのでしょう。

日本政治の風土ではなく、日本マスコミの風土を問いたいです。
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【朝日新聞】スポーツ選手はメンタルが強いの?

2月10日朝日新聞オピニオン欄。「耕論」のコーナー。テーマは「体育会、生きづらい?」。論じる識者は、リクルートキャリア就職みらい研究所長・岡崎仁美さん。元陸上選手・為末大さん、法政大学准教授・荒井弘和さんの三人です。

この中で為末氏と荒井氏が、スポーツ競技者のメンタルの強さについて相反する意見を出しています。

まず為末氏の意見を引用します。

(略)
 普遍的にスポーツから得られるものとして、つらい体験を経て成長する部分ははずせません。つらい体験をさせない方向に流れると、ある意味で残酷な人生を歩ませてしまう。スポーツ以外の世界に持ち越せる大きなものが、敗北体験や、何かを継続することの大事さを学べる点です。
 競技をしていると、一度は必ず天才と争い、頑張ってもうまくいかないときがあります。でも、続けるしかありません。スポーツ選手と話していると、相手から何ともいえないメンタルタフネスを奥に感じることがあります。
(略)



次に荒井氏の意見です。 

 一般の社会では、「体育会出身者は精神的にタフだ」「スポーツ選手は強靱な心を持っている」といった考えが、何の疑問もなく定着しているように思えます。
 厳しい練習に耐え、大舞台の重圧と戦う経験を積んできたのだから「肉体だけでなく精神的に強いはずだ」と、多くの人はみなしているようです。「性善説」ならぬ、「性強説」とでもいうべき固定観念が根強くあるのです。
 ただ、必ずしも正しいとは思いません。日本ではまだ十分な調査が行われていませんが、オーストラリアではエリート選手224人のうち、約46%に抑うつ症状や摂食障害、不安障害などの兆候が見られたとする研究論文も発表されています。重圧やストレスの中で生活するスポーツ選手は、精神的な不調に陥ることも多いと言えるでしょう。
 日本代表選手やプロ選手の心理的サポートを行ったり、毎年スポーツ推薦で入学する200人以上の学生に必修科目を教えたりと、多くの運動選手と日常的に接している私の実感としても、彼ら彼女らが精神面で一般学生より強いとは言えないと思います。
(略) 


第一に注意しなければならないのは、「精神的な強さ」なるものが客観的に測れるものでないということです。為末氏が「相手から何ともいえないメンタルタフネスを奥に感じる」たのは良いとして、同じ場面に荒井氏が立ち会ったと仮定して、もしかしたら「精神面で一般学生より強いとは言えない」と感じたかもしれません。

「精神の強さ」というのは数値化はおろか、強弱ですら客観的なものではありません。

第二の注意点は、原因と結果を取り違えていないか、ということです。

スポーツ選手からメンタルの強さを感じたとしても、スポーツ選手だからメンタルが強化されたとは限りません。メンタルが強いからスポーツ選手として生き残ってきたという可能性があります。

我々が一番知りたいのは、スポーツをやっていると(別に一流選手になれなかったとしても)精神力が強くなるのかということだと思います。

第三に、「オーストラリアではエリート選手224人のうち、約46%に抑うつ症状や摂食障害、不安障害などの兆候が見られたとする研究論文」への評価です。

そもそも、うつが摂食障害を心の弱さと定義していいのか、という疑問はあります。

それは措くとしても、エリート選手はもともと精神に重圧がかかる場面に多く遭遇しているという事実があります。大多数の一般学生はのほほんと生きているので重圧がかからず、うつや摂食障害にもなりにくいというのは当然です。

この研究論文では、スポーツ選手は一般人より精神が弱いとは言えません。

私の印象としては、もともと精神力がタフな人が競技者として成功しているように思います。そしてそのタフさは、必ずしもスポーツ以外の場面(明確なルールで勝敗を決める以外の場面)で有効活用できるものではないようにも思っています。

【朝日新聞】「韓国」ごりおしには疲れます

2月9日朝日新聞朝刊。今日から始まった特集記事「平昌to東京」の一回目。「スター育成、曲がり角 韓、英才教育も 日、草の根も悩みは少子化」より

(略) 
 韓国の子どもにとって、乱暴に言えばスポーツに関してはエリート選手を目指すか、見る方に回るか、二者択一を迫られる。
 頂点を目指すなら体育中学(11校)、体育高校(16校)へと進む。そこで認められれば国代表やその候補として、晴れて選手村に入ることができる。
 スポーツにこだわらなければ環境は大きく異なる。一般の中学・高校で体育の授業や部活動は軽視されているからだ。厳しい受験競争が、その背景にある。
 「韓国はトップ選手の活躍を見て子どもが憧れる。けれど少子化の今は、マイナー競技の人材確保は大変だ」。新しく選手村の支援を受けるスカッシュの姜虎錫監督(43)は憂えた。
 韓国で00年に63万人だった出生数は減り、16年は40万人だった。朝鮮戦争後、国威発揚を意識して始まったスポーツ英才教育の曲がり角といっていい。
 長野県宮田村の宮田スケートクラブの指導者、新谷純夫さん(68)は2日夜、長野市のホテルにいた。李相花のライバル、小平奈緒(31)のジュニア時代のコーチである。
 (略)
 創設当時は学校ごとに体力作りの一環としてスケートクラブがあったが、少子化が進み、リンクも減って学校のクラブは姿を消しつつある。草の根を広げて頂点を支える日本の育成スタイルも限界が見えている。
 近年は日本でもサッカーや卓球などがジュニアからの英才教育に取り組み始めている。それを子どもがスポーツに親しみ、選ぶことができる機会を増やすことへとどうつなげるのか。
 対照的な道を進んできた日韓が、少子高齢化社会の前で同じ問いにたたずむ。


ピョンチャンオリンピックの特集です。しかしピョンチャンと東京の共通点は続けざまにオリンピックを開催するということだけです。若手競技者の育成やマイナースポーツの振興という意味では、別に日本と韓国だけに限った問題ではありません。無理に少子化というキーワードでくくりつけようとしていますが、少子化も日韓だけの現象ではありません。

大会運営についての比較なら分かりますが、この内容でことさらに韓国と比較する意味が分かりません。

こういうなんでもない場面での”韓国ごりおし”が韓国への反感につながっていることをマスコミは理解すべきです。

【朝日新聞】「妥協の戦略」の有効性は?

2月7日朝日新聞の『北朝鮮外交、不愉快と向き合う 「妥協の戦略」を提言』より。

危機感と同時に外交的な手詰まり感も漂う北朝鮮の核ミサイル問題。小泉内閣、第1次安倍内閣などで内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)を務めた柳澤協二さん(71)が月刊誌世界2月号で、「妥協の戦略」が必要だと訴えている。不愉快な現実にどう向き合うか。認識の転換を促す提言だ。
(略) 
北朝鮮の核の脅威にどう対応すべきなのか。「脅威とは、攻撃する能力を持った国が攻撃の意志を持ったときに現実化する」と説き、相手の攻撃能力(核ミサイル)をなくせないなら、相手の「攻撃の動機」をなくすべきだと訴えた。「軍事的圧力によって北朝鮮の意志を変えることはできず、戦争という究極の強制もできないとすれば、残された道は妥協しかない」と記した。
 妥協とは、北朝鮮の核保有を容認することだろうか。「違います」。柳澤さんはそう取材に答えた。
 「容認には核保有を肯定する含意があり、良策ではない。ただし現状のように北朝鮮の核廃棄を交渉の前提としている限り、北朝鮮は交渉に乗ってこない。核武装の根本的な動機は米国への恐怖であり、核なしには生き残れないと認識しているからです。恐怖感をやわらげて安心感に切り替え、攻撃の動機そのものをなくさせていく必要がある。それには米朝が交渉することが欠かせない」
 「ポイントは、北朝鮮の核武装を現実として受けとめることです。核保有という現実が当面は残ってしまう事実を受けとめることであり、その意味で妥協だ。核廃棄という目標は、長期的な目標として位置づけ直すべきでしょう」
 北朝鮮に妥協をして核をなくせるのだろうか。
 「現状では核廃棄に向けたプロセスが始動することすらないのでは?」と柳澤さんは答えた。「逆に米朝関係が安定化すれば、北朝鮮が日本を攻撃する動機にも根拠がなくなります」
 とはいえ妥協は世論にとって不愉快な選択で、ハードルは高い。「日本の戦争リスクは今、戦後で最も高いレベルにある。不愉快の内実を見つめるべきときです」「最も耐えがたいのは北朝鮮が核を保有することなのか、それともそれが日本に飛んでくることなのか。どちらも不愉快だが、そこには優先順位もある。そう認識することで、我々の選択の幅は広がる」
(略)


言わんとしていることは分かります。北朝鮮は、話し合いでなんとかなる相手ではないでしょうが、いまの圧力政策で屈服するかというとそれも難しい感じがします。

ですが氏の言うように、米朝関係の安定で出口が見えるというのも疑問があります。確かに、米朝関係が好転すれば、日本を攻撃する動機はなくなるでしょう。

しかし、北朝鮮の「核武装の根本的な動機は米国への恐怖であり、核なしには生き残れないと認識しているから」というのは事実の一面だけで、もう一面には北主導による朝鮮半島の統一という動機があります。これは、折に触れて、”統一、統一”と言っているのですから明らかです。

米国が北朝鮮を容認するような態度に出たら、次は韓国の併合がスケジュールに乗ります。

韓国にも北朝鮮主導での統一に前向きの人たちはいるでしょうが、大多数は反対するでしょう。結果、韓国で内乱に近い混乱が巻き起こる可能性があります。こうなると、日本もさすがに無関係ではいられないでしょう。

戦争はダメ、圧力だけでもダメ、というのは分かりますが、妥協するのもまた「不愉快な選択」ではないでしょうか。

【朝日新聞】どう思いますか:“訪問介護のため駐車許可出して”

2月7日の朝日新聞朝刊の投書欄。毎週掲載の、投書に対する反響の投書を載せる「どう思いますか」のコーナー。テーマは、“訪問介護のため駐車許可出して”です。

元になった投稿は、千葉県の介護福祉士(62)の投書です

 訪問介護事業所に勤務しています。一番困っているのは、警察署から駐車許可が出ていた場所で、6カ月ごとの更新時に許可がおりなくなったことです。
 ヘルパーは広い地域を、1日7~8軒訪問するため、車で移動します。自宅やその周辺にログイン前の続き、駐車場やコインパーキングがない方への訪問は、路上駐車せざるを得ないので、警察の許可が必要なのです。
 しかし、署の担当者が変わったためか数カ所で許可が出なくなりました。「近隣住民から苦情があるから」といいます。
 ならばなぜそこに駐車しなくてはならないのか、住民に説明してもらえないでしょうか。公正な立場で公道を短時間シェアできるよう、誰もが安心してサービスが受けられるよう協力して頂けないでしょうか。
 超高齢化が進むこの国では、高齢者が施設ではなく、自宅で長く暮らす必要性が叫ばれています。駐車許可が出ないため、結果的に訪問介護が利用しにくくなっては困ります。何か良い方法はないでしょうか。
 (2017年12月26日付掲載の投稿〈要旨〉)


反響には、警察の対応が杓子定規でおかしいというもの、やはり路上駐車はよくないから駐車場を借りるなり電動自転車で移動するなりすべきというもの、行政の判断が担当者によって変わるのはよくないという角度からの意見、訪問介護の車の必要性を地域住民に説明すべきという意見、が出ています。

私見です。

私は東京の住宅街に住んでいるせいか、自動車でなければ移動できないという前提から分かりません。

投書子が仕事をする街で介護福祉士をするには自動車が必須なのでしょうか。だとしたらその理由はなんなのでしょう。例えば訪問先が数十キロも離れているとか、荷物が重い/かさばるとか、いった理由を挙げてもらわないといけません。それによっては、反響にもあったように電動自転車の利用も考えられますし、スクーターといった移動手段もあり得ます。

あるいは、介護福祉士の仕事とは関係なく、その街では道路は空いていて路上駐車が迷惑になるなんて考えられないということかもしれません。苦情があったということなので、迷惑に感じている人がいるのかもしれませんが、世の中には苦情を言うのが趣味みたいな人もいますので、この投書だけではなんとも言えません。

自動車の必要性をわかるように書いてもらいたいです。

さて、専門家の反応も載っています。淑徳大教授(社会福祉学)の結城康博氏です。

自転車では回りきれないような街中で多く起きている問題です。ヘルパーは女性が多く、夜遅くなると東京23区でも危険なので車を利用したいところです。
 ヘルパーの仕事は1時間かかります。路上駐車はやはり迷惑。現状はコインパーキングなどに止め、事業所が料金を払うケースが一定程度、後はヘルパーが自腹を切るなどしています。
 在宅で介護サービスを受けるお年寄りは今後ますます増え、駐車場所と料金は大事な問題になります。根本的には介護報酬に駐車料分を加味する仕組みが必要ですが、まずは、利用者負担に駐車料を明記するかどうか現場で議論した方がいいでしょう。もしくは自治体が駐車場代を補助するなど、公的機関の保証が重要です。そういう機運にならないといけませんね。


東京23区で夜になると危険というのはちょっと信じられません。危険があるとはとうてい思えません。

それはともかく、この先生のような意見というのは議論を混乱させる典型です。投書子は警察に駐車許可を出してほしいと訴えたのであって、自治体に駐車料金を出せなどとは言っていません。なんでもかんでも、”金を出せ”運動に転換するのはいやしいと思います。
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えいび

Author:えいび
日々の出来事、映画やアニメの感想です。

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