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【本】奇跡の六番勝負 サラリーマンがプロ棋士になった日

著:吉田靖

将棋の奨励会で三段に上りながら年齢制限の壁に阻まれ退会した瀬川晶司さんは、その後アマとして活躍を続けていました。その戦績はすばらしく何人ものプロ棋士を破り、さらにA級棋士(一番ランクの高い棋士)までも打ち負かしました。周囲の協力を得て瀬川さんは、異例のプロ編入を願いでます。その顛末を描いたドキュメントです。

プロ棋士になれたかどうかは副題でネタばれしているので明らかですが、一連の経緯は手に汗握るものです。

将棋会にうとい一般人からすると、プロ棋士に何度も勝っている人がプロ入りを望むなら認めるのが自然です。しかし、将棋会には独特の考えがあります。強い人間が自然とプロになる、というのではなく、年齢制限のある一定の試練を乗り越えたものがプロ棋士という称号を手に入れる、という考えのようです。そのため、一度その試練に失敗してしまった瀬川さんが、その後いくら強くなっても実績を残してもプロ棋士にするというのは掟に反する、という意見が根強くありました。

これは必ずしも自分たちの既得権益を守りたいということではなく、他の夢破れて去っていった元奨励会員との公平性を守りたいという思いでもあります。

それと一般人に理解しづからったのは、プロ棋士とプロ棋士寸前の奨励会員三段の実力差は紙一重というか逆転していてもおかしくはないというのが、将棋会の常識のようです。したがって瀬川さんがプロ棋士にいくら勝っても別に衝撃ではないという見方があったようです。

将棋がわからなくても興味深く読むことができました。


未見ですが、瀬川さんのプロ編入試験を題材にした映画も作られていました。機会があればそれも観てみたいです。
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【本】居眠り磐音 決定版03 花芒ノ海

「居眠り磐音」シリーズの第三弾です。

第二巻の感想で、このシリーズは長編と短編を組み合わせた構造で、短編部分は江戸でのアルバイトの話で、長編部分はもと居た藩の陰謀が徐々に明らかになる構造なのだろう、と想像しました。

この三巻を読んで、ちょっと予想を外されました。藩の悪い家臣の暗躍はこの巻で解決しました。よく考えれば、51巻もその話を引っ張れるとは思えません。

ただ、解決したからといって主人公は藩に戻ることはありませんでした。藩主も話の分かる人なので、小説の内部世界の理屈から考えると戻らない理由はないのですが、浪人暮らしをやめるとこのシリーズは終わってしまうという外部の理由があるからでしょうか。意図せず人気になったので、話を引っ張っているような感じもします。

次巻からなにが基軸になるのかわかりませんが、私の予想では苦界に身を沈めた婚約者を救い出す話かと思います。

【本】「ジェンダーについて大学生が真剣に考えてみた」 その2

監修:佐藤文香

昨日の感想の続きです。昨日の部分は本の感想という意味ではちょっと離れていたのですが、本日の分は本当に本の感想です。


まず思ったのが「ジェンダー論」という学問のことです。普通に考えて「学問」というのは、世の中にある何らかの法則や真実を明らかにするものだと思っています。しかし「ジェンダー論」というのは普通の学問と違って法則を見つけるのではなく、”世の中はこうあるべき”というような社会改良を目指しているような感じがします。

「ジェンダー論」が言っていることを否定しようというわけではありません。私も”男だからかくあるべし”という世間の圧力にはうっとおしく感じないでもありません。そういうものから自由になるべし、というのは全面的に賛成するわけでもありませんが、全否定でもありません。

しかし、全く新しい社会をつくるとなると果たしてその社会が歪みなく機能するかという疑問がわきます。

この疑問に、この本は処々で答えているかのようです。つまり、男は外で働き女は家の仕事をする、というった概念は近現代において作られた、というものです。つまりもともと人間社会には男女の役割分担なんてなかった、ということです。(そう明言しているわけだはありませんが、そういう主張だろうとくみ取りました)

たとえば、第23章「女性はバリキャリか専業主婦か選べるのに、男性は働くしか選択肢がないのっておかしくない?」では、「近代以前、特に農耕社会では、男女ともに農作業に従事することが求められました。資本主義の発展とともに市場が登場すると、男性が公共領域を、女性が家内領域を担うという性別役割分業を基礎にした家族が登場します」と説明しています。

事実関係としては正しい指摘です。

しかし、農耕社会でも農機具が発達する前は、筋肉をつかって仕事をしていたので、男女の役割分担はあったはずですし、狩猟採取社会でも男女差はあったとしか考えられません。そればかりか、人間以外の動物や鳥、昆虫、魚などでも雌雄の役割分担がある種はざらにあります。

男性が綱領領域を、女性が家内領域を担う」のが「歴史的・文化的につくられた」ものであっても、男女による役割分担はホモサピエンスだけでなく生き物に一般的だというのも事実です。

男女の役割分担を決めつけるのが息苦しい、という意見には同意します。ただ、完全に男女の役割分担を否定した社会というのは人類は未経験の社会であるため、それを目指す社会改良は慎重になるべきだとも思います。


コラム4で「なんでジェンダーのゼミにいるのに化粧してるの?」で、ジェンダーを学ぶ女学生が化粧しているのはなぜか、と訊かれたことを取り上げています。引用します。

でも、わたしは、化粧自体が嫌いなのではありません。化粧を「女らしさ」と結びつけることに問題意識をもっているのです。
(略)
もちろん、どこまでが本人の選択なのかといいうのは難しい問題です。個人の自由な選択とみえる女性の行動が、社会の常識に多分に影響を受けながら、男性中心主義的な構造を再生産する可能性もあるからです。一方で、たとえば「化粧する女性は男性に媚びている」といった決めつけは、その女性の選択の自由をなかったものにしてしまいます。はたしてそれは、女性の意志を尊重しているといえるでしょうか


女性に限らず、”個人の選択”が歴史や社会から完全に自由に、切り離されたものであるはずがありません。

一応、「個人の自由な選択とみえる女性の行動が、社会の常識に多分に影響を受け」ている可能性を指摘してはいますが、よく読むと自分以外の女性のことを言っているような気もします。

自分のことに関しては、「わたしは、化粧自体が嫌いなのではありません」と堂々と言い切っています。

この件に限らず、この本の論がだいたいこの調子で、「ジェンダー論」に歯向かう者、疑問を持つ者をバッタバッタと切り捨て、自省というものがほとんど感じられません。

ここら辺の態度や雰囲気が、ジェンダー論者が不人気な理由だと思います。

【本】「ジェンダーについて大学生が真剣に考えてみた」 その1

監修:佐藤文香

ジェンダーを研究している一橋大学の佐藤文香教授のゼミ生が、友人や知人から問いかけられたジェンダー論に関する質問をQA形式でまとめたものです。

いくつか感想があるのですが、今日はその中の一つを取り上げます。なんでこの一つを取り上げたかというと、本の感想というより、先般の愛知トリエンナーレに絡む感想だからです。

第十五章の「どうしてフェミニストは萌えキャラを目の敵にするの?」で、2014年に三重県志摩市で海女をモチーフにした萌えキャラが公認キャラと認定されたことに女性蔑視だと抗議があった件を取り上げています。

当時のニュースを覚えていますが、扇情的とまでは言いませんが割と大胆なデザインでした。

引用します。

『女性の性的な表現が公的組織から公認を受け、公共施設に掲示されることには、次のような問題があります。まず、性的な表現が公認を受けるとは、公の「お墨つき」を得ることであり、あたかもそのような性的なありかたが推奨されているように思われてしますでしょう。そして、公共施設に性的な表現が掲示されれば、子どもを含めた不特定多数の目にはいってきます。』


つまり、性的な萌えキャラが、公に認められたこと、公共施設に入り込んだことを問題視しています。公認されなければフェミニストたちは黙認したかというとそれは分かりませんが、公の場に進出したことにたいして強く異議を申し立てています。

これは先般の「あいちトリエンナーレ」での騒ぎと似ています。ここでは朝鮮人慰安婦をモチーフとした少女像や、昭和天皇の写真を燃やすなどした作品が、税金を投入した公の場所に置かれたことに異議が殺到しました。

論理の構造は同じです。税金を投入して公的なものになったのだから納税者は発言します、ということです。

我々はややもすれば自身の政治的立場に引きずられて、片方の苦情は当然だがもう片方は表現の自由への侵害だ、というダブルスタンダードにおちいりがちですが、素直に考えれば両者のよってたつ論理は同じだと認めるほかありません。

【本】居眠り磐音 決定版02 寒雷ノ坂

「居眠り磐音」シリーズの第二弾を読んでみました。

一作目を読んだ時は、これで51巻もどういう風に話が続くのかと疑問がわきました。長大な小説となると、よくあるのが群像劇です。複数の「主役」を配置し、あっちこっちから描写していくと結構長い小説になります。あと、伝記も長くできます。歴史上の人物を主人公にして、微に入り細に入り描いていけばこれも長くなります。しかし、一人の主人公で、架空の人物が主人公となると、長い話は結構難しいかと思います。

第二巻を読んで、そのカラクリが大体読めてきました。長編小説の体裁をとっていますが、基本構造は連作短編と長編の組み合わせです。

連作短編の部分は、主人公が仕事をみつけ騒動に巻き込まれるが、腕と人柄で解決するが、たいした稼ぎにならないので金欠病は治らない、というのを連作で配置していきます。その間に、主人公が藩を抜けた事件の真相が徐々に明らかになるというのが長編の部分です。

これだと、各巻に見せ場を持ってきながら、長い話が続けられます。

主人公は正義感が強く弱い者に優しく強い者にもへつらわないという、おそらく正当的な時代小説です。人気シリーズだというのもうなずけます。続けて読んでみたいと思います。


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えいび

Author:えいび
日々の出来事、映画やアニメの感想です。

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