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【テレビ】フランケンシュタインの誘惑E+  第二十話「クローン人間の恐怖」

Eテレにて放送。

これが最終回とのことです。

今回の主人公は、ドイツ人の発生生物学者カール・イルメンゼー。クローン研究を切りひらきながら、疑惑の実験によってクローン研究を遅らせたという二面を持つ男です。

1951年:カエルのクローンが誕生。脊椎動物では世界初。
1981年:イルメンゼーがマウスを使い世界で初の哺乳類クローンができたと発表。カエルの卵は1.5ミリに対して、マウスの卵は0.1ミリと小さいので操作が困難だった。他の科学者の追試はすべて成功しなかった。
1981年:イルメンゼー、ハツカネズミのクローンを発表。
1983年1月:ジュネーブ大学で講義中に弟子がイルメンゼーの実験に捏造の疑いがあると告発。
同年6月:調査委員会が立ち上がる。
1984年1月:不正の証拠は見つからないが、実験には大量の訂正・誤り・矛盾がある。科学的にあ価値がない、と結論がでる
1984年5月:核移植による哺乳類のクローンは生物学的に不可能である、という論文まで発表される。
同年6月:イルメンゼー、大学を辞職。
これにより、発生生物学者の誰もがクローンに関心を持たなくなった。
1997年2月:スコットランドの無名の学者イアン・ウィルムット(農業機関の研究所の学者)が、ヒツジの体細胞クローン(名前はドリー)の誕生を発表。実は、農業機関ではクローンの研究を続けていた。しかも、優秀な個体のコピーを作るために、胚細胞クローンではなく体細胞クローン(すでに生育した動物の細胞の核をもとにクローンをつくる)を目指していた。発生生物学界にとっては寝耳に水だった。
同月:米クリントン大統領は人間のクローンに反対すると声明を出す。
同年3月:ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が人間のクローンは「人間の尊厳の冒涜につながる」と声明を出す。
1998年:ホノルル大学が、マウスの体細胞クローンに成功
同年:牛のクローン成功
1999年:ブタのクローンに成功
2002年:ネコのクローンに成功
2005年:イヌのクローンに成功
2008年:アメリカの食品医薬局はクローン肉を食品として承認。クローンであることの表示義務はないので、消費者には見分けがつかない
2013年:ヒトクローンES細胞のクローンに成功。細胞レベルであるが人間のクローンに成功
2018年:中国の研究所がサルのクローンに成功。

■感想
クローンというアイデアはイルメンゼーのものではありませんし、イルメンゼー自身はクローン研究を遅らせていますので、人間のクローン研究を立役者(フランケンシュタイン的学者)ということにはならないはずです。むしろ、ヒツジのドリーを作った農業機関の科学者の方がフランケンシュタイン的です。

それにしても、この分野の研究ではしょっちゅう不正が横行しています。個体差のある生物を使った実験なので再現が難しいというのもありますが、個人の技術によるところが大きいため、その気になれば論文に何でも書けちゃうというのが理由なのでしょうか。
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【テレビ】フランケンシュタインの誘惑E+  第十九話「天才誕生 精子バンクの衝撃」

Eテレにて放送。

主人公は二人です。アメリカの遺伝学者ハーマン・マラー(1890~1967)。天才の精子を集め優れた人間を作り出すという、いわゆる優生学にもとづく計画をたてた科学者です。もう一人は科学者ではなく大富豪のロバート・グラハム(1906~1997)。マラーの提言に触発され資金面での援助をし、マラーの死後は天才精子バンクの構想に邁進した人物です。

1890年:マラー、ニューヨークで生まれる。ドイツ系。ハーレム(当時は労働者の街)で育つ
1906年:マラー、コロンビア大学に入学。ショウジョウバエを使った突然変異の研究をするトーマス・モーガン教授に師事する。
マラーは優れた研究者だったが、協調性に欠けていた。
1920年:マラー、テキサス大学に移籍。ショウジョウバエにX線を照射することで突然変異が多発することを見出す。これにより人為的に突然変異を起こすことに成功し、同時に遺伝子(メンゲレによって提唱されていたが、具体的にそれが何なのかは不明だった)が物質であることを証明した。
1932年:マラー、ドイツに向かう
1933年:ドイツがヒトラー政権になる。マラーはナチスの優生学に幻滅する。ナチスが「劣等」な遺伝子を持つ者を排除しようとしたことに対して、ひとにぎりの優秀な人間だけが父親になるべきだと提唱する。
1946年:マラー、ノーベル医学・生理学賞を受賞
1961年:マラー、核戦争の可能性に危機感を抱き、優秀な精子は地中深くに隔離し保存すべき、とサイエンス誌に投稿。肯定的な反応もあったが、結局はナチスの考えと同じだという反発もあった。
1963年:ロバート・グラハムが、マラーの考えに共感し接触してくる。天才精子バンクの構想が動き出す。
1964年:アメリカと日本で、不妊治療のために、世界初の精子バンクができる
1967年:マラー、心不全のため死去。グラハムは本業をなげうち天才精子バンクにのめりこむ。ノーベル賞受賞者に精子の提供を求める。
1980年:天才精子バンクが公になる。精子提供者の中に、人種差別主義者として知られるウィリアム・ショックリー(ノーベル物理学賞受賞者)がいたことで騒動となる。
グラハムは、精子提供者を科学者だけから広く募ることになる。マラーの構想から離れ、精子提供の産業となっていった。
1982年:グラハムの精子バンクから子供が生まれる。IQ175の子供だったが、現在は家庭教師で生計を立てていて、取り立てて成功者になったわけではなかった。
1997年:グラハム、シアトルのホテルで脳震盪を起こし死去
1999年:グラハムの精子バンクが閉鎖。19年の間に217人の子供が生まれていた。
現在、インターネットを使って精子バンクビジネスは活況を呈している。

■感想
マラーは、天才の精子だけに着目して、天才の卵子は気にも留めていなかったみたいです。これは彼が男尊女卑の思想だったからでしょうか、それとも卵子の保存が難しいとかの技術的問題があったからでしょうか。番組ではよく分かりませんでした。

「天才」の例として番組では、何人かの肖像画や写真を見せていましたが、その中に画家のゴッホがいました。ゴッホが評価されたのは死後です。したがってゴッホの生きている時代に天才精子バンクがあったとしても、ゴッホの遺伝子は収集の対象外だったはずです。マラーの考えるように、優れた遺伝資質の持ち主だけが父親になってしまうと、歴史上で天才とみなされる遺伝子が残らないことになってしまいます。

天才精子バンクから生まれた子供が、特別な業績を残していないということは、天才が遺伝だけで生まれるのではないのではという疑問を突きつけます。高IQの子供が高IQになるらしいというのはわかりますが、「天才」になるというわけではないようです。実際、歴史上天才と呼ばれる人の親が普通だったり、その子供がなんということもないことはよくあります。普通の授精で天才が引き継がれないのに、体外受精で引き継がれるというのは考えに無理があります。ただし、天才は無理かもしれませんが、普通よりやや優れた子供が生まれるという可能性はありますので、精子バンクでより「優秀」な精子を求める気持ちはわかります。

もしかしたらオッペンハイマーがいなければ人類は原爆を手にしなかったかもしれませんが、一方で遅かれ早かれ誰かが発明しただろうという気もします。それは証明できることではありません。しかし、ハーマン・マラーがいなくても精子バンクはできましたし、精子バンクが産業化すれば優れた遺伝子を求める親がいて「天才精子バンク」に近い考えの運営になるのは必然です。したがって、マラーがいなくても世の中はこうなっていたというのはほぼ間違いありません。彼を「フランケンシュタイン」呼ばわりするのはちょっと酷かと思います。

私は米国のドラマが好きでよく観るのですが、独身女性が一念発起して子供をつくろうと精子バンクと契約するというエピソードがよくあります。そういうのを見ているせいか、精子バンクといわれても特におどろおどろしい感じがしません。慣れ、というのは恐ろしいものですね。

【テレビ】ダークサイドミステリー  「闇の神話を創った男 H.P.ラヴクラフト」

NHK-BSにて放送。

米国の怪奇小説作家ラヴクラフト(1890年~1937)に迫ります。

謎めいた小説群を残して夭折した作家ですが、本人に謎があったわけではありませんので、なんでこの番組で取り上げるのか、あるいはこの番組の趣旨はなんなのかと疑問は膨らみます。

それはともかく番組の内容ですが、ラヴクラフトが創始した「クトゥルー神話」が、現在静かなブームを呼び、映画・アニメ・マンガ・ゲーム・小説に影響していることを紹介しています。

そして、「クトゥルー神話」が当時一般的だった吸血鬼とか狼男といった教訓話めいた怪奇ものとは一線を画し根源的恐怖、宇宙的恐怖を描いていることが特徴です。

ラヴクラフトは裕福な家庭に育ち、邸にあった膨大な蔵書を子供のころから読みふけり、特にエドガー・アラン・ポーに影響を受けました。自分でも小説を書いて出版社に送りましたが、当時の流行とは違っていたことや、本人に出世欲が欠けていたため、鳴かず飛ばずでした。それでも理解者となった友人の作家たちの後押しもあり、ほそぼそと作家業を続けていました。

ラヴクラフトの特異なところは、自分の作った怪物のキャラクターを友人の作家が使って小説を書くことを快く認めたところです。

■感想
ラヴクラフトは知ってはしましたが、読んだことはありません。

番組の中で、ラヴクラフトの小説のあらすじを再現していました。正直に言って、”それって落ちはなんなの?”と言いたくなるようなものばかりでした。人気の理由がちょっと分かりませんでした。

【テレビ】フランケンシュタインの誘惑E+  第十八話「”いのち”の優劣 ナチス科学者」

Eテレにて放送。

ドイツの人類遺伝学者オトマール・フォン・フェアシュアー(1896~1969)が主人公です。ナチスが進めた断種法の理論的背景を構築し、ユダヤ人迫害への責任がありながら、罪に問われることなく科学界の重鎮として生をまっとうした男の素顔に迫ります。

1896年:ドイツ中央部ゾルツに生まれる
1919年:マールブルク大学で医学を学び、優生学に魅せられる。優生学とはダーウィンの進化論とメンデルの遺伝学が融合したもので、劣った遺伝子を持つ者を断種することで国家・民族の弱体化を防ごうとする考えのこと。
1923年:大学の付属病院に勤めだす。研究対象として双子に目をつける。当時流行していた結核の統計から、結核に耐性のない遺伝子が存在することを突き止め、断種を推奨する。
1931年:障害者への断種を主張しだす。プロイセン州政府はフェアシュアーの提言に従い不妊手術を模索するが、法律の壁に阻まれる
1933年:ヒトラー内閣成立。断種法が成立する。当人の同意を必要とせず断種ができるようになる。
ナチス政権とフェアシュアーが結びつき、フェアシュアーは出世街道を驀進する。フランクフルト大学の遺伝病理学研究所所長に就任する。遺伝的に問題のあるカップルの情報を優生裁判所に報告。次々と判決が下された。1945年までに40万人(ドイツの200人に一人の割合)で断種が行われた。
1935年:血統保護法が成立。ユダヤ人とドイツ人の結婚や性的関係を持つことを禁止する。この段階で、「ユダヤ人」とは何かということが問題になる。フェアシュアーは、ユダヤ人の定義に乗り出す。
1942年:カイザー・ヴェルヘルム人類学人類遺伝子優生学研究所所長に就任。ユダヤ人を特定するたんぱく質を見つけ出そうと試みる。ユダヤ人と比較のための非ユダヤ人の大量の血液が必要となる。アウシュビッツ強制収容所に赴任した弟子のメンゲレが、収容されたユダヤ人や捕虜の血を抜いてフェアシュアーに送る
1945年5月:ドイツ降伏。フェアシュアーは自分に不利な証拠を破棄する。拘束されたが、アウシュビッツの出来事は知らなかったとの言い分が通り、日本円にして45万円の罰金で済む。
1951年:ミュンスター大学 人類遺伝子研究所所長に就任
1952年:ドイツ人類学教会会長に就任
1968年:自動車事故。昏睡状態になる
1969年:11カ月の昏睡を経て死去
死ぬまで、戦争中の行為が問題視されることはなかった。

現在、証拠が発掘され、フェアシュアーの罪が明らかになっている。

■感想
番組でも言及されていますが、断種法の考えナチスやフェアシュアーの発明ではなく、世界中で行われています。日本でも、最近になって本人の同意なしに断種手術をしたことに対するお詫びと補償が行われました。現在になってフェアシュアーが非難されているのはアウシュビッツの出来事に積極的に関与したからのようです。

「優生学」と聞くとおどろおどろしいですが、出生前検査が普通になった現在、我々自身も「優生学」と無関係とは言い切れません。ナチスやフェアシュアーだけを非難して済む問題ではないと思います。

【テレビ】ダークサイドミステリー  「幻のニホンオオカミを追え!」

NHK-BSにて放送。

公式には絶滅したとされながら、たびたび生存情報が飛び交うニホンオオカミの話です。

1905年:奈良で最後の個体が死んでいるのが発見される。
1963年:静岡で自衛隊員がニホンオオカミを目撃
1996年:秩父で写真が撮られる。専門家が”ニホンオオカミに近い”と鑑定
1999年:山梨でも目撃
2013年:埼玉で正体不明の遠吠えが聞かれる。

剥製は国内に三体あります。どれも姿かたちが異なっています。剥製の専門家によれば、剥製というのは作成者の個性が入りやすいもので、作者が生きているニホンオオカミを見たことがないとすれば、見た目が異なるのはあり得ることだそうです。

オランダにニホンオオカミのタイプ標本(その種の基準となる標本)の剥製があります。これはシーボルトが持ち出したもので、これも国内の三体の剥製と微妙に違う姿です。なお、この標本の台座には「ヤマイヌ」という表記があります。

これについて
ⅰ)ニホンオオカミとは別にヤマイヌという種がいた。
ⅱ)オオカミとヤマイヌは同じ種。
ⅲ)犬とニホンオオカミが交雑したものがヤマイヌ。
という三つの説が唱えられていました。
近年になって、日本各地に保存されていたニホンオオカミの骨から、ニホンオオカミ特有のDNAが解析され、それをオランダの標本と照らし合わせたところ、すくなくともニホンオオカミの血を引く生き物であることが証明されました。つまり、ⅱ)かⅲ)です。

■感想
番組ではさらっと触れただけですが、一番気になったのはニホンオオカミがなぜ絶滅したかです。なんとなく明治になって開発が進んだために絶滅したように考えていましたが、日本の山地が明治で急速に開発されたわけではないのでちょっと腑に落ちません。餌となるイノシシやシカは現在でも生き残っているのですから、ニホンオオカミだけがすぽっと絶滅したのは不思議です。

ヤマイヌといえば、映画「オーメン」で悪魔の子ダミアンを生んだ獣を思い出します。そういう種がいるものだとばかり思っていましたが、学問的な分類にはないようです。

ニホンオオカミに関する日本人の記録が案外少ないのも驚きです。むしろ西洋人の方が熱心に収集したりしています。昔の日本人は意外に自然に対する興味が薄かったのでしょうか?
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えいび

Author:えいび
日々の出来事、映画やアニメの感想です。

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