【アニメ】おとめ妖怪ざくろ

普通に面白かったです。飛びぬけた作品ではありませんが、きれいにまとまった、と思います。

気になったところをいくつか指摘しておきます。

まず、妖人省の人間の三名がまったく役にたっていないのが引っかかりました。あまりにも活躍しないので、これでいいのだろうかと、心配になったくらいです。

また、おそらくは戸籍もないであろう花楯中尉がどうやって軍隊にはいりこめたのか、説明がありません。根本にあるのは、ざくろを誘拐するだけの目的にしては、政治力を駆使して妖人省を設置するなど、手が込みすぎていることです。もう少し単純な方法を使うのが自然です。妖人省の設置の裏に陰謀があった、という設定にしたいのであれば、もっと丁寧な説明が必要です。

さらに、出だしで、総角少尉が妖人を怖がっている、という描写が不思議です。この物語の世界では、妖人の存在は誰もが知っていることです。我々が幽霊を怖がるのと同じように妖人や半妖を怖がるというのは理屈に合いません。半妖を人種差別のような感じで蔑む一般人が出ていました。こういう反応であれば分かります。しかし、怖がる、というのは考えられません。

文句をつければきりがありませんが、ギャグ・シリアス・恋愛話のバランスがよく、安心して観ることができる作品だったと思います。

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【本】マリア様がみてる:「ステップ」

「マリア様がみてる」シリーズの新作です。雑誌掲載の短編を膨らませて一冊にするという経緯は「私の巣(マイネスト)」と同じです。

本編(祐巳さん達)との関係は明示していませんが、本シリーズのファンには明白です。本編との関係は匂わす程度ですので、独立して読むことはできます。突然、この巻から読み始める人はまずいないと思いますが。

「マリア様がみてる」シリーズにしては珍しく、男女間の恋愛を扱っています。今までも、江利子さまや志摩子さんの両親の話などはありましたが、一冊まるごとというのは初めてのことです。

本編とのからみがあるので楽しんで読みました。一方で、オリジナルキャラクターたちの話を読みたいという希望も強くあります。「私の巣(マイネスト)」に続けて、二回もおあずけをくったような気分です。


【展覧会】ドガ展

於:横浜美術館

今月の31日までなので、ぎりぎりに行くことができました。

オルセー美術館をはじめフランス国立図書館や北九州市立美術館など世界中からドガの作品を集めた展覧会です。
展覧会のポスターになったのは、初来日となる「エトワール」。他にも、第一回印象派展に出展した「田舎の競馬場にて」、ニューオリンズ滞在中に描いた「綿花取引所の人々」、「バレエの授業」、「浴盤」など有名な作品が数多く集まっています。絵だけでなく、彫刻やドガが撮ったという写真も展示するなど本格的なドガの展覧会でした。

混んではいましたが、美術館が広いので、気になるほどではありませんでした。

「マネとマネ夫人像」が気になりました。マネ夫人の描き方が気に食わなかったマネが肖像の右端を切り落としたという、いわくのある作品です。どういう風に描いてあったのかすごく興味がわきました。


【アニメ】俺の妹がこんなに可愛いわけがない

原作小説は読んでいません。

面白かったです。キャラクターの設定もしっかりしていますし、ストーリーも丁寧に作ってあります。おそらく原作が優れているのでしょう。機会をみつけて、原作小説を読んでみようと思います。

原作のストックがあるなら二期も期待します。そこはかとなく二期目を予感させる終わり方だったように感じました。

ただし、小説とアニメ化の部分は理解できません。あんな話で出版できるとはとうてい思えません。自費出版詐欺の話かと思いました。アニメ化の方が夢落ちを疑いました。こうしたオタク分野で社会的な成功をしてしまうと、もはや秘密の趣味とはいえませんので、ストーリーのバランスが崩れるのではないかと思います。実際、その後の展開にも大した影響はしていません。なかったことにして欲しいくらいです。

【朝日新聞】社説:靖国合祀判決―信教の自由を守れたか

12月26日の朝日新聞の社説です。

引用します。

靖国合祀判決―信教の自由を守れたか
 亡くなった肉親を静かに弔っていた遺族のもとに「故人を祭神として祀(まつ)った」という通知が宗教団体から届いた。やめてほしいと求めると、「教義で取り消しはできない」と拒まれた。
 憲法の「信教の自由」を持ち出すまでもなく、当事者になったとすれば、納得がいかない話ではなかろうか。
 戦争で死んだ父や兄が、意に反して靖国神社に「英霊」として祀られ、合祀(ごうし)の取り消しを拒まれた遺族の思いもそのようなものだろう。
 そうした遺族らが靖国神社の合祀の名簿から親族の名前の削除などを求めた裁判で、大阪高裁は先週、一審に続いて訴えを退けた。遺族は国とともに靖国神社を被告とし、故人をしのぶ権利が侵害されたと主張していた。
 判決は、靖国神社にも信教の自由が保障されており、遺族の主張は合祀に対する不快な心情や靖国神社への嫌悪の感情でしかない、と指摘した。
 判断のよりどころは、1988年の殉職自衛官合祀訴訟の最高裁判決だ。殉職した夫を遺族の意思に反して、護国神社が合祀したのは違法と訴えた妻に対し、最高裁は「寛容であれ」と諭した。神社の宗教活動の自由のために私人は我慢するべきだという論法だ。
 今回もこの考えを踏襲して「しのぶ権利」は法的に保護する利益にあたらないと判断した。しかし、信教の自由とは本来、少数者の保護をめざすことに意味があるのではないか。この場合、遺族らがそれにあたる。
(後略)



新聞記事(直接にはこの社説)のみからの感想です。実際の判決文は読んでいません。

原告の訴えを退けた裁判所の判断は、正しいと思います。ただし、靖国神社に対して寛容であるべし、という意見からではありません。

第一に、尊重すべきなのは戦死した当人の意思のはずです。原告が何を信仰しているのか分かりませんが、遺族の意思は、直接の関係はありません。もしかすると、当人は靖国に祭られことを望んでいたのを、別の宗教に入れあげた息子や娘が訴えを起こしているのかもしれません。そうだとすると、この訴え自体がかなりいびつな感じがします。

第二に、原告が神道を信仰していないのであれば、靖国神社の「合祀」などという祭礼は無視すればよいだけです。靖国の「合祀」など異教徒の儀式に映っているはずです。無信仰なら、なおのこと無視するはずです。

次のように考えれば明白です。キリスト教の教義では、非キリスト教徒は地獄落ちになるそうです。私はキリスト教徒ではありませんので、死後は地獄落ちになるそうです。しかし、私はこれを聞いても、非キリスト教徒であるが故に、腹が立ちません。腹が立つはずがないのです。

私には、「遺族の主張は合祀に対する不快な心情や靖国神社への嫌悪の感情でしかない」という裁判所の指摘は、正しいように思えます。

【アニメ】咎犬の血

原作のゲームは知りません。このアニメでのみ知った作品です。

まず、不可解なのが主人公(アキラ)の行動理由です。トシマというのは、警察権力が簡単に介入できないような無法地帯なのですから、アキラはそのまま逃げてしまえばいいはずです。トシマでイグラ(殺人ゲーム)を強要されて受け入れた、というのはよくわかりません。最終回で、それらしく理由を述べていますが、あまり説得力があるとは思えません。

次に、イグラを主催している側の論理です。なんのためにイグラを行っているのかわかりません。得をすることがあるのでしょうか。説明がありません。

不正にタグを集めている参加者もわかりません。インチキでイル・レへの挑戦権を得てどうしようというのでしょうか。実力と自信があれば正等な方法でタグを集めればいいはずですし、実力がなければイル・レに結局負けるだけです。

さらに、シキがイグラ参加者を狩っていた理由も分かりません。

このように、ストーリーの骨格に重要な疑問があります。これらの疑問は解消されないまま終わってしまいました。ストーリーも、アキラとケイスケの物語にケリがついただけで終わりました。消化不良をおこしそうです。

また終盤では画面が暗くて、なにをしているのかよく分からないところがありました。

題名の「咎犬の血」ってなんのことだったのでしょう。「血」が特殊なのは、アキラとナノの二人でしたが、二人とも、格別な「咎」があったわけでも、「犬」を連想させるところがあったわけでもありません。釈然としません。

なんだかよく分からない作品でした。

【アニメ】FORTUNE ARTERIAL

低評価です。

最終回までいっても話がまるで進んでいません。何を見せたかったのでしょうか。吸血衝動にどうあらがうか、母親との葛藤をどう乗り越えるか、といったところが見せ場になるはずなのに、完全にぶん投げて終わりました。

学園生活と吸血鬼の話を無理に共存させているため、いびつに間延びしていました。
みていて痛々しいくらいです。

キャラクターの掘り下げは、それなりにしていたのですが、まったく作品に生かされていません。

【アニメ】ぬらりひょんの孫

原作は未読です。

特に目だった欠点はありません。いやみのない作品です。エンディングは1クール目も2クール期目も、かわいくて楽しかったです。狙っているのは明白でしたが。

ヒロイン的な扱いをしているのは3人います。雪女は忠臣という位置づけが強く、家永カナが正当なヒロインの位置にいます。奇妙なのは陰陽師の花開院ゆらです。見た目も地味な顔つきで、その他大勢のキャラクターといっても通じるくらいです。着こなしもどことなく野暮ったさが残っています。また、リクオには昼バージョン・夜バージョンを問わず、まったく恋愛感情はないようです。それどころが、友情を感じているのかさえ分かりません。むしろ、祖父のぬらりひょんと妖怪とは知らずに交流があったくらいです。非常に興味深いキャラクターでした。これと言って物語にからんでこなかったのが残念です。

よくなかったのは、進行が遅いことです。2クールかけたわりには、物語があまり進んでいません。もう少しテンポを上げてほしかったです。


【アニメ】侵略!イカ娘

今期の最高作だと思います。

特に深夜に放送する理由はなさそうです。子供も喜びそうな作品ですので、昼間枠に放送すればよかったと思います。昼間の枠は空きがなかったのでしょうか。

笑える回もありますし、けっこう泣かせる話もあります。特に「飼わなイカ」(ミニイカ娘の話)は、最高の出来でした。夢落ちであることはなかば分かっていながら、あそこまで面白いとは驚きです。

是非、子供も観られる時間帯に再放送をしてほしいです。あと、二期目があることも期待します。

【アニメ】百花繚乱

キャラクターは類型的です。幼馴染、ロリキャラ、妹、メイド、といったものを配置した以上のものではありません。主人公も優柔不断という印象しか残しません。

ストーリーは凡庸です。クライマックスシーンに至っては、少年ジャンプの亜流です。

世界観がよくわかりません。大日本とそれ以外の国はどういう関係なのでしょうか。我々の知っている歴史とどういう関係にあるのでしょうか。説明がありません。

欠点ばかりあげましたが、絵は独特の雰囲気を持っていました。墨汁が画面に飛び散るのは、緊迫感を増す効果もありました(ただし、体を隠すための墨汁使用はわずらわしかったです)。最終回の白黒の絵も迫力がありました。

全体としては面白い作品といえませんが、実験的な絵は評価します。

【アニメ】伝説の勇者の伝説

原作の小説は読んでいません。

出だしはまずまずでしたが、キャラクターが増えるにしたがって、理解が及ばなくなってきました。原作をはしょっているからなのでしょうか。政治的なドラマも固有名詞が多すぎてよくわからなくなってきました。裏を返せば、原作を読んでいれば楽しめたのかもしれません。しかし、このアニメの出来では、原作を読もうという意欲はわきません。

深刻な展開と底抜けギャグを混ぜるのは無理があります。どれをどこまで真面目に受け止めるべきなのか、わからなくなります。もっとシニカルなギャグにしたらバランスが取れたのでは、と思います。

最後の方は何をやっているのか、まったく理解できなくなりました。2クールかけて結末にもならない結末というのは残念です。

【朝日新聞】異議あり:危険な自転車を止めろ 免許制の導入で

12月17日 朝刊 オピニオン欄(異議あり)より

エジプト考古学者の吉村作治氏のインタビュー記事です。
自転車が歩行者にとって危険なので、免許制を導入すべし、との意見です。

-自転車の何が問題なのでしょう。
「歩道を走ることです。危なくてしょうがない。
(略)
道路交通法では、歩道と車道の区別がある場合、自転車は原則として車道を走ることが定められています。」
(略)
公道を自転車で走るのは免許制にすべきだとホームページで主張しています。講習会で道交法を学び、試験に合格したら免許証を交付する。数年に一度は更新し、講習会を義務づけてはどうでしょう」
「警察も悪質な自転車を取り締まるべきですよ。違反したらキップを切る。ひどい場合は免許の停止や取り消しをし、自転車に乗れないようにする。場合によっては逮捕し、起訴してもいい。法律があって罰則規定があるのに、警察が放置しているのはおかしいでしょう」
-厳しいですね。エジプト考古学の先生がなぜ自転車問題に?
「ぶつけられたからです。
 (略)
-先生の考えでは、自転車免許は誰が交付するのですか。
「子どもの場合は中学に入った段階で授業の一環として講習を行えばいいでしょう。大人は自動車と同じで、都道府県の公安委員会。具体的には警察です。自動車は道路交通法で定められる車両ですから」
-そんなことをしたら警察組織は肥大化するでしょう。小さな政府、行政改革の流れに反しませんか。
「ぜんぜん。ぼくは小さな政府には反対ですから。大きな政府なにが悪い、です。
(略)
-でも自転車は健康によさそうだし、地球環境にもいいと言われています。自転車通勤する人も増えました。むしろ奨励すべきなのでは。
「それは間違いです。健康を考えるなら歩きなさい。環境にやさしいというのも疑問です。だって自転車を作るときに工場はCO2を出しませんか。本当に地球環境を言うのなら、自転車に乗らずに歩くべきです。自動車と比べるから良さそうに見えるだけ。自分たちに都合のいいものと比較してはいけません。健康も環境も、歩いた方がずっといい」
(略)


自転車が車道を走るべき、というのは同意します。私も自転車を乗るときは車道を走っています。しかし、今の日本のすべての車道で、すべての自転車(低速のママチャリや子供の乗る自転車を含む)を走らせると、渋滞と事故が増えるでしょう。車道がせまく、大型トラックぎりぎりの幅しかない道路もあります。ルールは守るべきというのは分かりますが、あまりにも杓子定規な態度は、新たな問題を生み出します。

歩いた方が運動になる、という意見はどうでしょうか。自転車と歩行では、遣う筋肉が違うので比較しづらいのですが、平地を移動するのは歩行の方が自転車より運動になっていると思います。しかし、現実世界では、移動距離が長いと歩くことは選択肢からはずれます。頭の中だけで考えると、歩行・自転車・自動車(電車)の順で運動量が大きいのですが、人は健康目的のためだけで自転車に乗っているわけではありません。便利でかつ健康にも役立っているのが自転車です。環境への影響についても同じく、頭の中でだけの比較です。「都合のいいものと比較して」いるのは吉村氏のように思います。

蛇足ですが、次のやり取りは面白かったです。

小さな政府、行政改革の流れに反しませんか。
「ぜんぜん。ぼくは小さな政府には反対ですから。大きな政府なにが悪い、です。


インタビュアーの頭には、みんなが小さな政府に賛成しているという思い込みがあるようです。小さな政府論は国民の総意でもなんでもありません。この点では、吉村氏の意見には一貫性があると認めざるをえません。


【展覧会】ゴッホ展 没後120年

於:国立新美術館

平日にいったにもかかわらず、大変な混雑でした。館のロッカーはすべて一杯でした。会場入り口で係員に荷物を何とかならないかと尋ねたら、預かってもらえました。特別なはからいということではなく、ロッカーが一杯の場合は、そこで預かることになっているそうです。荷物を持ったままの鑑賞にならなくて助かりました。

荷物を預かってもらえたのはいいのですが、展示会場内も非常に混雑していて、じっくり鑑賞することはできませんでした。私の経験で、平日の展覧会で今日ほど混雑したことはありません。朝一番で入場すればよかったのかもしれません。

展示作品はテーマにそったもので、展示数も多く、よい展覧会でした。ゴッホが好きなら見逃せない展覧会だと思います。

【アニメ】薄桜鬼

二期目ですが、一期目と連続していますので、まとめて評価します。

まず感じたのが、史実と鬼の話がうまくかみ合っていなかったことです。新撰組の表の歴史は順調に見せていました。しかし、鬼の一派の行動原理が不可解で、単に行き当たりばったりにしか見えません。一期目は、「謎」という言葉でくくって済ませましたが、二期目になると収拾つかなくなった感じです。

ストーリー面では矛盾が目に付きますが、土方さんが千鶴の血を吸うところなど、素晴らしシーンがいくつもありました。特に、最終回で「薄桜鬼」という言葉が出てきたのは感動的でした。タイトルの意味を最終回になるまで気にしていませんでしたので、してやられた、という感じです。

高い評価はできませんが、好ましい作品でした。

【展覧会】モネとジヴェルニーの画家たち

於:Bunkamura ザ・ミュージアム

展覧会のパンフレットより紹介文を引用します。

ジヴェルニーは、クロード・モネをはじめ世界各国から訪れた300人以上の芸術家たちの創作の場となり、「芸術家村」となっていった。芸術家の7割を占めたのはアメリカ人で、その多くはモネと出会う機会に恵まれたが、一方ではむしろ仲間とともに戸外での制作や社交的な交流を楽しんだ。彼らは母国へ戻った後、印象派の普及に貢献した。


12月7日に始まってまだ間もないせいか、入場者は多かったように思います。その反面、淡白な鑑賞のしかたの人が大部分で、結構すいすいと回れました。

ジョン・レスリー・ブレックの「秋(新月)、ジェヴェルニー」という作品が心に残りました。

【アニメ】刀語

放映が始まる前に、原作は読んでいました。

原作どおりに映像化していました。第四話の「薄刀・針」は、原作を読んでいたにもかかわらず、予告や前語り(公式Webサイトで行っていた出演声優による予告座談会)に騙され、原作を離れて、独自路線にいくのかと思ってしまいました。

原作と同じく、後味のよくない終わり方をしますが、それも含めて「刀語」なのでしょう。

月一回のエピソードで一年間の物語を、月一回の放映で一年にわたって放映したというのは、野心的なこころみだったし、大成功だったと思います。

良作でした。

【本】経営の流儀 次世代リーダー育成塾

「経営の流儀」 次世代リーダー育成塾 
価値創造フォーラム21 編
日本経済新聞社

「価値創造フォーラム21」という経営者・学者のグループが、対談・講演などで自らの経営観を示したものをまとめた本です。一人の著者の本ではないので、全体的なまとまりはありません。

この手の本に興味があるわけでもありませんが、読まねばならない事情がありました。せっかく読んだのですからBlogで紹介します。

いろいろな主張がされていますので、賛成できる部分もありますし、納得いかない部分もあります。経営やリーダーシップといったことに知識の薄い私が、賛同する部分をBlogに載せても面白くありませんので、むしろ、変だと思った部分を取り上げます。


■序章 次世代リーダーへの期待 (福原義春:資生堂名誉会長)

もっとも大事なところは決して数値化できないのです。
二〇世紀までは、数値化することに意味がありました。だから100メートル競争で10秒を切ることはすばらしいことでした。しかし、二一世紀になると荒川静香のイナバウアーが注目されるのです。このイナバウアーの美は、じつは数値化できません。そもそも評価される項目ですらない、数値には表せないのです。でも全体としての美しさで金メダルを獲得する。
そういう新しい価値観の時代がいま来ていて、100メートルを九秒台で走れば一国の英雄にはなるでしょうが、世界的な英雄になるにはさらにそれを超えたものが必要なようです。



数値化できない大事なことがある、というのは同意できますが、福原氏はそこにとどまらず、二〇世紀がどうの、イナバウアーがこうのと暴走をはじめます。

フィギアスケートの荒川静香選手のイナバウアーが評価項目でなかったというのは聞いた事がありますが、「全体としての美しさで金メダルを獲得」した、というのは事実に反します。イナバウアー以外の数値化される項目でトップに立ったから金メダルをとったのです。数値化されないイナバウアーで人気を博したというのは事実でしょうが、金メダルを取らなければそれほど注目を集めなかったのは明白です。また100メートルを九秒台で走っても世界的な英雄にならない、といっていますが、八秒台で走れば世界的に賞賛されるでしょう。オリンピック競技をひきあいにして、数値化できない大事なものを論ずるのは間違いだと思います。

別の側面から言えば、優れた芸術作品は、その価値は数値化されていません。昨今の経営者が数値化だけにこだわっているだけではないでしょうか。数値化できない大事なことがある、というのはパラダイムシフトでもなんでもなく、世間一般の常識といえます。

問題にすべきなのは、ビジネス界で重要なことがすべて数値化できるのか、できないのか、という議論のはずです。


■グローバル経済下の日本企業経営
JFEホールディング株式会社社長:數土文夫
ハーバード大学経営大学院教授:竹内弘高
の対談

さらにもう少し詳しいデータを見ると、「管理職になりたがらないミドル層が増えていると思うか」との質問に対して、経営トップの回答は「そう思う」と「ややそう思う」を合わせて四〇%でした。また、教育研修担当者によると、「経営者やリーダーになりたくない」というミドル層が、すでに五〇%もいるそうです。
人事が「わが社の将来を背負う人材だ」と思って入社させた人たちが、一〇年、二〇年経つと、リーダーになりたくないと考えるようになってしまう。これは、日本全体がそうなってきているからだと思います。大変なことです。


引用部分の発言は、數土文夫氏のものです。

データの読み方がおかしいです。
  
いつと比べて、「管理職になりたがらないミドル層が増えていると思うか」がアンケートでは明確でありません。アンケートの受け手(経営トップ)に任せて、増えたの、減ったのと意見を集めても無意味です。

『教育研修担当者によると、「経営者やリーダーになりたくない」というミドル層が、すでに五〇%もいるそうです。』というのは、まだ客観性があります。しかし、過去のデータとの比較がありません。外国との比較もありません。これでは、増えているのか・減っているのか、外国と比べて多いのか・少ないのか、なにも分かりません。

本来は、過去や外国と比べて経営者やリーダーになりたくないミドル層が増えているのは、問題がある、と提議しなければなりません。これでは、「最近の若い者は」と嘆いているのと同じレベルです。

こんなデータ分析で、日本を憂いてもらっては困ります。


■グローバル新時代の価値創造 竹内弘高 ハーバード大学経営大学院教授

ビジネスの世界のたとえで、「ゆでガエル現象」(二匹の生きたカエルを捕まえて、一匹は熱湯へ、一匹は水に入れて徐々に温めていく。すると、熱湯へ入れたカエルはすぐに飛び出すが、徐々に温められたカエルはそれに気づかずそのまま死んでしまうという現象)といわれるものがあります。
ご存知の方も多いと思いますが、実際に実験した人はなかなかいないと思います。私は二回カエルを捕まえて実験したことがあります。すると、たしかに熱湯へ入れたカエルは飛び出し、もう一方はゆでガエルとなって死んでしまいました。


現実には、生きているカエルをゆでるのは無理なようです。竹内氏は実際に実験した、と言っていますが、信じられません。ありていに言えば、竹内氏は嘘をついているのではないでしょうか。Wikipediaの「茹でガエル」を参考にしました。

あくまで寓話ですので、実際にカエルがゆでられなくても、主張の価値を損ねることはありません。しかし、実験した、と怪しげなことを言い出すと、本筋の主張自体が信用できなくなります。


■全体の感想

まじめに企業経営を考えている人には参考になるのかもしれませんが、私のような人間には、この本の価値は読み取れませんでした。「猫に小判」といったところでしょうか。

【アニメ】破天荒遊戯

本放送時は、第一回を観た段階で視聴を打ち切りました。唐突な展開についていけなかったからです。今回Gayoで放送するというので気を取り直して鑑賞することにしました。

全話視聴しましたが、高評価はできません。

三人の仲間(ラゼル、アルゼイド、バロックヒート)が旅をする話なのですが、この三人がいっしょにいる合理的な説明がありません。バッロックヒートにいたっては、ラゼルといつ知り合ったのかすら説明なしです。この状態で、軽妙な会話の掛け合いをされても、ついていけません。軽妙に聞こえないのです。つまらないのではなく、説明不足です。

原作はみていませんので、アニメだけの評価です。



【映画】SPACE BATTLESHIP ヤマト

アニメ「宇宙戦艦ヤマト」の実写リメイクです。
ストーリーの骨格は第一作のものですが、第二作の「さらば宇宙戦艦ヤマト」の要素を取り込んでいます。アニメ版と同じ部分の善し悪しを、ここで述べる必要はないと思いますので、実写オリジナルの部分に絞って評価します。

■異星人の扱い
アニメ版とおおきく異なるのは異星人の扱いです。アニメ版では、異星人も地球人と同じ姿形で、科学力の差はあるにせよ、「人間」として描かれていました。この映画では、異星人はSF的な設定で、我々が考える生物とはまったく異なったものです。このため異星人側からの視点はありません。すべて地球人側から描かれます。ここがアニメ版ともっとも違う点です。

■戦闘シーン
戦闘シーンは、特撮技術を発揮したかったのか、スピード感を重視した映像です。もっと重量感のある砲撃戦を観たかったので残念です。特に波動砲の発射は、主砲発射の前に見せたためかもしれませんが、すごさが伝わってきません。主砲との威力の違いがわかるようにみせてほしかったです。

■時間経過
時間経過がよくわかりません。地球からイスカンダルまで、イスカンダルから地球まで、どのくらいの時間がかかったのかピンときません。

全体としては、わりと好印象を持ちました。オリジナルのアニメ版が好きな人にはお勧めします。アニメ版を知らない人でも、日本映画の映像の到達点を確認する価値はあると思います。

【朝日新聞】投書:電話勧誘業者よ 額に汗して働け

12月2日の朝日新聞投書欄より。
金沢市の大学非常勤講師(46歳)の投書を紹介します。

毎月のように東京、京都、大阪の不動産業者から電話がくる。「このマンション経営に投資すると、資産運用に有利です」といったふれこみで、一方的に話が始まる。そもそも地方都市にいる私に都会のマンションへの投資を促す話には、不自然さがある。資金の余裕もないのでお断りするが、次々とかかる。
どんな業者がかけてくるのか。それを確かめるために、業者の電話番号、都や府が出す免許番号などを聞き出して、データベース化している。電話がかかると、この10年余りで蓄積された「迷惑電話データベース」でただちに調べる。中には以前に丁重に断ったはずの業者からの電話もあることがわかった。
私は単に断るだけでなく、説教することにしている。「そんな仕事をしても、誰も幸せになれない。額に汗し、人のためになる仕事をしなさい」と。多くの業者は逆切れする。しかし、以前、「そうですね、ごめんなさい」と言い残し電話を切った業者がいた。少しだけ世の中を変えられた、と実感した瞬間だった。


マンション経営の電話勧誘には、私も迷惑しています。しかし、この投書には賛同できません。

まず、地方都市にいる人に都会のマンションへの投資を勧めるのは不自然、と言っていますが、不自然ではありません。住んでいる場所と投資先の場所が一致する必要はありません。

また、現時点では電話勧誘は不法行為ではありませんので、公に非難されるような職業ではありません。「額に汗して働け」と説教をしていますが、彼らも「額に汗して働」いているのです。

「額に汗して働け」と説教したら「多くの業者は逆切れする」となげいていますが、逆切れではありません。普通に怒っているのだと思います。電話勧誘業者は怒ったふりをして勧誘を成功させる手口を用いることがありますが、この投書での経緯からすると、怒った振りでも、逆切れでもなく、正等な怒りです。こんなことを言われたら誰でも怒ります。

確かに、マンションの勧誘電話をしてくる人には非常識な態度の人間が多いです。しかし、私の経験では、半数以上は断ればあっさり引き下がります。電話でマンション投資を勧誘したというだけで、人を見下すのは感心しません。


【朝日新聞】介護施設職員の方からの投書

11月30日の朝日新聞の投書欄に、2名の介護施設職員の投書がありました。

一人目は、浜松市の57歳の方のものです。

若者の介護従事 義務化しては

 介護保険料の値上げの報道がありましたが、無い袖は振れません。そこで、いっそのこと日本国民は、 例えば20歳になったら、1年間無償で介護現場に従事させることにしたら、どうでしょうか。
 そうすれば、第一に財源と労働力を確保できます。第二に、確実に誰もが人生において介護と向き合う長寿社会です。その時の必須の知識と経験になります。第三に世代間の交流ができます。第四に「老老」などと冠せられる介護地獄が減ります。
 また政治も変わるかもしれません。若者が福祉を通じて政治に関心を持ち、投票率が上がる。 うつ病や自殺者が減る。思いやりの心が育ち、学校や職場でのいじめが減る。そんな変化が期待できます。
介護の必要性は年齢や職業、生活状況に関係なく生じます。施設や病院だけでなく、家庭、企業、学校あるいは街角でも、あらゆる所で介護の必要な人はたくさんいます。
 義務教育の期間が9年あるなら、もう1年、介護に使っても人生の無駄ではないでしょう。裁判員制度も義務としてありますが、介護の義務化は検討の価値が十分あると考えます。


若者を一年間、介護の仕事につかせようという考えです。徴兵制度の介護版といったところです。徴兵制の場合は、体力的な面から「若者だけの徴兵するのは不公平」という意見が出るのは考えにくいです。しかし、介護「徴兵」の場合は、一定年齢以上は、労務を提供せずに介護をしてもらうことになりますので、不公平感があります。

また、投書子は「投票率が上がる」「うつ病な自殺者が減る」「いじめが減る」などと利点をあげています。これは、まったく根拠がありません。

裁判員制度をひきあいにしていますが、裁判員は抽選で選ばれ、日当が支給される制度です。投書子の提案する制度とはまるで違うものです。

介護の仕事をしているわりには粗雑な意見といわざるをえません。

もう一つは、千葉県の42歳の方からです。

不惑の転職 介護にやりがい

私は施設警備会社から介護の仕事に入り、ひと月が経過しました。厳しい警備会社にいましたので、事前準備期間が短く、ホームヘルパー2級などの資格はありましたが、素人同然で働き始めました。
警備の仕事の力量はある程度のレベルにあったと自負しています。しかし、介護の現場では並大抵の努力では先輩方に追いつけないことがわかりました。勤務時間の単純な比較なら、警備会社はたいてい24時間勤務で、確かに今の職場の方が短い。ところが命を預かる仕事でもありますから、精神的負担は私の職歴である公務員、警備員、介護職員の現場、と移るにつれ重くなりました。大変ですが、やりがいを感じます。
私は、適性のない仕事は一時しのぎに過ぎないことを、転職人生で学びました。誇りをもてれば厳しい生き方もできる、安定志向だけの職探しでは間違ってしまう。つたないかもしれませんが、それが私の教訓です。


介護の仕事は厳しくかつ責任が重いが、誇りを感じているならばやりがいがある、と述べています。経験に裏打ちされた、読むに値する意見です。

同じ日に、同じ介護職員から二件の投書がありましたが、その質は段違いだと思います。

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Author:えいび
日々の出来事、映画やアニメの感想です。

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