【朝日新聞】外国人実習生の賃金は低くしてよい?

5月30日 朝日新聞夕刊の「働く人の法律相談」より

弁護士の水野英樹氏の文章です。外国人技能実習制度の実習生の賃金が日本人労働者より低いのは法律違反である、と主張しています。

(前略)
外国人技能実習制度は、発展途上国の人たちが3年間、日本で技術を学び、母国の産業育成に役立ててもらうことを目的に掲げ、現在、国内に約20万人の実習生がいます。
(中略)
「実習生」といっても、労働者であることに変わりはなく、日本人と同じ労働法規が適用されます。労働基準法3条は、「労働者の国籍を理由に、賃金や労働時間などの労働条件を差別してはならない」と定めており、外国人というだけで賃金を低く設定することは許されません。
(後略)


一般的に認められた説なのか、水野氏の考えなのか、分かりませんが、納得できかねます。

この制度は、表向きは、技能習得のためのものです。したがって、一般の労働者より低い賃金なのは正当です。同じ契約形態の労働者が国籍によって給料が違ったら差別だと思いますが、研修目的の労働者の給料が低いのは不当だとは思えません。
もちろん、技能研修というのは表向きの話です。全部かどうかは知りませんが、実際は、低賃金の労働者として重宝しているのが実態です。したがって、日本人と同じ賃金にしろと迫れば、企業には彼らを雇う理由がなくなります。

水野氏の正義感はわからないでもないですが、想像力が不足しています。

私自身は、低賃金の外国人労働者の受け入れには反対です。日本の労働者を外国人労働者との低賃金競争に追い立てるべきではありません。だからといって、外国人労働者を低賃金に据え置いて、「下層階級」を作るのは、不正義だと思います。この点では、氏の主張と一致していますが、氏のような無邪気に正義を唱える態度には、反感を覚えます。

最後に水野氏はこう結んでいます。

外国人実習生は言葉の問題もあり、声を上げにくい面があります。あなたが職場や地域社会で問題を見聞きしたら、ぜひ労働組合や弁護士に連絡し、解決に協力してください。


まるで、密告の勧めのように感じました。

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【本】死んだギャレ氏

死んだギャレ氏 (1961年) (創元推理文庫)死んだギャレ氏 (1961年) (創元推理文庫)
(1961)
ジョルジュ・シムノン

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解説によれば、ジョルジュ・シムノンの推理小説の最初の作品です。1930年前後の作品のようです。

Aga-Searchさんのリストによれば、「刊行順では1番目」とのことです。

すでに絶版で、東京都の図書館には置いていませんでしたので、国会図書館で読むことができました。

脇筋で、フランス人がインドシナで現地の女性を騙して偽の結婚をしたあげくに捨てるなどの蛮行が描かれています。もちろんフィクションなのですが、作者は現地人でなくヨーロッパ人ですので、案外こうしたことはあったのかもしれません。

推理小説の出来としては、取り立てて語るほどのことはありません。


【テレビ】朝まで生テレビ(2011年5月度)

原子力発電所事故の話題でした。

社民党の福島党首について感じたことを述べます。

番組の終盤に視聴者から、次のような質問がよせられました

「妊婦の主婦です。関東地方に住んでいるのですが、子供がこれから生まれるので、放射能汚染が今まで以上に心配です。現在、福島原発30km以上の土地に住んでいる方には今のところ健康への影響はないといわれているのですが、微量の放射線でもこの状況が続く場合、乳児や子供に全く影響がないと言うのでしょうか?」

これに対して、東京工業大学の松本義久準教授や民主党の大塚耕平厚生労働副大臣から「正確には100ミリシーベルト以下では影響があることを立証できない」「癌のリスクは放射線だけではない、トータルでリスクを減らさなければいけない」「日本はもともと放射線レベルが低い」という回答をしていました。科学的な評価は私にはできませんが、聞いた限りでは真摯な答えだと思います。しかし、社民党党首の福島みずほ氏が20ミリシーベルトでも危険なのだ、と主張し、司会の田原氏と次のやりとりが始まります。

田原---福島さん、東京から疎開すべき?
福島---いやそういう・・・
田原---そうじゃない? 危ないなら疎開すべきじゃない?
福島---20ミリシーベルト・・・
田原---違うって、そんなこと聞いてないよ。つまり東京は危ないから疎開すべきか?
福島---私は東京が危ないから疎開すべき、といっているのではないんですよ。政府が言った、例えば福島の小学校が1から20といったことには、それは高いと。文部科学省とずっと交渉して昨日も文部科学大臣と一対一で話をして・・・
田原---あの、ちょっと福島さん。大事な事はね、僕はね、このところね、東京から疎開しなければいけないかって声をいっぱい聞いているの、現に疎開している人もいるわけよ。で、あなた達は疎開すべきだと意見でしょ?
福島---すべき、とは言えないです。
田原---危ないんでしょ?
福島---私は安全な被爆などないと思っているんです
田原---だから、東京から疎開すべきかどうか?
福島---すべき、とは言えないですよ。
田原---じゃ、なんて言うの? 「した方がいい」?
福島---いや、それはもうその人の選択ですよ
田原---ずるいよ


実際、福島氏の回答はずるい、と思います。もともとの質問者の不安をむやみにかりたて、最後は「その人の選択ですよ」で済ませています。

決して福島氏が、関東の妊婦のことを軽視しているとは思いません。しかし福島氏が国民の疑問に答えることよりも、自分の言いたいことを言うのを優先させていたのは間違いありません。いくら野党とは言え、無責任な態度だと思いました。



【本】涼宮ハルヒの驚愕(前)(後)

涼宮ハルヒの驚愕 初回限定版(64ページオールカラー特製小冊子付き) (角川スニーカー文庫)涼宮ハルヒの驚愕 初回限定版(64ページオールカラー特製小冊子付き) (角川スニーカー文庫)
(2011/05/25)
谷川 流

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「涼宮ハルヒ」シリーズの四年ぶりの新刊。

予約受付のみの先行販売という特殊な販売方法をとっています。

幅広い年齢層に支持されているとはいえ、やはり主要な読者は中高生だと思います。4年といえば、中学1年生が高校2年生になってしまうだけの期間ですので、かなり待たせてしまっています。これだけ待たせて、まだ多くのファンがいるというのは、テレビや映画化などでつなぎとめていたにせよ、やはり作品に魅力があることにつきると思います。今回の予約者のみに先行して販売するという傲慢とも言える商法も「涼宮ハルヒ」シリーズだからこそ許されるものだったのかもしれません。

期待を裏切らない面白さでした。長く待った甲斐がありました。できれば次回作は間を空けずにお願いしたいものです。

なお、前作の「分裂」から引き続き二重構成をとっています。この二重構成を映像化するのはかなり難しいでしょう。やるとしたらかなりの挑戦になると思います。難しいとは思いながらも期待しています。

【アニメ】マリア様がみてる 第六話

マリア様がみてる―ロサ・カニーナ (コバルト文庫)マリア様がみてる―ロサ・カニーナ (コバルト文庫)
(1999/12/01)
今野 緒雪

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Gyaoにて視聴。(今回がはじめての視聴というわけではありません)
小説の第三巻、「ロサ・カニーナ」のなかの中編「ロサ・カニーナ」に相当します。

紅薔薇、黄薔薇に続いて白薔薇に焦点があたります。

小説では「黄薔薇革命」の次は「いばらの森(中編「いばらの森」と中編「白き花びら」)」ですが、アニメでは「いばらの森」を飛ばして「ロサ・カニーナ」になります。どちらも白薔薇が話の中心なのですが、順番が変わっています。

「いばらの森」と「白き花びら」の話は第一巻~第二巻に比べて重たい感じがしますので、比較的軽めの「ロサ・カニーナ」で、白薔薇さま(ロサギガンティア)の翳を若干匂わせておこうとしたのかもしれません。

それでも白薔薇さま(ロサギガンティア)が静にキスをするシーンを動く絵で見ると、いままでとは少し違った雰囲気、決して軽くない雰囲気を感じさせます。


【アニメ】マリア様がみてる 第一話~第三話
【アニメ】マリア様がみてる 第四話~第五話
【アニメ】マリア様がみてる 第六話
【アニメ】マリア様がみてる 第七話~第八話
【アニメ】マリア様がみてる 第九話
【アニメ】マリア様がみてる 第十話~第十一話
【アニメ】マリア様がみてる 第十二話~第十三話

【アニメ】マリア様がみてる 第四話~第五話

マリア様がみてる 黄薔薇革命 (マリア様がみてるシリーズ) (コバルト文庫)マリア様がみてる 黄薔薇革命 (マリア様がみてるシリーズ) (コバルト文庫)
(1999/02/03)
今野 緒雪

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Gyaoにて視聴。(今回がはじめての視聴というわけではありません)
小説の第二巻、「黄薔薇革命」に相当します。

■黄薔薇さま
リリアンかわら版の築山三奈子が、黄薔薇さま(ロサフェティダ)に、令と由乃の趣味を照会する場面があります。小説では、黄薔薇さま(ロサフェティダ)は、役にたたないながらも答えようとしています。しかし、アニメでは、はじめから答えを拒絶してしまいます。

この会話の後の、ボートでどっちに漕ぐか、という黄薔薇さま(ロサフェティダ)からの謎の問いかけがあるのは小説・アニメに共通しています。このため黄薔薇さま(ロサフェティダ)の印象が、小説では、多少変わっていても一応会話の通じる相手となっていますが、アニメではとっつきにくい変人になってしまっています。

この「黄薔薇革命」は、令と由乃の物語と黄薔薇さま(ロサフェティダ)の謎の行動の二本柱になっています。アニメでは、令と由乃の話の方に集中してしまったためか、黄薔薇さま(ロサフェティダ)の印象が薄くなってしまいました。

■病室のカレンダー
ささいなことですが、由乃の病室のカレンダーが11月なのに31日までありました。また11月4日(火)と5日(水)まで赤い色(つまり祝日)となっていました。ケアレスミスですね。

■応援の席
令の剣道の試合では、山百合会から5人が応援にいっています。5つ連続した席がなかったので、2人と3人に分かれました。小説では祥子と祐巳の組、紅薔薇さま(ロサキネンシス)と白薔薇さま(ロサギガンティア)と志摩子の組で分かれて座りました。一方、アニメでは、紅薔薇ファミリーの三人と白薔薇姉妹で別れました。

小説では、白薔薇さま(ロサギガンティア)が祥子と祐巳に気を遣って、二人で座らせた、と祐巳は解釈しています。

実際、この五人だと、薔薇の色別で別れるか、三年生二人と、下級生の三人で分かれる方が自然だと思います。したがってアニメでの分かれ方は自然だったように見えます。

【アニメ】マリア様がみてる 第一話~第三話
【アニメ】マリア様がみてる 第四話~第五話
【アニメ】マリア様がみてる 第六話
【アニメ】マリア様がみてる 第七話~第八話
【アニメ】マリア様がみてる 第九話
【アニメ】マリア様がみてる 第十話~第十一話
【アニメ】マリア様がみてる 第十二話~第十三話

【毎日新聞】余録:推理小説ではブラウン神父はじめ聖職者の探偵役も活躍するが…

毎日新聞の、布川事件での再審無罪判決に関するコラムより。

引用します。

推理小説ではブラウン神父はじめ聖職者の探偵役も活躍するが、実際に高位の司祭にして推理作家という人もいた。英国のR・ノックスはラテン語聖書の新訳で知られたカトリックの聖職者で、自身いくつもの推理小説を書いている▲小説の探偵役は神父ならぬ保険調査員だったが、司祭ノックスはブラウン神父シリーズの作家チェスタトンの葬儀を執り行った。その彼は推理小説を書く者が守らねばならぬ戒律である「ノックスの十戒」でも有名である▲「犯人は物語の初期から登場していなければならない」「探偵方法に超自然能力を用いてはならない」……読者に犯人を推理してもらう上で作家にフェアプレーを求める十戒だが、核心は「探偵が手がかりを見つけたときは直ちに読者に開示せねばならない」である▲44年前の布川事件で強盗殺人罪に問われ無期懲役が確定していた桜井昌司さんと杉山卓男さんの再審で無罪が言い渡された。検察側が2人の無実をうかがわせる目撃証言や毛髪鑑定結果を得ていながら当初の裁判では開示せず、証拠隠しが生んだ冤罪(えんざい)とされた事件だ▲2人の有罪の決め手とされた捜査段階の自白についても、それが記録された録音テープに編集が加えられていたことが明らかになった。これも自白の強要や誘導といった捜査の禁じ手が用いられたことを疑わせる。非合理的で強引な謎解きは推理小説としても失格だ▲人の一生を左右できる検察が犯罪の筋書きを描くにあたりフェアでなければならぬことは推理作家の比でない。真実に仕える聖職者としての信頼回復には、冤罪を防ぐための「戒」をさらに鍛えることだ。


ノックスの十戒とは次のものです。wikiより引用します。

1. The criminal must be mentioned in the early part of the story, but must not be anyone whose thoughts the reader has been allowed to know.
2. All supernatural or preternatural agencies are ruled out as a matter of course.
3. Not more than one secret room or passage is allowable.
4. No hitherto undiscovered poisons may be used, nor any appliance which will need a long scientific explanation at the end.
5. No Chinaman must figure in the story.
6. No accident must ever help the detective, nor must he ever have an unaccountable intuition which proves to be right.
7. The detective himself must not commit the crime.
8. The detective is bound to declare any clues which he may discover.
9. The stupid friend of the detective, the Watson, must not conceal from the reader any thoughts which pass through his mind: his intelligence must be slightly, but very slightly, below that of the average reader.
10. Twin brothers, and doubles generally, must not appear unless we have been duly prepared for them


「探偵が手がかりを見つけたときは直ちに読者に開示せねばならない」というのはおそらく第八戒のことを指しているのでしょう。確かに、最後まで読者に知らせないのは第八戒に触れますが、「直ちに」とまでは言っていないと思います。

そもそも、推理小説のフェアプレーとは作者と読者の間の約束ごとのことであって、現実の犯罪で捜査当局が守るべきこととはなんの関係もありません。関係ない話を、無理やりいっしょにするから無理が生じるのです。

結論そのものは、至極もっともなことを言っていると思います。しかし、普通に書けばいいのに、おかしな衒学趣味のため、説得力を減らしてしまっています。

【朝日新聞】私の視点:東郷和彦

5月23日 朝日新聞朝刊オピニオン欄の「私の視点」というコーナーで、元外務省条約局長,京都産業大世界問題研究所所長の東郷和彦氏が震災後の日本への提言をしています。

引用します。

震災後の日本 他国に学び開かれた国を
世界は今、かつてない厳しい視線を日本に注いでいる。確かに、3・11直後のまなざしは温かかった。日本人の規律と我慢強さは世界の賞賛の的になり、各国からの支援は桁違いなものになった。日米安全保障条約に基づく米軍の大規模投入にも国民は感謝した。
問題はこれからについてである。過去20年間、世界に対する日本の姿勢は「内向き」の一言で片付けられてきた。これからも、もっと内向きで自らの復旧にしか関心のない日本なのか。それとも震災を転機として開かれた国づくりを進めるのか。
私は、これだけ苦しんだ被災者が本当に良かったと思えるような新しい国をつくるには、開かれた日本としてやっていくしかないと考えている。災害の規模があまりにも大きく、日本の知恵と力だけでは対応できないからだ。今こそ菅直人首相が主張する「第三の開国」を実現する稀有な機会ではないか。
まず、世界中から日本の姿勢をじかに理解する象徴的なプロジェクトを打ち出す。世界の建築家に呼びかけて、被災地の都市計画についてのコンペを実施するのもいい。もちろん、仕事と生活を回復することが先決である。しかし同時に、産業と自然と生活が融和した「21世紀の理想郷」の象徴を、日本は世界の知恵とセンスを生かして作り上げる決意であることを具体的に示すべきだ。
次に、外務省が全在外公館に指示し、その国から日本が学べることをすべて引き出す。例えば、オランダは国土の4分の1が水面より低い。水のコントロールは国の安全保障である。しかも運河と並んで走るオランダの堤防は、景観と調和して美しい。これからの津波対策として参考になるはずである。ブータンのような小国の途上国からでも、自然と調和した建築の秘訣とは何かを真剣に学ばねばならない。
そして、日本の前途がいかに厳しくても、世界が抱える困難な問題から決して目を背けてはならない。政府の途上国援助(ODA)の減額はあまりにも目前の事態に傾斜しすぎている。アジアにおける領土問題も歴史問題も、世界の耳目と関心が迫っている今こそ、集中した外交力を発揮できる千載一遇のチャンスである。
国民力を結集した復興は、世界と強く結びつくことによってのみ何倍ものエネルギーを獲得できる。それに失敗するならば、日本の凋落はきっと歯止めが利かないものとなるだろう。


冒頭の「世界は今、かつてない厳しい視線を日本に注いでいる」から分かりません。原発事故の対応のことだとすると、全体の文脈と合っていません。なぜ、厳しい視線を注いでいるのか、そもそもそれが本当のことなのかすら分かりません。

「過去20年間、世界に対する日本の姿勢は「内向き」の一言で片付けられてきた」とありますが、誰が片付けてきたのでしょうか。海外の論調なのか、日本の論調なのか、説明がありません。また、20年前というと1991年(部内閣が宮沢内閣に交代した年)ですが、それ以前は「外向き」だったということになります。そのような認識は一般にはないと思います。

オランダやブータンから学ぶべきもの、として挙げているのも、結局は景観の問題に過ぎません。風土が違うのですから、そのまま参考にできるわけがありません。まして建築の素人の在外公館の職員が学んでくることが可能だとは思えません。

つぎに、脈略なく、ODAの削減がよくない、と言い出しています。今が「集中した外交力を発揮できる千載一遇のチャンス」なのかどうかは知りませんが、そもそも「集中した外交力を発揮」すると何かよいことでもあるのでしょうか。元外務省の職員からすると、外交力を発揮するというのは証明の必要のない素晴らしいことなのかもしれませんが、一般人にはよくわかりません。「集中した外交力を発揮」すると国民が豊かで幸せにつながるなら良いことだと思いますが、そうでなければ特に良いこととは思えません。

「国民力を結集した復興は、世界と強く結びつくことによってのみ何倍ものエネルギーを獲得できる。それに失敗するならば、日本の凋落はきっと歯止めが利かないものとなるだろう。」というのもおかしな話です。海外の協力が得られないと凋落する、というのは唐突です。しかも東郷氏のいう海外の協力というのは、建築家のコンペ参加とか、景観を守る建築を学ぶとかいう程度のものでしかありません。

全体を通して、よく分からない主張です。穿った見方をすれば、震災を契機にして外務省の権限拡大をたくらんでいるように見えます。

論旨がいい加減なのは目をつむるとしても、多数の被害者が出て今も避難所暮らしを強いられている人が多数いるなかで震災を利用するようなまねは感心できません。

【映画】ブラック・スワン

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妄想と現実が交錯しているので複雑そうな話ですが、ストーリーは単純ですので、ついていけない、ということはありません。

ヒロインに感情移入できれば面白いのかもしれませんが、私には無理でした。ヒロインのビクビクしたところに終始いらついてしまいました。

バレエで演じる役との共鳴を匂わせているのでしょうが、よくわかりません。もっと素直にバレリーナの物語にすれば、よっぽどよかったと思います。

残念ながら、私の好みには合わない映画でした。


【展覧会】写楽展

於:上野の東京国立博物館

写楽のほとんどすべての絵を展示するという豪華な展覧会です。版画だから可能なことでしょうが、作品をほぼ網羅するというのは驚くべきことです。考えうるかぎり最高の写楽作品展といえます。

四期の作品を時代順に並べたり、題材となった歌舞伎のあらすじを紹介したり、と展示方法も親切丁寧。

「写楽の正体」という角度の展示はありません。純粋に写楽を中心とした浮世絵を鑑賞する展覧会です。

強くお勧めする展覧会です。

【朝日新聞】九州大学が入試「女性枠」を撤回 「差別」批判受けて

この記事より引用します。

九州大学(福岡市東区)は19日、2012年度の一般入試から理学部数学科の定員に「女性枠」を設ける計画を撤回すると発表した。女性研究者を増やす目的を掲げていたが、「男性への差別だ」との批判や「違憲のおそれ」の指摘を受け、この枠で合格する学生への影響も考慮した。今後も当面、枠は設けない。
 九大は昨年3月、数学科の後期日程定員9人のうち5人を女性枠とすると発表。「優秀な女性の人材を育成しないのは社会にとっても損失」「女性ならではの視点と感性で教育、研究に多様性をもたらしたい」などの考えを示した。しかし、電話やメールなどで「男性差別につながる」「法の下の平等の観点から問題があるのではないか」などの批判があったという。
 九大ホームページを通じて寄せられた意見22件のうち否定的なものは16件で、残り6件は「女性の研究者を増やしてほしい」など肯定的だったという。
 九大が弁護士ら法律の専門家に意見を聞くと、「女性枠」が法の下の平等に反する可能性を指摘された。女性枠で入る学生が受けるストレスも考え、19日の学内の協議で撤回を決めた。
 記者会見した入試担当の丸野俊一副学長は導入段階から学内でも賛否があったとし、「(研究分野で)男女共同参画を推進したいとの考えがあったが、法にふれる可能性までは気が向かなかった」「社会の様々な決定の場に女性が出てくることが日本では極めて限られている。今後も女性研究者を増やしていく努力は続けたい」と話した。
 文部科学省によると、全国の大学・大学院で女性教員が占める割合(07年10月現在)は18.2%で、国立大は約12%。九大は全学で10.5%(今年5月現在)、数学分野では約4%(同)とさらに低い。名古屋工業大学など、推薦入試で女性枠を設けている大学はあるが、九大は一般入試以外でも女性枠は当面検討しないという。


女性枠を作ろうというのは、男女平等に競争させると、ほとんど男になってしまうからだと思われます。つまり九大の数学科を受ける受験生の中で比較すると男は女より優秀だと九大の先生たちが考えていることになります。では、女性枠を作って「優秀な女性の人材を育成」しようというのはどういうことでしょうか。言ってるそばから矛盾しているように思います。これは推進する理由から外すべきでした。

また、女性枠が「法の下の平等に反する」というのは疑問を感じます。これが問題になるなら、国立の女子大などすべて廃校にしなければなりません。また公立高校でも、男子○人、女子○人と定員、つまり枠を普通に設けています。法にふれるというほど大げさなことではないと思います。

もっとうまい運用をすれば問題にはならかなったかもしれません。例えば、男4人と女4人の性別枠にするなどです。これだと男性差別とは言いにくくなります。女性枠だけをつくるから、前提として、「男の方が優秀とみなしているのだろう。その優秀な男を不合格にするのは差別だ」というロジックになってしまいます。男性枠も作ってしまえば、「どちらが損をするのかわかりません。でも同数だけ合格にするのだからおかしくないよね」と切り抜けられます。

私自身は、女性枠自体に賛成でも反対でもありません。「女性ならではの視点と感性で教育、研究に多様性をもたらしたい」というのは、もしかしたら意味があることなのかもしれません。ただ、数学という学問に「女性ならでは」のものがあるという考えには、純粋に不思議だと思いました。

【朝日新聞】エコ企業「夏に15%以上節電」 環境相に約束

節電の記事です

引用します。

環境省が「環境対策が先進的」と認める「エコ・ファースト企業」24社の社長らが18日、松本龍環境相と会談し、今夏の使用電力を15%以上減らすことを約束した。節電担当社員が社内をパトロールしたり、帰宅前に東側の窓のブラインドを下ろしたり、それぞれの対策を披露した。
 温暖化対策に積極的な企業を認定する「エコ・ファースト企業」は、環境省が3年前に始めた。松本環境相は、菅政権が東京・東北電力管内の企業に、今夏のピーク時の最大使用電力を15%減らすよう求めていることから、24社には率先して節電し、他社のモデルになるように求めた。
 積水ハウスは、オフィスで社員が集まって仕事をするようにして、照明や冷房の使用を減らす。帰宅前には東側の窓のブラインドを下ろし、翌朝の朝日で室温が上がるのを防ぐ。
 住宅設備機器メーカーのノーリツは「冷房時の室温28度」などのチェックリストをつくり、節電担当者が社内をパトロール。損保ジャパンも店舗ごとに「節電キーパー」を置く。
 資生堂は「モーニングビズ」を始める。太陽の光で仕事ができる早朝の勤務を促し、オフィスの消灯時間を現行の午後10時から同8時にする。日本ミシュランタイヤは、社員の家庭での節電対策を表彰するコンテストを開く。
 ほとんどの企業は照明やエレベーターの使用制限、軽装で仕事をする「クールビズ」に取り組む。工場の稼働日や社員の出勤日の一部を、平日から土日に移す企業も多い。


この夏になぜ節電が必要かというと、ピークの時間帯に需要が供給を上回る可能性があるからです。求められているのは、需要が供給を上回りかねないピーク時間帯の節電です。

一般的な節電、例えば地球温暖化対策のための節電は、さしせまった課題ではありません。今の日本の課題はピーク時間帯をどう乗り切るかです。

早朝の勤務だの、消灯を午後10時から8時にするなど、まるで的外れな対策です。

ピークの電力使用量を15%下げる必要があるということを、全体の電力使用量15%引き下げにすりかえてはいけません。

ただし、この「エコ・ファースト企業」は3年前(東日本大震災の前)からのものです。一般的な節電とアイデアを、たまたま今発表したというのなら、それはそれで結構です。「エコ・ファースト企業」や環境省の罪ではありません。記事の書き方が悪い、ということになります。

マスコミは、何が今の問題なのかを正確に把握し報道すべきです。

【時事問題】アニメイベント中止

青少年健全育成条例にからみ、石原都知事の発言がありました。

これです。引用します。

東京都の青少年健全育成条例の改正案に漫画家や出版社が「表現の萎縮を招く」などとして反発し、石原慎太郎都知事が実行委員会を務める「東京国際アニメフェア」への出展を取りやめた問題に絡んで、石原知事が過激な発言をした。
漫画家や出版社側が「アニメフェア」に対抗して開催を計画していたイベントが東日本大震災で中止になったことについて「ざまあみろ」と述べたものだ。後に撤回・謝罪に追い込まれた「天罰」発言と同様、震災発生を肯定的にとらえているともとられかねない発言だ。
「エロマンガって言うのを読んだことがあるんですか」

「ニコ生」での石原都知事の発言が波紋を呼びそうだ
発言が飛び出したのは、動画投稿サイト「ニコニコ生放送」の新番組「田原総一朗 談論爆発!」。2011年5月17日夕方の初回放送で、石原氏がゲストとして約1時間にわたって登場。延べ2万5000人が視聴し、約4万6000件のコメントが寄せられた。
条例案に対する一連の批判について、石原氏は
「その連中に聞きたいんだけどね、僕らが対象にしているね、エロマンガって言うのを読んだことがあるんですか。自分で読んでみなさいって」
と、成人向けマンガの内容を批判。その上で、
「まあ、それは目をつぶってやろうと。ただ、その本をね、子どもの手の届くところに置くなっていう条例を作ったわけ。なんでこれが言論統制なの」
と、条例案への批判は当たらないとの見方を示した。
田原氏が、
「例えば大人の本でも、ヌードが多い本なんかは、ビニールで囲ってある。その程度のことをやれってことでしょ?」
と同調すると、石原氏は「そうですよ」と応じた。さらに田原氏は、石原氏の過去の作品について
「全部レイプなんだよ。しかも集団暴行。『そんなこと書いてたのが何を言うか』って思ってた」
とも指摘した。
これに対して、石原氏は特段の反応は示さなかったものの、条例案に対する反発が起こった時期のことを振り返って、
「大きな出版社までが何を被害妄想かなんか知らんけどね、アニメフェアやったらね『あんなとこ行かない。おれたちは幕張でやる』って言ったらね、震災が来てね両方ともパーになった。ざまあみろってんだよ
と発言した。
条例改正案をめぐっては、角川書店などが激しく反発。2011年3月下旬に東京ビッグサイト(東京都江東区)で予定されていた「東京国際アニメフェア」(実行委員長: 石原都知事)への出展をとりやめ、対抗する形で同時期に「アニメコンテンツエキスポ」を幕張メッセ(千葉市美浜区)で開くことを表明していた。結果的には両イベントともに東日本大震災の影響で中止された。


「アニメコンテンツエキスポ」が中止になったのは、東日本大震災が原因です。決して、角川書店らの意見が一般に受け入れられなかったため中止に追い込まれたわけではありません。にもかかわらず、「ざまあみろってんだよ」などと言うのは、子供じみています。

そもそもこの条例に反発があった理由の一つは、基準があいまいというものでした。つまり信用されていなかったのです。ひとたび敵とみなせば、このように筋の通らない暴言を吐く人間は、何をするか分かったものではありません。信用できない人間であることを、自分で証明しています。

ただし、「震災発生を肯定的にとらえている」という見方には賛成できません。「ざまあみろ」という言葉は不幸な人を嘲笑するものであって、必ずしもその原因を評価しているとは限りません。石原都知事は「震災発生を肯定的にとらえている」のではなく、単に子供じみているだけだと思います。

【朝日新聞】電子書籍が出版文化を滅ぼす

5月17日 朝日新聞朝刊のオピニオン欄に、出版プロデューサーの山田順氏のインタビュー記事が載っていました。

電子書籍によって日本の出版文化が崩壊する。信頼性も質も保証されない大量発信が行われ、商売を成り立たせるだけの対価を得ることもできなくなる、という意見です。

引用します。

昨年の電子書籍ブームは完全な空騒ぎでした。新しい端末が発売されても、肝心の電子書籍の品ぞろえが少なかったからです。
(中略)
日本陣営のもたつきを尻目に米国の3強、アマゾン、アップル、グーグルが遠からず日本市場に進出し、主導権を握るでしょう。
(中略)
音楽の世界がそうであったように、出版も電子化の流れ自体は止めようがありません。問題はその結果、出版文化がどうなるか、です。音楽はすでにインターネットでの直接ダウンロード購入が主流で、CDがどんどん売れなくなっています。1曲の価格は150~200円とCDに比べあまりにも安く、小売店だけではなく、アーティストから作曲家、作詞家まで、レコード業界からの収入では食べていけなくなりました。
私自身、電子書籍を自分の会社で数十タイトルだしました。紙の本の半額、500円程度にしましたが、月に5~10冊しか売れなかった。タレントの高田純二さんの「適当日記」が紙の本の倍、7万部売ったことで話題になりました。紙の本の千円に対して115円~350円にしたのが大きい。
(中略)
電子書籍では、出版社を通さず素人が自分で本をだせる。一方、電子書籍や電子新聞の価格が下がることで、出版社や新聞社のビジネスモデルは成立しなくなり、作家や編集者、記者の多くが失業するでしょう。質の高い作品や情報をつくり、流通させるという社会の重要な機能は失われ、残るは不特定多数の人々による、信頼性も質も保証されない大量発信だけです。


インタビューアーから、質の高いものには対価を支払うのでは、という問いかけにはゲーム業界の現状を説明します。

ゲーム産業も衰退が続いています。大きな原因はネット上で無料で楽しめるゲームが普及したからです。内容は大手メーカーの最新作よりもはるかに単純ですが、一般の人は「暇つぶしにはこれで十分」と考えているのでしょう。「ゲームと本は違う」という意見もあるかもしれません。でも、大衆にとっては、やはり価格が第一で質はあまり重要ではないと思います。


しかし、山田氏の出した電子書籍が売れなかったのが価格のせいだったとは言い切れません。氏が指摘するように日本では電子書籍の端末も書籍が十分に出回っていません。つまり市場原理が合理的に働いていないと考えられます。平たく言えば、今電子書籍端末を所有している層の好む種類の本でなかったから売れなかっただけのことかもしれません。

高度なゲームが売れないのは、純粋にマーケティングの問題だと思います。そもそも安いからという理由で買うゲームを選択するなど考えにくいです。ましてや、本を選ぶのに、内容ではなく価格で決めるなど考えられません。

本が低価格にしないと売れないとか、質の悪い本が質の高い本を駆逐するとか、にわかには信じられません。

そうは言っても、山田氏の予測があたってしまうかもしれません。議論を積み重ねるのもよいですが、同時に日本より電子書籍が発達しているという米国の出版業界がどうなっているのかを検証するのも有意義だと思います。




【アニメ】マリア様がみてる 第一話~第三話

マリア様がみてる 1stシーズン DVD-BOX (初回限定生産)マリア様がみてる 1stシーズン DVD-BOX (初回限定生産)
(2009/03/25)
植田佳奈、伊藤美紀 他

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Gyaoにて視聴(今回がはじめての視聴というわけではありません)。
小説の第一巻、いわゆる無印に相当します。

小説との相違で、気になった部分をあげてみます。

■紅薔薇さま(蓉子)の変心
祥子が祐巳を妹にすると宣言したことに対して、紅薔薇さま(ロサキネンシス)は態度を途中で変えています。この変化を追ってみます。

小説では、まず、次のような会話が薔薇さまの間で交わされます。

「まあ、紅薔薇さま(ロサキネンシス)。祥子の主張をお認めになるの?」
「でも、黄薔薇さま(ロサフェティダ)。祥子が決めたことならば、もう私たちがどうこう言う次元ではありませんでしょう?」


このようにはじめは、紅薔薇さま(ロサキネンシス)は祥子の主張(祐巳を妹にする)を、容認しています。しかし、その後、

「妹(プティスール)一人作れない人間に発言権はない、っておっしゃたわ」
「確かに、言ったけど。でもだからといって『誰でもいいから妹(プティスール)にしろ』という意味ではないわよ。部屋から出て一番はじめに出会った一年生を捕まえて妹(スール)にするなんて、何て短絡的なの。藁しべ長者じゃあるまいし」
(略)
「藁しべ長者、結構じゃないですか。あれは、確かラストはめでたしめでたしでしたわよね?」
祥子さま、めちゃくちゃ言っている。
「じゃあ、あなたは祐巳さんを別の誰かに交換するまでのつなぎにする気だったの?そんな関係認めるわけにはいかないわ。あなたの姉(グラン・スール)である私の品位まで疑われてしまう」
紅薔薇さま(ロサキネンシス)は呆れたようにため息をついた。


ここでの藁しべ長者のたとえは、ころんだついでに拾い物をした、という意味だと思います。祥子の発言は単なる買い言葉でしょう。しかし紅薔薇さま(ロサキネンシス)は、次々と妹を取り替える、という意味で受け取ったようです。これが理由で、祐巳を妹にすることを認めないと態度を変えました。

なお、小説では「藁しべ長者じゃあるまいし」の発言が誰のものかは明示されていません。

この部分のやりとりがアニメでどうなっているかを検証してみます。当初の紅薔薇さま(ロサキネンシス)が、祐巳を祥子の妹にするのを認めているのは同じです。しかし、

紅薔薇さま・・・「確かに、言ったけど。でもだからといって『誰でもいいから妹(プティスール)にしろ』という意味ではないわよ。部屋から出て一番はじめに出会った一年生を捕まえて妹(スール)にするなんて」
白薔薇さま・・・「藁しべ長者じゃあるまいし」


この後、祥子と祐巳がぶつかった場面の回想やら、白薔薇さま(ロサギガンティア)による”百面相”の指摘などをへて、紅薔薇さま(ロサキネンシス)から「そんな関係認めるわけにはいかないわ」という発言になります。祥子の「藁しべ長者、結構じゃないですか」のセリフはありませんので、紅薔薇さま(ロサキネンシス)が唐突に賛否を変えたようにみえてしまいます。

■祐巳の居場所

「誰か、組んであげて」
周囲がにわかにざわつく中、黄薔薇さまは面々の顔を見ながら言った。
「じゃあ、私が」
簡単に手をあげた人をみると、何と黄薔薇のつぼみである、支倉令さまだった。


小説のこの場面、アニメでは「簡単に」は組む相手が見つからず、一拍おいて由乃に促される形で令が名乗りでます。場違いなところにきているのでは、という祐巳の心情を示すとともに、小説の第一巻で印象希薄な由乃に絶妙な活躍をさせています。
さらに、小説のP154で「福沢さんみたいな人が薔薇の館に出入りしていると、何だか薔薇さま方がもっと身近な存在にかんじられてくるか不思議ね」という一般生徒の発言で、祐巳の気持ちが楽になる場面がありますが、アニメにはこの場面はありません。テンポを優先させたようです。

■白薔薇さま(聖)の仕草
小説のP119に白薔薇さま(ロサギガンティア)が祐巳にダンスに参加するように促すくだりがあります。この場面、アニメでは白薔薇さま(ロサギガンティア)は祐巳の髪をいじりながら「祐巳ちゃんダンスは」と言っています。

また、祥子と柏木を追いかける場面において、アニメでは白薔薇さま(ロサギガンティア)は祐巳を後ろから抱きしめてから会話をはじめます。

小説では、髪をいじったり、抱きしめたり、という動作は記述されていません。いやらしくもなく、見栄えのなる演出で成功していると思います。

また、P140で志摩子を妹にした理由を祐巳に問われたときの場面があります。小説では次のようになっています。

「白薔薇(ロサギガンティア)として答えるなら、そうよ。でも個人的には、別の理由があるけれど。それは秘密」
白薔薇さま(ロサギガンティア)は胸の真ん中を両手で隠した。


アニメでは、両手ではなく、右手のみを胸のに持ってきて、左手はカップを持ったままです。

小説版の仕草はやや乙女チックすぎます。アニメ版の演出の方が聖(ロサギガンテア)に似合っているように思います。



後半駆け足になっていますが、十分に水準に達しています。アニメで興味を持った人には是非原作を読んでもらいたいです。


【アニメ】マリア様がみてる 第一話~第三話
【アニメ】マリア様がみてる 第四話~第五話
【アニメ】マリア様がみてる 第六話
【アニメ】マリア様がみてる 第七話~第八話
【アニメ】マリア様がみてる 第九話
【アニメ】マリア様がみてる 第十話~第十一話
【アニメ】マリア様がみてる 第十二話~第十三話

【朝日新聞】意見広告:「普天間基地は撤去、米海兵隊は撤退を。」

5月15日 朝日新聞朝刊のP19一面に意見広告が載っていました。5月3日の意見公告と同じ団体のものです。今回は、支持者名の白抜きで沖縄県の地図を形作っています。

同じようなことを言っていますが、今回はより駐留米軍に対象を絞っています。一部引用します。

巨額な税金を注ぎ込んだ「思いやり予算」や米軍再編関連費に支えられた米軍の「トモダチ作戦」は、真の「良き隣人政策」と言えるものなのか。


論理がおかしいです。

仮に、思いやり予算をもらっているのに震災への助力を断ってきたのであれば、米軍なんていらないじゃないか、という意見が出るのもわかります。しかし、事実は、米軍は助けに来たのです。日本にとって役にたったのに、いらない、と主張するのであれば、それなりの理由がなければなりません。

「思いやり予算」をもらっている米軍は来なければよかったのでしょうか?どうすればこの団体は気に入るのでしょうか。まったく説明がありません。

そもそも助けてもらっておきながら、悪態つくのは人としてどうかと思います。

倫理の面でも論理の面でも彼らは間違っています。

そのことより、驚くべきなのは、このような突飛な意見広告を連続して新聞に掲載できるこの団体の経済力です。

【映画】HAYABUSA -BACK TO THE EARTH- 帰還バージョン

小惑星探査機 はやぶさ HAYABUSA BACK TO THE EARTH サウンドトラック CD小惑星探査機 はやぶさ HAYABUSA BACK TO THE EARTH サウンドトラック CD
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不明

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於:コスモプラネタリウム渋谷

小惑星探査機「はやぶさ」の活躍をCGで再現したものです。

宇宙の広大さや、小惑星イトカワと「はやぶさ」の大きさの対比などが実感できましたた。また、「はやぶさ」が直面するさまざまな困難を画面とナレーションで説明されています。人間の役者と登場させて芝居をさせるよりも抑えが効いていて好感が持てました。まさしく科学啓蒙の映画です。

しかし、それでもどこか情緒過多に感じます。「はやぶさ」を擬人化して語りかけるというのは好き嫌いが分かれそうです。

通常の画面(平面)に再編成したものが全国で公開になるそうです。

【言葉】歴史

5月12日の朝日新聞の記事で、国民新党の亀井静香代表の発言が紹介されていました。

自民の復興本部拒否、亀井氏「歴史の検証に耐えられぬ」
国民新党の亀井静香代表は11日、菅直人首相が野党に参加を呼びかけた「復興実施本部」への参加を自民党が拒否したことについて「恨み節」を連発した。
 亀井氏は首相の要請で交渉役を務めた。11日の記者会見では「首相が『野党の力も借りてやりましょう』と謙虚な気持ちでいたのに、ぞうきんで顔をふくようなことをやって」。議員総会では「歴史の検証に到底耐えられない。(自民党は)かつてのふるさと。悲しい思いがする」と嘆いた。
 自民党や公明党は「首相を信頼できない」として不参加を決定。10日に自民党の大島理森副総裁が亀井氏に直接伝えた。


「ぞうきんで顔をふく」というのは、私の理解では、人前で話す際にあがらないようにするまじないです。すくなくとも他人を侮辱するという意味で使う例は聞いた事がありません。亀井氏の間違いではないかと思います。

もう一つ、「歴史の検証に耐えられない」という表現も気になります。資料さえあれば後世の歴史家・政治学者が検証をすることは可能です。自民党がなにをしても「検証に耐えられない」ということはありえません。「後世批判を浴びる」といいたかったのでしょうか。言葉がおかしいです。

言葉の間違いより、「歴史」という言葉を持ち出したところが興味深いです。しょせんは復興実施本部に野党が入るか入らないか、という程度の話です。せいぜい、これまでも散々繰り返してきた政党の離合集散のきっかけになるかもしれない、というくらいです。歴史の転換点になるようなことではありません。

「歴史」という言葉で思い出すのは、今年の2月に菅総理大臣が、自民党の谷垣総裁に、予算成立の協力を求める際に、「国民の皆さんに対し、歴史に対し、責任を持った行動をとって頂きたい」との発言です。この発言も、唐突で大げさな感じがしました。

これら「歴史」発言はどこから来たものなのでしょうか。

ノーベル化学賞受賞者の野依良治氏の発言がすべてのきっかけだと思います。事業仕分けのおりに、次世代スーパーコンピューターの開発予算が凍結されたことについて、野依氏は「歴史という法廷に立つ覚悟ができているのか」と一喝しました。

この野依氏の発言が、民主党の政治家に深甚な衝撃をあたえたのでしょう。政治的には中立と思われる科学者からの批判は、政権奪取を成し遂げ高揚感にひたっていた民主党の政治家は夢想だにしなかったのだと思います。

このトラウマが菅総理をして谷垣総裁への討論で、「歴史」という言葉が飛び出した理由だと思います。さらに、この大げさな表現が、言葉の軽いきらいのある亀井氏に影響を与え、先日の発言になったのではないでしょうか。

野依氏の発言の重みに比べ、政治家たちの発言は実に軽々しく感じます。

【朝日新聞】イスラムの民主主義

5月11日 朝日新聞朝刊オピニオン欄にイスラム社会に民主主義が定着するか、という論点で3人の識者の意見が載っていました。

その中の一人タリク・ラマダン氏(英オックスフォード大教授、祖父はエジプトで生まれた「ムスリム同胞団」の創始者)の発言が気になりました。

欧州ではいま、人権の尊重や社会正義よりも、治安を優先する考え方がはびこっている。中東やアフリカからの移民の問題を、欧州の治安悪化や過激派の拡散の問題と結びつけて論じがちだ。
そういう発想ことが、カダフィ政権のような独裁を助長することになる。


治安悪化の原因を移民だと考えがはびこると、なぜカダフィのような独裁政権を助長するのでしょうか。まったく理屈が通っていません。

治安悪化と移民を結びつけることが、統計的に正しくないとか、あるいは倫理的に正しくないとかいう意見ならば検討の余地はあります。しかし、この意見は飛躍しすぎです。

つづけて次の発言があります。

地中海をはさんで南側の経済的に貧しい人々が欧州に移住する流れを是正し、欧州の雇用を守りたいのであれば、中東やアフリカへの経済・社会的な投資を促進することが不可欠だ。民衆蜂起の原因のひとつだった貧困を和らげ、人権尊重につながるからだ。


欧州に移民が流入したのは、欧州で低賃金労働者を必要としたためです。富の格差は、労働者流入を可能にした要因にすぎません。中東やアフリカが豊かになっても欧州が低賃金労働者を求めるかぎり、他のところから移民が入るだけです。

そもそも自国を豊かにし、人権を尊重する社会をつくるのは、その国の人々の責任です。外国に向かって恩着せがましく投資を要求する発言には、違和感がありました。

【テレビ】NHKスペシャル「浮世絵ミステリー 写楽~天才絵師の正体を追う~」

謎の浮世絵師写楽の謎にせまるドキュメンタリーです。

まず、ギリシャで発見された写楽の肉筆画から写楽の描く線の特徴をつかみ、ここから写楽の作といわれていた他の肉筆画の真贋を見極めたり、写楽と噂された他の絵師の肉筆画と比較したりとして、写楽の正体を特定します。なかなかに手に汗握る展開でした。

さらに、なぜ正体を隠したのか、なぜ姿を消したのか、という謎にも答えを示しています。説得力がありました。

学問的にどこまで認められている説なのかはわかりませんが、非常に面白かったです。上野の写楽展に行く予定ですので、予習としては最適でした。

【時事問題】政治家のゴルフ

新聞記事より引用します。

民主党の石井一副代表は9日、大型連休中にフィリピンでゴルフをして批判を受けた責任を取り、党の東日本大震災対策本部副本部長を辞任した。一緒にプレーした生方幸夫氏は衆院消費者問題特別委員長、那谷屋正義氏は参院総務委員長の辞職願を提出した。
 石井氏らは「日本・フィリピン友好議員連盟」のメンバーとして、フィリピンを訪問し、5日にマニラ市内で現地の経済人らとゴルフをした。党執行部は震災対応が続くなかでのゴルフについて「極めて軽率な行為」(安住淳国対委員長)としてけじめを求めた。
 石井氏は9日の党役員会で「迷惑をかけ議会人として反省している」と陳謝し、副本部長の辞表を提出したが、副代表や選対委員長は続投する意向だ。生方、那谷屋の両氏も9日、「国会運営に支障が出る」などとして、委員長職を辞任する意向を固めた。


石井氏の何が批判を招いているかはっきりさせる必要があります。

石井氏は「日本・フィリピン友好議員連盟」の一員として訪問しているので、これは公務です。フィリピン訪問を非難する理由はありません。震災対策本部の副本部長という役職は暇なのか、という声もあるようです。事実、暇なようですが、それは必ずしも石井氏の責とは思えません。そのことは、この問題とは切り離して考えるべきです。

では、フィリピン滞在中に休暇をとったことがいけないのでしょうか。しかし、休暇なしで働け、というのは無茶です。スケジュールの都合で出張中の休暇もあるでしょう。

やはり、問題視されたのはゴルフをしたことのようです。しかし、出張のあいまの休暇はよくて、そこでのゴルフがいけないというのはおかしな理屈です。水泳やテニスだったらよかったのでしょうか。

真相は、ゴルフを金持ちの遊びとみなす既成概念に寄りかかっての言論リンチだったと思います。庶民でもゴルフくらいするのを分かっていながら、知らないふりをして、”不謹慎”な行為をなじったのだと思います。不健全な批判です。

私自身は、国会で総理大臣に漢字テストをした石井一という政治家は好きではありません。しかし好き嫌いはともかく、今回の非難には理屈が通っていないように思います。

【朝日新聞】社説:生肉食中毒―あいまい基準を改めよ

5月7日の朝日新聞社説より。

生肉料理のユッケで食中毒が発生し、4人が死亡した件で朝日新聞が社説を書いています。
罰則規定のない現行の衛生基準を見直せ、との主張です。そのこと自体に異議はありません。もっともな主張だと思います。しかし、それだけにとどまらず、社説は次のように続けます。

私たちも、改めて確認したい。菌への抵抗力に乏しい幼児や子ども、お年寄りは生肉を控える。食べたい人は、安全性をチェックしているかどうか、お店に尋ねる。最低限の自衛策として心がけたい。


今回の死者の中には40台の女性も含まれています。けっして、「菌への抵抗力に乏しい幼児や子ども、お年寄り」だけの問題ではありません。

「安全性をチェックしているかどうか、お店に尋ねる」というのも馬鹿げています。うちの店は危険です、と答えるところなどあるはずがありません。

少なくとも今回の事故の原因があきらかになるまでは、子供や老人に限らず、大人にも生肉を食べるのを止めるように勧めるべきだと思います。

【朝日新聞】非軍事の救援組織へ

5月7日 朝日新聞朝刊オピニオン欄で、早稲田大学教授の水島朝穂氏が「非軍事の救援組織へ」という題で意見を述べています。もともと氏は、災害救助に自衛隊を使うことに反対し、消防レスキューのような組織を拡充することを主張していました。しかし、今回の震災の規模を考えるに「自衛隊に頼らざるを得ない」と考えを変えるに至ったそうです。しかしながら、「軍」としての面は縮小すべき、と重ねて主張しています。引用します。

災害派遣活動の評価は自衛隊の「軍」としての肯定を意味しない。
日本がいま直面する危機は、未曾有の大災害と原子力災害である。自衛隊の「軍」としての属性を徐々に縮小し、将来的には海外にも展開できる、非軍事の多機能的な災害救助部隊に転換すべきではないだろうか。


いま、日本が直面しているのは震災復興や原子力災害への対応がだというのは同意します。しかしだからといって「自衛隊の「軍」としての属性を徐々に縮小」しなければならないことには論理がつながりません。

「軍」としての属性の縮小を訴えるのであれば、四方に日本を侵略する国はないとか、あっても現状の軍事力で十二分に防げる程度だとか、侵略されてもかまわないのだとか、の直接的な理由を訴えるべきです。

この災害にからめてこのような主張を述べるのはある種の「火事場泥棒」というべきです。

まえに紹介した意見広告でも同じような論理展開をしていました。まず、今回の災害復興への自衛隊の活躍を評価。つぎに軍事力は災害復興に必要ない、と続けます。まったく同じ展開です。

なぜ彼らは、こんな説得力皆無の主張をするのでしょうか。私には、昨今の自衛隊への好感度向上にあせりを感じているのが原因だと思います。

【映画】コズミック・コリジョンズ

於:コスモプラネタリウム渋谷

プラネタリウム用のCG映画。米国で制作されています。

地球と月の誕生。巨大隕石の衝突による恐竜絶滅、銀河同士の衝突などを半球状の「空」に映し出します。

へたな3D映画よりも迫力がありました。後ろの席の幼児が泣き出してしまいましたが、無理もないことだと思います。

大勢の天文学者の助言を得て制作されていますので、科学的考証はしっかりしているようです。

一見の価値があります。

【展覧会】フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展

フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展 シュテーデル美術館所蔵 図録フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展 シュテーデル美術館所蔵 図録
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不明

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於:Bunkamuraザ・ミュージアム

ゴールデンウィーク中だからかなのかやたらと混んでいました。

フェルメールの「地理学者」を目玉にしていますが、フェルメーが展覧会の主題ではなく、17世紀のオランダ・フランドル絵画の展覧会です。
「歴史画と寓意画」「肖像画」「風俗画と室内画」「静物画」「地誌と風景画」とテーマを分けて展示していて、飽きがこないように工夫されています。

気に入ったのは、
「男の肖像」「女の肖像」 フランス・ハルス
の一対です。大胆さと繊細さが見事に共存していました。

【朝日新聞】ビンラディン容疑者をアラビア海で水葬

ビンラディン容疑者が米空母から「水葬」された、との記事がありました。

 [ワシントン 2日 ロイター] パキスタンで米国部隊に殺害されたウサマ・ビンラディン容疑者の遺体が2日、アラビア海で水葬された。水葬に際し、米軍によるイスラム教の教義に則った葬儀が原子力空母「カール・ビンソン」で行われた。ジョン・ブレナン米大統領補佐官が明らかにした。
 米政府は海への水葬を決定した理由として、時間上の制約から最適の方法だったと説明。イスラム教では伝統的に死亡から24時間以内に遺体を埋葬する必要があり、埋葬のためにパキスタン国外に遺体を輸送する十分な時間がなかったという。
 遺体を水葬にしたとのニュースを受け、地上に埋葬しなかったのは非イスラム的として非難の声が上がっているほか、ビンラディン容疑者の遺体は出身国であるサウジアラビアに葬られるべきだったとする意見も出ている。ただ、米国としては、同容疑者の「墓」を海とすることで、一部過激派が埋葬場所を聖地化することを避ける意図もあったもよう。
 ブレナン補佐官は、米政府はビンラディン容疑者の遺体写真の公表についてまだ決定していないとし、水葬を撮影したビデオの公表も未定と述べた。
 水葬は米東部時間2日午前1時10分(日本時間2日午後2時10分)から約50分間行われた。洗浄され白い布に包まれた遺体を前に、アラビア語に通訳された宗教的な言葉が唱えられ、遺体はその後、重しをつけた袋に入れられて空母のエスカレーターから海に流された。


「水葬」と聞いてすごくいやな気分になりました。邪推かもしれませんが、本当は「水葬」ではなく単に海に捨てたのだと思います。米国が太平洋戦争のA級戦犯の遺灰を遺族に返すことなく海に捨てたという話を思い出しました。

「洗浄され白い布に包まれた」とか「宗教的な言葉が唱えられ」とかの発表も、米国の言葉だけではどこまで本当だったのか信用できません。

米国は日本にとって重要な同盟国だと思いますし、今回の震災での米国の協力には素直に感激しました。しかし、米国にはこうした面があるということは忘れてはならないと思います。

【朝日新聞】意見広告:「ミサイルより復興支援を」

5月3日 朝日新聞朝刊のP24に一面の意見広告が掲載されていました。広告を出したのは「市民意見30の会・東京」という団体で、反軍事・反原発といった政治的傾向の団体のようです。

こちらがリンク先です。

一面の半分以上を、岡本太郎の「殺すな」という文字デザインを、賛同者(?)の名前で浮き上がるようにしてあります。非常に強烈な印象を与えてくれます。

内容を紹介します。

■東日本大震災の被災地では、人びとが復興のため必死の努力を続けています。これを支援するためには、不要不急の予算を思いきって振り向けることが必要です。その最大のものは、年間4.8兆円にのぼる軍事予算です。


「振り向けることが必要です。」までは同意します。不要不急の予算は切るべきだと思います。しかしなんの説明もなく「その最大のものは、年間4.8兆円にのぼる軍事予算」と言い切られても納得できません。同意を求めるなら説得力のある理由がひつようです。おそらく次の段落が理由なのでしょうが...

■ 今回の災害援助で、自衛隊員は、消防庁・自治体職員、ボランティアの人びとと共に大きな役割を果たしました。しかし、自衛隊が持つジェット戦闘機、ミサイル、イージス艦などは、災害援助の役には立ちません。自衛隊が日本に住む人びとを守るために存在するならば、戦争のために使うこれらの高価な武器や艦船の予算は、すべて被災地復興に使うべきではないでしょうか。


自衛隊の任務は災害救助だけではありません。災害救助に「戦闘機、ミサイル、イージス艦など」が役に立たないとしても、それらの予算を被災地復興に使え、というのは道理が通りません。「戦闘機、ミサイル、イージス艦など」が日本に必要ない理由を述べてもらわなければなりません。

■ また、いまとりわけ不要で不適切な支出のひとつは、沖縄をはじめ各地にある米軍基地への「思いやり予算」です。被災地では多くの人が家を失い、仕事をなくしているのに、米軍基地の光熱費、ゴルフ場を含む施設費などに毎年1900億円も支払うのは、どう見てもおかしいではありませんか。


ここは同意できます。いくらなんでも光熱費ぐらい払わせるべきだと思います。今回の米国の支援には感謝すべきですが、感謝とはこのことは別です。

■「抑止力」という神話米軍は、51年も前の冷戦時代に改定された日米安保条約に基づいて、日本に軍事基地を置いています。軍備が戦争の「抑止力」になると見なされていた当時から時が経つにつれ、この条約は軍事同盟に変質しました。在日米軍基地は米国が始めた戦争の出撃基地になっただけでなく、その戦争に自衛隊が米軍の手足となって協力する体制になっています。米軍は私たちを守るために日本にいるのではなく、彼らの戦略にとって都合がいいから留まっているのです。「抑止力」というのは虚構に過ぎません。


「米軍は私たちを守るために日本にいるのではなく、彼らの戦略にとって都合がいいから留まっているのです。」という意見には半ば同意します。米国の都合でいるのはおそらく事実でしょう。しかしだからといって「抑止力」が虚構だという論理は成り立ちません。日本を侵そうとする勢力は米軍の反撃にあう可能性がある、と考えただけで「抑止力」は成立します。その意味で、米軍の「抑止力」は虚構ではないと思います。

■ 原発のない暮らしに切り替えよう
「安全でクリーンな原発」という神話は崩れました。私たちは、政府がすべての原発を直ちに停止し、エネルギー政策を根本から見直すことを求めます。同時に私たち自身も、原発に頼らない暮らし方を追求しなければなりません。 「どうせ何を言っても変らない」と思ったら、本当に何も変りません。自然災害は避けられませんが、原発事故や戦争は人災です。私たち個々の市民が声をあげることによって、くいとめることも、変えて行くこともできるのです。声をあげましょう。


今いきなり「すべての原発を直ちに停止」することなどで現実味のない提案です。「原発に頼らない暮らし方」を具体的に示さず、ただ停止しろ、では無責任です。「どうせ何を言っても変らない」と思っているのは実は彼ら自身のように見えます。

部分的には同意できなくもないのですが、他人を説得する技術に欠けた広告です。これでは支援者を結束させる効果はあるのがもしれませんが、中間派を味方に引き込む力はありません。

【アニメ】ベルサイユのばら

ベルサイユのばら DVD-BOX(1)ベルサイユのばら DVD-BOX(1)
(2000/11/24)
池田理代子

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Gyaoにて視聴。

かつて漫画や舞台で大成功をおさめた作品のアニメ版です。本放映は1979年とのことですので、今から30年以上も前です。絵はさすがに現在のアニメとは違いますが、話そのものは古さを感じさせません。これは、題材を歴史にとったこともありますが、模倣作があらわれなかったことも原因だったと思います。身分違いの恋愛など、まるで今日的でない主題を堂々と扱ったのもよかったと思います。また、普通に考えると、国王派と革命側にわかれた父子の葛藤が大きなテーマになると思いますが、主人公が娘だったためか、ほとんどそうした話は無視しました。これも成功したと思います。

主人公と対立する女性キャラクター(デュバリー夫人やポリニャック夫人)は残念ながら平凡で類型的でした。首飾り事件の主犯のジャンヌが多少ましな程度です。一方で、男性キャラでは、サン・ジェストが登場時間は少なかったにも関わらず異彩を放っていました。ロベスピエールでさえもてあましている、というのは史実とは違うようですが、強烈な印象を与えてくれました。

こうした歴史劇はもっと作られるとうれしいです。題材はいくらでもあるのですから。

良作でした。

【映画】エンジェル・ウォーズ

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Punt Dog Posters

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精神病院に閉じ込められた女の子が、ロボトミー手術を受ける前に脱走しようとする、という話です。それ自体は単純な話なのですが、彼女の空想の中で病院は売春窟になっています。さらにその空想世界でのダンス中に異世界の戦いの光景を幻視するという、二段階の空想世界になっています。

異世界の戦いは複数回行われ、売春窟からの脱走に必要なものを手に入れる行動と連動しています。これが巨大な鎧武者とか人型ロボットとかが登場し、ある種の日本風味を感じさせます。

もっとエロチックな展開になるかと思っていましたが、そうした要素はまるでありませんでした。奇妙なまでに「健全」な映画です。

話は単純ですが映像が素晴らしい映画です。

【朝日新聞】小学校英語は「活動」で

4月30日朝日新聞朝刊のオピニオン欄で、小学校で教える英語を国語や算数のような「教科」にするか、教科書のない「活動」にするかという二つの意見が紹介されていました。

広島県尾道市立日比崎小校長の大垣公子氏は、「活動」がよい、としています。引用します。

小学生の時から単語をたくさん覚えさせよう、教科にすべきだ、という意見も聞きます。それで授業が伸びやかなものになるでしょうか。むしろ小学生のうちから英語嫌いをつくってしまう。そんな、心配があります。教科にしたら、中学受験の受験科目になるでしょう。子どもたちは試験対策として英語に追われるようになる、そんな危惧もあります。
言葉や文化が違っても伝えることの心地よさ、伝わった時の喜び、相手の気持ちがわかった時の共感。外国語活動はそれを味わう時間だと思っています。


なお、氏の小学校では、7年前から英語の活動を続けていて、3年前に文部科学省の研究指定校になっています。氏の意見はこの経験を踏まえたものだそうです。

一方で、国際教養大学長の中島嶺雄氏は、「教科」にすることを提言しています。引用します。

きちんと教科書を用意し、単語や簡単な文例、文法を含め、「読み・書き」もさせるべきだと思います。テストと通知表での評価も必要ですね。
(中略)
小学1~4年生は頭がやわらかく、この時期に体になじませれば、年齢を重ねてもなかなか忘れない。
(中略)
そして小学5~6年生は、できるだけ多くの単語を覚えるのがいい。1千語近く知っていれば、高校、大学で6千~7千語へと無理なく増やしていける。


両氏とも、なんの説得力も感じさせません。

そもそも「活動」や「教科」は手段にすぎません。まず小学校で英語を教える目的を定義すべきです。ありていに言って、英語能力向上するのが目的のはずです。この目的に対して手段が適切だったかを論ずるべきです。

すでに、大垣氏の小学校では7年前から英語の活動をしているのですから、卒業生の成績を分析することで、手段の適否はある程度客観的に判断できますし、そうすべきです。

両氏とも、データに基づかない持論を好き勝手に開陳しているだけだと思います。

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Author:えいび
日々の出来事、映画やアニメの感想です。

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