【朝日新聞】アニメ「魔法少女まどか☆マギカ」虚淵玄

朝日新聞朝刊に、アニメ「魔法少女まどか☆マギカ」の作品紹介と脚本・シリーズ構成の虚淵玄氏のインタビューが載りました。

作品紹介は的確です。ややネタばれをしていますが、興味をそぐほどではありません。

制作に携わった虚淵氏のインタビューなので、まともに作品について語ってくれています。評論家に語らせると奇をてらった珍論を並べたて一般人を遠ざける危惧がありますが、このインタビューならそうした心配はありません。

大手の新聞がこの優れたアニメ作品を真正面から取り上げてくれたのは喜ばしいことです。これを機会に一般人へ「魔法少女まどか☆マギカ」が浸透してくれると嬉しいです。

参)
【アニメ】魔法少女まどか☆マギカ
【週刊SPA】大人気アニメ「まどか☆マギカ」の正体
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【朝日新聞】天声人語:

8月29日 朝日新聞の天声人語です。

何千と産み放しにするか、少数の面倒をとことん見るか。カエルの産卵には両派があるらしい。中米の熱帯雨林に棲(す)む赤いイチゴヤドクガエルは後者の好例だ。漢字にすれば苺矢毒蛙と恐ろしげだが、これが泣かせる▼落葉に産んだ数粒がオタマジャクシになると、雌は一匹ずつ背負って木に登る。目指すは地上10メートル、葉の間にできた水たまり。それぞれを安全な個室に運んだ母は、子が巣立つまで隠れ家を回り、餌の無精卵を産み落としていく▼そんな子煩悩の一部始終を、近日公開の映画「ライフ」で観(み)た。「命をつなぐ」をテーマに、動物たちの生への執念を英BBCが6年かけて収めた。とりわけ打たれたのは子への愛だ▼産卵したミズダコは何も食べずに半年間、ひたすら卵に新鮮な水を送る。泳ぎ出る子を見届けての最期、幸せそうだ。天敵のいない氷原で出産したアザラシ。ブリザードの中、母は風上で子の盾になり、氷雪にまみれる。本能という乾いた言葉では足りない、美しき献身である▼「いかなる場所でも、子どもを育てる上で大切なのは親の知恵と情熱でしょう」。案内役、松本幸四郎さんの語りが胸に残った。わが同類には知恵と情熱に欠ける親もいて、虐待事件が後を絶たない▼〈リボンつけしままに眠れる幼子を目守(まも)りつつをり泪(なみだ)ぐむまで〉大野誠夫(のぶお)。目元にあふれたのは、この子を命がけで守るという気負いだろう。どんな親にも本来、悲しいくらい純な愛が宿る。カエルやタコに教わることではない。


天声人語は有名コラムなのですが、私にはうまい文章だとは思えません。

冒頭で、カエルには「何千と産み放し」にする種類がいると、書いた時点でもうダメです。たくさん子供を生んで放っておく生き物もいると言ってしまっては、カエルにも劣るぞ、といわんばかりの主張は破綻します。人間がカエルやタコの子育てを鑑にするのは無理としか思えません。つまり、延々と映画「ライフ」の話をしているのは何の意味もありません。

本当にこういうのが、うまい文章なのでしょうか?無理に紙面を埋めているようにしか思えません。

【映画】モールス

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(2011/07/27)
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リメイク版です。もとの作品(「ぼくのエリ」)は観ていません。

まず感じたのは、子役がうまいことです。安心して観られます。この映画に限らず、外国映画だと子役はどの子もうまく見えます。日本語でないので喋りの評価があまくなるのかもしれませんが、それだけとも思えません。子供への演技指導のノウハウが蓄積されているのかもしれません。

ストーリーは、説明がかなり省略されています。ヒロインは、タクシーで去ったはずなのに、戻ってきた説明がありません。ちょっと違和感がありました。私が何かを見逃したのかもしれません。

また、ヒロインが眷属を作らない理由もはっきりしません。ヒロインと彼女の養父の関係は、この手の映画では眷属であるのが通例です。主人公も眷属にしないところをみると、なにか理由があるのでしょうが説明がありません。ヒロインの実年齢も不明のままです。

ただ、こうした謎が解明されない状態こそが、主人公の視点からみた世界を写していているとも言えます。

想像ですが、ヒロインはオリジナルではなく、彼女自身も誰かの眷属だったのでしょう。自分の「食事」を忌むべきものと考えている様子だったのはもとが普通の少女だったためで、眷属をつくらない理由にもそれでしょう。また、眷属になったこと(あるいは、されたこと)が、子供にはあまりの衝撃だったので歳月の経過を数えることも忘れてしまったのではないかと想像しました。

全体にカタルシスがありません。これもよく言えば、ありきたりでない展開です。

明らかに悪かったのはCGです。笑ってしまいそうになるほどの出来の悪さでした。

CG以外はまずまずの作品でした。お勧めできます。

【朝日新聞】記者有論:水戸黄門 終了で試される地元力

8月27日 朝日新聞朝刊 「オピニオン欄の記者有論」というコーナーでTBSの「水戸黄門」終了による水戸市についてのコラムが載りました。

引用します。


TBS系の長寿番組「水戸黄門」の年内終了が7月に発表されると、ゆかりの地の水戸市ではうろたえる人が相次いだ。8月2日には、市長らが同局に撤回を直訴した。
水戸の経済は東日本大震災後、原発事故の風評被害も相まって疲弊。今年5月に初当選した高橋靖市長は、全国区の「黄門」を観光の牽引役に復興を、と考えていた。その矢先の打ち切りの決定とあって手をこまねいているわけにもいかずに取った直接行動だったが、負い目もあった。
懐を痛めずに42年間も全国ネットでPRしてもらい、例年、レギュラーの俳優陣に8月上旬開催の「水戸黄門まつり」を盛り上げてもらった。
(中略)
テレビ番組やイベント頼みの都市は水戸に限らないだろう。しかし、それはあくまで「呼び水」で、地元の創意と熱意に基づく取り組みが求められているのではないか。
少し手前みそめくが、私の自宅のある埼玉県川越市は89年のNHK大河ドラマ「春日局」で火がつくと、官民で蔵造りの街並み整備や景観の保存などを展開。個人商店も頑張った結果、観光スポットをつなぐ回遊性が確立し、通年のにぎわいが生まれた。昨年は約610万人が訪れた。
もちろん、回遊性と言っても実現は難題だ。水戸の場合、商店街の連携が薄く、新しいことに挑戦する商店街がある一方で伝統やプライドが邪魔して動きが鈍いところもある。結果、他の都市同様、中心街は空洞化したままだ。
(後略)
水戸総局 猪瀬明博


テレビ番組だけを頼りに観光客を集めるのは限界がある。テレビ番組をきかっけとしながらも地道な努力で何度も来てもらえるような地元にすべき、との提言です。

私には納得できません。どこもかしこも観光客を誘致はじめても、人が観光に使う費用は有限なので、観光客の奪い合いが起きます。競争に負けて破綻した自治体さえあります。自治体は私企業ではありませんから、一か八かの勝負などしてはいけません。

もともと観光客が来てくれる自治体が適切な観光資源への出資をするのは結構ですが、すべての自治体がやっていいことではありません。また、自治体の長がテレビ局のお願いしにいくなど、みっともない限りです。

【朝日新聞】記者有論:首相は国の顔 「ダメなら交代」許されぬ

8月26日 朝日新聞朝刊 オピニオン欄の「記者有論」から

引用します。

ある国の首脳が、最近訪日した時の話である。
自民党の谷垣禎一総裁と会うため同党本部を訪れた。応接室の壁にあった歴代総裁の写真を見て、首脳は随行した外交官につぶやいた。「私はこのうち9人と会った」
頻繁な首相の交代は、自民党政権の末期症状だったと思いきや、悪癖は民主党政権でも続いている。
(中略)
3月初旬、米国のクリントン国務長官は議会で、日本について証言した。
「国際的な子の奪取に関するハーグ条約」について、日本に何度も条約加盟を求めたと強調し、こう続けた。「私は就任以来、何人もの日本の外務大臣に会っていますから」当時の前原誠司外相は3人目、現在の松本剛明外相は実に4人目だ。ネット上の動画で『ハハハ』という甲高い声を聞き、私は日本人として悲しかった。
(中略)
日本は、政治家だけでなく報道機関も含めて『首相の交代』に慣れてしまい、ハードルを下げすぎてしまったと思う。「ダメなら変えればいい」という意識が社会全体に広がり、あまりに短く、ずさんな首相選びや、政策よりも人気で選び、支持率が下がれば引きずり下ろす政治家の行動を、結果的に許すことに繋がっていないだろうか。これは制度改革以前の問題だ。
これからの首相選びをしっかり見たい。そこから導かれる結果は、最後は国益として私たちの暮らしに帰するのだから。(政治グループ 大島隆)


まるでダメな意見です。

まず、ある国の首脳が自民党の歴代総裁のうち9人に会った、ことのどこが問題なのでしょうか。自分が首脳になってから自民党総裁としての9人に会った、とは言っていません。単に、この人が9人に会ったことがある、というだけです。また日本の政治家と関わって何年になるのかも書いてありません。これでは、歴代総裁の9人に会った、というのがどれほどの問題なのかまったく伝わってきません。

クリントン国務長官の話を持ってくるに至ってはまったくおかしいです。クリントン氏が示唆しているのは、日本の外務大臣が頻繁に変わることです。日本の首相のことではありません。このエピソードから問題にすべきは、定期的な内閣改造です。首相の交代を問題視するのは、少しずれています。

一般的には、支持されていない政治家が引きずりおろされるのは民主主義国家なら当たり前です。「ダメなら交代」が許されないどころか、むしろ奨励すべきことです。頻繁な交代が問題だというなら、参院の権限を縮小するなどの制度改革によってしばりをかけるべきです。そうでなければ法治国家とはいえません。「制度改革以前の問題」ではなく、制度改革そのものの問題です。

不人気な首相を報道機関も含めて支え続けるべき、といわんばかりの大島氏の意見は民主主義に対する挑戦だと思います。

【朝日新聞】同和地域の中学に不適切発言 福岡教育大、論文集に記載 

朝日新聞の記事より引用します。

福岡教育大学(福岡県宗像市)が2009年8月に福岡市で開いた講演会で、外部の講師が、校区内に同和地域がある中学校で教師が直面する「困難」を、ユダヤ人が大量虐殺された収容所に例えて、「学校なんかじゃない。アウシュビッツ」などと述べ、同大がこの講演録をそのまま掲載した紀要(論文集)を発行していたことが分かった。同大は「不適切な内容だった」として紀要の回収を始めた。
 講演会は、県内の小中学校の現役教師などを対象に開かれ、名古屋市立中学のスクールカウンセラーの経験もある愛知県内の私立大の男性教授(61)が「対応困難な保護者の見立てとその対応」と題して語った。
 講演録によると、この教授は、「いわゆる同和地域が校区内にある学校」で、4人の教師がある保護者に計20万円を「たかられた」ことや、うつ病で休職に追い込まれる教師が毎年2、3人いると紹介。この中学校を辞めたいという教師の相談に乗り「ここは学校なんかじゃない。特殊訓練の施設。あるいは、アウシュビッツ。そう考えれば、移るとき1冊書けますよ」と助言した、と語った。
 講演録では、その発言の直後に「(会場笑)」と、講演を聴いた教師らの反応も書かれている。
 さらに、「私の仕事はその保護者をどう警察に捕まらせるか。そのためにどんな罠(わな)をしかけて、どんなふうにするといいかという、そういう秘策を練って学校側も試みたんです」「11月には捕まってもらいました。私は頼まれたらどんなことでもしますからね(会場笑)」と発言したことも記されている。


記事の文面からすると、学校をアウシュビッツにたとえたのが問題のようです。

では、アウシュビッツの看守とユダヤ人に対応するのは何なのでしょうか。普通に考えれば、先生と生徒だと思います。しかし、この教授は話に登場するのは、教師と保護者だけです。保護者は学校施設の外にいますので、アウシュビッツではたとえるものがありません。この教授の言では、教師は被害者ですので、教師はユダヤ人にたとえられているのでしょうか。しかし教師が無理やり学校に収容されているというのはおかしな状況です。

アウシュビッツで、誰かが誰かに「たかられた」というのもよくわからない話です。

なんだかさっぱりわからないたとえ話です。「不適切発言」ではなく、「意味不明発言」と呼ぶべきです。

誰かが苦情を言って大学が紀要を回収した、というのは事実なのでしょう。記事に載っていない事情がたくさんあるのかもしれませんが、もう少し掘り下げて報道してほしいです。


【朝日新聞】オリンピックに出たい

8月24日  朝日新聞朝刊オピニオン欄より

私には初耳でしたが、ロンドンオリンピックで女子ボクシングが採用されるとのことです。記事は、女子ボクシングでロンドンオリンピックを目指す山崎静代さんへのインタビューでした。この記事自体には、がんばってください、と言うだけです。

このブログで取り上げたのは、女子ボクシングについて書きたかったからです。

女子ボクシングというと、映画ファンは、「ミリオンダラー・ベイビー」(クリント・イーストウッド、ヒラリー・スワンク)を思い出すと思います。ボクシングなので当たり前ですが女子とはいえ激しいスポーツであることに驚きましたし、女子ボクシングを支える関係者の真摯な姿勢には感動を覚えました。おそらく、その感動は、女子ボクシングをキワモノとしてみる偏見をひっくり返したことが大きかったと思います。

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それでは、社会通念として、それまで女子ボクシングはずっとキワモノだったのでしょうか。実はそうとも言えないのではないかと思っています。

ある短編推理小説を思い出しました。1910年に発表された、バロネス・オルツィ(「隅の老人」が有名)が推理小説の連作「レディ・モリーの事件簿」の中の「フォードウィッチ館の秘密」です。女男爵の跡取り候補の姪ごさんが登場します。このお嬢さんはスポーツを愛好する活発な女性で、フェンシング・ホッケー・ゴルフとともにボクシングをたしなんでいます。

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ボクシングをやる女性と聞いてひどく驚いた覚えがあります。しかし、よく考えれば、平民とは違う種類の人間であることが、直接的に理解できる描写で感心しました。フィクションとはいえ当時の上流階級の女性の実情をある程度反映させているのだと思います。

なお、作者のバロネス・オルツィ自身が男爵家の出身です。

オリンピック関連のインタビュー記事から、数年前に読んだ小説の一節を思い出してしまいました。

【朝日新聞】日中の改善、市民の交流から 外務省、世論対策を強化

朝日新聞の記事より引用します。

冷え込んでいる日中間の国民感情を改善させようと、外務省が両国の市民らに直接交流を働きかける試みを強化している。日中間の「戦略的互恵関係」推進には、世論の理解と支持が不可欠とみているためだ。
 「日中間の人的交流がさらに拡大することを期待しています」。外務省の山花郁夫政務官は10日、中国人観光客の査証(ビザ)発給緩和を発表した。ビザ緩和を観光業振興だけでなく、中国人の対日理解の促進にもつなげたい考えだ。
 外務省は1月、対中政策の新たな3本柱を決め、その一つに「国民感情の改善に向けた交流促進」を据えた。「対立より協力した方がお互いの国益は増大するというのが戦略的互恵関係。国民の理解や支持なしに進めることは難しい」(外務省幹部)ためだ。
 内閣府の「外交に関する世論調査」では1980年代半ばまでは7割が「中国に親しみを感じる」と回答したが、昨年は2割どまり。韓流ブームもあり親近感が高まる韓国とは対照的だ。
 外務省は中国の世論形成に影響を与えうる若手の研究者やメディア関係者ら計約700人を日本に招待する事業を進めている。
 世論への働きかけは中国政府とも協力して進めている。今年は日中両政府が映画やテレビ番組を互いの国に紹介するほか、辛亥革命100周年関連の日本での催しも両国政府が支援している。外務省は来年の日中国交正常化40周年に向け、世論への働きかけを続けたい考えだ。(大島隆)


日本が中国に親しみを感じなくなったのは、交流がさかんになったからです。交流がさかんになればなるほど中国に対して親近感が減っています。これが現実です。いいと悪いかは別として、この現実をみとめなければ、対策は的外れなものとなります。

まず、「対立より協力した方がお互いの国益は増大する」というのは本当ならば、それを証明してみせるのが一番です。親しくすると得だと思えば、親近感が増えるはずです。

そもそも「協力」って何をすることなのでしょうか。その「協力」をするとどういう「国益」がどのくらい増大するのでしょうか。記事を読む限りまったく伝わってきません。一般的には仲良くすることはよいことだとは思いますが、具体的なことがまるでわかりません。

説得力皆無の記事です。


【朝日新聞】社説:野田氏の発言―言葉を選ぶ器量を待つ

朝日新聞社説より

首相をめざす志があるなら、よく考えてほしい。
 野田佳彦財務相が、靖国神社に合祀(ごうし)されているA級戦犯について、戦争犯罪人ではないとの見解を示した。野田氏は小泉内閣時代、戦争犯罪人だとする小泉氏に反論しており、15日の記者会見で「(当時と)基本的に変わりありません」と答えた。
 野田氏は、小泉内閣への質問主意書に以下の趣旨を記した。
 「戦犯」は関係国の同意のもと赦免・釈放され、あるいは死刑が執行されている。刑が終了した時点で、罪は消滅するのが近代法の理念である――。
 刑を終えたのだから、もはや犯罪者ではない。まつられているのが犯罪者でない以上、首相の靖国参拝にどんな問題があるのか、という理屈立てだ。
 だが問われているのは刑を終えたか否かではなく、彼らの行為が戦争犯罪かどうかであり、歴史認識である。野田氏の議論は焦点を外している。国の内外を問わず、戦争で肉親を失った数多くの人々の心情をいたずらに傷つけるだけだ。
 野田氏は現職閣僚であり、まもなく行われる民主党代表選に立候補する意向を固めている。首相になれば過去の歴史を背負い、日本国を代表して発言しなければならない。行動を慎み、言葉を選ぶのが当然だ。
 一方で、野田氏はこの終戦記念日に参拝しなかった。02年に代表選に立候補した際は「外交問題を引き起こす」ことを理由に、首相になっても終戦記念日の公式参拝はしないと言った。
 外交を大切にするのなら、誠意ある言葉で説明すべきだ。発言を受けて、韓国外交通商省は「侵略の歴史を否定しようとする言動だ」と批判している。中国や韓国のみならず、東京裁判を主導した米国との関係にも良い影響は及ぼすまい。
 代表選に立候補しても、この点を問われるに違いない。その時、自らの歴史認識も含めてきちんと話し、代表、そして首相の有資格者だと示してもらわなければならない。
 野田氏は、文芸春秋9月号に公表した「わが政権構想」で、国内産業の衰退や、電力・エネルギー、財政の「三つの危機」に取り組む決意を示している。
 確かに、いま優先すべきはそれらの課題だろう。とすれば、課題に取り組めるよう、野田氏は自ら環境を整えるべきだ。
 歴史をめぐる問題は、苦労を重ねながらここまで積み上げてきた。国のリーダーの言動で再び歩みを止め、処理すべき課題に向き合えない事態を繰り返すべきではない。


朝日新聞が推定している野田氏の論理は違っていると思います。

野田氏が言っているのは、「戦犯」の法律的位置づけでだと思います。これが一般の罪に相当するのかどうかです。罪を償ったかどうかを問題にしているのではなく、法律でいうところの罪なのか、ということです。

朝日新聞が言っているのは、「戦犯」の歴史的評価のようです。これは、誰の責任なのか、何をしたことの責任なのかが問われます。朝日新聞は、A級戦犯に責任がある、と考えていますようですが、A級戦犯とは、連合国が勝手に訴追したものです。東京裁判を根拠に、A級戦犯を悪だとするのは、無理があるように思います。

また、何の責任なのかについてです。東京裁判が暗に主張しているのは、文明国に野蛮な日本が戦争を仕掛けた、というものです。朝日新聞は、この歴史観にたつのでしょうか。

私には、朝日新聞の歴史観の方がわかりません。

先般の「千載一遇発言」の妙な報道姿勢といい、特定の政治家を狙い撃ちにしているような気配を感じます。

参)【朝日新聞】「千載一遇チャンス」

ブログ一周年

このブログをはじめて、今日で一年が経ちました。

好き勝手なことばかり書いて統一したテーマのないブログですが、読んでくださる方がいることに感謝いたします。

今日は、ブログを書くことで自分自身にどういう変化があったかを中心に、自分のブログについて、つづってみます。

【アニメ】       
感想を書くため、途中で見るのをやめる作品が少なくなりました。最後まで観ないで感想を一本書くのははばかられますので。なるべく良いところを探して書きたいとは思っていますが、作品によっては難しいこともあります。悪口はいいたくないですが、嘘を言ってほめるわけにもいきませんので。

【映画】 
ブログで書くことを意識して、映画を観る本数が増えたように思います。 
劇場で観た映画はすべて感想を書いています。 レンタルやテレビで観たものは載せていません。今後は劇場でみたもの以外も記事にするかもしれません。

【展覧会】  
展覧会に行くことが増えました。いままでは、行こうと思っていながら ずるずるして、気がついたら終わっていたというのがしばしばありました。ブログをはじめてから、逃さないように気をつけるようにしています。ブログでの変化という意味では、これが一番の変化です。
行った展覧会は、すべて感想を書いています。

【本】
変化ありません。特にブログに書くための読書はしていません。
読んだ本をすべて記事にしているわけではありません。実際にはもっと大量に読んでいます。特に語りたくなったものだけを記事にしています。

【新聞・雑誌】    
ブログをはじめる前は、”変なことを書いているな”で終わっていたものでもブログに書くために、さらに突っ込んで考えるようになりました。下書きを書いているうちに意見が変わることもしばしばあります。

【時事問題】
「新聞」や「雑誌」のカテゴリーも時事問題を扱っているものがあります。カテゴリーを分けた意味はありません。どういうふうに使い分けるべきか試行錯誤しています。


今日から二年目に入りますが、これからもよろしくお願いします。

【Excel】図形の回転:頂点を中心とした回転

Excelのチップスです。ネットで調べても分からなかったので、試行錯誤して見つけた方法です。Excel2003で確認しました。

まず、通常の図形の回転です。二つの方法があります。

《A》
回転ハンドラ(緑色の丸印)をドラッグします。

図1

《B》
1)図形を選択
2)「図形の調整(R)」→「回転/反転(P)」→「自由に回転(T)」を選択。
3)図形の四隅に回転ハンドラがあらわれます。この回転ハンドラをドラッグすることでも、回転させられます。

図2


どちらの方法も、図形の中心を中心にして回転します。回転させたい角度が決まっている場合は、これで問題ありません。しかし、回転角度が決まっていないこともあります。

例えば、下の図で、CB=CDでDがAB上にあるとします。このCDを作図してみます。

図3


CBと同じ長さの線分を作図するところまではできますが、回転すべき角度が未定です。つまり、新しい線分をBC上に置いたうえで、Cを中心に回転させます。

この場合は、次の方法を使います。

1)「図形の調整(R)」→「回転/反転(P)」→「自由に回転(T)」で回転ハンドラ表示。
2)B上の回転ハンドラを、Ctrlを押しながらドラッグします。これで、Cを中心として回転します。

要するに、Ctrlを推しながらドラッグすると、対極上の図形の頂点を中心として図形は回転します。


【朝日新聞】EPA看護師候補に光を

8月19日 朝日新聞朝刊 金融情報欄の経済気象台というコーナーに「EPA看護師候補に光を」というコラムが載りました。引用します。

2008年8月、経済連携協定(EPA)に基づき初来日したインドネシア人看護婦候補104人のうち、今年の試験で78人が不合格となった。政府は、大部分の人が資格を取れずに帰国という事態を恐れ、68人の1年間の在留延長を認めたが、6割以上の人が失意の帰国の道を選んだという。
EPAで日本の看護婦資格取得を目指す国はインドネシアとフィリピンで、08年度104人、09年度266人、10年度86人が来日した。しかし、彼らの来日1年目の試験での合格率は0.3%(1人)、2年目で1.5%(5人)、3年目で14%(13人)、これに対し、日本人を含む看護師の国家試験の合格率は92%だ。
この差の原因は、「日本語」にある。患者の健康・安全・安心のため日本語でのコミュニュケーション能力や専門知識が必要で、その習得に一定の時間を要するだろう。それにしてもこの差異はあまりにも大き過ぎないか。
(中略)
希望に胸を膨らませ来日した若い人たちを、嫌日家に追いやることのないよう、再挑戦する人の支援を強化してほしい。今の看護師国家制度が、そして厚労省の不作為が非関税障壁だと言われる前に。(暁)


そもそも「この差の原因は、「日本語」にある」というのは正しいのでしょうか。根拠が明示されていません。単に成績が悪かった、という可能性はないのでしょうか。外国人看護師をけなして言っているのではありません。朝日新聞の論理展開に穴がある、と言っているだけです。

百歩譲って、日本語が原因で合格できなかったとします。朝日新聞の論理に従えば、非関税障壁と非難されるのは「今の看護師国家制度」や「厚労省の不作為」だけではありません。最大の非関税障壁は日本人が日本語だけを使っていることだと非難されます。それが論理の必然なのです。

前に書きましたが、この問題は、かわいそうな外国人を助けてやろう、といった図式で考えるべきではありません。純粋に看護師としての業務を遂行する能力があるのか、その能力を測るのに適切な試験なのか、という観点で考えるべきです。

参考:【朝日新聞】社説:外国人看護師―「人の開国」に向け改革を

【本】誰が小沢一郎を殺すのか?

誰が小沢一郎を殺すのか?画策者なき陰謀誰が小沢一郎を殺すのか?画策者なき陰謀
(2011/03/02)
カレル・ヴァン・ウォルフレン

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根拠のない決め付けのだらけの駄本です。

日本で生活している私の知っているかぎり、小沢一郎氏をマスコミが「人物破壊」したなどというのは事実誤認です。

確かに大手新聞の論調は厳しかったですが、それはたいていの主要政治家と同じ程度の厳しさだったと思います。夕刊紙やテレビのニュースショーにいたっては、恥ずかしげもなく小沢擁護を繰り返していました。

おそらく、著者のウォルフレン氏は日本にいなかったのでしょう。いたとしても日本語が分からないのではないかと思います。小沢一郎氏が特に、マスコミの攻撃対象になっているというのは事実に反します。

客観的にみて、全マスコミから総攻撃を受けたのは総理時代の麻生太郎氏です。その中にはいわれのない批判も混じっていました。こちらの方がよっぽど「人物破壊」だったと思います。

前提が間違っていますので、それ以降の部分を評価する必要はありません。読みはしましたが、同じように根拠なしで、自説を繰り返すのみです。一例を挙げれば、検察は小沢氏の起訴を断念して検察審査会の議決で起訴されているという事実を、ウォルフレン氏の「人物破壊」論で説明できていません。

事情をよくわかっていない外国の論評を、その国の国民むけに出版するというのは、著者の思慮の浅さを証明しています。

もう一つ、本書の内容から、著者の思慮の程度がわかる部分を引用してみます。

彼(小沢一郎氏)は舞台裏で、日本政治の新しい歴史を生み出していった。2009年11月から12月にかけての、中国の習近平・国家副主席と天皇との会見を望んだ中国側の要望を受けて、最終的にそれを調整し、実現させたのは小沢氏であった。案の定、宮内庁は激怒した。これまで皇室に関して、なにが可能か、あるいはなにが不可能かを決定してきたのは宮内庁の官僚であった。だがこのとき小沢氏は、選挙された国会における国民の代表者こそが、この国のボスであることをはっきり示したのだった。


あからさまな天皇の政治利用で、小沢氏の言う政治主導の正体が如実に示された出来事でした。この件を小沢氏に都合よく解釈できるウォルフレン氏には吃驚です。

【朝日新聞】共生の裂け目 欧州に試練 ノルウェー7・22テロ

8月16日朝日新聞夕刊 文化欄にて 北海道大准教授、パリ政治学院客員研究員の吉田徹氏が、ノルウェーでおきたテロについて寄稿しています。

テロの遠因となった多文化主義が限界に達し、欧州は「今までの試みを再考するか、新たな編成原理を生み出すかの瀬戸際に立たされている」としています。

その結論に、特に異論があるわけではありません。わざわざ紹介してみたのは、吉田氏の文章が新聞に載るものとしてはちょっと特徴的過ぎるからです。一部、引用します。

(前略)
だからこそ、フィクショナルな想像としての「文化」に突出した意味が見出される。つまり、固有性とその固有性を投射する敵を、人為的に再創造し続けなければならない現代社会の矛盾の裂け目に、ブレイビックは転落したのだといえよう。
(中略)
21世紀最初の10年が「テロとの戦い」で始まり、ビンラディーン射殺とアラブ世界の民主化でしめくくられんとしている矢先に、「外部」のものとされていたテロは、転移して、ヨーロッパに内生するようになった。それも、不可避であると同時にますます困難になっている「共生」というプロセスの代償として。
(後略)


全部がこんなではありませんが、すごく読みづらいです。意味が分からないとまでは言いませんが、もっと分かりやすく書けるはずです。

こういう文章が知的だと思うのは間違っていると思います。

【時事問題】イギリスの暴動

NHKのサイトから引用します。

英暴動 首相の方針に警察反発
イギリス各地に広がった若者らの暴動を受けて、キャメロン首相が、警察を強化するためアメリカから警察の元幹部を顧問に迎える方針を示したところ、現場の警察官らは「アメリカの手法はイギリスにはそぐわない」などと反発し、政権への不信感を強めています。

今月6日から4日間にわたり、ロンドンをはじめ地方都市にまで拡大した若者らによる暴動では、商店での略奪行為も相次ぎ、キャメロン首相は、略奪を止めるために必要な人員を配置しなかったなど、警察の初動対応に問題があったと指摘してきました。これを受けてキャメロン首相は12日、警察の強化策の一環としてアメリカ・ロサンゼルスなどで警察本部長を歴任したウィリアム・ブラットン氏を顧問に迎える方針を示しました。ブラットン氏は12日、アメリカのテレビ局のインタビューで、「ギャングを大幅に減らした実績はイギリスでも生かせるだろう」と述べました。しかし、ロンドン警視庁の組合の幹部は13日、地元テレビ局に対して「力にものを言わせるアメリカ警察の手法はイギリスにそぐわない」と述べ、政府の方針を批判しました。キャメロン政権は、2015年までに警察の予算を20%削減する緊縮政策を掲げ、現場の警察官らから強い反発を受けています。その一方で、今回外国から専門家を迎える方針を示したことは、警察にとって政権に対する不信感をさらに強めるものとなっています。


根回しもせずに、外国から専門家をまねいたりすれば、自国の警察のプライドを傷つけるにきまっています。また無理に外国人を呼んでも、手足となって働く英警察が素直に言うことをきくとも思えません。

英国政府のやり方はあまりにも稚拙です。

また、組合幹部とはいえ警察官が公然と政府を批判するというのも驚くべきことです。

暴動がおさまらないことより、英国政府の統治能力の方が心配になります。

【朝日新聞】「千載一遇チャンス」

8月15日 朝日新聞夕刊の記事より

復興需要は「千載一遇のチャンス」 野田財務相が発言
 野田佳彦財務相は14日のNHK番組で、東日本大震災の復興に関連して「震災の復興需要をどうやって満たしていくか、そういう観点からすると、まさに千載一遇のチャンスだ。そのことをわきまえた対応が必要だ」と述べた。
 デフレからの脱却について問われ、「需給ギャップが原因だ。需要が足りなかった」と指摘する中で語った。復興で見込まれる建設資材や生活関連物資などの需要増が景気回復につながることへの期待を述べたとみられる。ただ、1万5千人超の死亡が確認された大震災をめぐり、「千載一遇のチャンス」と表現したことは、被災地や野党から批判を受ける可能性がある。


野田財務大臣が、大震災を喜んで発言しているわけでないのは明らかです。被災者の中には不愉快になる人がいるかもしれませんが、財務大臣が悪意を持っていったのでないことは疑いようがありません。

それでも批判は自由です。「千載一遇」などと表現すべきでない、と考えるなら堂々とそう主張すればよいと思います。

しかし、このように「被災者や野党からの批判を受ける可能性がある」などと報じるのは正しいこととは思えません。朝日新聞がこの発言を問題だと思うなら、問題発言だと報道すればよいことです。他人が批判するかもしれないよ、という腰のひけた報道には価値がありません。

この手の記事は、自民党政権時代に与党政治家に散々なされてきたように思います。バランスをとっているつもりかもしれませんが、そろそろこうした程度の低い報道はやめにすべきだと思います。

【朝日新聞】菅さん常識外れ でも根底には思想

8月12日朝日新聞朝刊オピニオン欄に高崎経済大学の國分功一郎准教授のインタビュー記事が載っていました。引用します。

菅直人首相が、ようやく退陣の覚悟を決めた。「辞任」を示唆した覚書から2カ月ちょっと。思いつき、場当たり、利己主義者。そんな批判も非難もものかは、首相のいすに座り続けた。一体なにを考えているんだろうと思っていたら、菅首相の発想には、震災後の日本を作る新たな哲学が見えたという。それってホントですか。

ようやく退陣を決断しましたが、菅直人首相は評判が悪かったですね。

 「はい。ただ、なぜ批判されていたのか、その理由ははっきりしないと感じていました。それに私は菅首相は評価すべき発想の持ち主であるとも考えているんです」

えっ? 場当たり的、思いつきだけの菅さんのどこを評価するのですか。

 「確かに常識はずれだから有権者からみるとワケがわからないかもしれない。でも、場当たり的に見えて、その根っこには彼自身の思想がある。それは制度を大切にしようという思想です。今後の日本や民主主義を再構築していく上で重要な発想です」

でも、菅さんが何か制度を提唱したという記憶がありません。ましてや思想なんてとんでもないと思います。

 「そうでしょうか。就任当初『最小不幸社会』を実現する、と言ってました。これは社会に付きまとう不幸、貧困や病苦などをうまくみんなで分け合う制度を整えようという考えです。辞任3条件の一つに掲げた再生エネルギー特別措置法案も、自然エネルギーの普及という目標を掲げた上で、実現を促す制度を導入しようという考えです」
(後略)


この後、近代の政治哲学は立法権のみを論じてきて、行政権についてはなおざりにされてきた、と指摘します。

なかなか考えさせられる論考だと思います。

國分氏のインタビューはともかく、インタビュアーが「取材を終えて」でとんでもないことを書いています。

人間は生来、好き勝手に生きる権利、つまり自然権を持っている。しかし自然権は法や慣習によって覆われ、人々は行使を自制しているにすぎないと、ホッブズは説いた。
 我々は今、秩序に従って自制的に生きている。しかし菅首相は自然権を振り回し、ひとりホッブズ的な世界を生きていた。そう考えると、このまったく理解不能だったリーダーの振るまいに、説明がつく気がする。(秋山惣一郎)


インタビュー内容でまったく触れてもいないことを好き勝手に書き散らすのは、インタビュアー失格です。せっかくインタビューに応じてくれた人にも失礼な態度だと思います。

【朝日新聞】私の視点:なでしこに あやかれるのか

8月12日 朝日新聞朝刊 オピニオン欄より

「私の視点」というコラムで、三重大学の岩本美砂子政治学教授が「なでしこにあやかれるのか」という文をよせています。

引用します。

サッカー「なでしこジャパンの女子ワールドカップ優勝に励まされた人は多い。でも、彼女たちが克服してきた苦境に注目が集まり、日本においてかつて「女性がやるべきものではない」とされてきた分野への女性の挑戦には、まだまだ制約が多いことがクローズアップされた。
2005年と09年の衆院選で女性候補が注目されたが、女性の衆院議員は現在でなお10.9%で、これは世界130位あたりである。政党が、人気取りでない組織的な女性候補者を育成していないのだ。女性が多くていいはずの地方議会でも、1割を超えたのは07年統一地方選挙以降だ。
これに対して、北欧のみならず英、仏、独などおよそ90の国で、女性議員を増やすためのクォータ制が、法律あるいは主要政党の党則によって実行されているのに、日本ではあまり知られていない。
官僚についても、国家公務員Ⅰ種の女性の採用は04年度以来20%を超えているが、課長級は、いまだに2%台である。
先進主要国では、4年制大学の進学率が5割を超えており、男子より女子の方が高くなったので、男子生徒への特別な支援の必要が論じられている。日本では逆で、女子が低く、男女計の大学進学率を低くしている。さらに、女子学生が特定の学部で少ないことも問題だ。対策として、私立大学の工学部には「女子推薦枠」を設けているところがある。しかし国立の九州大学での導入の試みは「形式的な法の下の平等に反する」との批判を受け、取りやめになった。
(中略)
現在、菅直人内閣の女性閣僚はゼロ。これは1997年から98年の第2次橋下龍太郎改造内閣以来の事態である。震災復興やエネルギー政策など国民生活にかかわる重要案件の意思決定の場に、女性をもっと増やすべきだ。なでしこジャパンの活躍にあやかりたのなら、新内閣は女性の進出が遅れている分野の変革を推進するという強い決意をぜひ持ってほしい。


前提として申し上げますが、私は女性の社会進出には反対していません。能力と意欲があるなら性別にこだわらず仕事をしてもらうべきだと思っています。

したがって、下記の岩本氏への批判は、内容に反対なのではありません。文章の説得力のなさを問題にしているだけです。

岩本氏の文章のいけないところは、日本と外国の比較をきちんと行っていないところです。例示していみます。

衆議院(下院)議員の女性の割合
日本:10.9%
外国:言及なし
※日本の順位で130位あたりとの説明があります。

地方議会議員の女性の割合
日本:1割
外国:言及なし

国家公務員Ⅰ種の女性の割合
日本:20%
外国:言及なし

国家公務員課長級の女性の割合
日本:2%台
外国:言及なし

4年制大学進学率
日本:言及なし
主要先進国:5割超

4年制大学の女性の割合
日本:女子が少ない
主要先進国:男子が少ない
※ どちらも具体的な数値は言及なし

特定学部での女性の割合の偏在
日本:偏在がある
外国:言及なし

女性閣僚
日本:ゼロ
外国:言及なし


このように、日本と外国を比較しているようで、実際には比較していません。これでは説得力がありません。まず、冷静な議論のためのデータを提出するべきです。それができなければ、主張の中身まで疑われます。

【朝日新聞】耕論:今こそ解散、なのか

8月11日 朝日新聞朝刊オピニオン欄より

脱原発を問うための、衆院解散をテーマに3人が意見を寄せています。

まず、首都大学東京の宮台真司教授の意見を引用します。

僕は6月に菅直人首相の不信任案が提出されたころから、脱原発解散・総選挙を主張してきました。原発問題は生命財産だけでなく統治体制と政治文化の全体に関わる。問題の限定された郵政民営化と違い、シングルイシューでは全くありません。
予測不能・計画不能・収支不能なリスクを伴う原発は、科学的に合理的な行動計画が立案できず、国家に任せるのは理論的に無理。国民の自治に任せるべきで、何もかも国家に任せる政治文化と統治体制を問いなおす契機となる総選挙が必要です。
解散して政治が混乱しても、原発災害での生活破壊よりマシで、小さな話。拘束力のある国民投票法がない以上、世論からずれた永田町を制御する方法が他にないのも重大です。国民投票が政治文化に根付いていないからこそ、このままの政治文化とそれを前提にした統治体制でいいのかを問うのです。
(中略)
政治家の大半は問題の本質を理解しておらず、脱原発を唱えても電源選択問題だと思っている。欧州での自然エネルギー普及を支える発送電分離や固定価格買い取り、地域金融の制度が共同体自治を目指すものであることを知る政治家が必要です。
(後略)

 
「予測不能・計画不能・収支不能なリスクをともなう原発」だから国民の自治に任せるというのは理屈が合いません。国民の自治に任せたら原発を廃止するだろうという決め付けているのでしょうか。

解散総選挙の混乱よりも原発災害よりまし、というのも同じです。選挙をすると脱原発派が勝つと勝手に決め付けているようですが、これも根拠がありません。

また、宮台氏によれば、「脱原発」は電源の選択はなく統治メカニズムの選択だそうです。ところが「政治家の大半は問題の本質を理解して」いないそうです。そうなると、そもそも選挙の争点になりません。

言っていることが無茶苦茶だと思います。

宮台氏の言っていることは、大多数の人間は愚かだけれど自分は頭がいい、ということにつきます。宮台氏に拍手喝采を送る人は、自分は宮台氏の軽蔑する大多数に属していないと優越感にひたっているのでしょう。

これからの社会がどうなろうと、宮台氏はずっと他人を見下し続けるのでしょう。まじめに取り合うと徒労を覚えます。


二人目は、東京大学の谷口将紀教授です。

私は、総選挙を今、行うのは賢明ではないと考えます。
(中略)
総選挙で民主党が勝っても、連立を再編しない限り参院では過半数割れのままです。自民党が勝っても相当無理をしないと参院で多数を確保できない。国会のねじれは続くのです。民主、自民ともにねじれに悩んだ経験を共有し、かつ次の政権のゆくえが決まらない今こそ、次期総選挙後の発効を条件に、ねじれ対策を進めるべきではないでしょうか
(中略)
原発解散すべきだという意見もあるようですが、断行しても民主党政権の業績がまず問われ、原発問題に対する民意が明確に示される結果には多分ならない。有権者はそれほど単純ではありません。


いちいちもっともな意見です。全面的に同意します。「ねじれ」の対策を持たないと政治の停滞が続くでしょう。新聞ではこういう意見を読みたいものです。


【テレビ】ふたり「コクリコ坂・父と子の300日戦争〜宮崎駿×宮崎吾郎」

8月9日 NHK

映画「コクリコ坂から」の製作裏話。監督の宮崎吾郎氏と、巨匠である父宮崎駿氏の葛藤を描きます。ただ、「戦争」という表現はあっていません。互いに意識しあっているのはわかりましたが、直接的な衝突は起きていません。

当初、駿氏は口出ししないように心がけていたようですし、吾郎氏も口出しさせないようにしていました。しだいに、駿氏が介入をはじめると、吾郎氏は多少のためらいを見せながらも意見をいれていきます。

内面では「戦争」があったのかもしれませんが、視聴者はそれを想像するだけです。

おそらく、NHKとしては、息子の成長を認める父親といった絵を撮りたかったのでしょう。撮影を許可したジブリ側も、「コクリコ坂から」の宣伝になるようなドキュメンタリーにして欲しかったに違いありません。

しかし、駿氏が最後に口にする言葉は「少しは脅かせって、こっちを」というものです。全面的に評価していないようですが、全否定とも言い切れません。結局、駿氏が「コクリコ坂から」の出来をどう思っているのか視聴者にはわかりませんでした。

吾郎氏の方も、父親を意識しながら、ジブリでの仕事にこだわる理由を明かしていません。なぜ巨匠と呼ばれる父親のそばで、なおかつ父親の影響から逃れようとしているのか、視聴者には伝わりません。

歯切れの悪いドキュメンタリーになってしまっていました。しかし、それが故に、作り物でない緊張感を伝えてくれました。

ドキュメンタリーとしての評価はともかく、よいものを見た気がします。

【朝日新聞】わたしの紙面批評

8月9日朝日新聞朝刊オピニオン欄より

朝日新聞紙面審議会委員の土井香苗氏による「わたしの紙面批評」です。

日本のメディアでは、外国での人権侵害などの分析報道がすくない、と批評しています。引用します。

(前略)
世界の人権侵害に対し、欧米の政府はときに強く抗議し、経済制裁も科してきました。スリランカで少数民族の「虐殺」(国連)というべき残虐な軍事作戦が進行中だった2009年に、欧米などの政府が人権侵害の停止を求めたときも、日本政府はこの動きに加わりませんでした。
この違いはどこから来るのでしょうか。背景の一つには、欧米のメディアが自国政府の外交行動を監視して報道していることがあります。それによって国民の意識が高まり、世論が政府に行動を求めます。
日本のメディアでは、政府の不作為を調べて分析する報道が日頃どれほどあるでしょうか。日本政府は、スリランカ政府をはじめとする多くの問題ある政府に対し、途上国援助(ODA)などで支援してきました。かつてはビルマ(ミャンマー)軍事政権への巨額の支援国であり、いまでもスリランカ政府の最大の経済的スポンサーです。それにもかかわらず沈黙すれば、大量の犠牲を出した軍事作戦を「傍観」したと非難されても仕方ありません。こうしたことをどれだけの日本人が知っているでしょうか
(後略)


土井氏の善意を疑うわけではありません。しかし、違和感を覚えました。

実際に、『「傍観」したと非難され』たのでしょうか?「仕方ありません」と結んでいるところを見ると、非難などされていないのだと思います。つまり、日本への非難は、土井氏の想像にすぎません。

また、欧米諸国が他国の内政に気楽に口出しするのは、未だに植民地支配の感覚が抜けていないからだと思います。そうしたメンタリティーは日本人にはありません。

私が感じた、違和感の正体はそこはかとなくただよう欧米礼賛です。自分の正義を疑わない欧米人を見る思いがしました。


【西日本新聞】動員どこから「やらせ」? 原発住民シンポジウム 広報活動か世論誘導か

「やらせメール」に関して、西日本新聞の記事をネットでみつけました。

引用します。

九州電力の「やらせメール」を機に、全国で明るみに出た原発をめぐる官民一体の「やらせ」問題。質問の誘導はともかく、関係者に参加を呼び掛けた「動員」については、当事者から「広報の一環だ」と反論も出ている。原発に限らず、住民の意見を政策決定に反映させる取り組みは国、地方自治体とも珍しくない。許される動員と不正なやらせ、その「境界線」はどこにあるのか-。
◆識者「当事者関与は問題」
 「呼び掛け自体は否定されるものではない」。玄海原発(佐賀県玄海町)のプルサーマル実施に関するシンポジウムなどで動員が表面化した7月末、九電役員は会見でこう強調した。九電に動員を依頼した経済産業省原子力安全・保安院の元課長も「主催者として通常の広報だ」。官民とも「許容範囲」と主張する。
   ◇   ◇
 霞ケ関には同情めいた声もある。「Aという考え方の人ばかり集まりそうなときは、Bという考え方の人を集めるため、業界団体に声を掛けることもある」。ある中堅官僚は「動員=悪」という見方に疑問を呈す。
 九州の自治体元幹部も「スカスカに空いた住民説明会を経て政策決定すれば、『住民の意見を十分聴いたのか』と批判を受けかねない」と漏らす。過度に結論を誘導しない範囲での動員は問題ないとの立場だ。
 「九電の場合は論外だが、動員すべてがダメとは言えない。企画を盛り上げようとするのは社会通念上許される部分もある」。岩井奉信日大教授(政治学)は、一般論としては柔軟にみる。
   ◇   ◇
 原発増設や再稼働をめぐる集会は反対派住民一色となり、容認派の意見が宙に浮く-確かに、そうした懸念はある。
 それでも、川上和久明治学院大副学長(政治心理学)は、動員に手厳しい。「集めた参加者は人形ではない。『何か発言して』という振り付け、世論誘導の糸口になる」
 川上氏は、2006年の内閣府主催タウンミーティング(TM)のやらせ問題で、政府の調査委員会に加わった。「日本には米国のような草の根民主主義が根付いていない」として、TMのような取り組み自体に懐疑的だ。「動員しないと参加者が偏ってしまうならば、多様な意見を吸い上げる装置として機能していない。世論調査や住民投票をした方がいい」
   ◇   ◇
 では、「やらせメール」を誘発したとされる佐賀県の古川康知事の言動はどうみるべきか。
 古川知事は「(玄海原発)再稼働容認の意見を経済界から出すべきだ」と九電幹部に述べた事実は認めるものの、「メール投稿を依頼した事実はない」と「誘発説」は否定する。川上氏は「バランスを取ろうと前のめりになり過ぎたのでは」とみる。
 岩井氏は(1)一定の方向に議論をリードする意図がある(2)参加を呼び掛けた対象が利害関係者-という“不正基準”を提示する。これに照らせば、広く経済界に呼び掛けるならまだしも、九電という当事者に働き掛けた古川氏は、一線を越えた印象を否めない。
 川上氏は住民側にも注文をつけた。「お上任せの意識から脱し、自分たちの問題として積極的に声を上げるべきだ」
=2011/08/08付 西日本新聞朝刊=


割合にバランスのとれた論調だと思います。「やらせメール」はよくない、と一色に染まっている中で、こうした論調の記事は珍しいように思います。

岩井氏の不正基準については全面的に賛成できません。私は、公平であるべき第三者が一方の立場の意見を呼びかけるのは問題があると考えていますので、県知事が呼びかけたのは倫理違反だと思います。しかしながら、動員そのものを悪、としない岩井氏の意見は納得できます。


川上氏は「日本には米国のように草の根民主主義が根付いていない」からタウンホールミーティング自体に懐疑的、とちょっとに虚無的な意見ですが、住民側にも注文をつけるなど、バランス感はあるようです。

地方紙とはいえ、「やらせメール」に関して、建設的な記事が載ったことを歓迎します。


【本】ビーコン街の殺人

ビーコン街の殺人 (論創海外ミステリ)ビーコン街の殺人 (論創海外ミステリ)
(2007/12)
ロジャー スカーレット

商品詳細を見る

1930年発表の推理小説。

病んだ雰囲気のある一家でおきる連続殺人。ヴァン・ダインの「グリーン家殺人事件」を思い出させます。

殺人は二件ですが、二件目は一件目の殺人の目撃者を始末するためにものです。つまり、計画的な連続殺人ではありません。

探偵は常識的な人柄です。よくある奇矯な人物ではありません。その分、やや印象が薄い感じがあります。

展開が速く、無駄な描写がなく読みやすいです。真相もドラマチックなものです。

良作だと思います。

【展覧会】西洋絵画の中の人びと

於:松岡美術館

「西洋絵画の人物画」という漠然としたタイトルですので、展覧会全体を見渡すと統一感のない印象が残ります。それでも、小さな美術館のせいか、全体に手作り感があって好感がもてます。

初めて見ましたが、展示作品にQRコードが設置されていました。これを携帯電話で読み取ると、作品解説が読めます。なんでも、詳しい作品解説が欲しいという意見と、いろいろ書かれると目障りだという両極端の意見が寄せられたために、こういう方法をとったそうです。

一例を挙げると、こういう作品解説です。

ベンジャミン・ウィリアムズ・リーダー《北ウェールズの穏やかな午後》
リーダーは、ヴィクトリア朝時代に人気があった風景画家の一人といわれています。イングランド中部の風光明媚な街、ウスターに長く住み、父と一緒によくセヴァーン川湖畔をスケッチ旅行したそうです。


どれも、この位の量の文章です。この位なら展示室に掲げた方がよいと思います。読みたくなく人は読まなければいいだけです。「目障り」などというのは我がままが過ぎると思います。

日曜でしたが、すいていました。のんびり見ることができました。

気に入ったのは、
ミレイの「聖テレジアの少女時代」
ベルジーニの「束の間の喜び」
の二点です。

【朝日新聞】松下政経塾に任せられるか

8月5日 朝日新聞朝刊オピニオン欄に、「松下政経塾に任せられるか」という特集記事が載りました。

松下幸之助が政経塾をつくって32年。政権交代を出身者が似ない、「ポスト菅」候補にも名を連ねる。だが、ひ弱さも漂い、政治は混迷を深めている。彼らに任せて大丈夫か。


という問題提起です。3人の意見が載っています。その中で、参議院議員の荒井広幸氏の意見を引用します。

早稲田大学の政治サークル「雄弁会」は、竹下登さんや小渕恵三さんを始めとする首相や有力政治家を輩出しています。私は1978年に入学すると、すぐ雄弁会に入り、選挙で幹事長になりました。
(中略)
雄弁会も松下政経塾も、地盤(後援組織)・看板(知名度)・かばん(資金)のない人間が政治家になるためのルートという点では似ています。でも、選挙の戦い方は大きく違う。
私の頃まで、雄弁会出身の政治家は、最初は保守系無所属での出馬が多かった。中選挙区時代だから、定数5人の選挙区なら自民党の候補が3人はいる。そのしがらみの中に殴りこんで議席を勝ち取る。当選してやっと自民党公認となるわけです。
政経塾出身者は日本新党など「新党ブーム」に乗って出てきた人が多い。新党の公認という「座布団」をもらって選挙に出る。うまくベルトコンベヤーに乗って政治家になっている。
その分、泥臭い選挙という洗礼を十分に受けていない人が多い。だから国会に来ても、人情が薄く、根回しができない。人と人との関係をつくるのが苦手なんじゃないかな。人間関係を築く手腕というのは、修羅場を体験しないと身につきません。
(中略)
現代版松下村塾の一員として選ばれたというエリート意識があるような気がしますね。「坂の上の雲」的な意識といってもいい。政経塾が司馬遼太郎的なら、雄弁会は藤沢周平的です。たまたま何人も首相を出してはいますが、「下から目線」の草の根保守なんです。
政経塾の人は、社会人になってから政治家を目指す人も多いから、政策的な知識は豊富かもしれません。ただ、政策に「立派な靴をつくったから、足のほうを靴に合わせなさい」という感じがある。我々は反対に、足に合わせて靴をつくろうとする。履けさえすればゲタでもいいとさえ考える。そういう柔軟さが、問題解決に必要な政治家の技術なんですが、政経塾出身の人たちにはその技術がない。今の民主党の迷走も、そこに一因があるんじゃないですか。


荒井氏の政経塾出身政治家への評価は具体性がありません。「人と人との関係をつくるのが苦手なんじゃないかな」「エリート意識があるような気がしますね」「という感じがある」という印象をのみです。

また、雄弁会出身政治家と政経塾出身政治家の選挙活動の違いは、荒井氏自身が認めているように中選挙区時代と小選挙区時代の違い、つまり時代が違うことが大きいです。出身母体によって違いが生まれていると論証できていません。論証する必要があることに気がついていないのかもしれません。

最悪なのは、荒井議員の「エリート意識」「上から目線」です。なるほど竹下登や小渕恵三は立派だったのかもしれません。しかし、同じ早稲田雄弁会出身だからといって、荒井議員まで立派とは限りません。政治家として大した実績を残せていない荒井議員が、大学のサークルが同じだというだけの理由で竹下登氏や小渕恵三氏と自分を重ね合わせるとは図々しいかぎりです。

結局、荒井議員の話は松下政経塾出身政治家の評価ではなく、根拠の乏しい自慢話でしかありません。まったくもって紙面の無駄です。


【朝日新聞】テロップに「怪しいお米セシウムさん」

 東海テレビの情報生番組「ぴーかんテレビ」で4日、視聴者プレゼントの岩手県産ひとめぼれ10キロの当選者として「怪しいお米セシウムさん」などの架空の名前をテロップ表示するトラブルが起き、同局が謝罪した。
 不適切なテロップが表示されたのは午前11時3分35秒から23秒間。出演者らは稲庭うどんのテレビ通販を行っていたが、画面には岩手県産ひとめぼれの当選者発表のテロップが表示された。当選者3人の名前の欄には「怪しいお米セシウムさん」「汚染されたお米セシウムさん」などと書かれていた。
 同局によると、50代の男性外部スタッフがこのテロップを作成したという。本来は当選者の名前を入れる予定だったリハーサル用の仮テロップが、操作ミスでそのまま放送されてしまった。岩手県産ひとめぼれは、同番組の「夏休みプレゼント主義る祭り」の視聴者プレゼントのひとつで、当選者は番組終了までにあらためて発表した。
 同局総務部では「放送に使用しない仮のテロップとはいえ、大変不謹慎な表現を使用したことに問題がある」とし「福島県をはじめ、原発事故の被害を受けた方々や岩手県の農業、畜産業に携わる方々にご迷惑をおかけし、視聴者の皆さまに大変不快な思いを抱かせてしまいましたことを深くおわびします」と謝罪。関係者に直接謝罪する方向で検討している。
 番組放送後、同局には午後10時までに電話とメールを合わせて450件以上の抗議が殺到したという。JA岩手県中央会は「岩手県産米ファンに不安を与える重大事件。岩手の米農家を愚弄(ぐろう)するものだ」と抗議。達増拓也知事は「復興に全力を挙げて取り組む本県を誹謗(ひぼう)中傷するものだ」と抗議文を東海テレビに送った。


気分が悪くなる話です。

リハーサル用のテロップを間違えて放送した、ということですので、リハーサルでは多くのスタッフがこれを見ていたはずです。50過ぎの男がくだらない悪ふざけをしたというのもあきれますが、他のスタッフも無関係ではありません。おそらく、リハーサルではスタッフ一同大笑いをしていたのでしょう。

責任は東海テレビそのものにあります。関係者の処分だけで済む話とは思えません。

それにつけても、引用した朝日の記事をはじめ、どの新聞も淡々と事実を伝えるのみで違和感があります。今日のNHKの7時のニュースでは取り上げもしませんでした。これが仮に、どこかの政治家の言葉だったら、マスコミは一斉に非難したと思います。マスコミ同士かばいあっている、と言うのは言いすぎでしょうか。


【朝日新聞】競技用自転車 摘発急増

8月3日朝日新聞夕刊に「競技用自転車 摘発急増」という記事が載っていました。

引用します。

競技用の自転車で公道を走行し、摘発されるケースが今年、東京都内で急増している。ブレーキが装備されておらず、整備不良にあたるとみなされるためだ。昨年には、違法走行による死亡事故も起きた。震災で自転車通勤に注目が集まるなか、警視庁は取り締まりと強化していくという。
この競技用自転車は「ピスト」と呼ばれる種類。10年ほど前から通勤の利用が増えている。3~4年前からは、ブームになった。
(中略)
警視庁交通執行課によると、今年1月~6月末、都内で自転車の運転ルールに違反しあっとして道交法違反容疑で摘発されたのは888件。半数超の474件が、ピストで公道を走り、整備不良で違反に問われたケースだった。昨年同期(187件)より287件も多い。
(後略)


よくわからない記事です。「摘発」は警察が恣意的にできます。警察の方針で摘発を頑張れば、摘発は増えます。去年に比べて競技用自転車がたくさん公道を走っているとか、競技用自転車の事故件数が去年の倍になったとかいうなら、記事として価値があります。

しかし、摘発が増えた、というのは警察の方針に変化があったという以外の意味はありません。なんら社会の実相を伝えていません。

おそらく、警視庁から資料をもらった資料をまとめただけの記事なのでしょう。傍証ですが、掲載されている資料は二点とも警視庁から提供されています。

新聞はもっと自分で取材した価値のある記事を載せてほしいと思います。


【朝日新聞】社説:日本と韓国―領土問題で熱くなるな

8月2日 朝日新聞社説より。

引用します。 

このところまた、日本と韓国の間で「領土」にまつわるあつれきが目につく。
 領土問題は、簡単に解決できるものではない。短兵急にことを構えず、事態をこじらせぬよう、自制した大人の対応が双方に求められる。
 それだけに、きのうの出来事は残念だった。
 自民党の国会議員3人が韓国への入国を拒まれた。日韓が領有権を主張する竹島に関連し、島から約90キロの鬱陵島(ウルルンド)を視察する計画だった。「韓国の主張を知るため」の訪問だという。
 議員と行動をともにする予定だった竹島研究の日本人学者も入国を認められなかった。異例のことと言っていい。
 韓国政府は「公共の安全を害する恐れがあり、両国の友好関係に役立たないため」と議員側に説明したという。
 確かに一部韓国民の激しい反対行動があり、無用の混乱を回避するためとはいえ、大仰な対応ではなかったか。
 では、議員側はどうか。
 領土や歴史認識の問題で、韓国や中国に厳しい態度をとる人たちである。入国拒否は事前に知らされていた。 「そこで行かねば恫喝(どうかつ)に屈することになる」と言って韓国に向かった。 これでは、領土問題の解決に資するような展望も戦略も持たないまま、騒ぎを巻き起こすだけのパフォーマンスと見られても仕方あるまい。
 6月に、大韓航空が新型機のデモ飛行をわざわざ竹島の上空で実施した。日本の外務省は対抗して、職員の大韓機利用を1カ月間、自粛させている。
 5月には、韓国の野党国会議員がロシアの許可を得て北方領土の国後島を視察したり、閣僚が竹島を訪れたりした。
 また今春の日本の教科書検定結果で竹島に関する記述が増えると、韓国政府は反発して、竹島近海に海洋調査基地を造る構想を明らかにした。
 韓国は実効支配をますます強め、日本にとって快いものではない。日韓とも、公式の立場がからむだけに、引くに引けない応酬になっている。
 ここはまず、刺激しあうことを避け、悪循環にこれ以上はまらぬよう自制すべきだ。
 解決への効果も期待できない行動を強行することが「毅然(きぜん)とした外交」ではないし、自制は「弱腰」ではない。
 日韓の安全保障に直結する北朝鮮問題もあるいま、連携を深めて関係を質的に上げる。そうしていずれ領土問題も冷静に話し合える環境をつくる。それが政治に携わる者の責務である。


朝日新聞の自民党国会議員に対する非難は間違っています。

「恫喝」かどうかはともかく、行かなければ韓国の圧力に屈したことになります。したがって入国できないことを承知の上で韓国に向かった議員たちの判断は正しかったと思います。また、騒ぎを巻き起こしているのは、客観的にみて韓国側です。議員側に責任を求めるのは道理があいません。テレビのニュース映像を観る限り、日本の議員はことさら挑発的な態度はとっていません。合理的な理由もなく日本の議員の入国を拒否した韓国政府は間違っています。また、空港にいた韓国人の抗議グループにいたっては、異常な行動としか思えません。

彼らを批判する朝日新聞はいったいどのような、解決への効果が期待できる行動を提案しているかというと、

「連携を深めて関係を質的に上げる。そうしていずれ領土問題も冷静に話し合える環境をつくる」という、具体性のかけらもない意見です。

冷静な行動を呼びかけるのが知性的な態度だと思ってのことなのでしょう。しかし、正邪を判断せず足して二で割るような意見をいうのは、知的怠惰です。

【朝日新聞】被災地支援 タダ乗り迷惑

8月1日 朝日新聞夕刊 一面に、「被災地支援 タダ乗り迷惑」という記事が載っていました。

引用します。

高速無料化 悪用の車横行
東日本大震災の被災地支援策として6月20日から実施されている高速道路無料化を、“悪用”するドライバーが横行している。遠回りして無料区域で乗り降りし、通行料を浮かせているらしい
(中略)
7月26日には大畠章宏国土交通相が制度の悪用をやめるようにトラック業界に呼びかけたが、今のところ効果なし。東海地方に戻るというトレーラー運転手は「不況で仕事が減り、輸送料も抑えられている。逆に燃料代はあがっているし。背に腹は代えられない」と話していた。


民間人がコスト削減の努力をするのは当たり前です。制度の不備を上手に利用しているのを非難されるいわれはありません。

大畠大臣がすべきことは、不備のない被災者支援の制度をつくることです。知恵を絞って生活している民間人を“悪用”呼ばわりして、中傷することではありません。


【映画】コクリコ坂から

コクリコ坂から (角川文庫 み 37-101)コクリコ坂から (角川文庫 み 37-101)
(2011/06/23)
高橋 千鶴

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さわやかな映画です。

ストーリー自体には起伏がなく、たいした事件はおきません。出生の謎、といったいろどりはありますが、悲劇的な結末にはいたりません。また、過剰なアニメ的演出はありません。良くも悪くも安心して観られます。

主人公たちは、今の65歳くらいのはずです。そうしたわけで、アニメですがお年寄りにも郷愁に浸れるかと思います。小さい子供にはちょっと退屈かもしれませんが、中学生くらいから上の年齢には楽しめると思います。

お勧めです。
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Author:えいび
日々の出来事、映画やアニメの感想です。

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