【ニューズウィーク日本版】日本外しを狙う韓国

ニューズウィーク日本版5.28号に「韓国の自滅外交」という特集が載りました。その中の一つである米戦略国際問題研究所太平洋フォーラム研究員のJ・バークシャー・ミラー氏の「日本外しを狙う韓国」を見てみます。

先ごろ訪米したパク韓国大統領による対日発言について厳しく批判しています。

それは「あり得ない」展開だった。訪米した韓国大統領のパククネが5月7日の米韓首脳会談で、日本政府は韓国植民地化の歴史を十分に認識し、反省していないと非難したというのだ。
なんとも思い切った。しかし子供じみた発言である。当然、日本にもアメリカにも困惑が広がった。それは限定的であれ日韓両国の関係改善を仲介し、北朝鮮への対処で足並みをそろえないというアメリカの思惑を踏みにじるものであった。
(略)


たしかにパク大統領の発言には首を傾げます。韓国が日本の悪口を言うのは今に始まったことではありませんが、米国に注進するというメンタリティーにはあきれます。ノムヒョン元大統領も似たようなことをしていたように記憶します。

私の意見ですが、韓国が中国に接近し日本から離れるというのは、一つの選択肢だと思います。民主主義国家である以上、国民感情を全く無視することはできません。韓国人が日本を嫌うなら日本と距離を置くべきです。あるべき距離感を保てば、米国へのご注進といった国際的な恥さらしをしない心持ちになるでしょう。

日本としても朝鮮半島のゴタゴタに首を突っ込むのは考えものです。国際社会の一員として必要最小限の関与はいたしかたないにせよ、一歩も二歩も引いた立場を維持するのが長期的に見て賢明だと思います。

それはそれとして、ミラー氏の(たぶんアメリカ側一般の)傲慢な見方にも驚かされます。「アメリカの思惑を踏みにじる」と難詰するとは何様のつもりなのでしょうか。

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【朝日新聞】社説余滴:日韓のジレンマを解くには

5月30日朝日新聞朝刊オピニオン欄の「社説余滴」のコーナーに国際社説担当・箱田哲也氏の「日韓のジレンマを解くには」というコラムが載りました。

 (略)
 昨年来、竹島問題で悪化した日韓だが、双方での新政権の発足が関係改善のチャンスになるとの期待が出ていた。
 日本政府は明らかに朴槿恵氏の当選を望んでいたし、新政権の外相に就いた尹炳世さんは大統領選前、私に「ぎくしゃくした対日関係を新政権で改善したい」と語った。
 だが、日本側には、朴政権が中国に接近しすぎて、日本や同盟国の米国との関係にまで悪影響を及ぼすのではないかとの心配もあった。
 悪い予感は半分はあたった。朴政権は中国に急接近する一方、米韓同盟の強化も誓った。だが、日本には「歴史の直視」を前提条件にすえ、ずっと警戒感を抱いていた。
 そんななか日本側から国会議員の靖国参拝や侵略を否定するような発言が飛び出し、韓国側には「やっぱり」との思いが広がっている。
 この流れは北朝鮮政策にも影響が出始めた。
 朴氏の外交ブレーンは政権発足前、北朝鮮問題では「今後も日米との連携を続ける」と話していた。それが、最近では「対北問題も韓米中で」との声さえ聞かれる。
 そんな韓国に対抗するかのように、飯島勲内閣官房参与が極秘で訪朝。出し抜かれた形の韓国は、歴史認識も経済問題も一緒くたにして、日本不信を増幅させている。
 日本側が「対話の手はさしのべている」と言えば、韓国側は「対話できる環境づくりを急いでほしい」。
 韓国紙には、日本への原爆投下を「神の懲罰」とするコラムまで載った。
 相互不信から、ますます遠ざかるジレンマ。私はこれを打開できるのは、深遠な外交戦略でも、首脳の強力なリーダーシップでもないと思う。
 必要なのは、互いへのほんのすこしの思いやりだ。
 韓国の駐日大使に、もうすぐ「朴大統領にもっとも近い大使」といわれる李ビョギさんが着任する。李さんは早くも東北の被災地を訪ねる計画を練っていると聞く。
 ありのままの日本を、大統領に届けてほしい。もつれた糸は、そんな一歩から解きほぐしていくしかない。


箱田氏の論は、日韓ともに本音では友好を望んでいるが、誤解の積み重ねのために関係が悪化している、という前提にたっています。しかし、私はその前提には疑問があります。

まず、韓国側から見てみます。韓国は日本を攻撃することで政権支持率が向上します。それはそれで合理的な判断です。

日本から見ても、韓国大統領は天皇に謝れと言ってみたり、盗んだ仏像を国ぐるみで返すのを拒んだりとしています。韓国と友好関係を保とうとすると、得るものより失うものの方が大きいように思います。

日韓のどちらが正しいとか間違っているとかを言いたいわけではありません。現実を直視した場合、友好関係が必ずしも正しいとは限らない、と考えています。

べたべたと仲良くする必要はありません。ドライな関係を構築した方が両国のためではないでしょうか。

【雑記】QBハウスにて

QBハウスという床屋に行きました。1000円でカットしてくれます。ただし、髭剃りとかシャンプーとかはありません。純粋に髪を切るだけです。しかも10分でカットするので忙しい合間に行くことができて重宝します。

今回、帰り際におまけをもらいました。「グラゼニ」という漫画の一話分です。

漫画には詳しくないのでこの漫画の存在は知りませんでした。読んでみたらとても面白かったです。これをきっかけに単行本を買いに走る人が多数いても不思議ではありません。

出版社と床屋がどういう契約でコラボレーションしているのかわかりませんが、企画した人はなかなかの知恵者だと思いました。


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(2011/05/23)
森高 夕次、アダチ ケイジ 他

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【朝日新聞】社説:小平住民投票―賛否の二元論を超えて

5月28日朝日新聞の社説です。

 投票率が50%以上でなければ成立せず、開票もされない。
 そんなルールで行われた東京都小平市の住民投票は、ハードルを越えられずに終わった。
 住民投票というツールで、いかに民意をていねいに読みとるか。今後の他の自治体にとって多くの教訓が含まれている。
 問われたのは、雑木林を切り開いて都道をつくる計画を、住民参加で見直すべきかどうかだった。渋滞解消と、緑の保護。判断のわかれる問題だからこそ民意を問う価値があった。
 もともと都の事業だから、小平の民意だけで決められない。市長は結果の尊重を求められるが、拘束はされない。実質は世論調査に近い住民投票だった。
 ならば、大切なのは民意の内訳を測ることではなかったか。
 ところが、「50%ルール」を設けたことで、民意はみえにくくなった。
 見直しは不要と考える人は、反対票を投じるか棄権するか、二つの選択肢をもったからだ。
 それだけではない。
 50%ルールは、投票の実施が決まってから市が「後出し」で提案して作られた。市の姿勢はだれの目にも明らかだった。
 終わった後の記者会見で、小林正則市長はこう述べている。
 見直し派の署名活動で始まった流れから、投票した人は見直し賛成が大半でしょう。私が投票したかどうかは、ニュートラルに交渉すべき立場だから、明らかにしない方がよい――。
 投票に行く人は、見直し派。行かない人は、見直し不要派。そんな二元論がうかがえる。
 投票所に行くと、見直し賛成とみられないか。そう心配して棄権した人もいただろう。
 本来、見直しイコール撤回ではないはずだ。環境に配慮した計画にかえて道路をつくる選択もある。また、見直し不要の立場から投票した人も当然いたはずだ。50%を下回れば開票しないと決めたことで、その割合もわからなくなってしまった。
 投票の中身より前に、投票するかどうかが尺度になる――。投票率を要件とする制度設計の弱点が明らかになった。それが今回の教訓ではないか。
 一方で、投票率を要件にしたほうがよいケースもあろう。たとえば、首長が結果に従わねばならない「拘束型」で行うとしたら、どんなに低い率でも成立するルールにはしづらい。
 議論と実例を積み重ねて制度を熟成させるしかない。
 今回の投票率35%は4月の市長選と大差がない。つくられた壁は越えられなかったが、市民の関心は決して低くなかった。


私は小平市民でもありません。またこの雑木林伐採についての知識はありませんので賛成でも反対でもありません。

もともと都の事業だから、小平の民意だけで決められない」とのことですので、住民投票制度の欠点があらわれています。これでは投票にどういう意味があるのかわかりません。「世論調査に近い」といっても、投票を実施して何に使うのかわからないようであれば投入した税金の無駄です。

ただし、そのこととは別に、実施した以上結果は公表すべきです。投票率が50%に満たないというのは公表しない理由にはなりません。税金を投入した以上、結果は公表すべきです。この点では社説に同意します。

ただし、「首長が結果に従わねばならない「拘束型」で行うとしたら、どんなに低い率でも成立するルールにはしづらい」という意見には同意できません。棄権したということは、どっちでもかまわないのだとみなすべきです。意見を主張した(=投票した)人の賛否のみを尊重すべきです。

これは、どちらの意見に有利か不利かではありません。やると決めた以上、その結果は公表するべきです。


【朝日新聞】シングルマザーが日本を救う

5月25日朝日新聞be on Saturdayに夏野剛氏の「夏野剛の逆説進化論」というコラムから引用します。

僕が驚く数がある。国内で人工妊娠中絶が実施された件数だ。2011年度は20万2106件(厚生労働省の衛生行政報告例)。この年の出生数は105万人だから、その2割に迫る数なのだ。
(略)
一方、体外受精など不妊治療の実施は約24万件(10年)。不妊治療を受ける人の約9割を、30歳代から40歳代半ばの女性が占める。彼女たちは産みたくても自然な形で産めないため、経済的負担はあっても、チャレンジしている。
日本は小さな命を絶った件数と、不妊治療を受ける件数とが毎年同じほど発生している国である。産みたくない人と産みたくても産めない人のミスマッチが存在している国なのだ。
どうすればいいのか。
このコラムですでに書いたが、「子どもは社会で育てる」という考え方を徹底し、男も女も育児のために仕事から一時的に離れやすくする制度や仕組みをつくらなければならない。でもそれだけでは十分ではないと思う。
価値観が多様化した現代では、結婚と家族のあり方を見直す必要があると思うからである。フランスなど欧州では法的に結婚手続きをしていない「事実婚」カップルにも、相続権など結婚に準じた権利を認める国が多い。
こうした動きは1980年代末に北欧圏で始まり、99年にはフランスで「連帯市民協約(PACS)」が成立した。ほとんどの国で異性間の事実婚だけでなく同性間カップルにも適用されている。
フランスの出生率は2.0と先進国の中では高い。その理由の一つが事実婚が認められていることではないかと思う。婚姻件数の半数ほどが事実婚だという。フランスでは婚外子であっても原則として婚内子と同等の相続権を持つ。どういう形で生まれようと正当な権利を保障している。
日本も事実婚を含め、嫡子・非嫡子の区別をなくすなど結婚制度の多様化を認めた方がよい。夫婦別姓はもちろんのこと、シングルマザーであっても、もっと子育てしやすい環境を用意し、経済的な問題があれば、国や自治体がバックアップすべきであろう。
「結婚もせず、育てる経済力もないのに子どもを産む人が出てくる」と心配する人もいるだろうが、「急速に進む人口減少が日本民族の存亡の危機と考えれば、何を寝ぼけたことを言っているのだ」と反論したい。「家族のあるべき姿を守る」などという余裕は、これからの日本にはない。



人口減少が本当に問題なのか、かねてより疑問に思っていますが、そのことはここでは置きます。


日本は小さな命を絶った件数と、不妊治療を受ける件数とが毎年同じほど発生している国である。

「日本は」と書いているのは、日本特有の問題があることを暗示しています。しかし、他の国の数値がありません。どこの国でも人工中絶はあるでしょうし、不妊治療を受ける人はいるでしょう。特に際立って日本が特殊なのかまるでわかりません。説明として不手際です。


でもそれだけでは十分ではないと思う。
価値観が多様化した現代では、結婚と家族のあり方を見直す必要があると思うからである。


文脈からいって、夏野氏は、人工中絶を選択せずに出産に向かわせる方策を提案していると読み取れます。夏野氏の提案は、事実婚やら、婚外子差別の廃止や夫婦別姓やらシングルマザーへの経済支援を提案です。なお、日本でも事実婚は存在しますので、おそらく事実婚を社会的に格上げして認めよ、と言っているのだと思います。

経済的な理由で子供を産まない人は多そうなので、経済支援は効果があるでしょう。しかし、事実婚や婚外子差別の廃止や夫婦別姓は、中絶・出産には関係あるとは思えません。

“産むと婚外子になって相続で不利になって可愛そうだから中絶しましょう”とか、“夫婦別姓を認めていないから中絶しよう”などと考える人がいるとは信じられません。

少子化対策で胡散臭いのは、実際に出産数増加に関係があるとは信じがたい提案をされることです。夏野氏の論も同じたぐいです。

なお私は、夫婦別姓や婚外子差別撤廃に反対しているわけではありません。少子化対策として語ることのおかしさを指摘しているだけです。


「急速に進む人口減少が日本民族の存亡の危機と考えれば、何を寝ぼけたことを言っているのだ」と反論したい。

人口減少で起きる問題は経済的なものです。現在1億を超える人口の日本が数十年程度の少子化で存亡の危機に陥るはずがありません。本気で存亡の危機だと思っているなら、夏野氏は少しおかしいです。

【展覧会】ラファエロ展

於:国立西洋美術館

ヨーロッパ以外では初の大規模なラファエロ展です。

これだけの量のラファエロ作品が集まると圧巻です。修行時代からフィレンツェ、ローマ時代と作品も広範囲にわたります。ラファエロの父親の作品なども紹介されています。

今後、日本でラファエロを語る際には、この展覧会に触れることが多いのではないかと想像されます。必見の展覧会だと思います。

目玉は「大公の聖母」です。

6月2日までです。

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原作:百田尚樹
監督:大九明子
主演:高岡早紀

原作は未読です。

高校生活の様子など「君に届け」を連想してしまいました。このブログのアニメ「君に届け」の感想で「作品の中では誰も明確に言及していませんが、あきらかに、主人公の爽子は清楚な美人です」ということを書きました。この映画は主人公が美人でないパターンで、しかも女性の美醜を作品のテーマとしています。

美人になる前の周囲の反応も冷たいものですが、主人公の行動にも首を傾げざるを得ません。友達でもない男の子にいきなり手編みのマフラーを渡すのは、少しどうかしています。故郷で迫害された理由は、カラオケ店で友達の飲み物に薬を入れたことで自業自得です。勤め先でうまくいかないのもすべてが同僚の責任とは思えません。また、その時々で主人公には気遣ってくれる友人に恵まれています。にもかかわらず周囲から孤立してしまったのは容姿のせいばかりとは言えません。

このためか復讐譚ではありませんでした。実際、主人公の行動は行き当たりばったりで、計画はなにもないようです。

カラオケ店での薬混入の動機がわからないので、主人公に感情移入することは難しくなりました。原作では明示してあるのでしょうか。これは最後まで引っかかりました。

謎の多い作品ですが、2時間引き込まれました。観る価値はあります。


【朝日新聞】社説余滴:中国の失策、日本の愚策

5月23日朝日新聞オピニオン欄の社説余滴のコーナーで国際社説担当の村上太輝夫氏が「中国の失策、日本の愚策」を載せています。

 中国の人民日報が5月8日付紙面で「沖縄の主権問題は未解決だ」という主張を含んだ論文を掲載したことが、日本で波紋を広げた。
 こんな議論は通用するはずがないし、私の知る限り中国の庶民も「沖縄は日本だ」と思っている。ばかばかしい、社説で取り上げるに値しない暴論だ――と、私は考えた。
 ところが日本政府の姿勢はそうではない。東シナ海域で現状変更を狙う中国の動きと結びつけ、危機感を持っているようだ。「きちんと反論する必要がある。黙っていたら容認したものと中国に勘違いされる」(外務省幹部)。分からないではない。
 論文には軽視できない点もある。
 筆者の一人、張海鵬氏は中国史学会の会長、国会議員に当たる全国人民代表を務めた高位の人物だ。掲載した人民日報は共産党の機関紙で、他紙よりはるかに厳しい検閲を経ている。さらに人民日報の系列紙「環球時報」が再三、関連の論評を出している。
 共産党中央が意図的に書かせたかどうかは不明だが、少なくとも掲載を止めなかった事実は残る。険悪な日中関係の現状下、日本を刺激する意見を載せやすい空気があるのだろうか。
 とはいえ、この論文掲載は明らかにやり過ぎた。国際社会から疑問符を付けられかねない主張や振る舞いに当たるからだ。その意味で外交上の失策だ。
 同じような失策は1月末にもあった。海上自衛隊護衛艦にレーダーを照射し、米国などから批判された。
 さらに、沖縄の論文問題は中国自身にも跳ね返る。沖縄の主権が未解決で独立も可、とするなら、台湾は、チベット、ウイグルはどうなのかという疑問を避けられない。
 中国外務省は「学術界の関心」によるもの、と論文掲載の趣旨を説明した。残念ながら中国では学術研究の自由は保障されていないから、これは言い訳にならない。
 というわけで、中国はこの沖縄論議を引っ込めざるを得ないはずだ。
 これについて日本政府が中国に反論や抗議をするのは結構だが、日本にもみずから省みるべきことがある。
 政治家たちが、歴史認識問題で近隣諸国を繰り返し刺激し、説明を尽くす努力をしない。このままでは国際的に孤立の道を歩みかねない、まさに愚策である。こんなことはもう終わりにしたい。


文章の大部分で、中国の人民日報が先に沖縄領有権問題をとりあげています。村上氏は当初「取り上げるに値しない暴論」と考えていましたが、日本政府の抗議をみて、このコーナーで取り上げるに至ったようです。

台湾・チベット・ウイグルに波及する可能性を示唆し、さらに中国に学術研究の自由は保障されていないと断じるなど、中国にとって厳しい意見です。

ただし、唐突に日本に矛先を向けるのは感心しません。「中国の失策」への分析に比べ、「日本の愚作」の説明は行数がないせいか具体性もなく通り一遍のものです。

日本政府の悪口を言ってはいけない、というのではありません。日本の言論機関ですので、日本政府に「愚作」があると思うなら厳しく指摘すべきです。しかし、他国の問題点を書いた後、ほんの数行の政府批判を付け加えて、喧嘩両成敗的な立場に立とうというのは感心できません。

バランス感覚ということなのかもしれませんが、文章としての体裁もよくないと思います。

【時事問題】東宝株主総会

本日(5月23日)、有楽町マリオンで行われた、東宝(#9602)の株主総会に行きました。

質疑応答の中で気になった点をいくつかメモがわりに書きます。


安倍内閣のいわゆるクールジャパン戦略に対して、否定的な立場の株主から意見
がありました。

いままでも政府の助成は何度もあったけれど目だった効果はなかった。また政府に助成されることで、映画の内容に口出しされる恐れがあり、質の低下が懸念される。よって「クールジャパン」に乗るのは危険だ、という意見です。

これに対して、今回の「クールジャパン」にはいままでにない本気度を感じる、是非見守って欲しい、という回答がありました。「クールジャパン」への期待が高いように感じられました。


また、よその映画会社の方が株主総会出席者へのお土産が手厚いのでは、という意見が出されました。

これに対して、出席者には二枚の邦画鑑賞券を渡している。しかし、海外から洋画作品に対して無料で観ている観客が多いとクレームが来ているので、洋画の鑑賞券は渡せない、との回答でした。

鑑賞券を渡しても、その分は海外にかぶせないで日本(東宝)がかぶると思っていました。多分そうなのでしょうが、海外では無料客の存在を気にしているという点が新鮮でした。

注)株主総会のお土産には洋画の鑑賞券はありませんが、株主優待では洋画を鑑賞できます。


■お土産内容
・邦画鑑賞券2枚
「名探偵コナン 絶海の探偵」「図書館戦争」「県庁おもてなし課」「リアル 完全なる首長龍の日」「奇跡のリンゴ」「真夏の方程式」の中から2本選べます。
使える映画館は、TOHOシネマズ日劇、TOHOシネマズ有楽町、TOHOシネマズ渋谷、シネマメデアージュ、TOHOシネマズ西新井、TOHOシネマズ上大岡。
・ドリンク一杯
お土産は、入場時にもらえました。



【朝日新聞】時事小言:慰安婦問題

5月21日朝日新聞夕刊に、国際政治学者の藤原帰一氏が慰安婦問題について書いています。

 橋下徹大阪市長の記者会見と、ツイッターで市長が発表した文章を巡る一連の報道を見ると、時間が経つと戦争経験は単純化して語られるという印象が深い。慰安婦を集める過程に強制はなかった、世界各国の軍が慰安婦制度を活用したと当たり前のように語られているからだ。
 戦争の記憶として一般に語られるのは、その社会の多くの人が受け入れ、時には政府によって国民教育の柱とされる公式の記憶である。その対極には、公式の記憶のように受け入れられることはないが少なからぬ人の語り続ける私的な記憶がある。
(略)
 アメリカであれば、軍国主義とナチズムの暴力を語ることは、それを打ち倒した正義の戦争としての第2次世界大戦という意味づけと裏表の関係にあった。中国では、日本軍の侵略を語ることが抗日救国の主体として共産党を正当化する意味も持っていた。これらの視点から見れば、日本における戦争の記憶が戦争責任の自覚を伴わない限り、戦争の現実から目を背けた健忘症として映ることになる。
 それでも、戦争経験者が言論の中心として活動した過去には、公式の記憶と異なる戦争が伝えられることもあった。日本兵を主人公とした五味川純平の長編『人間の条件』や、『総員玉砕せよ!』をはじめとした水木しげるの自伝的戦争マンガ、あるいは中国人を主人公として日中戦争前後の状況を描いた堀田善衛の小説『時間』には、公式の記憶には含まれない経験が語られている。
 堀田善衛や五味川純平に見られる微妙なニュアンスを持った私的な記憶は、いまでは吹き飛んでしまったかのようだ。軍による強制を示す資料がないという一点に頼って、河野談話を否定し、慰安婦制度は軍周辺に広く見られる売春と同じものと見なす考え方が日本社会に広がっていった。日本の外では、慰安婦を強いられた人々の語りを中心として慰安婦制度が性奴隷制として語られているだけに、慰安婦と売春を同視すれば国際問題となることは避けられない。だが、元慰安婦の語りが知られていない日本では、海外からの批判が不当な誹りのように映る人もいた。日本への偏見をこめた批判であれば、なおさらだろう。
 このように突き放すような分析だけを綴れば、おまえはどう考えるのかという声があるだろう。
 長期にわたって広い地域で展開しただけに慰安婦制度について判断を下すことは難しい。だが、数多くの証言をすべて虚偽だとしない限り、慰安婦を集める過程に全く強制がなかったという議論には無理があるだろう。いわゆる河野談話が、根拠なしに韓国の主張を受け入れたものだという指摘にも賛成できない。さらに、慰安婦の経験は戦争にはつきものの性暴力の一つに過ぎないと考えるならば、慰安婦の人々が経験した暴力の実情に目をつぶることになってしまうと私は考える。
 無謀な戦争が海外で多くの人命を奪い、兵士を含む日本国民に甚大な犠牲を強いたことは事実である。それを語ることは自虐ではない。既に日本国民は戦争とそれに走る政治体制を過去のものとしたはずだ。過去の正当化によって現在の信用を失ってはならない。



>これらの視点から見れば、日本における戦争の記憶が戦争責任の自覚を伴わない限り、戦争の現実から目を背けた健忘症として映ることになる。

外国には外国の見方があるのは当然です。それと同時に日本には日本の見方があります。外国から非難されているからというだけの理由で外国の見方を受け入れるべきではありません。主張すべきことは主張すべきです。

>軍による強制を示す資料がないという一点に頼って、河野談話を否定し、慰安婦制度は軍周辺に広く見られる売春と同じものと見なす考え方が日本社会に広がっていった。

「軍による強制を示す資料がない」のであれば、河野談話に否定的な考えが日本社会に広まるのは当然です。

>日本の外では、慰安婦を強いられた人々の語りを中心として慰安婦制度が性奴隷制として語られているだけに、慰安婦と売春を同視すれば国際問題となることは避けられない。だが、元慰安婦の語りが知られていない日本では、海外からの批判が不当な誹りのように映る人もいた。日本への偏見をこめた批判であれば、なおさらだろう。

「元慰安婦の語り」が知られていないのは日本だけではありません。韓国や北朝鮮で知られているだけです。にもかかわらず、他の外国にまで「慰安婦制度が性奴隷として語られている」ことが問題です。

>長期にわたって広い地域で展開しただけに慰安婦制度について判断を下すことは難しい。だが、数多くの証言をすべて虚偽だとしない限り、慰安婦を集める過程に全く強制がなかったという議論には無理があるだろう。

慰安婦募集に強制性があったにせよ、それが当時の日本政府の責任なのかどうかは証拠がなければ言えないことです。「議論に無理」はありません。

>いわゆる河野談話が、根拠なしに韓国の主張を受け入れたものだという指摘にも賛成できない。

何ゆえ「賛成できない」のか理由が示されていません。根拠がなければ、ただ「賛成できない」と言っているだけです。

>慰安婦の経験は戦争にはつきものの性暴力の一つに過ぎないと考えるならば、慰安婦の人々が経験した暴力の実情に目をつぶることになってしまうと私は考える。

これも前の文と同じです。なぜ「私は考える」のか理由が示されていません。

>無謀な戦争が海外で多くの人命を奪い、兵士を含む日本国民に甚大な犠牲を強いたことは事実である。それを語ることは自虐ではない。既に日本国民は戦争とそれに走る政治体制を過去のものとしたはずだ。過去の正当化によって現在の信用を失ってはならない。

事実であるならば、それを語ることは自虐ではありません。しかし、証拠を無視して、外国の論調に迎合することは正しい態度ではありません。根拠をもって主張することを「過去の正当化」と貶めるべきでもありません。

【朝日新聞】社説:生活保護改正―弊害が出ないか心配だ

5月21日の朝日新聞の社説です。

 貧困に陥った人を保護から遠ざける結果を招かないか。国会審議を通じて、現場への影響を慎重に見極める必要がある。
 安倍内閣が生活保護法の改正案を閣議決定した。今国会での成立を目指す。
 懸念が二つある。
 一つは、生活保護を申請するときのハードルである。
(略) 
 今回の改正案は、下げたハードルを再び上げたように映る。
(略)
 もう一つの懸念は、役所が親族に収入や資産の報告を求めるなど、扶養義務を果たすよう働きかけやすくしたことだ。
 昨年、人気お笑い芸人の母親が生活保護を受けていたことなどをきっかけに、世間には怒りの声が満ちた。それを受けた措置だが、親族の勤務先まで連絡がいく可能性があると知れば「迷惑がかかる」と、申請をためらう人も増えそうだ。
 こうした引き締め策は、悪意のある申請の抑止より、保護が必要で誠実な人を排除する弊害のほうが大きくならないか。
 自民党の議員からは「生活保護は運用を厳しくすれば減らせる」という声も上がる。
 だが、「水際作戦」で餓死が発生したら、世間の怒りはまた行政に向くだろう。バッシングの矛先が、受給者と行政を行き来する。不毛な繰り返しは、もう見たくない。


生活保護という制度は安定した社会に必要なものです。どんな人でも不慮の事故や病気などで職を失い貧窮する可能性はあります。その時、生活保護制度があれば安心して暮らすことができます。

しかし、必要もないのに生活保護を受給している者が一部にいます。こうした“タダ乗り”を許せば本当に必要としている人にお金がまわらなくなる危険があります。

真に弱者保護を考えているなら「自民党の議員」がどうのこうのと言うのではなく、生活保護の“タダ乗り”に対してこそ怒りを向けるべきではないでしょうか

バッシングの矛先が、受給者と行政を行き来する。不毛な繰り返しは、もう見たくない。

バッシングされるべきなのは(されているのは)受給者ではなく、不正受給者です。もちろん必要な支給をせずに餓死者を出したら行政が責められるのは当然です。批判されるべきものが批判されるのは、決して「不毛な繰り返し」ではありません。

【世論調査】朝日新聞 5月18、19日

5月20日朝日新聞朝刊に世論調査の結果が発表されました。

(数字は%。小数点以下は四捨五入。質問文と回答は一部省略。◆は全員への質問。◇は枝分かれ質問で該当する回答者の中での比率。〈 〉内の数字は全体に対する比率。丸カッコ内の数字は4月13、14日の調査結果)
◆安倍内閣を支持しますか。支持しませんか。
 支持する65(60)
 支持しない18(19)
◇それはどうしてですか。(選択肢から一つ選ぶ=択一。左は「支持する」65%、右は「支持しない」18%の理由)
 首相が安倍さん12〈8〉 9〈2〉
 自民党中心の内閣16〈10〉 27〈5〉
 政策の面51〈33〉 48〈9〉
 なんとなく18〈11〉 12〈2〉
◆いま、どの政党を支持していますか。
自民41(41)
民主6(4)
維新2(2)
公明4(3)
みんな1(2)
共産2(2)
生活0(0)
社民1(1)
みどりの風0(0)
新党大地0(0)
新党改革0(0)
その他の政党0(0)
支持政党なし36(39)
答えない・分からない7(6)
◆仮にいま、参院選の投票をするとしたら、比例区ではどの政党、またはどの政党の候補者に投票したいと思いますか。次に挙げる政党の中から一つだけ選んで下さい。
自民49(46)
民主8(6)
維新7(10)
公明6(4)
みんな5(6)
共産4(3)
生活1(0)
社民1(1)
みどりの風0(0)
新党大地1(1)
新党改革0(0)
その他の政党2(1)
答えない・分からない16(22)
◆安倍首相の経済政策を評価しますか。評価しませんか。
 評価する63
 評価しない19
◆安倍首相の経済政策が、賃金や雇用が増えることに結びつくと思いますか。そうは思いませんか。
 結びつくと思う44(45)
 そうは思わない36(37)
◆安倍内閣は、原子力発電所を外国に輸出する政策を進めています。この政策に賛成ですか。反対ですか。
 賛成 30
 反対 50
◆中国や韓国との関係改善について、安倍首相に期待できると思いますか。期待できないと思いますか。
 期待できる41
 期待できない42
◆麻生太郎副総理ら安倍内閣の大臣4人が、靖国神社に参拝しました。大臣が参拝したことはよかったと思いますか。よくなかったと思いますか。
 よかった48
 よくなかった37
◆日本維新の会の橋下徹共同代表の旧日本軍の慰安婦や、風俗業をめぐる一連の発言について、どう思いますか。(択一)
 大いに問題がある32
 ある程度問題がある43
 あまり問題はない15
 まったく問題はない5
◆日本維新の会の橋下共同代表の慰安婦や風俗業をめぐる一連の発言で、日本維新の会に対する印象は、よくなりましたか。悪くなりましたか。変わりませんか。
 よくなった2
 悪くなった50
 変わらない44
     ◇
 〈調査方法〉 18、19の両日、コンピューターで無作為に作成した番号に調査員が電話をかける「朝日RDD」方式で、全国の有権者を対象に調査した(福島県の一部を除く)。世帯用と判明した番号は3600件、有効回答は1810人。回答率は50%。


この世論調査が私のところに来たと想定して回答してみます。

>◆安倍内閣を支持しますか。支持しませんか。
支持でも不支持でもありません。

>◆いま、どの政党を支持していますか。
支持政党はありません。

>◆仮にいま、参院選の投票をするとしたら、比例区ではどの政党、またはどの政党の候補者に投票したいと思いますか。次に挙げる政党の中から一つだけ選んで下さい。
考え中です。

>◆安倍首相の経済政策を評価しますか。評価しませんか。
よくわかりません。まだ、なんとも言えないところです。
現在の株高は安倍政権の功績というより思惑によるところが大きいと思っています。

>◆安倍首相の経済政策が、賃金や雇用が増えることに結びつくと思いますか。そうは思いませんか。
結びつかないと思います。

>◆安倍内閣は、原子力発電所を外国に輸出する政策を進めています。この政策に賛成ですか。反対ですか。
反対する理由はありません。買う買わないを決めるのは相手国です。脱原発の意見はともかく、日本人が反対するのは筋違いです。

>◆中国や韓国との関係改善について、安倍首相に期待できると思いますか。期待できないと思いますか。
期待できません。ただし必要だと思っていません。
このように、誰もが中国や韓国との関係改善を望んでいるという前提で設問をつくるのは間違っています。問題です。「関係改善を望みますか?」という設問を作って、それにYESと答えた人に対して「期待できますか、できませんか?」と訊くべきだと思います。

>◆麻生太郎副総理ら安倍内閣の大臣4人が、靖国神社に参拝しました。大臣が参拝したことはよかったと思いますか。よくなかったと思いますか。
よかったと思います。
ところで、靖国参拝支持が多数派であることについて朝日新聞のコメントが欲しいです。

>◆日本維新の会の橋下徹共同代表の旧日本軍の慰安婦や、風俗業をめぐる一連の発言について、どう思いますか。
「あまり問題はない」と思います。それなりに筋は通っています。反発している人は橋下発言のどの部分に反対なのかを明確にすべきです。
「当時、日本軍は慰安婦を必要とした」「当時、他の国も似たような慰安所を活用していた」「現在、米軍は風俗を活用すべき」などなどいろいろなことを言っています。どれに対して怒っているのかよくわかりません。
ひどいのになると、“米国や韓国が怒っているから問題発言なのだ”といった没論理なものまであります。
この世論調査も「一連の発言について」という漠然とした訊きかたをしているので世論がどこにあるのかよくわかりません。

>◆日本維新の会の橋下共同代表の慰安婦や風俗業をめぐる一連の発言で、日本維新の会に対する印象は、よくなりましたか。悪くなりましたか。変わりませんか。
変わりません。支持していませんでしたし、分裂すると予想していたくらいですので。

【朝日新聞】私の視点:入試改革 論理的に考え、書く力を

桜美林大学教授の芳沢光雄氏の入試改革の提言です。なお、新聞には書いていませんでしたが、wikiによれば芳沢氏の専門は数学です。

(略) 
 今や、人や情報が国境を越えて活発に行き来する時代であり、経済、環境など解決すべきグローバルな課題が山積している。こうした課題に取り組むには、論理的に考え、文化の異なる他者が納得できるように、自らの立場を筋道を立てて説明する力がきわめて重要だ。
 そのために欠かせない一つに、「比の概念」がある。通貨危機への対処には、対国内総生産(GDP)比の債務残高を国際比較する必要があるし、国内の企業価値を測るときも、社員1人当たりの利益が基準になりつつある。環境問題ではたとえば、PM2・5の濃度を国際基準値と比較して対応しなければならない。
 ところが、現在の若い世代は、比の概念の理解が大変苦手だ。まず、「~の…に対する割合」という表現にあるような二つの量を定める必要があるが、マークシート問題の答えを当てるテクニックだけに慣れた学生は自ら考えることをせず、暗記に頼って答えを当てようとして間違えてしまう。
 昨年の全国学力テストの中学3年理科で、10%の食塩水1000グラムを作るのに必要な食塩と水の質量を求める問題が出題され、正解率は52・0%だった。1983年の同様の問題では、正解率は69・8%だった。
 最近の大学生の就職適性検査では、この程度の算数の問題ができない者が少なくなく、「替え玉受験」が横行している実態がネット上に氾濫している。
 また、数学の証明文を書く教育は、筋道を立てて説明する力を育む上で欠かせない。ところが、1970年と2002年の中学数学教科書にある証明問題数を比較したところ、全学年合計で約200題から約60題に減っていた。
 その結果、04年1月に文部科学省が発表した全国の高校3年生10万人を対象にした学力調査結果では、ヒント付きの簡単な証明問題でも6割以上が無回答だった。
 日本数学会が昨年2月に発表した数学教育への提言も、「証明問題を解かせるなどの方法で、論理的な文章を書く訓練をする」「数学の入試問題はできる限り記述式に」の2点を強調している。
 入試を通して、多くの大学が、論理的に考えて説明する力を大切にする姿勢を打ち出してほしいと思う。


この手の提言では、具体的な数値を示さずに、“最近の若者は云々”といった言説をそこかしこで見聞きします。その点、芳沢氏の論では、1983年と昨年の正解率の比較という具体的な数字を出しています。そこらの教育論とは一味違うと素直に感心しました。

その上で、いくつか指摘します。

経済・環境の問題を考えるのに比の考えが重要であることは同意します。しかし、現実の問題に比を用いるべきと判断するのと、比例の計算問題や応用問題が解けるのは別のことです。債務残高を見るのにGDP比で比較しなければ、と考えなければ、計算をすることさえありません。

比例の問題がいくら得意になっても、「比の概念」を身につけることにはなりません。

第二に、現実に起きる課題には、数学の証明のような厳密さは必用ありませんし、そこまで求めるとほとんどが証明不能になります。例えば、消費税増税をすべきか、といった課題に数学的な証明をすることは誰にもできません。しかし意見は出さなければなりません。それが現実の問題なのです。

よって、数学の証明問題が得意になっても、現実にありえる諸問題に対して論理的に考えることにはつながりません。

数学の学力が低下していることは憂慮すべき事態でそれはそれで対策をうつべきですが、芳沢氏の提案する人材育成のためには数学ではなく作文などの訓練の方が有効ではないかと思います。

【展覧会】近代の日本画展

於:五島美術館

五島美術館所蔵の明治以降の近代日本画の名品展です。

横山大観、川合玉堂、上村松園、竹内栖鳳、狩野芳崖、小林古径、鏑木清方といった有名画家の作品が並んで、みどころ満載です。

この美術館は、いつもは(私にとっては)割りと地味な展示が多く、さらっと観終わってしまいますが、今回はたっぷり鑑賞しました

なかでも、狩野芳崖の「烟巒溪漲の図」が気に入りました。

6月16日(日)までです。

【放送大学】

4月から、放送大学の講義を受講しています。

放送大学は所定の単位を履修すると大学卒業資格が与えられますが、個々の講義のみを受講することもできます。私は個々の講義を受講しているクチです。

今期受講しているのは「実践英語—映画とドラマで学ぶ—」というものです。古い外国映画のワンシーンを取り上げ、そこに出てきた用例の解説や文法の説明などです。英語学習用のドラマではありませんので、容赦ない難しさです。

映画だけではありません。インタビューやニュース番組風のドラマを見る、といったコーナーもあります。これは番組オリジナルですが、早口でかなり長めですので簡単ではありません。

英語とは直接関係ありませんが、映画の背景の歴史や文化の解説もしてくれます。

大学の講義ですが、思ったよりくだけた番組でした。ただし、NHKの語学番組のような狂騒的な雰囲気はありません。基本的には真面目な講義です。

この一講義しか受講していませんが、一応予習して録画した番組を見ることを繰り返しています。受講前に想像していたよりも大変です。

なお、これまでどんな映画が取り上げられたかというと
一回目:カサブランカ
二回目:風と共に去りぬ
三回目:レベッカ
四回目:黄色いリボン
五回目:ローマの休日
六回目:誰がために鐘は鳴る
の6本です。どれも「名画」といわれているものばかりです。

全15週です。

カサブランカ [Blu-ray]カサブランカ [Blu-ray]
(2010/04/21)
イングリッド・バーグマン、ハンフリー・ボガート 他

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風と共に去りぬ [DVD]風と共に去りぬ [DVD]
(1998/12/17)
ビビアン・リー、クラーク・ゲーブル 他

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レベッカ [DVD]レベッカ [DVD]
(2011/02/16)
ローレンス・オリヴィエ、ジョーン・フォンティン 他

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黄色いリボン [DVD]黄色いリボン [DVD]
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ジョン・ウェイン、ジョアン・ドルー 他

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オードリー・ヘップバーン、グレゴリー・ペック 他

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(2007/05/01)
ゲイリー・クーパー

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【本】新幹線大爆破


新幹線大爆破 (論創海外ミステリ)新幹線大爆破 (論創海外ミステリ)
(2010/07)
ジョゼフ ランス、加藤 阿礼 他

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1975年の日本映画「新幹線大爆破」を海外でノベライズしたもののです。

ストーリーの基本は映画に準じていますが、欧米の読者を意識したのか、映画にはいなかった米国人夫妻を登場させ、それぞれ爆破物の専門家として国鉄へのアドバイザーと偶然新幹線に乗り合わせた乗客として配置しています。

もっとも異なっているのが新幹線の運転手(映画では千葉真一が演じました)の性格です。映画では、パニックに陥ったり、新幹線司令所長(映画では宇津井健が演じました)に毒づいたりと人間的な弱さを見せていましたが、小説版では指令に従順な人畜無害なひととなりです。

特に欧米のパニック映画では「ヒーロー」を登場させるのが定石ですが、映画「新幹線大爆破」はヒーロー不在という点で異彩を放っていました。欧米人には、千葉真一が演じた運転手の人物像は受け入れがたかったようです。

私としては、この部分を一番楽しみにしていたので、ちょっと肩透かしをくらった気分です。

新幹線大爆破 [DVD]新幹線大爆破 [DVD]
(2002/07/21)
高倉健、千葉真一 他

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【朝日新聞】社説:高市氏発言―海外でも語れますか

5月15日朝日新聞社説より

 自民党の高市早苗政調会長が、戦後50年の「村山談話」に疑問を示した。
 「侵略という文言を入れている村山談話は、私自身はあまりしっくりきていない。自存自衛のために決然と立って戦うというのが当時の解釈だった」というものだ。
(中略)
政治家からのこうした発言があとを絶たないのは、日本国民に対する背信にほかならない。
 談話を読み返してみよう。
 「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」
 村山談話は、このことを「疑うべくもない歴史の事実」として明確に認め、謝罪した。
 日本にとってこの談話は、かつての過ちに区切りをつけ、周辺諸国と未来志向の関係を築いていくための礎として大きな意味があった。
 その後の歴代政権は、この談話を引き継ぎ、踏襲するといってきた。菅官房長官も、安倍内閣として「談話全体を引き継ぐ」と言っている。
 ところがこの18年間、一部の政治家はその精神をないがしろにする行動をとってきた。
 A級戦犯が合祀される靖国神社に集団で参拝する。侵略を否定するかの発言をする。
 こんなことが繰り返されれば、あとでどんなに釈明しても日本の政治家の本音はこちらにあると各国から受け止められても仕方がない。
 それは、多くの日本人の思いや利益に反する。
 高市氏は、95年の戦後50年の国会決議をめぐる議論の中で「私は(戦争の)当事者とはいえない世代だから、反省なんかしていない」と語り、波紋を呼んだこともある。
 もし高市氏が政治家としての信念で、反省の必要はない、「侵略」という言葉がしっくりこないというなら、近隣諸国や米国を訪れ、その考えを主張してはどうか。
 その覚悟もないまま語っているのだとしたら、政治家として無責任もはなはだしい。
 どうですか、高市さん。


社説のロジックは、
・村山談話は「かつての過ちに区切りをつけ、周辺諸国と未来志向の関係を築いていくための礎」である。
・その村山談話の精神に反する言動があれば、「多くの日本人の思いや利益に反する」ので、「日本国民に対する背信」である。
というものです。

ところが、朝日新聞は社説の結語で

>もし高市氏が政治家としての信念で、反省の必要はない、「侵略」という言葉がしっくりこないというなら、近隣諸国や米国を訪れ、その考えを主張してはどうか。
その覚悟もないまま語っているのだとしたら、政治家として無責任もはなはだしい。


と言っています。

高市氏が近隣諸国に赴いて覚悟を持って語ったら、ますます「日本の政治家の本音はこちらにあると各国から受け止められ」ます。

日本国内で村山談話を否定するのが「日本国民に対する背信」となって、外国で語ると「日本国民に対する背信」にならない、という理屈は成り立ちません。

覚悟」がどうのこうのと揶揄するのは、健全な議論ではありません。高市氏の発言が間違っているというなら、その論理の展開や事実関係の認識を問うべきです。

これでは、論理的に追求できないから、精神論を持ち出したようにしか見えません。


【映画】アンナ・カレーニナ(2012年版)


映画 アンナ・カレーニナ オリジナル・サウンドトラック映画 アンナ・カレーニナ オリジナル・サウンドトラック
(2013/03/27)
ダリオ・マリアネッリ、タニシサ・チャタジー 他

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原作は既読ですが、随分昔のことでもあって記憶がおぼろになっています。

ひどく特殊な演出でびっくりしました。舞台劇のようでもありミュージカル映画めいたところもあります。どういう意図なのかはわかりません。題材が古めかしいので目新しさを出そうとしたのかもしれません。

終始、ヒロインの頭の悪さにいらいらしました。ヒロインが惹かれる男も魅力ありません。まったく感情移入できませんでした。

舞踏会のダンスは見たこともない振り付けでした。今回の映画の創作なのか、ロシアにはああいうダンスがあったのか気になります。あと衣装は良かったと思います。

薦められません。半年もたったら観たことを忘れてしまいそうな映画でした。


【時事問題】台湾は「地域」か?

5月12日朝日新聞朝刊に角川の前面広告が載りました。池上彰氏の本の宣伝ということで、池上氏とライターの乙武洋匡氏の対談がありました。引用します。

池上:乙武さんは最近、台湾へいらしたそうですね。
乙武:僕が原作・出演の『だいじょうぶ3組』という映画が台湾でも公開されることになって、そのキャンペーンで訪れました。
池上:台湾は親日でしょう。
乙武:本当に。若い方でも日本語を話せる方が多くてびっくりしました。
池上:哈日(ハーリー)族っているんですよね。アニメとか、日本の文化が大好きという。
乙武:台湾は僕も大好きで、今回もとても楽しかったんですけど、唯一困ったなと思ったのが、インタビューで「台湾という国は」と言いそうになって・・・・・・
池上:なるほど。日本政府としては国として承認していないけれど、台湾には「我々は独立国家だ」と思っている人も大勢いるし、「台湾共和国」を目指している方もいらっしゃる。
乙武:わざわざ「地域」と言い直すのも失礼にあたるだろうし。
池上:そりゃそうだ。その国の名前をどう呼ぶかって、迷うことがありますよね。たとえばビルマかミャンマーか・・・。日本としては今「ミャンマー」と呼んでいるけど、軍事政権を認めていない人たちは「ビルマ」と言い続けていたりするわけで。アウン・サン・スー・チーさんは「ビルマ」と言ってますよね。この前、オバマが現職の米大統領として初めてミャンマーを訪問したときは「この国」という言い方をしていました。
乙武:難しいですよね。
池上:アラブの人たちの前ではペルシャ湾と呼ばず「アラビア湾」と呼ぶとか、難しいですけど、逆にきちんと相手の立場を知っていれば、配慮して気をつけた言い方ができますよね。
(略)


「ミャンマー」や「ペルシャ湾」の呼称をどうするかは、池上氏のいうように相手の立場に配慮の問題です。しかし、ここで台湾を国と呼ぶかどうかは、相手の立場ではなく、日本政府の方針に配慮するという問題になってしまっています。

公人でもない乙武氏が映画の宣伝で行っただけですから、何も日本政府の立場を配慮する必要はないように思います。

中華人民共和国がどう主張しようと、日本政府がどういう立場だろうと、台湾に中華人民共和国の支配が及んでいません。明らかに独立国として振る舞っています。

私人の乙武氏が「台湾という国は」と言っても問題ないと思います。

【展覧会】源氏絵と伊勢絵 ― 描かれた恋物語

於:出光美術館

土佐光吉没後400年の記念です。

2013年は、桃山時代に源氏絵をリードした絵師・土佐光吉(1539~1613)の没後400年にあたります。そこで、この展覧会では光吉とその時代の源氏絵を、源氏絵に近接する物語絵画、とりわけ伊勢絵との比較によってとらえなおします。
11世紀はじめに成立した『源氏物語』は、そこからほとんど時を経ずに絵画化されるようになったといわれます。成立からおよそ1千年を経過した今なお、金銀や極彩色によって飾られた王朝の恋模様は、多くの人々を魅了してやみません。
ところで、『源氏物語』が、登場人物の設定や各帖の内容において、先行するいくつかの文学作品に着想を得ていることはよく知られます。在原業平と目される「男」の一代記『伊勢物語』も、その重要な発想源のひとつでした。それぞれの物語の主人公・光源氏と業平は、互いに天皇の血を引く生い立ちや、知性と美貌をかねそなえるところを通わせるほかにも、ヒロインの立場や恋の顛末など、物語の筋にもよく似た部分がいくつも見られます。
今回は、テキストに認められる密接な関係をそれぞれの絵画にも当てはめ、光吉を中心とする17世紀の源氏絵と伊勢絵との間に、図様や表現を通わせている例を見出します。その上で、当時の公家たちの注釈理解などを手がかりに、このような交響の理由を探ります。
この展覧会は、これまで別々に展示されることの多かった源氏絵と伊勢絵を一望のもとにとらえ、それぞれの新鮮な見方を紹介するものです。


私にはあまりなじみのないジャンルの作品でしたが、「超訳百人一首 うた恋」のおかげで興味をもっと鑑賞することができました。

作品の保存状態がどれも良くなかったのが残念です。

5月19日(日)までです。

【朝日新聞】記者有論:牧伸二さんの死 生き抜いてこそ、芸人だ 

5月11日朝日新聞朝刊「記者有論」のコーナーに編集委員・小泉信一氏の「牧伸二さんの死 生き抜いてこそ、芸人だ」が載りました。

 ウクレレ漫談の牧伸二さんが、東京都内の自宅近くを流れる川で転落死して10日余りになる。目撃状況から自殺とみられるが、悲報を聞いて私の脳裏に浮かんだのはイタリアの作曲家レオンカバッロのオペラ「道化師」だった。
(略) 
ウクレレの演奏は全盛期にはほど遠かった。指が思うように動かない。舞台の裏で音楽テープを流し、ウクレレを弾いているように見せて、口パクで半分しのぐこともあった。78歳になり、認知症にも悩んでいた。根が真面目でプライドの高い人だけに、そんな自分が耐えられなかったのかもしれない。協会をめぐる不明朗金の問題も追い打ちをかけたのだろう。
 8年前の4月、舞台衣装の白のブレザーを着て、新宿の自宅マンションから飛び降り自殺したタレントのポール・牧さんも「指パッチン」の芸が行き詰まり、借金にも苦しんでいた。華やかな世界に身を投じていただけに、売れなくなった時のギャップはあまりにも大きいのだろう。
 しかし、芸人とは職業ではない。生き方そのものではないだろうか。長生きしなければ究めることができないものもある。東京下町の長屋を住まいとし、86歳で逝った落語家の林家彦六(八代目林家正蔵)は、質素な生活を終生変えないことで人情の機微をつかんだ。やがてろうそくのように燃え尽きていく運命にあっても、その消え方も含めて芸人なのである。
 どんな逆境でも生き抜く。転んでもタダでは起きない。自分をさらけ出し、自分の恥をネタにしてまでも笑いをとる。そんなしたたかで、ふてぶてしいばかりの芸人に、大ベテランの牧さんもなれなかったのだろうか。
 「あーあんあやんなっちゃった、あーあんあ驚いた」というウクレレ漫談が、いまは空しく響く。


一般に、死者に鞭をうつような行為はいやしいとされています。しかし、相手が政治家などの公人であった場合は、訃報とともにその業績を論じることは言論機関の責任でもあり許されると思います。先般死亡した英国のサッチャー氏の場合でも功績とともに影の部分が論評されていました。

ただし、芸人は有名であっても私人です。死者への一般的な敬意を払うべきです。「指が思うように動かない」だの「音楽テープを流し」だの「口パク」だのといった暴露話は、大新聞が書くべきことではありません。

そもそも、78歳の牧氏より若年であるの小泉氏が「芸人とは職業ではない。生き方そのものではないだろうか」などと高説をたれて、牧氏の人生を論評するのは見苦しいです。

【本】世界で一番美しい名画の解剖図鑑


世界で一番美しい名画の解剖図鑑世界で一番美しい名画の解剖図鑑
(2013/03/20)
カレン・ホサック ジャネス、イアン ザクチェフ 他

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世界中の絵画の名作60点強を載せています。画家というより個々の絵に焦点を当てています。一部を切り出して、筆使いや色を分析してみせるなどちょっと変わった紹介の仕方もしています。

年代的にはAD1100年から現代まで。地域的には、西洋人の書いた本(だと思います)なので、どうしても西洋絵画が中心です。日本からは狩野永徳の「檜図屏風」の一点が選ばれています。浮世絵ではなく狩野派が選ばれたのは不思議な感じです。他の作品の紹介ではさかんに浮世絵の影響について論じているくらいですから浮世絵の知識がないわけでないはずですが...

有名画家の中ではルノワールとドラクロワが抜けていました。ルノワールの場合は印象派の画家が他にも選ばれているのでたまたま選に漏れたのかもしれませんが、ドラクロワがいないのはちょっと解せません。

非常に分厚く重たい本ですが、楽しく読むことができました。


アートスタンドパズル 図屏風 480ピース 檜図屏風 2301-01 (21×11.2cm×4セット)アートスタンドパズル 図屏風 480ピース 檜図屏風 2301-01 (21×11.2cm×4セット)
(2011/04/16)
やのまん

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【朝日新聞】壊れゆく日本という国

5月8日朝日新聞オピニオン欄に載った神戸女学院大学名誉教授・内田樹氏の寄稿です。

(略)
 国民国家という統治システムはウェストファリア条約(1648年)のときに原型が整い、以後400年ほど国際政治の基本単位であった。それが今ゆっくりと、しかし確実に解体局面に入っている。簡単に言うと、政府が「身びいき」であることをやめて、「国民以外のもの」の利害を国民よりも優先するようになってきたということである。
 ここで「国民以外のもの」というのは端的にはグローバル企業のことである。起業したのは日本国内で、創業者は日本人であるが、すでにそれはずいぶん昔の話で、株主も経営者も従業員も今では多国籍であり、生産拠点も国内には限定されない「無国籍企業」のことである。この企業形態でないと国際競争では勝ち残れないということが(とりあえずメディアにおいては)「常識」として語られている。
 トヨタ自動車は先般、国内生産300万台というこれまで死守してきたラインを放棄せざるを得ないと報じられた。国内の雇用を確保し、地元経済を潤し、国庫に法人税を納めるということを優先していると、コスト面で国際競争に勝てないからであろう。外国人株主からすれば、特定の国民国家の成員を雇用上優遇し、特定の地域に選択的に「トリクルダウン」し、特定の国(それもずいぶん法人税率の高い国)の国庫にせっせと税金を納める経営者のふるまいは「異常」なものに見える。株式会社の経営努力というのは、もっとも能力が高く賃金の低い労働者を雇い入れ、インフラが整備され公害規制が緩く法人税率の低い国を探し出して、そこで操業することだと投資家たちは考えている。このロジックはまことに正しい。
 その結果、わが国の大企業は軒並み「グローバル企業化」したか、しつつある。いずれすべての企業がグローバル化するだろう。繰り返し言うが、株式会社のロジックとしてその選択は合理的である。だが、企業のグローバル化を国民国家の政府が国民を犠牲にしてまで支援するというのは筋目が違うだろう。
(略)
 ことあるごとに「日本から出て行く」と脅しをかけて、そのつど政府から便益を引き出す企業を「日本の企業」と呼ぶことに私はつよい抵抗を感じる。彼らにとって国民国家は「食い尽くすまで」は使いでのある資源である。汚染された環境を税金を使って浄化するのは「環境保護コストの外部化」である(東電はこの恩沢に浴した)。原発を再稼働させて電力価格を引き下げさせるのは「製造コストの外部化」である。工場へのアクセスを確保するために新幹線を引かせたり、高速道路を通させたりするのは「流通コストの外部化」である。
 大学に向かって「英語が話せて、タフな交渉ができて、一月300時間働ける体力があって、辞令一本で翌日から海外勤務できるような使い勝手のいい若年労働者を大量に送り出せ」と言って「グローバル人材育成戦略」なるものを要求するのは「人材育成コストの外部化」である。要するに、本来企業が経営努力によって引き受けるべきコストを国民国家に押し付けて、利益だけを確保しようとするのがグローバル企業の基本的な戦略なのである。
 繰り返し言うが、私はそれが「悪い」と言っているのではない。私企業が利益の最大化をはかるのは彼らにとって合理的で正当なふるまいである。だが、コストの外部化を国民国家に押しつけるときに、「日本の企業」だからという理由で合理化するのはやめて欲しいと思う。
 だが、グローバル企業は、実体は無国籍化しているにもかかわらず、「日本の企業」という名乗りを手放さない。なぜか。それは「われわれが収益を最大化することが、すなわち日本の国益の増大なのだ」というロジックがコスト外部化を支える唯一の論拠だからである。
 だから、グローバル企業とその支持者たちは「どうすれば日本は勝てるのか?」という問いを執拗に立てる。あたかもグローバル企業の収益増や株価の高騰がそのまま日本人の価値と連動していることは論ずるまでもなく自明のことであるかのように。そして、この問いはただちに「われわれが収益を確保するために、あなたがた国民はどこまで『外部化されたコスト』を負担する気があるのか?」という実利的な問いに矮小化される。ケネディの有名なスピーチの枠組みを借りて言えば「グローバル企業が君に何をしてくれるかではなく、グローバル企業のために君が何をできるかを問いたまえ」ということである。日本のメディアがこの詭弁を無批判に垂れ流していることに私はいつも驚愕する。
 もう一つ指摘しておかなければならないのは、この「企業利益の増大=国益の増大」という等式はその本質的な虚偽性を糊塗するために、過剰な「国民的一体感」を必要とするということである。グローバル化と排外主義的なナショナリズムの亢進は矛盾しているように見えるが、実際には、これは「同じコインの裏表」である。
 国際競争力のあるグローバル企業は「日本経済の旗艦」である。だから一億心を合わせて企業活動を支援せねばならない。そういう話になっている。そのために国民は低賃金を受け容れ、地域経済の崩壊を受け容れ、英語の社内公用語化を受け容れ、サービス残業を受け容れ、消費増税を受け容れ、TPPによる農林水産業の壊滅を受け容れ、原発再稼働を受け容れるべきだ、と。この本質的に反国民的な要求を国民に「のませる」ためには「そうしなければ、日本は勝てないのだ」という情緒的な煽りがどうしても必要である。これは「戦争」に類するものだという物語を国民にのみ込んでもらわなければならない。中国や韓国とのシェア争いが「戦争」なら、それぞれの国民は「私たちはどんな犠牲を払ってもいい。とにかく、この戦争に勝って欲しい」と目を血走らせるようになるだろう。
 国民をこういう上ずった状態に持ち込むためには、排外主義的なナショナリズムの亢進は不可欠である。だから、安倍自民党は中国韓国を外交的に挑発することにきわめて勤勉なのである。外交的には大きな損失だが、その代償として日本国民が「犠牲を払うことを厭わない」というマインドになってくれれば、国民国家の国富をグローバル企業の収益に付け替えることに対する心理的抵抗が消失するからである。私たちの国で今行われていることは、つづめて言えば「日本の国富を各国(特に米国)の超富裕層の個人資産へ移し替えるプロセス」なのである。
 現在の政権与党の人たちは、米国の超富裕層に支持されることが政権の延命とドメスティックな威信の保持にたいへん有効であることをよく知っている。戦後68年の知恵である。これはその通りである。おそらく安倍政権は「戦後最も親米的な政権」として、これからもアメリカの超富裕層からつよい支持を受け続けることだろう。自分たちの個人資産を増大させてくれることに政治生命をかけてくれる外国の統治者をどうして支持せずにいられようか。
 今、私たちの国では、国民国家の解体を推し進める人たちが政権の要路にあって国政の舵を取っている。政治家たちも官僚もメディアも、それをぼんやり、なぜかうれしげに見つめている。たぶんこれが国民国家の「末期」のかたちなのだろう。
(略)


グローバル企業の発達が国民国家のあり方を壊しつつある、という指摘には耳を傾ける価値があると思います。グローバル企業がコストを社会におしつけようとしている事実にも注意を払う必要があります。

ただ、そのために排外的なナショナリズムを亢進しているだの、政権与党が米国の超富裕層に操られているだの、といった説には賛同しかねます。

昨今の中韓への反発は、尖閣諸島での衝突や天皇謝罪要求が大きな理由で、主に民間レベルからはじまっています。これは安倍政権以前からのことであり、それ以前の政権が挑発したという事実もありません。また、いわゆるグローバル企業はこうした空気に反対し、中国との融和を説いていました。

さらに言えば、現在の排外的空気の対象となっているのは中国と韓国だけです。内田氏の見方が正しいのであれば、他の国へも同じような空気が醸成されているはずですが、その事実はありません。

現在の安倍政権が米国富裕層の傀儡であるかのようなことも書いていますが、根拠・証拠を示していません。根拠のないことを言うのは言論として質に問題があります。

言ってしまえば、内田氏の説は「米帝国主義とその傀儡の自民党および財界 vs 無辜の市民」という陳腐な世界観であり、低俗な陰謀論です。

前半の指摘が的を射ているだけに、実に残念です。


【朝日新聞】憲法をどう論じようか

5月7日朝日新聞夕刊 作家・池澤夏樹氏の「憲法をどう論じようか」が載りました。自民党やら日本維新の会の憲法改正の姿勢に噛み付いています。護憲でも結構ですが、次の一文には引っかかりました。

(略)
占領軍による押し付けと言うけれど、合衆国憲法を押し付けられたわけではない。欧米が時間をかけて培ってきた民主主義・人権思想・平和思想の最先端が敗戦を機に日本に応用された。そのおかげでこの六十年の間、日本国は戦闘行為によって自国民も他国民も殺さずに済んだ。特別高等警察による拷問や虐殺はなかった。
(略)


合衆国憲法のコピーというわけでもないし、中身がよいものだから「押し付け」られてもいいじゃないか、と意見のようです。

私も日本国憲法の民主主義や人権思想は大事だと考えています。平和であるのも尊いことだと思います。(ただし、戦争で日本人が死ななかったのを日本国憲法の功績とするのは無理があります。日本国憲法があるから外国が侵略にこなかったわけではありません)

しかしながら、日本国憲法が占領中に日本人が反対できない状態で制定されたのは事実です。たとえ条文がそのままであっても一度は国民投票をかけなければ出自の問題はいつまでもついてまわるでしょう。

中身がよければ「押し付け」られてもいいじゃないか、というのは、それこそ民主主義に反しています。

【アニメ】モンキーターン


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(2004/05/26)
川島得愛、野田順子 他

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GyaOにて視聴。今回が初視聴です。原作は未読です。
なお、競艇(ボートレース)の観戦経験はありません。

知らない業界の話なので興味深く観られました。初めて知ったのですが競艇では他のスポーツと大きな違いがいくつかありました。

・選手年齢が幅広い
五十代の選手もいるので、父親世代との勝負もあり得ます。
物語の中では、ライバルの洞口の父親が有名選手です。父親とのレースはありませんでしたが、葛藤が描かれていました。

・男女混合である
一部に女性だけの競技会もあるようですが、男女混合でレースが行われています。
このため選手同士の恋愛沙汰も発生します。物語のなかでは洞口選手の不器用な交際が描かれました。

・主要部品であるプロペラは選手が自作する
物語のなかでは、洞口選手の作ったプロペラが競艇界で風雲を呼びました。

このように見ていくと、通常主人公(波多野)がたつべき位置にライバルの洞口がいることがわかります。ちょっと不思議なつくりをしています。それと関係あるのかもしれませんが、波多野と洞口の間の敵対心は度を越えたものがあります。特に波多野は他の人との人間関係が上手なだけに、洞口への理由不明な敵意が目をひきました。

波多野にはステディな恋人がいますので、恋愛でドラマを盛り上げるのは難しくなっています。ずっと恋人同士だと盛り上がりに欠けるということなのか、友人(城ヶ崎ありさ)を配してコミカルな部分を担当させています。いうなれば「ヒロイン」の分裂です。城ケ崎がいなければ波多野の周辺は非常にのっぺりとしたものになっていたでしょう。

レースシーンはスピード感にあふれ見応えがありました。二期があるようなので、機会があれば是非観たいと思います。


【展覧会】海洋堂フィギュアワールド


進め海洋堂―食玩からアクションフィギュアまで海洋堂作品オールカタログ (ワールド・ムック (469))進め海洋堂―食玩からアクションフィギュアまで海洋堂作品オールカタログ (ワールド・ムック (469))
(2004/03)
不明

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於:渋谷 東急東横店

たまたま渋谷にでたら、「フィギュア誕生30周年 海洋堂フィギュアワールド」という展覧会をやっていたので覗いてみました。

フィギュアに関心をもったことはありません。オタクっぽい趣味の極地のように思っていましたし、実際そうなのかもしれません。「海洋堂」という名前もはじめて聞きました。老舗なのでしょうか。

今回間近でフィギュアを見て、その精巧さに息を呑みました。熱中する人が多いのも不思議ではありません。決して軽く見ることはできないと感じました。なにより製作者が作品を愛しているのが伝わってきて並々ならぬ熱気を感じました。

休日でもありますし、無料ということもあってか場内は混雑していました。

仏像のフィギュアには特に感銘を受けました。(買わなかったけど)

5月7日までです。

【展覧会】美の競演 京都画壇と神坂雪佳

於:横浜高島屋ギャラリー

京都市美術館と細見美術館から、明治から昭和にかけて活躍した京都画壇の画家たちと琳派の継承者である神坂雪佳の作品です。上村松園や竹内栖鳳といった有名画家の絵もきていました。

展示数は少ないですが、琳派の華やかな作品を見ると心躍るものがあります。出口付近で上映していたビデオ解説も要領を得たもので分かりやすかったです。

5月6日までです。

【朝日新聞】座標軸:憲法記念日に 民主主義のページ開くには

5月3日朝日新聞朝刊、 論説主幹・大野博人氏の「座標軸」より

 「自主憲法」を制定しなければ、ほんとうの独立や主権回復はない――。そう考える立場からは、ほかの国と憲法を共有する試みなど想像を絶するだろう
 しかし今日、欧州連合(EU)ではそれが現実だ。27カ国で結ぶリスボン条約はいわばEUの「憲法」だ。意思決定の仕組みを定め加盟国を拘束する。
 欧州は1950年代から、基本条約の改編を繰り返しながら現条約へと統治の骨格を築いてきた。そのたびに加盟国は自国の憲法や法律を見直した。
 (略)
 27カ国が「憲法」を共有する。無謀とも見える動きがなぜ欧州で進むのか。日本とは無縁なのか。
 近年、世界は次々と新しい脅威にさらされるようになった。金融危機、感染症、温暖化、テロ……。
 人や物、金、情報が国境を超えて行き交う時代、問題もグローバル化する。個別の国家だけでは解決をもたらせなくなっている。
 たとえば国際機関での経験も豊富な英オックスフォード大学のイアン・ゴルディン教授は近著「分裂した国々」の中で、国家主権を外からの干渉を受けない権利とばかり考えていても意味はないと指摘する。むしろ国の力は「グローバル世界の仲間をうまく活用して、国境などおかまいなしの危機を打開する能力でこそはかられるべきだ」。
 市場ばかりか「憲法」まで共有する欧州統合は、そんな時代からの挑戦に応えるひとつの実験だ。
 たしかに今、南欧諸国は債務問題で揺れ、英国ではEU離脱の世論が高まっている。厳しい試練の中にある。それに東アジアはEU型の試みがなじむ環境にない解決策のモデルと見るのは難しい。だが、一国の手にあまる問題が日に日に広がる現実は東アジアにも同じようにのしかかる。
 仏独でも改憲のハードルは高い。それでも国家主権を相対化する改正を重ねるのは、国の枠にとどまる限界を感じるからだろう。一方、東アジアの国々では、肥大したナショナリズムで国家主権を絶対化する言説がはばをきかせるばかり。
 激変する時代の難題を解決できるのはどんな統治のかたちか、それに正当性をもたらせるのはどんな民主主義か。
 そんな視点から民主主義の新しいページを開くために憲法を変えるのなら、ためらう理由はない。だが、わざわざページをめくりやすくして、時代の流れと反対の場所に向かってみても、世界はもうそこにはいないだろう。


私は『「自主憲法」を制定しなければ、ほんとうの独立や主権回復はない――。そう考える立場』です。しかし、EU諸国が憲法を共有しようとしても、別に「想像を絶」しません。EUは一つの国になることを指向していますので、通貨や法律を共有するのは自然な流れです。

なお、EU諸国それぞれはみずからの意思のもとで行われていることで、決して占領下に外国に強要されているわけではないことに留意する必要があります。

日本が『「自主憲法」を制定しなければ、ほんとうの独立や主権回復はない』と考えるのは、その憲法が占領下に押し付けられたもの、すなわち日本人の意思が関与していないものだからです。EUと比較するのは無意味です。

それはともかく、大野氏によればEUが憲法を共有する目的は、グローバル化した現在、一国だけで問題を解決することができないからだそうです。しかし、そう言いながら、別のパラグラフで「たしかに今、南欧諸国は債務問題で揺れ、英国ではEU離脱の世論が高まっている」だの「東アジアはEU型の試みがなじむ環境にない」だの「解決策のモデルと見るのは難しい」だのと書いています。

つまりEU自体がグローバルな問題を解決できずにいて、東アジアにいたってはEU型がなじまない、ということを認めています。にもかかわらず、EUを誉めそやすのは無責任です。

わざわざページをめくりやすくして、時代の流れと反対の場所に向かってみても、世界はもうそこにはいないだろう」という自己陶酔の結語も気持ち悪いです。論理の未熟さを誤魔化しているようにしか読めません。

【朝日新聞】寄稿:96条改正という「革命」

5月3日朝日新聞朝刊のオピニオン欄に憲法学者・石川健治氏が寄稿しました。引用します。

(略)
96条を改正して、国会のハードルを通常の立法と同様の単純多数決に下げてしまおう、という議論が、時の内閣総理大臣によって公言され、政権与党や有力政党がそれを公約として参院選を戦おうとしているのである。
 これは真に戦慄すべき事態だといわなくてはならない。その主張の背後に見え隠れする、将来の憲法9条改正論に対して、ではない。議論の筋道を追うことを軽視する、その反知性主義に対して、である。
(略)
96条改正を96条によって根拠付けるのは論理的に不可能だということが、第三の、そして最大の問題である。それは、硬性憲法を軟性憲法にする場合であっても、軟性憲法を硬性憲法にする場合であっても、変わりがない。
 たとえば、法律が法律として存在するのは、何故か。法律を制定する資格や手続きを定める規範が、論理的に先行して存在するからである。同様に、立法府である国会が、憲法改正を発議する資格をも得ているのは、憲法改正手続きを定めた96条が、論理的に先行しているからである。特別多数決による発議に加えて、国民投票による承認が必要、と定めたのも96条である。憲法改正が憲法改正として存在し得るとすれば、96条が論理的に先行して存在し、96条によって改正資格を与えられたものが、96条の改正手続きに基づいて憲法改正を行った結果である。
 それでは、憲法改正条項たる96条を改正する権限は、何に根拠があり、誰に与えられているのだろうか。これが、現下の争点である。結論からいえば、憲法改正権者に、改正手続きを争う資格を与える規定を、憲法の中に見いだすことはできない。それは、サッカーのプレーヤーが、オフサイドのルールを変更する資格をもたないのと同じである。
 フォワード偏重のチームが優勝したければ、攻撃を阻むオフサイド・ルールを変更するのではなく、総合的なチーム力の強化を図るべきであろう。それでも、「ゲームのルール」それ自体を変更してまで勝利しようとするのであれば、それは、サッカーというゲームそのものに対する、反逆である。
 同様に、憲法改正条項を改正することは、憲法改正条項に先行する存在を打ち倒す行為である。打ち倒されるのは、憲法の根本をなす上位の規範であるか、それとも憲法制定者としての国民そのものかは、意見がわかれる。だが、いずれにせよ、立憲国家としての日本の根幹に対する、反逆であり「革命」にほかならない。打ち倒そうとしているのは、内閣総理大臣をはじめ多数の国会議員である。これは、立憲主義のゲームに参加している限り、護憲・改憲の立場の相違を超えて、協働して抑止されるべき事態であろう。
 なかなか憲法改正が実現しないので、からめ手から攻めているつもりかもしれないが、目の前に立ちはだかるのは、憲法秩序のなかで最も高い城壁である。憲法96条改正論が、それに気がついていないとすれば、そのこと自体、戦慄すべきことだといわざるを得ない。


よく分かりませんでした。

法律が法律として存在するのは、何故か。法律を制定する資格や手続きを定める規範が、論理的に先行して存在する」というのは分かります。その理屈から導かれるのは、憲法を制定するなんらかの資格や手続きが先行して存在するはず、ということです。

憲法改正条項たる96条を改正する根拠を96条にあると考えてはなぜいけないのでしょうか?

96条を改正することはできないというのが、学問的に成立する議論なのかもしれません。しかしすべての憲法学者がその説を唱えていない以上、一部の学者の説としかみなせません。

また、「サッカーのプレーヤーが、オフサイドのルールを変更する資格をもたないのと同じである」というのもよくわからない説明です。サッカーのオフサイドはともかく、スポーツのルールが変更されることはよくあることです。その動機も決して真っ白なものでないことは半ば周知の事実です。ルールを変更する資格がどこに由来するかという議論をしていたはずです。どういう意図でサッカーのオフサイドを持ち出したのか理解に苦しみます。

【時事問題】稲嶺・名護市長、自民議員と論争 普天間移設巡り

5月1日朝日新聞朝刊より

 参院予算委員会の地方公聴会が30日、那覇市で開かれ、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の移設問題をめぐって自民党議員と地元首長が対立する一幕があった。
 自民党の山崎力参院議員(青森選挙区)は「震災がれきの受け入れで、焼却場の前にバリケードをはるような国民性だ。普天間を受け入れられる自治体はないし、国も自治体に強要できない」と述べ、辺野古移設を受け入れるよう求めた。
 公述人の稲嶺進名護市長は「いま、強要しているではないか。『本土で反対だから出来ない。沖縄では反対しても出来る』という考えがおかしい」と反発した。


現状では米軍基地が日本にあるのは安全保障の点からやむを得ないことだと思います。しかしながら沖縄になければならない、という軍事的な理由が良く分かりません。基地が沖縄から本土に移動したくらいで、沖縄が外国の侵攻を受けるというのは考えにくいです。

テレビ・新聞などで識者の意見を聞いても、日本になければならない理由までは分かりますが、沖縄になければならない理由は聞いたことがありません。

鳩山元首相の沖縄県外への移設はうまくいかなかったようですが、本当に難しいのか、彼の政治能力の乏しさのために失敗したのかよくわかりません。

名護市長の「『本土で反対だから出来ない。沖縄では反対しても出来る』という考えがおかしい」というのは正論だと思います。

沖縄県民も同じ国民であることを忘れてはなりません。本当に辺野古しかないのであるなら本土に移せない合理的な理由を示すべきだと思います。

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えいび

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日々の出来事、映画やアニメの感想です。

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