【本】日韓対立の真相

著:武藤正敏 前・在韓特命全権大使

駐韓日本大使による韓国論です。韓国に厳しいことも書いていますが、全体的には日韓友好のためのわだかまりをなくしたいという真情が読み取れます。いわゆる嫌韓本とは違います。

四分の三ほどは、韓国の分析です。慰安婦問題への韓国政府の対応はおかしいとか、竹島の問題を領土問題から歴史問題に摩り替えている、など韓国を厳しく批判しています。

残りの四分の一で、それでも日韓は仲良くしなければならない、という論が展開します。なぜ仲良くしなければいけないかというと、放置すれば中国の陣営に行ってしまうからという理由です。

そして、韓国の反日は一部の人間が騒いでいるだけであって(日本大使館へのデモはいつも同じメンバー)、東日本大震災の時など韓国全土で募金活動があったことからも分かるように、韓国人の本音は日本を嫌っていない。むしろ、日本人の嫌韓の方が重症である。

韓国の優秀な若者を日本で雇用することでwin-winの関係になろう、と結んでいます。

しかし、武藤氏の分析では、そして一般の分析でも、韓国は経済で中国に傾斜し、安全保障で米国に頼ろうとしています。日本が韓国をつなぎとめようとしても、安全保障の分野で韓国が歓迎することは何もありません。経済の分野で、中国が韓国に提供するような市場や安価な労働力も提供できません。技術供与とか投資ならできます。中国が提供するものを日本が提供できるものは違います。したがって、韓国の中国傾斜を阻止することは結局はできません。

また、韓国が中国の陣営になったからといって、帝国主義の時代ではありませんので、とりたてて困ることはないようにも思います。もしかしたら北朝鮮が挟み撃ちの形になるので、日本には好都合かもしれません。

韓国の反日は、多くの識者が指摘しているように華夷秩序の序列意識に基づくものです。格下である日本が韓国に逆らうのが許せないという感情ですので、震災に苦しむ日本を助けることの妨げにはなりません。むしろ、華夷秩序的には正しいことです。

つまり、韓国の反日は、世界にある反米とは性質が違います。震災時に募金をしたからといって、韓国人一般が反日であることに変わりありません。世論調査の結果を受け止めるべきです。

韓国に優秀な若者はいるでしょう。しかし、優秀な若者がいるのは韓国だけではないはずです。インドにもペルーにもギリシャにも優秀な若者はいるはずです。その中で特に選んで韓国人を日本で働いてもらうという理由はありません。

韓国との友好を否定するつもりはありません。どこの国とも仲良くなるのは結構なことだと思います。しかし、特に韓国と親しくならなければならないとは全く思いません。仲が悪いなら悪いで仕方ないと思います。まして、日本人には受け入れがたい華夷秩序の意識を持っているかぎり、日韓友好は無理でしょう。

武藤氏のような日韓友好絶対必要論は、ちょっと理性的ではないようにも思います。
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【朝日新聞】童門冬二氏による徳川綱吉論

8月29日朝日新聞朝刊のオピニオン欄に、作家の童門冬二さんによる徳川綱吉の評価が載っていました。

 時代が18世紀に移る前後の30年近くを統治した5代将軍、徳川綱吉は「犬公方」と呼ばれ、評判はあまり芳しくありません。しかし、武士が行う殺伐とした「武断政治」から、平和で安心して暮らせる社会を実現する「文治政治」へと全面的に切り替えた名君だったと思います。
(略)
 綱吉が「犬公方」と呼ばれるきっかけになった「生類憐(あわ)れみの令」の真の目的は「やみくもに犬や動物を保護せよ」ということではなく、「人命を尊重して平和な社会を築こう」ということにありました。人命を尊重するには「慈悲の心を持ち、まず身近な生き物の命を大事にすることから始めよう」というのが綱吉の狙いだったのです。
 しかし、法令を拡大解釈して民衆をいじめた役人たちもいて、理想的な法の精神が現場には届かなかったということでしょう。蚊を殺した場合でも罰せられることがあったために、「悪法」という評価が定着しました。庶民の間では「あいつが動物をいじめていました」といったチクリも横行したでしょうね。
 確かに弊害はありましたが、下克上の空気は一掃され、命を大切にする価値観が浸透したのが綱吉の時代でした。財力を蓄えた商人たちが後援者となって華やかで洗練された元禄文化が生まれ、近松門左衛門、井原西鶴、松尾芭蕉といった芸術家が次々に誕生した。結果的に綱吉は「武から文へ」という意識改革に成功したと思います。
(略)



生類憐れみの令で、命を大切にする価値観が浸透したというのは疑問です。戦がなくなって久しく戦場の経験者が少なくなるにつれ平和な社会になったのであって、生類憐れみの令はたまたまその時代のものだったというだけではないでしょうか。

それに、都合の悪い例(蚊を殺したら罰するなど)を現場の役人のせいにして、綱吉の本意は違うのだというのは、無理があります。

街中で刃傷沙汰がやまない社会より平和な社会の方がいい、というのはたしかに現代の我々の感覚に合っています。しかし、犬を殺したら島流しだの死罪だのというのは現代人の感覚にはまったく合っていません。

現代人がどう思うかはともかく、生類憐れみの令には、現場の役人の責任かどうかは別として、当時の庶民は苦しめられていました。

都合のいい部分だけを切り取って、歴史上の人間を賞賛するのは(非難するのもですが)、正しいとは思えません。

【朝日新聞】社説:経団連と移民 生活者の視点で検討を

8月28日朝日新聞社説「経団連と移民 生活者の視点で検討を」より

 経団連が近く「日本型移民制度」の検討を始める。榊原定征会長(東レ相談役最高顧問)が主導し、日本に定住したい外国人とその家族を迎え入れられないか、道筋を探るという。
 政府の推計では、2060年の総人口は、現在の3分の2の8700万人まで減り、とりわけ労働力人口の落ち込みが深刻になる。地域共同体の存亡や社会保障制度のゆらぎ、国や自治体の財政難など、深刻な課題の根っこに共通するのが少子高齢化に伴う急速な人口減である。
 経団連の検討は将来の日本の姿への危機感がきっかけだが、内部では移民受け入れへの慎重・反対論もあるようだ。ただ、世界規模での人の移動と移住が加速するなかで、その是非を検討することは不可避だろう。
 一方、政府は「いわゆる移民の受け入れは考えない」の一点張りだ。女性や高齢者の就業を促しつつ、少子化対策の充実で足元は1・4台の合計特殊出生率を2030~40年に2強へ回復させ、総人口は1億人を保てるとはじく。しかし、そのめどは全く立っていない。
 海外への技術移転を名目に単純労働者を一定期間に限って受け入れる技能実習制度をなし崩しに広げるなど、目先の対策に終始しているのが実情だ。
 そんな政府の姿勢に異を唱え、正面から問題提起することが経団連の狙いなら、試みを歓迎する。そして、移民問題を国民全体で議論していきたい。
 欠かせないのは、「生活者」の視点を徹底することだろう。
 日本型移民制度が、技能実習制度や、研究開発などに携わる「高度外国人材」受け入れ制度の隙間を埋め、人件費の抑制をはじめ経営の利便を高めるだけの内容にとどまるなら、国民からの批判は免れまい。
 定住外国人の受け入れで、社会保障や税・財政を通じた給付と負担のバランスはどう変わるのか。国民に懸念が根強い治安問題への対策や、住民の対立を防ぐ手立てを工夫できるか。
 検討の幅を広げるためにも、経団連は議論を公開してはどうか。移民問題は賛否が分かれるテーマだけに、その検討過程と議論を尽くす姿勢が大切になる。官庁や大学、民間研究機関を巻き込み、国民の関心と議論を高めていきたい。
 日本を訪れる外国人が急増し、訪日外国人なしには成り立たない地域や産業も増えている。コンビニや外食チェーンでは、外国人の従業員が当たり前になった。
 まずは検討を始める。その一歩を踏み出すことが重要だ。


政府は国民、すなわち「生活者」の代表ですが、経団連はどれだけ影響力が大きくても企業経営者の私的な集まりにすぎません。したがって、そこでの議論が生活者の視点に根差したものであるわけがなく、「人件費の抑制をはじめ経営の利便を高めるだけの内容」になるのは、当たり前です。これは善悪ではありません。経営者団体に議論させたらそうなるのが当然なのです。

政府の方針に異をとなえるのに、経団連と「生活者」が手を組むべし、というのは倒錯しています。

「生活者」の視点にたった議論が必要だと思うのであれば、経団連に議論の主導権をとらせるのではなく、マスコミが主導すればすむことです。移民受け入れについて考える特集を組むなり、世論調査の設問に加えるなり、いくらでもできることはあります。

朝日新聞がそれをしないのは、移民をいっぱい受け入れたいという朝日の論調に大多数の「生活者」が賛成しないことが分かっているからだと思います。

【朝日新聞】小熊英二慶応大教授の「戦後」論

8月27日朝日新聞朝刊のオピニオン欄。慶応大教授小熊英二氏の『「戦後」とは何なのか』より

 「戦後」とは何なのか。それはいったい、いつ終わるのか。
 諸外国では、「戦後」とは、おおむね終戦から10年前後を指す。そもそも、多くの戦争を戦った国の場合、「戦後」はいくつも存在する。
 しかし日本では、「戦後」は70年も続いている。それでは、日本にとっての「戦後」とは何なのか。
 私の意見では、日本の「戦後」とは、単なる時期区分ではない。それは、「建国」を指す言葉である。
(略)


小熊氏の意見では、日本の「戦後」とは「建国」を指すとのことです。「建国」とはフランスだと大革命であり、アメリカだとイギリスからの独立に相当するような、国の基本を決定した出来事を指します。日本は、敗戦によって国柄が戦前と大きく変わったので、敗戦が「建国」に相当します。この「建国」を覆すような制度変化がないかぎり日本の「戦後」は続く、との説です。

しかし、なぜ諸外国の「戦後」が終戦から10年前後を指す概念でありながら日本では「建国」を指すのか理由がわかりません。ただ、小熊氏が「私の意見では、」と言っているだけです。

その後、日本の「建国」の構成要素として、憲法1条、9条、東京裁判、日米安保の四つがある、と続けています。しかし、前提の“日本の「戦後」とは「建国」のことである”が根拠皆無なので、後の展開にはほとんど意義が感じられません。

結び(結論?)の部分を引用します。
 

いま「戦後」は不安定になっている。冷戦終結と国際社会の変動、戦争の記憶の風化、経済条件の変化などが、4要素のバランスと共存を脅かしているからだ。建国70年を迎えた日本国は、今後どんな国であるべきか。いま問われているのは、それである。その議論なしに、この国の未来は探れない。


今後どんな国であるべきか」との「議論なしに、この国の未来は探れない」というのが結論のようです。

なにやら深遠なことを言っているような風ですが、“今後のことを語らなければ未来のことは語れない”ということを言っているだけで、これは同じことを反復して言っているだけだと思います。

【朝日新聞】投書:「カフェで外国語レッスンは迷惑」

8月26日朝日新聞朝刊。毎週、一つの投書への反響の投書と識者からの意見が交錯させるコーナーです。今週は、神奈川県の会社員男性(55)の「カフェで外国語レッスンは迷惑」が元の投書です。

 最近、カフェで英会話など外国語のレッスンをしている人を見かける。教師は、分かりやすくはっきり伝えようと大きな声で話す。生徒も授業料がかかっているからか、大きな声で返す。日本語でも大きな声の会話はうんざりするのに、それが外国語レッスンとなると迷惑以外のなにものでもない。
 レッスンだから、生徒たちの会話は決してうまいとはいえない。それを延々と聞かされる方は、たまったものではない。さりとて「やめて下さい」とも言えず、結局、こちらがそそくさと席を立つことになる。
 確かに、カフェで会話してはいけないことはない。でも、そこにはやはりある一定のマナーというか、節度があってもいいのではないだろうか。
 (7月19日付掲載の投稿)


これに対して、秋田県の主婦(59)から、“自分もカフェで英会話レッスンをしている。投書を読んで、迷惑かけていることに気がついた”と述べています。

神奈川県の外国語講師の男性(46)からは、“自分もカフェで個人レッスンをやっている。ただし、周囲に迷惑をかけない程度の声でやっている。同業者が迷惑をかけたみたいだが、マナーを守ってカフェから締め出されないように願う”との意見でした。

千葉県の無職の男性(76)からは、“そのくらい大目にみましょう”との意見がでています。

大分県の無職の女性(56)からは、“なぜ外国語だと、より迷惑と感じるのか。勉強しているのだから、もっと寛容になるべきでは”との意見でした。

聖心女子大の菅原健介教授(社会心理学)は、周囲に配慮しているというサインを出しながら行えば違和感は軽減できる、としています。

私見を述べます。

私は、カフェでの外国語レッスンに遭遇した経験はありませんが、仮にそういう経験をしたら好ましくは思わないだろうな、と思います。これが、外国人が外国語でおしゃべりしているのなら不快には思わないし、学生が勉強を教えあっていても気にしないでしょう。

なにが違うのかと言えば、外国語レッスンが商売だからです。

商売である以上、本来コストをかけて場所を確保すべきです。それをコーヒー代くらいで堂々と居座り、周囲への配慮を忘れているのは可愛げがありません。

仮に、どっかの会社の営業会議をカフェでやっていたら、同じように不快に感じると思います。

外国人同士のおしゃべりや学生の勉強の声とは、そこが決定的に違うと思います。

【朝日新聞】ヨハン・ガルトゥング氏のインタビュー

8月26日朝日新聞朝刊オピニオン欄。ノルウェーの平和学者、ヨハン・ガルトゥング氏のインタビューです。

(略)
 ――安全保障関連法案は、中国や北朝鮮からの脅威に備えるために抑止力を高めるものだと説明されています。
 「日本が米国とともに集団的自衛権を行使するようになれば、中国はさらに軍備を拡張するでしょう。その結果、東アジアにはかつてない規模の軍拡競争が起きる。そこまで考える必要があります」


たしかに、軍拡競争は起きるかもしれません。しかし可能性を言い出せば、中国の軍拡を座視していると、日本を含めた周辺諸国は中国の属国化する可能性もあります。私にはその可能性の方が高いように感じます。そもそも集団的自衛権に縛りがあるのは日本だけで、よその国は普通に集団的自衛権を持っていることをどう解釈しているのでしょうか?

 「北東アジア共同体の創設を提案したい。メンバーは日本と中国、台湾、韓国、北朝鮮、ロシアの極東部。本部は地理的にも中心で、琉球王国時代に周辺国と交流の歴史をもつ沖縄に置いてはどうでしょう。モデルはEC(欧州共同体)です」


うまく行っているとはとうてい思えない欧州共同体をモデルにしてもなんの魅力も感じません。

 ――政治体制が異なり、領土問題も抱えるそれぞれの二国間関係を考えると実現は難しいのでは。 「政治体制が異なっても、協力はできます。協力することに慣れていないだけです。互いの悪い点ばかり見ていては関係はよくなりません。共同プロジェクトを通じて良い点を発見しながら、段階的に進めていくのです。すでにNGOや民間レベルでは、相互の交流や協力関係が進んでいます」


欧州共同体には共産主義国は入っていませんでしたし、独裁国家も入っていませんでした。何の根拠で「政治体制が異なっても、協力はできます」と断言するのか分かりません。個別の問題(医療協力とか、環境問題とか)でしたら協力はできるでしょうが、国境を溶かして一体化するような共同体が可能とはとても思えません。

 「領有権を主張しあっている土地は、共同管理とする。尖閣諸島も竹島も、北方領土もです。それぞれに言い分があるのですから、そうでないと解決できません。答えは実はシンプルなのです」


無人の尖閣や竹島は共同管理可能でしょうが、有人の北方領土を共同管理できるとは信じがたいです。また、ある国が一方的に、“対馬は我が領土”とか“沖縄の領有問題は未解決”とか言い出したら、共同管理になっちゃうのでしょうか。「シンプル」どころか暴論です。

 「大切なことは、未来の理想的な状況から考えてみることです。あなたは将来、どのような北東アジアに住みたいか。このことをそれぞれが真剣に考えていけば、共同体はそう遠くない将来に実現すると思っています」


いわゆる“北東アジア”の人間のほとんどが“北東アジア”という枠組みに重きを置いていません。欧州とは状況がまるで違います。その欧州にしても完全な一体的意識にはほど遠いように見えますが、“北東アジア”にはそもそも一体感はまったくありません。

(略)
 ――独自のネットワークを通じ、中東情勢をどう見ていますか。
 「『イスラム国』(IS)の勢いは止まらないでしょう。イスラム教徒にとっての夢を語っている側面があるので。ある調査では、サウジアラビアの9割以上の人が、ISはイスラムとして正しいと答えています。首を切り落とすことは残虐ですが、民間人もいる地域に空爆を加えることも残虐です。ISの側からすれば、自分たちは米国よりも人を殺していないとなります」
 ――文明の衝突が起きているのでしょうか?
 「いいえ。今起きていることは、もっと深刻で重大なことです。コロンブスの航海に始まる西洋の植民地主義と、民族を分断する形で人工的にひかれた国境線。これを解消しようとする動きが生まれ、対立が起きているのです。ISは、かつてイギリスの植民地であったイラクを、フランスの植民地だったシリアを取り戻そうとしています」
(略)


イラクもシリアも現状は英仏の植民地ではありません。したがってISがやっていることは、本人達がどう主張しようとも、決して植民地解放運動ではありません。

欧米がやってきたこと、やっていることが正しいわけではないという認識は正当ですが、だからといって中国やISに道理があるというわけでもありません。

【世論調査】朝日新聞〈8月22、23日実施〉

8月25日の朝日新聞に世論調査の結果が発表されました。

(数字は%。小数点以下は四捨五入。質問文と回答は一部省略。◆は全員への質問。◇は枝分かれ質問で該当する回答者の中での比率。〈 〉内の数字は全体に対する比率。丸カッコ内の数字は、7月18、19日の調査結果)

◆安倍内閣を支持しますか。支持しませんか。
 支持する38(37)
 支持しない41(46)

◇それはどうしてですか。(選択肢から一つ選ぶ=択一。左は「支持する」38%、右は「支持しない」41%の理由)
 首相が安倍さん19〈7〉 10〈4〉
 自民党中心の内閣17〈7〉 20〈8〉
 政策の面41〈16〉 60〈25〉
 なんとなく19〈7〉 8〈3〉

◇(「支持する」と答えた38%の人に)これからも安倍内閣への支持を続けると思いますか。安倍内閣への支持を続けるとは限らないと思いますか。
 これからも安倍内閣への支持を続ける50〈19〉
 安倍内閣への支持を続けるとは限らない44〈17〉

◇(「支持しない」と答えた41%の人に)これからも安倍内閣を支持しないと思いますか。安倍内閣を支持するかもしれないと思いますか。
 これからも安倍内閣を支持しない62〈25〉
 安倍内閣を支持するかもしれない30〈12〉

◆今、どの政党を支持していますか。政党名でお答えください。
自民35(31)
民主10(9)
維新2(3)
公明3(4)
共産3(4)
次世代0(0)
社民1(1)
生活0(0)
元気0(0)
改革0(0)
その他の政党0(0)
支持政党なし40(41)
答えない・分からない6(7)

◆9月に自民党の総裁選挙があります。今の総裁の安倍首相が無投票で再選されたほうがよいと思いますか。対立候補が出てきて、選挙戦があったほうがよいと思いますか。
 無投票で再選されたほうがよい19
 選挙戦があったほうがよい67

◆安倍首相に今後、どのくらいの間、首相を続けてほしいと思いますか。できるだけ長く続けてほしいですか。しばらくの間は続けてほしいですか。続けてほしくないですか。
 できるだけ長く続けてほしい15
 しばらくの間は続けてほしい46
 続けてほしくない29

◆今の国会に提出された安全保障関連法案についてうかがいます。集団的自衛権を使えるようにしたり、自衛隊の海外活動を広げたりする安全保障関連法案に、賛成ですか。反対ですか。
 賛成 30(29)
反対 51(57)

◆安倍政権は安全保障関連法案を、今開かれている国会で成立させる方針です。この法案を、今の国会で成立させる必要があると思いますか。今の国会で成立させる必要はないと思いますか。
 今の国会で成立させる必要がある20(20)
 今の国会で成立させる必要はない65(69)

◆安倍首相が発表した戦後70年の首相談話についてうかがいます。安倍首相の戦後70年談話を評価しますか。評価しませんか。
 評価する 40
評価しない 31

◆戦後70年談話は、過去の戦争について日本が「痛切な反省と心からのおわび」を表明してきたことに触れて、「歴代内閣の立場は、今後も揺るぎない」と表明しています。このことは適切だったと思いますか。適切ではなかったと思いますか。
 適切だった54
 適切ではなかった20

◆戦後70年談話は、「戦争には何ら関わりのない世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」と主張しています。この主張に共感しますか。共感しませんか。
 共感する 63
共感しない 21

◆戦後70年談話は、中国や韓国との関係によい影響を与えると思いますか。悪い影響を与えると思いますか。どちらもないと思いますか。
 よい影響を与える11
 悪い影響を与える17
 どちらもない59

◆原子力発電所の運転再開についてうかがいます。鹿児島県にある九州電力川内原発が運転を再開しました。川内原発の運転再開はよかったと思いますか。よくなかったと思いますか。
 よかった 30
よくなかった 49

◆川内原発のほかにも原発の運転を再開することに賛成ですか。反対ですか。
 賛成 28
反対 55

◆原子力発電を今後、どうしたらよいと思いますか。(択一)
 ただちにゼロにする16
 近い将来ゼロにする58
 ゼロにはしない22

     ◇

 〈調査方法〉 22、23の両日、コンピューターで無作為に作成した番号に調査員が電話をかける「朝日RDD」方式で、全国の有権者を対象に調査した(福島県の一部を除く)。世帯用と判明した番号は3801件、有効回答は2000人。回答率53%。


この世論調査が私のところにきたと仮定して回答してみます。

>◆安倍内閣を支持しますか。支持しませんか。
支持します。

>◇それはどうしてですか。
首相が安倍さん、だからです。

>◇(「支持する」と答えた38%の人に)これからも安倍内閣への支持を続けると思いますか。安倍内閣への支持を続けるとは限らないと思いますか。
支持し続けるとは限りません。

>◆今、どの政党を支持していますか。政党名でお答えください。
支持政党はありません。

>◆9月に自民党の総裁選挙があります。今の総裁の安倍首相が無投票で再選されたほうがよいと思いますか。対立候補が出てきて、選挙戦があったほうがよいと思いますか。
選挙戦があった方が、野次馬的な意味で面白いと思っています。また、9月の選挙で敗れても、将来の総理候補の政見をじっくり聞きたいという思いもあります。

>◆安倍首相に今後、どのくらいの間、首相を続けてほしいと思いますか。できるだけ長く続けてほしいですか。しばらくの間は続けてほしいですか。続けてほしくないですか。
「できるだけ長く」や「しばらくの間」では、回答者によって思い描く長さが異なります。具体的な訊き方をすべきです。例えば、「東京五輪まで」とか「日本開催のサミットまで」とか、いった具合です。
あえて回答すれば、安倍首相を支持しているので、「できるだけ長く続けてほしい」となります。

>◆今の国会に提出された安全保障関連法案についてうかがいます。集団的自衛権を使えるようにしたり、自衛隊の海外活動を広げたりする安全保障関連法案に、賛成ですか。反対ですか。
賛成です。

>◆安倍政権は安全保障関連法案を、今開かれている国会で成立させる方針です。この法案を、今の国会で成立させる必要があると思いますか。今の国会で成立させる必要はないと思いますか。
今国会にこだわる理由は持っていません。

>◆安倍首相が発表した戦後70年の首相談話についてうかがいます。安倍首相の戦後70年談話を評価しますか。評価しませんか。
評価します。

>◆戦後70年談話は、過去の戦争について日本が「痛切な反省と心からのおわび」を表明してきたことに触れて、「歴代内閣の立場は、今後も揺るぎない」と表明しています。このことは適切だったと思いますか。適切ではなかったと思いますか。
将来の内閣の立場まで言及するのは、問題を感じます。

>◆戦後70年談話は、「戦争には何ら関わりのない世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」と主張しています。この主張に共感しますか。共感しませんか。
共感します。

>◆戦後70年談話は、中国や韓国との関係によい影響を与えると思いますか。悪い影響を与えると思いますか。どちらもないと思いますか。
中国と韓国の関係は、どういうものがよい関係なのか、人によって考えは違うので難しい設問です。村山談話だって、中韓との関係にとってよい影響があったのかと問われると、色々な意見があると思います。
短期的にはいがみ合いがなくなる可能性が出てきたという意味で、「よい影響を与える」にしておきます。

>◆原子力発電所の運転再開についてうかがいます。鹿児島県にある九州電力川内原発が運転を再開しました。川内原発の運転再開はよかったと思いますか。よくなかったと思いますか。
なんともいえません。原発事故は怖いですが、地球温暖化だって怖いです。

>◆川内原発のほかにも原発の運転を再開することに賛成ですか。反対ですか。
十分な安全が確保されるなら賛成です。

>◆原子力発電を今後、どうしたらよいと思いますか。(択一)
代替エネルギーが十分に普及する目処がついたらゼロにすべきだと思います。
ところで、「遠い将来ゼロにする」という選択肢がないのは何故でしょうか?

【時事問題】若者のデモ

8月24日朝日新聞朝刊に「若者発デモ、悩んで学んで」という記事が載りました。

 上智大1年のXXXXさん(19)は23日、東京・青山で行われた学生団体「SEALDs(シールズ)」のデモの最前列で横断幕を手に声をあげていた。お気に入りの青いワンピース姿。SNSに載せるデモの写真をスマホで何度も撮った。「沿道の人も興味を持ってくれていた。いい雰囲気だった」
 6月下旬の誕生日、「何か特別なことを」と思い立ち、1人でデモにでかけた。高校時代から続けるモデルの仕事と勉強で忙しい毎日だったが、大学の授業で「集団的自衛権の行使容認はカトリックの教えに反する」と聞き、法案が気になり始めていた。
 国会前で配られた「9条壊すな」のプラカードを持って「自撮り」した写真をツイッターに載せると、リツイートの数に驚いた。
 参加を重ねるうちに、周囲から「モデル活動のイメージダウンになる」と止められ、迷ったこともあった。だが、今は「考え方も含めて憧れられるモデルを目指せばいい」と覚悟を決めている。
 岩手大3年のYYYYさん(21)は、深夜バスで約7時間かけて上京し、この日のデモに参加した。
 法案には反対だが、政治を語る機会がない。そんな中でSEALDsを知り、「若者が声を上げてもいいんだ」と衝撃を受けた。
 衆院特別委で法案の採決が強行された7月15日、初めて国会前に。「安倍を倒せ」というコールには「ちょっと過激だな」と違和感もあった。「分かりやすい表現に流されて大事なものが見えなくなるのは嫌だ」。法案反対は変わらないが、冷静な視点も忘れたくないと思っている。
 東京都渋谷区の女子短大生(20)はこの夏、悩み続けた。7月、初めてデモに参加したとSNSに投稿すると、知らない人から「バカか」「洗脳されてる」と罵声が飛んだ。もっと怖かったのは、いつも「いいね!」をくれる友達の沈黙。2度目に踏み出せなくなった。
 衆院通過時の熱気をテレビで見ながら、「どうせ通るなら意味がない」という冷めた自分と、涼しい部屋でゴロゴロしているのを恥じる自分が交錯した。8月に入り、再び、恐る恐る足を運ぶようになった。
 この日は列の後方で参加。初めて来たという女子大生(20)とLINEのIDを交換した。新しい友達に勇気をもらい、デモの写真をまた投稿してみようと決めた。「批判されてもいい。届く相手がいるかもしれないから」
 この日のデモは、東京都内の大学に通う学生らを中心につくる「SEALDs」の呼びかけに応じ、全国の大学生や高校生、ママ世代などが一斉に行動を起こした。SEALDsによると、北海道から沖縄まで、小さな町も含め64カ所で抗議行動が行われた。
 京都市中心部では、関西圏の学生らでつくる「SEALDs KANSAI」が主催。約1800人(主催者発表)が参加した。福岡・天神では母親らでつくる「ママの会@福岡」など3団体がデモをした。(伊木緑、後藤遼太、市川美亜子)


注)一般人の本名は引用時に伏せ字にしました。

前提として私は安保法制には賛成しています。しかし、その意見とは別にして、若者が自分の意見をもってデモなりなんなりの政治的主張をすることには、むしろ微笑ましいと感じています。

意見自体は年齢とともに変わっていくかもしれませんが、その当時信じたことを表現したということは、決して恥ずべきことではありません。

ただ、一つ覚えていてもらいたいのは、国会前のシュプレヒコールに感じた違和感です。運動に没入するのではなく、自分の思考・感覚をずっと保持していって欲しいと思います。それをしないと、運動体に絡めとられてしまい、自分の意見と組織の意見の区別がつかない人間になってしまいます。

【朝日新聞】天声人語:8月23日

8月23日の天声人語です。入試問題によく出ると評判のコラムです。

聞くと見るとでは大違い、ということが往々にしてある。好例が、国会の審議の中継をテレビで聞くのと、実際に議場に足を運ぶのとの違いだ。どんなにヤジが飛んでもテレビなら質疑応答の内容がわかる。議場ではかき消されて全く聞こえない場合がある▼本会議を傍聴に行って、あまりの騒がしさに耳を疑った。そんな投書が数年前の本紙声欄にあった。「ヤジは国会の華」というが、もってのほかだ、と。この方は、ぜひ皆さんにも傍聴を勧めたい、と書いていた。同感だ▼いかなるヤジも許されないとは思わないが、一国の総理が不規則発言を重ねるのには驚く。5月に「早く質問しろよ」と言い放って陳謝した安倍首相が一昨日、また失態を演じた▼テレビの映像を見ると、首相は「まあいいじゃない、それくらい」と言っている。安保関連法案の参院審議で、中谷防衛相の間違いを民主党の蓮舫議員が指摘したのに対する言葉である。委員長の注意を受け、首相は撤回した▼前回の時にも批判されたように、政府は国会に法案を提出し、審議を「お願い」する立場だ。にもかかわらず国民の代表たる国会議員を見下すかのような態度を取る。それは国民を見下すことに他なるまい▼首相は2月にも日教組をめぐるヤジを飛ばし、謝罪に追い込まれた。二度あることは三度ある、を地で行っている。「憲法違反」の安保関連法案に対する反対はますます強まるのではないか。その声は心ないヤジなどでは決してかき消されまい。


国会のヤジがいけないのは、ヤジで質疑応答が聞こえない、からというもっともな理由を挙げています。『「ヤジは国会の華」というが、もってのほか』というのも賛成です。しかし、理由もなく「いかなるヤジも許されないとは思わない」というのが分かりません。

入試問題で、『筆者が「いかなるヤジも許されないとは思わない」と考えた理由を答えなさい』というのが出たらどうしましょう。

“自民党へのヤジのように、良いヤジもあるから”と答えればいいのでしょうか?

【映画】ジュラシック・ワールド

過去のシリーズはすべて観ています。このシリーズは一般に、特撮は素晴らしいが中身がないと酷評されているようですが、私も同意見です。

今作も、シリーズの伝統にのっとり、特撮の素晴らしさと無内容さに驚かされます。

大暴れした翼竜はいつのまにかどこかに消えてしまいましたし、両親が離婚の危機にあるという伏線はまったく回収されていません。編集で入らなかったから切ったのでしょうか?

また、組織の責任者が職場を放り出して甥っ子の救出に向かったり、トップがノリノリでヘリを操縦して現場に突入したり、とパークの組織運営はいい加減です。いい加減な組織というのはいくらでもあるのだから、映画に登場しても構わないのですが、この場合はあきらかに作劇上の都合でそうしています。

新型恐竜は、ケージから抜け出したと見せかけ、門が開くのを待つという頭脳プレイをみせます。しかし、この段階では新型恐竜にはGPSが埋め込んでありました。人間側が冷静に対処すれば、ケージ内に潜んでいることは分かったはずです。新型恐竜の知能の高さより、人間の知能の低さに吃驚です。

かくのごとく内容はボロボロです。しかし、特撮はそれを補うくらい素晴らしいです。大画面で見る価値大です。

【朝日新聞】(私の視点)世界遺産 政治色見せれば信頼失う

8月21日朝日新聞朝刊オピニオン欄。元ユネスコ本部世界遺産センター研修員・田中俊徳氏の「世界遺産 政治色見せれば信頼失う」より

(略)
  本来、世界遺産登録の可否は、世界文化遺産はイコモスが、世界自然遺産はIUCN(国際自然保護連合)がそれぞれ現地調査をして出す勧告(登録、情報照会、登録延期、不登録)を踏襲するのが通例だ。それがロビー活動のように公開性の低い政治活動によって覆されることが続けば、世界遺産条約そのものの信頼性を失いかねない。
 この条約は危機に瀕した文化遺産や自然環境を保護するために締結された。しかし世界遺産の知名度が劇的に向上し、観光振興の側面が強調されるなどした結果、選考が政治色を増すという事態に陥っている。
 目立つのは、登録延期勧告を覆そうという過度なロビー活動だ。昨年の世界遺産委員会では、延期勧告を受けた14件中9件が、その後登録されている。
 実はこうした傾向が始まったのは、2007年に登録延期を勧告された日本の石見銀山がその年に「逆転登録」されて以降だ。ユネスコで影響力を持つ日本がロビー活動を行ったこと、諮問機関の延期勧告を覆して登録された例が実質的に初めてだったことなどから、イコモスやユネスコの職員の間では苦い記憶となっている。
 日本はその後「政治」を持ち込むことを極力避けるようになった。08年の平泉の登録延期や13年の鎌倉の不登録勧告を受け入れたのもその表れと言える(平泉は11年に登録)。
 登録を勝ち取るために自国政府が支援することは当然と考える人は多いだろう。だが、科学的客観性に基づく勧告を覆そうと政府が動くことは、世界遺産条約の根幹である信頼性を損なうことになる。本来の目的を達するためにも、また持続的な制度運営を行うためにも、可能な限り政治色を減らすよう各国に自省と自制を求めたい。今回の問題はその警鐘とすべきだ。


過剰なロビー活動は、世界遺産の信頼性を損なうので、各国政府に自重を促しています。

最近になって世界遺産登録は、村おこしの拡大版と化している雰囲気を感じます。世界でどうなっているかはよく知りませんが、日本ではそうなっています。上野に行くと、国立西洋美術館の世界遺産登録をめざすのぼりを見ないときはありません。ちょっと関係者の熱意が高すぎる気がしています。

したがって、田中氏のいうことも分からなくはありません。しかし、各国政府に要請する前に、ユネスコなりイコモスなりの関係者すべてが、不当なロビー活動をはねつけるという姿勢を示すことが肝心です。はねつけていれば、やがて誰もが、ロビー活動をしても無駄と悟るはずです。

それをしないで、各国政府に要求するのは順序が違うと思います。

【朝日新聞】投書:「恋人いないの?」やめてほしい

8月19日朝日新聞の投書欄。毎週載っている「どう思いますか」のコーナー。一つの投書への反響の投書を紹介するコーナーです。

今週は、群馬県のアルバイトの男性(38)の『「恋人いないの?」やめてほしい』が元の投書です。

 若者や独身で恋人のいない人に「なぜいないの? いないならなぜ作らないの?」と聞くテレビ番組などがありますが、大きなお世話だと思います。確かに少子化の進行は深刻ですが、その責任をすべて結婚しない人、できない人に押しつけるのは少しおかしいのではないでしょうか。
 街頭インタビューなどで「なぜ恋人を作らないのか理解できない」と言う人がいます。しかし、日本社会と経済が右肩上がりの時代には格差が少なく、今よりも簡単に恋人ができ、結婚できたのではないでしょうか。ところが格差が広がった今は、女性が男性に求める条件は収入面を中心にシビアになっている気がします。
 そのために「モテ格差」も激しくなっています。親しい女性が複数いる男性がいるかと思えば、恋愛と縁がなくて「自分はどうせ……」と諦めている男性もいます。
 今の時代は価値観も複雑で、様々なデリケートな事情を抱えて生きている人がいることも踏まえてほしいものです。
 (7月7日付掲載の投稿〈要旨〉)


経済的理由で結婚や恋愛をしないというのはやや疑問を感じます。日本の社会は今より貧乏な時代はいくらでもありました。それでも庶民は結婚をして子供を産み育てていました。「貧乏人の子沢山」とか「一人口は食えぬが二人口は食える」とかいうことわざもあるくらいです。

しかし、「大きなお世話」というのは実に、もっともな意見です。少子化の責任を個人に押し付けるのはおかしい、という意見にも同意します。

これに対する一般人の反応と。中央大学教授の山田昌弘氏の意見が載っています。

まず、千葉県の大学生の女性(20)は元の投書に同意しています。『個々の事情や価値観も多様です。「ある年齢になればこう思うものだ」という決めつけは、思慮に欠けます。』というのは、実にもっともな見解です。

兵庫の会社員の男性(48)は、「好きな人が現れたら勇気を振り絞ってアタックして下さい。大事なのは失敗してもくじけないことです」とアドバイスしています。元の投書の、大きなお世話は止めてくれ、と言う意見をまるで聞いていません。

愛知県の会社員男性(53)は、独身者が「面倒だから」「一人の方が気楽だから」などと返答するのは、「心の奥では恋人や家庭を持ちたいとひそかに思っている人が案外多いのではないだろうか」としています。

正しいのかもしれません。しかし、独身者が本音を語っている可能性もあります。真摯に他人の話を聞くのであれば、当座は本心を喋っていると考えるべきです。疑うのは疑うに足る根拠がなければいけません。

山口県の会社員の女性(48)は、「経済的格差があるから結婚も恋愛もできないというのは、ただの刷り込みかもしれませんよ」と指摘しています。この点は同意します。しかし、貧乏でも結婚すべき、恋愛すべき、というのもまた刷り込みかもしれません。

山田昌弘・中央大教授(家族社会学)の意見は全文引用します。

 欧米では、恋人の有無を聞くとき「恋人がいなければ紹介するよ」という意味が含まれています。でも日本では、聞かれた方は人物評価の対象になっているように感じがちです。だから嫌な気持ちを抱く人がいるのは分かります。
 日本でもバブル時代には男女交際が活発でした。将来の経済生活に不安を抱くことなく、多くの人が恋愛を楽しめました。バブルがはじけ、経済的理由による恋愛格差が言われるようになりました。それで「婚活」という言葉を作りましたが、現在の女性はさらに男性の経済力を重視して、交際をためらっているように見えます。
 それほどリッチでなくとも、お互いに楽しく生活できるパートナーになれると思います。もっとロマンスを楽しめる社会になればいいと思います。


欧米の習慣は知りませんが、日本で恋人の有無の確認は人物評のためと捉えられているのはなんとなくわかります。そこまでは同意しますが、「もっとロマンスを楽しめる社会」にならなければならない理由が分かりません。なぜ、このような恋愛至上主義を疑いもなく信じられるのか不思議でなりません。

以上、元投書の言っている、「様々なデリケートな事情を抱えて生きている人がいることも踏まえてほしい」というのが正しい、と考えます。

【朝日新聞】「戦場のトラウマ」について

8月18日朝日新聞朝刊の戦後70年特集は、戦場のトラウマについてでした。日本での戦争神経症(トラウマ)は、下士官と兵士に集中していて将校での発症はすくないそうで、その原因はなんであろうかという論考が載っています。

それによれば、日本軍は上下関係が厳しかったために、将校は自分で手を汚したという意識が育ちにくかった、というものです。

よく分からない考察です。アメリカの将校だって兵士に命令して「手を汚させている」はずです。であるから命令した、という事実に苦しんでいるんじゃないでしょうか。日本の将校だって命令して「手を汚させている」わけです。上下関係が厳しいということは命令する側の権力が大きかったということですから、むしろ日本の将校の方がトラウマに苦しんでもよさそうです。

そこまではともかく、取材はさらに進みます。

(略)
 防衛大教授、河野仁(54)の研究によれば、道徳的葛藤から逃れられないのは「戦えない軍隊」。非人間的な軍隊こそ「精強な軍隊」。「この論理を究極的に推し進めたのが日本軍だった」(著書「〈玉砕〉の軍隊、〈生還〉の軍隊」から)
 特攻、玉砕、様々な加害行為。味方の命も敵の命も軽んじたのは、その結末だったのだろうか。
 その問いを、軍事心理学を研究するドレクセル大学教授、エリック・ジルマー(59)にぶつけた。
 「人は集団になれば、個人ではできないことをするものです。結びつきが強ければ、仲間のために死ぬ。非人道的なこともする」
  「集団が結束するのは、その集団に愛情を、外部に憎しみをもつ時。ヒトラーはユダヤ人を、米国は共産主義やテロリストを利用して国民をまとめた。人間の心理は同じです。日本は島国で歴史が長く、まとまりやすい条件はあるけれど」
 ジルマーは、日本社会を一人の人間にたとえて話し出した。「日本はまだ、戦争のトラウマを癒やすプロセスを終えていない」というのである。米国も奴隷制のトラウマが癒えないままだと、日本が特殊ではないことを強調しながら。
 言わんとするのは、こういうことだ。
 日本軍の加害に触れた時、日本では激しい論争が起きる。いまだに過去のこととして、冷静に議論するのが難しい。それは心の傷が、触れれば痛い状態のまま残っているからだ――。
 心に傷を負った人はしばしば、その体験を思い出すのを避けようとする。PTSDの治療では、あえて体験に向き合い、話す手法が用いられる。言葉にすることで気持ちが整理され、癒やしにつながる。
 それと同じ作業が要るとジルマーは説く。
 「戦地での体験を語り、聞く。戦争とは何かを研究する。『先祖は悪いことをした。けれど先祖が悪い人なのではない。どの国でもいつの時代でも、同じ条件がそろえば同じことが起こりうる』。そう整理がつけば、過去を受け入れ、将来へと歩むことができる」
 そうしてトラウマを癒やさなければ、戦争から平和への移行は完了しないとジルマーは言った。


集団でもトラウマが発症するという説です。こうした説が定説になっているのかどうかは知りませんが、信じがたいです。

日本軍の加害に触れた時、日本では激しい論争が起きる」のは、普通に考えてトラウマを癒していないからではなく、意見が割れているからであり、過去の評価の結果が現在に影響を与えると予想されるからです。

米国では奴隷制についての“トラウマが癒えない”とのことですが、原爆投下については、極少数の異論はあるものの、激しい論争なんか起きていません。これは米国がトラウマを癒したわけではなく、意見が割れていないからに過ぎません。

個人の精神の問題を安易に集団に適用して語るのは間違っていると思います。

【言葉】挑戦

8月18日朝日新聞の投書欄に高校の国語教師(54歳、女性)の投書が載りました。

(略)
 私は高校の国語の教師である。今回の談話では主語や指示語の内容が明確でなく、今後、拡大解釈を可能にしてしまう言い回し等に違和感を覚えた。だが違和感どころか、どうしても納得のいかない思いを抱いたのが、「挑戦」という言葉の使い方である。日本が侵略や植民地支配へと突き進んだ事実を、「国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした『新しい国際秩序』への『挑戦者』となっていった」と表現している。
 言うまでもなく、「挑戦」の語意は「危険や失敗を恐れず、困難な事に立ち向かうこと」だ。私も常日頃、クラスの生徒たちに学級通信を通して「何ごとにも挑戦しよう」と呼びかけている。日本の過去の過ちを「挑戦」という言葉でくくってしまってよいものか。それを挑戦というなら、犯罪者もテロリストも「秩序への挑戦者」ということになってしまうだろう。
 未来を生きる若者たちに、今後、真の挑戦者であってもらうためにも、談話の中の「挑戦」という言葉を撤回してもらいたい。


70年談話への批判は色々ありますが、今回は、「挑戦」という言葉を悪い意味で使ったのがけしからん、というものです。

しかし、“挑戦的な態度”、“怪盗からの挑戦状”、“「立憲主義」への挑戦”など「挑戦」という言葉を否定的な意味で使う例はいくらでもあります。

ウルトラQの第19話の副題は「2020年の挑戦」でした。この副題の意味は判然としませんが、肯定的な意味だとは思えません。

広辞苑で「挑戦」を引いてみますと

たたかいをいどむこと。「---状」


とありました。投書子のいうような、「危険や失敗を恐れず、困難な事に立ち向かうこと」というのは、意味の一面だけを見ています。

「挑戦」は良い意味にも使われますし、悪い意味にも使われます。

私からすれば、犯罪者やテロリストを「秩序への挑戦者」と呼ぶことになんのためらいも感じません。

国語教師の投書としてはおそまつな意見です。

【本】AIIB不参加の代償

著:右田早希

著者は「二十五年以上にわたって日中間を行き来し、日中の最前線を追っている。中国の政財界に知己が多く、中国の政治・経済・外交に精通している。」そうです。

しかし、生年も職業も学歴もなにもかも分かりません。ネットで見つけた噂ではある人物のペンネームらしく、この本のために作った仮名とのことですが、無名の市井の人が書いたのと変わりません

ジャーナリストが、「私がインタビューした中国政府のある高官によれば・・・」と書いたら、どの程度かは分からないにせよ実際に“高官”にインタビューをしたんだなと信じられます。しかし無名の人が同じことを書いても信頼性はゼロです。捏造の可能性だって疑えます。

学者が、外国政府の行動の背景を分析したのなら、その人の実績によっては信頼を得られるでしょう。しかし市井の人が言っても、ただの想像だとしか思えません。

もちろん、背景が不明の無名人の本が全てダメと言っているのではありません。論理がきちんとしていれば評価できます。

しかし、この本はダメです。P185から、一例をあげます。

安倍首相は4月20日に、BSフジお番組に出演して、AIIBについて再び毒づいた。
「高い高利貸しからお金を借りた企業は、たとえその場しのぎとしても、未来を失ってしまう。参加を表明している主要7カ国(G7)も、基本的に同じ懸念を持っている」
AIIBを「悪い高利貸し」と罵ったのである。百歩譲って、安倍首相の主張が正しいとしても、ヨーロッパの先進4カ国は、そのような懸念を抱いているからこそ、中に入って変えていかねばならないと判断したのである。
日本でも、ダメな与党が政権を運営していたら、野党は国会の場で与党を糺すものだ、野党が国会審議を拒否して、いくら街頭で与党を批判してみても、国民の支持は得られない


ヨーロッパの4カ国は、「中に入って変えていかねばならないと判断した」と断定できる根拠がありません。著者の想像に過ぎないのではないかと思います。

日本の野党は日本内部の存在で、政権をとってその党が良いと考える政策を実行することを目的としています。日本はAIIB内部の存在ではありません。参加するかしないか、という議論の段階です。日本の野党とAIIBにおける日本の立場が全く違うということが分かっていません。

この本は、無名という直接的反論を回避した上で、中国政府の言い分を垂れ流しています。いくら悪評があがっても、評価が落ちるのは「右田早希」なるよく分からない人物だけという仕組みです。

AIIB自体、最近聞かなくなりましたし、中身はダメダメなので読む必要はないと思います。

【朝日新聞】社説:戦後70年の安倍談話 何のために出したのか

8月15日朝日新聞の社説「戦後70年の安倍談話 何のために出したのか」は、70年談話への批判一色です。意味のある批判なら耳を傾ける価値はありますが、これは難癖レベルの批判でした。

 いったい何のための、誰のための談話なのか。
 安倍首相の談話は、戦後70年の歴史総括として、極めて不十分な内容だった。
 侵略や植民地支配。反省とおわび。安倍談話には確かに、国際的にも注目されたいくつかのキーワードは盛り込まれた。
 しかし、日本が侵略し、植民地支配をしたという主語はぼかされた。反省やおわびは歴代内閣が表明したとして間接的に触れられた。
 この談話は出す必要がなかった。いや、出すべきではなかった。改めて強くそう思う。
(略)
 それにしても、談話発表に至る過程で見せつけられたのは、目を疑うような政権の二転三転ぶりだった。
 安倍氏は首相に再登板した直後から「21世紀にふさわしい未来志向の談話を発表したい」と表明。村山談話の歴史認識を塗り替える狙いを示唆してきた。
 そんな首相の姿勢に中国や韓国だけでなく、米国も懸念を深め、首相はいったんは閣議決定せずに個人的談話の色彩を強めることに傾く。
 それでは公式な政府見解にならないと反発した首相側近や、公明党からも異論が出て、再び閣議決定する方針に。節目の談話の扱いに全くふさわしくない悲惨な迷走ぶりである。
 この間、国内のみならず欧米の学者も過ちの「偏見なき清算」を呼びかけた。世論調査でも過半数が「侵略」などを盛り込むべきだとの民意を示した。
(略)


“キーワードを入れろ入れろ”と要求して、実際にキーワードが入ったのですから、素直に評価すべきです。それを、主語がどうの、間接的表現がこうのと、言っていなかったことで文句を言うのは間違っています。

朝日新聞が社論を持つのはかまいません。政治がその社論に反することをしたのなら批判していいですし、沿ったことをしたのなら評価すべきです。

今回の談話は、少なくとも朝日新聞が事前に設定したハードルはクリアしています。それでもなお批判するとなると、理由があって安倍政権を批判しているのではなく、嫌いだから批判しているとしか受け取れません。

公明党や野党、外国の学者や世論調査を入れて、朝日の社論に近い形でまとまった談話を、「目を疑うような政権の二転三転ぶり」と評するのも同じです。

仮に、首相が周囲の意見を容れずに安倍色の強い談話にしたら、一部は熱狂的に支持するものの、朝日新聞は大批判をしたはずです。つまり安倍政権の行動を見て批判しているのではなく、初めから批判するべきものと決めていたとしか思えません。

要するに、難癖です。

【朝日新聞】元駐日英国大使ヒュー・コータッツィ氏の傲慢

8月15日朝日新聞朝刊。昨日の戦後70年談話への反応の中で、否定的な立場のものは、私には難癖レベルとしか思えないものばかりでした。その中で、突出していたのは、元駐日英国大使・ヒュー・コータッツィ氏のものです。

 談話は、歴史的事実を正しく認識しておらず、とても失望した。
 日露戦争がアジアやアフリカを勇気づけたなど、ばかげている。記述は、歴史上の事実をごまかそうとする試みに思える。日本が宣戦布告前に行った真珠湾攻撃は忘れられている。韓国の併合と植民地化は言及と後悔の言葉に値するのに、わずかしか触れられていない。
 談話には、日本が過ちを犯したという誠意のない告白ではなく、事実に真摯に向き合う姿勢を期待していた。歴史の解釈を変え、ごまかそうという安倍政権の歴史修正主義が垣間見え、非常に憤りを覚える。
 女性たちの名誉と尊厳が傷つけられたことや、元捕虜の苦しみに言及したこと、また村山談話を踏襲する「おわび」や「痛切な反省」の言葉が盛り込まれたことは評価する。安倍首相が、平和と民主主義に取り組むというこの談話を、うわべではなく、行動で示していくことが必要だ。


日露戦争がアジアやアフリカを勇気づけたというのを、単に「ばかげている」、と言うだけでは論になりません。

アジアやアフリカを勇気づけたという事実などない、というのであれば、当時のさまざまな証言を覆す必要があります。アジアやアフリカを勇気づけたのは正しくない行為だ、と言いたいのであれば、それは本音かもしれませんが、白人の傲慢にすぎません。

そもそも、日本人に噛み付く暇があるなら、自国が歴史でなしたことと、それに対して現在どういう態度をとっているかについて思いを致すべきです。

そうした謙虚さの欠片もない態度には驚かされます。

【時事問題】戦後70年談話

50年談話(村山談話)の場合は、区切りがいいので出す意味もあったでしょうが、60年とか70年とかいう区切りはピンと来ませんでした。しかも70年談話の場合、事前に談話を出すことを予告してしまったために、あっちを立てればこっちが立たずこっちを立てればあっちが立たず、の状態になってしまい、こんなだったら70年談話なんか出さなきゃいいのに、とさえ思っていました。

本日、かねてより話題になっていた戦後70年談話をテレビ中継で見ました。

思ったよりよい内容でした。中韓や野党の反応は見えませんが、これで非難してくるとしたら、非難する側の見識が問われることでしょう。お詫びが入りましたが、過度に自虐的になっていないように感じます。

これなら、国民の大多数が評価できる談話だと思います。

【朝日新聞】投書:「陸自演習の生徒見学は悪いのか」

8月12日朝日新聞朝刊。声(投書)のコーナー。一つの投書に対して賛否の投書を募るとう毎週の企画ですが、今週は「陸自演習の生徒見学は悪いのか」です。

元の投書は、ピアノ教師の女性(50)のものです。

 横浜市の市立中学校が陸上自衛隊の演習見学者を1年生に募ったところ、市民団体が中止を市教委に要請したという記事(6月26日朝刊)を読みました。
 中止要請文は「中学生は兵器の威力にだけ魅力を感じてしまうのではないか。そのような見学会への参加は公教育として避けなければならない」と指摘していますが、私はそれに疑問を感じます。
 本当に中学生は兵器の威力にだけ魅力を感じるのでしょうか。私は、逆に生徒たちは兵器の恐ろしさを感じ、戦争反対の気持ちが強まることもあるのではないかと思います。
 見学をきっかけに中学卒業までの2年半、平和について考えることができるかもしれません。そして、この経験が18歳からの選挙で候補者選びの参考になるかもしれません。
 生徒たちの無限の可能性を、大人の一方的な考えで摘み取ってしまってよいのでしょうか。
 (7月5日付掲載の投稿)


これに対して、59歳の無職男性、66歳の主婦、15歳の女子中学生、64歳の無職男性、そして早稲田大教授(教育社会学)・菊地栄治氏が意見を寄せています。(大学教授以外も新聞に実名を載せていますが、このBlogの方針として一般人は匿名にしています)

それぞれ賛否が分かれているようにも見えますが、本質的には同じ意見です。自衛隊の見学を許すのであれば、同時に、武器の恐ろしさ、戦争の怖さをしっかりと教育しなければならない、というものです。元の投書自体が、自衛隊の見学をすれば逆に戦争反対の気持ちが大きくなるから、賛成というものです。つまり、今週は、すべての投書が同じ意見です。

今回の投書についての私の意見を述べます。

まず、この企画は「見学者を募った」とあるので、自由参加だと考えられます。つまり、社会科見学のような強制参加の学校行事とは違うものだと思われます。したがって、参加不参加は、最終的には保護者の判断に委ねられます。

一律に全員参加、ということであるなら反対意見がでるのは分からないではありませんが、保護者が許可したものをどういう理由があろうと赤の他人が行かせない、というのは釈然としません。

また、自衛隊の素晴らしさを伝えようという陸自の発想も思想教育ならば、武器の恐ろしさを伝える「教育的配慮」とやらもやはり思想教育です。

投書子たちは自分の正しさを確信しているようですが、どちらの思想教育が正しいかというのを客観的に判断する方法はありません。空想的平和主義に陥らないために演習を見学し自衛隊の存在意義をしっかり認識すべき、という意見もそれはそれで成立する考えです。

学校行事ではない自由参加であるなら、参加不参加は保護者に判断させるのが妥当だと思います。

仮に強制的に参加させようというなら反対です。どちらの方向であっても集団に対して行う思想教育というものに対して、私は嫌悪感を覚えます。

【朝日新聞】天児慧氏の中国論

8月12日朝日新聞朝刊。早大現代中国研究所長・天児慧氏の『(聞く 安全保障法制:上)中国の戦略的意図、見極めよ』より。

中国の脅威を声高に言い軍事力の整備に走るのではなく、軍事以外の分野で日中の協力で安全保障をはかれ、との意見です。

(略)
 集団的自衛権の行使は可能性にとどめ、外交上の「カード」として将来に残しておいた方がいい。なぜなら、米国の軍事力はなお中国を大きく上回っており、中国内には根強い「日米同盟脅威論」があるからだ。日本は日米同盟の強化をうたうだけで十分な抑止力を得られるはずだ。日本が同盟強化にとどまらず、米国と組んで集団的自衛権を使う=攻撃する可能性を示せば、中国は必死に軍事力を強化するだろう。それでは、軍拡が軍拡を招く安全保障のジレンマに陥ってしまう。日本は中国の脅威をこれ以上強調すべきではない。
 大切なのは、まず東アジア全体で安全保障の枠組みをつくることだ。日米中の専門家や当局者らが話し合う「安保フォーラム」をつくり、定例化できないか。
 同時に、軍事力だけに頼らない安全保障政策も重要になる。日中は「戦略的政経分離」をめざすべきだ。貿易や人的交流で太いパイプをつくり、政治の緊張が両国関係の不安定化に直結しないようにする考え方だ。他の国も同じ対中戦略をとればいい。
 日中で協力できる分野はたくさんある。中国は「一人っ子政策」の反動で高齢化が急速に進み、社会保障の整備が大きな国内問題になっている。環境汚染はかなり深刻だ。省エネやリサイクルを伴う持続可能な経済政策が求められている。
 そこに日本の出番がある。環境技術だけでなく、そのシステムやノウハウごと中国に提供する。介護の分野では日本型のサービスや人材育成策を取り入れる動きもある。こうした協力の積み重ねが信頼関係の醸成につながる。
 習指導部は反腐敗運動で求心力を高めつつ、情報統制で国内を締め付けているが、かつてのように「反日カード」を共産党統治の正当化に使うことは難しくなっている。「爆買い」旅行客のような民間交流が進めば、日本を悪玉にしようとしても、現実は違うと国民に気づかれてしまう。そうしたボトムアップの流れも、今後の日中関係の大きな要素になるだろう。


集団的自衛権の法制化は将来のカードとしてとっておけ、というのは一理あるかもしれません。安全保障は軍事によるものだけではない、というのもその通りだと思います。

しかし、「日中で協力できる分野」といいながら、日本が中国に一方的に協力することだけを言っているのはおかしいです。

まるで、暴力男に殴られないように必死でつくす情婦のようです。情けないです。

そもそも、現在の中国政府をひいき目なしで客観的に見る限り、かの政府は他国に感謝するということを知りません。利用価値がなくなれば、“小国は黙って従え!”という態度に出ます。

また、『かつてのように「反日カード」を共産党統治の正当化に使うことは難しくなっている』そうですが、「かつて」というのをいつのことだかをはっきりさせないで論じても意味がありません。私には、現在も過去も普通に「反日カード」を使っているように見えます。

【朝日新聞】猛暑でも電力安定 太陽光発電、導入量10倍 節電効果、需要十数%減

 東京都心で7日、最高気温35度以上の「猛暑日」が過去最長の8日連続となるなど、各地で記録的な猛暑が続くなかで、大手電力各社は比較的余裕のある電力供給を続けている。すべての原発は止まったままだが、太陽光発電の普及や節電の定着で、真夏の電力不足の心配は遠のいている。
(略)
 余裕ができた背景には、電力供給の変化がある。
 東日本大震災後、安定した電力の供給源だった原発が止まったことで、電力各社は老朽化で止めていた火力発電所もフル稼働するなどして供給力を維持したが、夏場の電力需要のピーク時の供給には不安があった。だが、再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度(FIT)のもと、太陽光発電の導入量がこの5年間で10倍近くに急増。晴れた日に発電量が多くなる太陽光が夏のピークに対応し、電力供給の安定につながっている。
 一方で、夏のピーク時の電力需要も、震災前と比べて十数%ほど少ない。LED照明への切り替えなど、企業や家庭で節電の取り組みが広がっているためだ。
(略)
夏のピーク時の電力供給を補う存在になりつつあるのが太陽光発電だ。太陽光は天気に左右される不安定な電源とされるが、猛暑の日はまず晴れており、電力の供給面では頼りになる。天気が悪くなれば出力は落ちるが、その分、気温も下がって電気の需要も減る。
 太陽光発電協会の穂岐山孝司・広報部長は「夏の電力需要の動きにあった電源。同じ再生可能エネルギーでも風力発電とは違う特徴だ」と話す。
 2012年に再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度(FIT)が始まると、家庭用のパネルや、企業が電気を売る目的でつくるメガソーラーが一気に増えた。風力やバイオマス発電などと比べ、太陽光発電はパネルを設置するだけで始められ、電力の買い取り価格も高かった。
 国内の太陽光の導入量は、震災前の10年3月末に約280万キロワットだったが、15年3月末には約2700万キロワットと9・5倍に伸びた。実際の出力はその6~7割程度に下がると計算しても、増加分だけで原発十数基分ともいえる。
 電気を使う側の変化も進んでいる。
 電気事業連合会によると、大手電力10社の夏の最大電力の合計は、震災前はほぼ1億7千万~1億8千万キロワットだったが、震災後後、14年までは1億5千万キロワット台と十数%ほど減っている。その大きな要因が節電だ。
(略)


毎日暑い日が続いています。こう暑いと、震災直後のような電力不足がきになるところですが、8月8日朝日新聞朝刊の記事によると、このところ電力は安定供給されているとのことです。

原因の一つは、節電が進んだこと。「震災前はほぼ1億7千万~1億8千万キロワットだったが、震災後後、14年までは1億5千万キロワット台と十数%ほど減っている。」そうです。

もう一つは、太陽光発電の普及です。「震災前の10年3月末に約280万キロワットだったが、15年3月末には約2700万キロワットと9・5倍に伸びた。実際の出力はその6~7割程度に下がると計算しても、増加分だけで原発十数基分ともいえる。」とのことですので、およそ1割を太陽光でまかなっている計算です。

太陽光発電の供給が増えたのは、発電機が増えたことと、酷暑の影響の二つの理由があると思います。どちらがどれだけ寄与したのか、記事で分からないのは不満です。しかしながら、この暑さをエネルギーに変換できるというのは、それだけで全てをまかなえるわけではありませんが、ありがたいエネルギー源です。

意外と、太陽光発電が普及していることは、原発再稼動への賛否という立場に関わらず知っておくべきだと思いました。

【本】日本共産党と中韓

著:筆坂秀世 元日本共産党参議院議院・政策委員長

副題は「左から右へ大転換してわかったこと」とあるように、著者は日本共産党や共産主義に対して現在は批判的です。なぜ、こうした「転向」があったのかは、本書では分かりません。活動中から徐々に不信が募っていったようです。

日本共産党を軸とした戦後の政治史です。日本共産党に批判的ですが、不当に悪口を言っているということではありません。日本共産党の人や支持者がどう思うかは分かりませんが、私には客観的な立場に見えました。

ただし一箇所だけ、公平でないところがあります。チェニジアとパキスタンに日本共産党が訪問した後に、政権が崩壊してしまったことを紹介してから

不安定な政権は、日本共産党の訪問を警戒した方がよい。チェニジア、パキスタンの二の舞にならないために。(P103)


不安定な政権が日本共産党を歓迎したというだけであって、日本共産党が訪問したから政権崩壊したわけではないでしょうから、これはひどい悪口です。

日本共産党の中国との関係は面白かったです。しかし、韓国との関係はわざわざ章をつくるほどのことかと思います。軍事政権の韓国を日本共産党が批判していたって不思議でもなんでもありません。「中韓」というキーワードが入らないと売れない、というのが最近の出版事情なのかもしれません。

一方で、北朝鮮との関係という割と重要なテーマについては全く記述がないのは、残念ですし、不思議です。なにか事情があるのでしょうか。

【映画】脳漿炸裂ガール

あの“ネ申曲”、ボカロ史上初の実写映画化!』だそうです。私には、なんのことだかさっぱり分かりません。ただ、本屋に「脳漿炸裂ガール」という題名の文庫本シリーズが並んでいたので、大元はともかく、直接的な原作はこの本なのだと思います。

「デス・ゲーム」ものです。しかも参加者は女子高生です。しかしながら、驚くべきことに年齢制限がかかっていません。

ゲームに負けたり、逃げようとした女子高生は銃で頭を撃たれるシーンがわんさか出てきますが、血が流れないからか、全年齢OKになったようです。血が飛び散りませんが、“脳漿”ということになっている白濁した液体が、倒れた女子高生の頭部中心に撒き散らされます。間違いなく、精液をイメージしています。つまり、流血シーンがないことで全年齢鑑賞可にしておいて、より酷い絵になっています。

こうした既存の権威をあざ笑うあたりが、いかにもネット文化あがり、という感じがしました。

劇場内で見回しても、若者の率が高かったです。10代の女の子のグループ(中学生くらいだと思います)もいました。彼女たちは分かって観ているのでしょうか? 分かって観ているのだとしたらちょっと恐いです。

デス・ゲームの割には、ゲーム自体に魅力がありません。最初の檻からの脱出ゲームと、二番目の廊下のセンサー突破以降はサクサク進みます。途中のゲームほとんどダイジェスト映像です。しかも一番盛り上がった檻からの脱出ゲームは日本語がわからないと理解しづらいので、海外向きではありません。つまり、“クールジャパン”じゃ、ありません。

退屈せずに観ていましたが、冷静に考えればひどい映画でした。

【展覧会】エリック・サティとその時代展

於:Bunkamura

エリック・サティ(1866-1925)は、20 世紀への転換期に活躍したフランスの作曲家です。
サティは芸術家たちが集い自由な雰囲気をたたえるモンマルトルで作曲家としての活動を開始し、その後生涯を通じて芸術家との交流を続けました。
第一次大戦中より大規模な舞台作品にも関与し、パブロ・ピカソとはバレエ・リュスの公演《パラード》を、フランシス・ピカビアとはスウェーデン・バレエ団の《本日休演》を成功させます。また一方でアンドレ・ドラン、ジョルジュ・ブラック、コンスタンティン・ブランクーシ、マン・レイ、そして数々のダダイストたちがサティとの交流から作品を生み出していきました。
本展ではマン・レイによって「眼を持った唯一の音楽家」と評されたサティの活動を芸術家との交流のなかで捉え、刺激を与え合った芸術家たちの作品を通して、作曲家サティの新たな側面を浮かび上がらせます。


寡聞にして、エリック・サティという人を初めて知りました。場内でエリッ・サティの音楽を流していましたが、聞いた覚えはありません。

肝心のエリック・サティを知らないので、ピンとこない展覧会でした。

会場は空いていたので、楽に回れました。

8月30日までです。

【朝日新聞】五百旗頭真氏のインタビュー

8月6日朝日新聞朝刊オピニオン欄。政治学者・五百旗頭真氏のインタビューより。

(略)
 ――米国は、日本の指導者をどう見ているのでしょうか。
 「戦後ワシントンであつく歓迎された首相は、ことごとくアジアとの関係をうまくこなした人です。岸信介は57年の訪米前に東南アジアを回り、やっかいだった戦争の賠償問題に道筋をつけました。佐藤栄作も、訪米前にアジア・太平洋諸国を巡った。中曽根康弘は、就任直後に韓国を電撃訪問した。同盟の価値は、日本がアジアでよき世話役を務めているからこそ高まります。周辺国といがみ合ってばかりいると、米国が仲裁のコストを払わねばならない。いま日韓関係が悪いことが日米同盟にマイナスなのは、明らかです」
 「日本外交にとって、米国とアジアは二者択一ではありません。日米同盟は大変な資産であり、ますます大事にすべきですが、アジアをぞんざいに扱ってはいけない。20世紀の日本は、米中両国と戦争をして国を滅ぼしました。そこから学ばねばなりません。かつて私も参加した小渕恵三首相の諮問機関『21世紀日本の構想』懇談会は、東アジアにおける協力関係を一段と強化すべきだとして『隣交』を提案した。日米同盟+アジアの『隣交』です。中国とは少なくともけんかをしない、利益を共有できる関係を保つことです」
 ――日中間は、歴史問題が大きな障害となっています。
 「和解には相手があることですが、まずは、日本側がほんとうにすまなかったという思いを率直に表明することです。私たちにとって戦争は大昔かもしれませんが、侵略された側にとっては身近な過去なのです。そして、中国側が、戦後日本の平和的発展を評価し、『父祖の代は苦しんだが、いまのあなたたちの世代の責任ではないので、寛容な気持ちが持てる』という言葉を返せれば、戦後日本の平和的発展を評価すれば、ともに前に進めるのです」
 ――それは可能でしょうか。
 「第1次安倍政権から福田康夫政権にかけて、中国の指導者が、戦後日本の平和的発展を評価し、日本の開発援助に感謝を表明した時期がありました。その後またいがみ合いに戻ってしまいましたが、あの信頼関係を再構築せねばなりません」
(略)


五百旗頭真氏によれば「戦後ワシントンであつく歓迎された首相は、ことごとくアジアとの関係をうまくこなした人」とのことです。しかし、小泉元首相は中韓との関係が悪かったですが、当時のブッシュ大統領とは親密でした。安倍首相も中韓との関係が悪いですが、米上下院での演説をするという歓迎を受けています。

勿論、理論には多少の例外があります。しかし、現在の首相と、最近ではもっとも長命総理だった小泉氏の両方を例外扱いする理論は無理があります。

また、田中角栄元総理と、鳩山由紀夫元総理は、アジアとの関係は良好でしたが、田中元総理は、通説では米国に煙たがられていました。鳩山元総理は、あからさま馬鹿にされていました。

これらから考えて、米国と仲良くするにはアジアとの関係を良くしなければならない、という説は破綻しています。

ありていに言って、米国の言うことをよく聞いた政権が米国で歓迎されているだけのことだと思います。

また、日中間の現在のいざこざの原因が歴史認識問題にあるというのには首肯しかねます。最近の南シナ海でのやりたい放題を見る限り、中国は自国の利益のためには利用できるものは何でも利用する国だとしか思えません。お詫びをすれば日中が仲良くなれるというのはピントが外れていると思います。

【朝日新聞】ジョン・ダワー氏のインタビュー

8月4日朝日新聞朝刊のオピニオン欄。「敗北を抱きしめて」の米国の歴史家、ジョン・ダワー氏のインタビュー

  ――戦後70年を振り返り、日本が成したこと、評価できることは何だと考えますか。
 「以前、外務省の高官から『日本はソフトパワーを重視する』と聞かされたことがあります。日本車、和食、漫画やアニメ、ポップカルチャー。世界が賛美するものは確かに多い。しかし、例えばハローキティが外交上の力になるかといえば、違うでしょう。世界中が知っている日本の本当のソフトパワーは、現憲法下で反軍事的な政策を守り続けてきたことです」
 「1946年に日本国憲法の草案を作ったのは米国です。しかし、現在まで憲法が変えられなかったのは、日本人が反軍事の理念を尊重してきたからであり、決して米国の意向ではなかった。これは称賛に値するソフトパワーです。変えたいというのなら変えられたのだから、米国に押しつけられたと考えるのは間違っている。憲法は、日本をどんな国とも違う国にしました」
(略)
 ――現在のアジア情勢を見れば、米軍とのさらなる協力が不可欠だという意見もあります。
 「尖閣諸島や南シナ海をめぐる中国の振る舞いに緊張が高まっている今、アジアにおける安全保障政策は確かに難題です。民主党の鳩山政権は『東アジア共同体』構想を唱えましたが、それに見合う力量はなく、米国によって完全につぶされました」
 「だからといって、米軍と一体化するのが最善とは思えません。冷戦後の米国は、世界のどんな地域でも米軍が優位に立ち続けるべきだと考えています。中国近海を含んだすべての沿岸海域を米国が管理するという考えです。これを米国は防衛と呼び、中国は挑発と見なす。米中のパワーゲームに日本が取り込まれています。ここから抜け出すのは難しいですが、日本のソフトパワーによって解決策を見いだすべきです」
(略)


和食やアニメが日本の外交の力になるかといえば、確かにそれは疑問です。まったく無意味だとは言いませんが、市民レベルで日本の印象を良くすることができるかな、という程度です。

だからといって、憲法九条がソフトパワーだ、つまり外交上の有益な力になるというのも信じがたい説です。米中のパワーゲームに対して、和食やアニメが無力なのと同様に、憲法九条も無力だからです。「日本のソフトパワーによって解決策を見いだすべきです」などと言ってみても、解決策はありません。

なお、日本人は憲法を変えられたのに自分の意思で変えなかったじゃないか、というのは一理あります。しかし、だからといった米国の「押し付け」でなかった、というのは成り立ちません。

「押し付け」か否かは、憲法制定時の経緯の問題です。その後、多数の日本人が新憲法を支持したとしても、歴史的経緯は書き換えられません。

【朝日新聞】米の盗聴疑惑―徹底調査を要求せよ

8月4日、朝日新聞社説。「米の盗聴疑惑―徹底調査を要求せよ」より

 国家の主権が侵された疑いが濃い。米情報機関・国家安全保障局(NSA)が、日本の政府や企業を対象に盗聴をしていたとの疑惑が明らかになった。
 盗んだ情報などでつくられた機密文書の中には、日米の通商交渉に関するものもあったとされる。交渉を自国に有利に導こうとした疑念が拭えない。
 言うまでもなく、日米は同盟関係にある。疑惑が事実なら、信頼関係は地に落ちる。米政府は真摯に事実関係を調べ、説明しなくてはならない。
 日本政府の反応は鈍すぎる。少なくとも機微情報が流出したのは明らかなのに、外務省幹部は当初「知らない」「聞いていない」と繰り返した。米国への遠慮の表れではないか。
 日本政府は米国に徹底調査を求め、事実ならば謝罪と再発防止の確約をさせるべきである。
(略)
 米国による盗聴騒ぎは、頻発している。一昨年、ドイツのメルケル首相の携帯電話が長年盗聴されていた問題が持ちあがった。今年6月には、フランスのオランド大統領の携帯電話も盗聴されていたとわかった。
 両首脳とも怒り、オバマ米大統領に直接抗議した。米側は対応を約束したという。
 なぜ、同様の態度を日本がとれないのか。菅官房長官は「仮に事実であれば同盟国として極めて遺憾だ」と述べたが、独仏に比べ明らかにトーンが低い。
(略)


米国の盗聴に対して、独仏はきちんと抗議したのに、日本ははっきりしない。独仏なみに抗議すべきだ、という社説です。

抗議することを否定する気はありませんが、抗議したところで米国が盗聴を止めるとは思えません。調査を要求したって本当のことを全部話すとも思えません。したがって、抗議は形式的なものにしかなりません。

そんなことより重要なのは、盗聴されない対策です。同盟国の米国が日本の情報を盗んだという義理人情の面で傷つくのはあまりにもナイーブです。それより日本の情報管理が甘いことを反省すべきでだと思います。

【時事問題】自民・武藤議員の「自分中心」発言

8月4日朝の日新聞朝刊で自民党の代議士が安保関連法案に反対する学生たちを、「自分中心」「利己的個人主義」と批判したことを伝えています。

 自民党の武藤貴也衆院議員(36)=滋賀4区=が安保関連法案に反対する学生団体「SEALDs(シールズ)」について、自分中心で利己的な考えと非難する内容をツイッターに投稿していた。武藤氏の秘書は朝日新聞の取材に対し、本人が投稿したことを認めた上で、「話すことは特にない」としている。
 SEALDsは国会前で毎週、デモをしている学生たちの団体。武藤氏は7月末、「彼ら彼女らの主張は『だって戦争に行きたくないじゃん』という自分中心、極端な利己的考えに基づく。利己的個人主義がここまで蔓延したのは戦後教育のせいだろうと思うが、非常に残念だ」とツイートした。
 これに対し、「『戦争に行きたくない』という気持ちが『極端な利己的考え』と断罪される社会は、戦時中の日本そのもの」などのコメントが投稿された。
 武藤氏は安保法案について審議する衆院特別委員会のメンバーで、報道機関への圧力発言などが問題になった、自民党若手の勉強会「文化芸術懇話会」にも参加していた。


政府の説明によれば、今回の安保法制は戦争に参加しやすくするためのものではなく、戦争を起こさないためのもの、ということです。また、徴兵制につながるとの懸念に対しては明確に否定しています。

したがって、「戦争に行きたくない」という理由で法案に反対している学生に対しては、“むしろ戦争になりにくくなる”とか“徴兵制にしないから行きたくない人は行かなくてもいいんです”という説明や反論をすべきです。

それを、「自分中心」だの「利己的個人主義」だのと批判しては、逆に学生の主張が正しいということになってしまいます。

また、「戦争に行きたくない」と公言できるか出来ないかは、言論の自由を認めるか認めないかの問題であって、武藤氏も受けてきたはずの戦後教育が原因と考えるのは短絡的です。

こうした発言は、安倍首相の助けになるどころか足を引っ張るものだと言わざるをえません。

【朝日新聞】救い求めた日本、路上転々 難民申請中のアフリカ男性

8月4日朝日新聞朝刊。「救い求めた日本、路上転々 難民申請中のアフリカ男性」より

 公園に着いた30代の男性は、奥まった場所にあるベンチに腰を下ろした。夜空に、白く光る東京スカイツリーが見える。「眠りたいときは、ここ」
 アフリカの母国での迫害を逃れて、7月上旬に来日し、難民申請をした。しかし、頼れる知り合いはおらず、保護を求めてやって来たものの、住む場所すらない「ホームレス難民」となった。路上生活は、本国でも経験したことがない。
 自分や家族に危害が及ぶ恐れがあるため、出身国や本名は公表できないという。
 座ったまま前を見つめていた男性に、何を考えているのか尋ねた。
 「自分の人生のこと。そして家族のことだ」
 独裁政権下の母国で政治活動をしていた男性は、政権への抗議活動に参加し拘束された。2カ月間、目隠しされ虐待された。背中には傷が残る。支援者の手助けで、収容所を出た後はしばらく身を隠して、一緒に空港に向かった。
 「幸運を。私にできるのはここまでだ」。支援者から空港で受け取った航空券には、最終目的地が「NARITA」とあった。自分が日本に行くのだと、初めて知った。成田に着いたときの所持金500米ドル(約6万円)。間もなくホテルに泊まることもできなくなり、NGOの食料配給を受け取り、都内の数カ所を転々としながら夜を過ごす日々が始まった。
 日本では、難民として認定されるかどうか最終的な結果が出るまで、数年かかることが多い。公益法人が最低限の生活費を支援する仕組みもあるが、審査に時間がかかる。
 午前2時ごろ、男性はベンチで眠りについた。ひじ掛けに腕をのせたり、ひざの上に突っ伏したり、寝苦しそうに姿勢を頻繁に変える。
 朝4時ごろに目を覚ますと、また、まっすぐ前を見つめた。自分が日本で路上生活を送っていることがいまでも信じられず、つぶやいた。
 「これが私の人生か」
     ◇
 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、日本で難民申請して結果を待つ人は約9300人。
 日本政府が昨年、難民と認めたのは、11人だった。


本人が特定できないように逆光で撮った写真が添えられていて、「東京スカイツリーが見える公園で休む難民申請中の男性。木製のベンチの中央にはひじ掛けがあり、横になることはできない=7月、東京都内」との説明書きがついています。

まず驚いたのは、難民申請者が、保護というべきか監視というべきか分かりませんが、何の制約もなく日本国内を往来しているということです。本当に難民だったら可哀想ですし、難民に偽装した不審人物であれば大問題です。無害な難民であったとしても、職も金もなく過ごしていれば、なにかの犯罪に手を染めてしまう可能性もあります。記事は、難民の受け入れ数だけを他国と比較していますが、申請者が許可されるまでの過ごし方とか、許可された後の行政のサポートといった制度でも他国と比較検討して欲しいです。

自分や家族に危害が及ぶ恐れがあるため、出身国や本名は公表できないという」ことですが、本名を公表できないのは分からなくもありません。しかし出身国まで言えないというのは分かりません。国の名前を出したからといって、本人が特定できるはずもありません。むしろ、故国の問題を訴えるよい機会だと考えるべきです。記事があやふやで分かりにくいのですが、新聞記者にも国名と本名を伏せたようにもとれます。仮に記者にも言えないというのであれば、胡散臭いと思います。

木製のベンチの中央にはひじ掛けがあり、横になることはできない」というのは、あたかも日本が意地悪で、ひじ掛けを作っているみたいな書きっぷりですが、「眠りたいときは、ここ」と、このベンチを選んだのは本人です。中央にひじ掛けのないベンチくらい探せば他にあると思いますし、もともとベンチは横になるためのものではないですから、ひじ掛けがをつけることに行政の悪意を見つけるのは無理があります。

記事からは、とにかく“日本は悪い”、“日本は冷たい”と言いたいのは伝わりますが、伝えるべき必要な情報が欠けています。

【本】寝たきり老人になりたくないなら大腰筋を鍛えなさい

著:久野譜也

著者は筑波大学大学院教授。中高年の筋力トレーニング、健康政策を研究している学者です。

寝たきり老人になりたい人はいませんので、誰もが気になる書名です。

私は、自転車通勤をしていますので、それなりに運動している方だと思っていました。しかし、本書P157の筋力チェックをしてみたら、中級ですが初級に近い方、つまり中の下くらいのレベルでした。理由は本書を読めば明白です。自転車やウォーキングは有酸素運動でそれはそれで重要なのですが、それとは別に無酸素運動、つまり筋トレが必要でした。筋トレで筋肉を維持しないと、将来寝たきり老人だそうです。

筋トレの本は各種ありますが、いろいろなトレーニングが載りすぎていて、どれをやればいいのかわかりづらいのがほとんどです。一方、本書で指示しているのは、5つのトレーニングだけで、どれだけやればいいのか明示してあります。それも割りと緩めの量だけをコツコツ続けることを説いています。これなら、誰でも続けられそうです。というより、やらないと将来まずいことになりそうです。

真面目な学者の書いた本らしく、不安を煽り立てたりすることもなく、一貫して誠実さが伝わってきました。
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Author:えいび
日々の出来事、映画やアニメの感想です。

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