【朝日新聞】「萌える安全保障」

2月27日朝日新聞朝刊オピニオン欄。「耕論」のコーナーで「萌える安全保障」で、サブカルチャーにみる日本人の戦争感が論じられています。

論者は、声優の上坂すみれさん、ライターのマット・アルトさん、元海上幕僚監部広報室長の伊藤俊幸さん、の三人です。

「GATE」「ガールズ&パンツァー」「艦これ」のポスターが載せられています。この3作品が「萌える安全保障」の象徴ということでしょう。

まずマット・アルト氏の論を引用します。

(略)
 自衛官募集ポスターに「萌えキャラ」が使われている例もあります。こんな風に、自衛隊も、過去の戦争も、かわいいキャラクターと結びつけられるのは、戦後ずっと、日本人が身近に戦争を体験しなかったことが大きい。だから戦争と少女とを絡ませたファンタジーの世界をつくりあげることができる。戦争はファンタジーなのが現代日本なのです。
 ベトナムに始まって、中東やアフガンで戦争を続けてきたアメリカでは、残念ながら戦争は身近な現実です。だから戦争映画もシリアスだし、いま、若者に人気のゲームも銃を持って走り回って敵を倒すリアルな戦争体験ゲームです。その敵もイスラム教徒が多い。テロや自国の戦争を目にする若者にとっては、それが自然です。
 自衛隊の海外での活動範囲がこの先広がって、もし不幸なことに、自衛隊員の犠牲者が出たとしたら――。
 「艦これ」人気が今と同じように続くとは思いません。護衛艦「あたご」で僕が見た女の子のイラストなど、自衛艦で見ることはできなくなるでしょうね。戦争や紛争がファンタジーではなくなるのですから。


日本では戦争が現実でないから、戦艦の美少女擬人化などのように戦争をファンタジーとして捉えている。実際に自衛隊が戦争をすることになったら、このようなことはなくなるだろう、という意見です。

伊藤俊幸の意見も引用します。

(略)
 ゲームの世界では、殺したり殺されたり生き返ったりします。もし、自衛隊が実戦を経験したら、作れなくなると思う。ゲームの中だけならいいですが、SNSなどでゲームやアニメの感覚で戦争をとらえ、ファンたちが騒ぎ出すとどうなるかも心配です。こういう作品を作る人にこそ、きちっと軍事や安全保障を勉強して欲しいと思います。


マット・アルト氏の意見と同じことを言っています。

二人の考えには賛成できません。

「ガールズ&パンツァー」は確かに戦死者もけが人も出ません。しかし、それはこの作品の特徴であって、日本サブカルチャーに共通する特徴ではありません。「艦これ」はゲームは知りませんが、アニメ版は観ていました。ここでは登場キャラクターは死にました。かなりシリアスな死でした。「GATE」でも人が普通に死にます。

日本のサブカルチャーがシリアスでない、ということはありません。

また、戦前日本で、桃太郎が戦地に赴くというアニメーションが作られていました。「萌え」ではありませんが、戦争を生々しく体験していた時代でも、戦争を題材にエンターテイメントは作られます。

これから先、日本で戦争がリアルになっても戦争アニメや武器を扱ったゲームは作られると思います。そこから「萌え」が排除される理由は思いつきません。

むしろ世の中がきな臭くなってきたら、かつての桃太郎アニメがそうだったように、国威発揚に利用されることの方が心配です。
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【映画】X-ミッション

史上初!世界のトップアスリートがノーCGで繰り広げる、前代未聞のMG(マジガチ)爽快アクション!


というのがチラシの煽りです。

ご想像のとおり、売りはアクションです。そしてアクション以外のストーリーは無きに等しいです。いちいち指摘するのも馬鹿馬鹿しくなるほどのアラのある話ですので、純粋にノーCGのアクションを楽しむだけの映画でした。

アクションシーンは確かに凄いのですが、CGの技術向上にともなって、いまやCGと実写の区別がつきにくくなっています。わざわざ「ノーCG」といわなければならないと「ノーCG」とは分かりません。

そもそもCGが悪いとも思えません。

我々が演劇に期待するのは演技であって、見世物ではありません。例えば、ナイフで人を刺すシーンでは、本当に刺すのを見たいのではなく、あたかも刺して刺されたかのような迫真の演技を見たいのです。

ノーCGのアクションは凄いのかもしれませんが、演劇として評価すべきなのかは疑問に思いました。

なんにも考えずに一時の現実逃避をしたい人にはお薦めします。

ところで、空で札束がばら撒かれるシーンがあります。ノーCGなら、札束(に似せた紙でしょうが)を本当にばら撒いたことになります。どこで撮ったのか知りませんが、相当に迷惑をかけたのではないでしょうか?

【展覧会】はじまり、美の饗宴展 すばらしき大原美術館

於:国立新美術館

倉敷市にある大原美術館のコレクション展です。

この美術館は、実業家大原孫三郎により建てられた、西洋美術を紹介する日本初の本格的美術館です。エル・グレコの「受胎告知」を所蔵していることでも有名です。

倉敷には修学旅行で行きましたが、班行動だったのでここには入館できませんでした。つまり、まとめてコレクションを見るのは今回が初めてです。

JTBキャンパスブックスの「大原美術館で学ぶ美術入門」で予習していきました。この本で紹介している目玉作品がわんさか来ていました。

展覧会は、
「古代への憧憬」
「西洋の近代美術」
「日本の近代洋画」
「民芸運動ゆかりの作家たり」
「戦中記の美術」
「戦後の美術」
「21世紀へ」
と7部門に分かれていますが、「西洋の近代美術」と「日本の近代洋画」の作品はほとんどすべて「大原美術館で学ぶ美術入門」に載っていました。大原美術館が空になっているんじゃないかと心配するくらいの豪華さです。

この美術館の歴史的事情から近代美術が多いように思っていましたが、現代美術のコレクションにも力を入れていることに今回気がつきました。

4月4日までです。

【朝日新聞】暴力団排除は憲法違反?

2月25日朝日新聞朝刊オピニオン欄。作家・高橋源一郎の「(論壇時評)メディアのいま 縮こまっているのは誰?」より

 優れた映画というより、観る者を深く問いただす映画であるように思えた。
 「ヤクザ映画」というジャンルがある。ファンも多い。そこには「ヤクザ」が出てきて反社会的な行為をするが、しょせんフィクションなので、わたしたちは安心して観ることができる。けれども「ヤクザと憲法」(〈1〉)は違う。ドキュメンタリーだから、出ているのは「ほんもの」のヤクザだ。殺人罪などで約20年服役した会長がしゃべる。組員たちが怪しげなふるまいをする。それが彼らの「日常」だ。だが、彼らは同時に追い込まれてもいる。様々な法によって。
 会長がカメラの前に分厚い紙の束を置く。全国のヤクザたちからの悲鳴にも似た「人権侵害」の訴えだ。親がヤクザなので幼稚園に通うことを拒否された。銀行に口座を開くことを拒まれた。だが、反社会的な集団である彼らは人権など主張できないのではないか。ふと、そう思う。すると、画面に唐突に、こんな文字が浮かび上がるのである。
「日本国憲法第14条
 すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又(また)は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」
 もう一度書く。彼らのような反社会的集団には憲法が保障する人権は適用されないのか。そのことを考えたくなる。そして、憲法や人権が何なのかも。だが、それはいまとても難しい。論じる場所がないからだ。当事者であるヤクザを登場させるだけで、便宜供与をしたと批判される。ならば、そんな厄介なものには手を出さない。メディアが逃げ腰になりがちなテーマを掲げたこの挑発的な作品が、一テレビ局によって作られたことに、わたしは感銘を受けた。
(略)


何も考え込むほどのことだとは思えません。親がヤクザだから幼稚園に拒否されるのはあたりまえですし、暴力団員に銀行に口座を開かせないのは正義です。

彼らは、一般市民に対して隙があれば、威嚇と暴力で金品を脅し取ろうとする犯罪組織の構成員です。幼稚園で子供どうしが喧嘩した際に、相手の家に押しかけて恫喝するかもしれません。普通の市民が忌避するのは当然です。

暴力団の構成員であることは人種・性別・門地とは関係ありません。信条ともいえませんし、社会的身分というのも無理があります。憲法14条のどこに反しているのか私にはさっぱり分かりません。

そもそも、暴力団員に「人権侵害」の泣き言を親分に書面で訴える習慣があるとは思えません。テレビ局のカメラが入っていることを意識してのことか、やらせです。

こんなものに騙されて感銘を受けているのは、おっちょこちょいだと思います。

【朝日新聞】投書欄「どう思いますか」:“指定廃棄物は福島県内で管理を”

2月3日朝日新聞朝刊の投書欄。毎週掲載の、一つの投書に対する反響の投書を載せる「どう思いますか」のコーナー。今週は、栃木県の無職の男性(72)の投書が元です。

 ■指定廃棄物は福島県内で管理を
 無職 (栃木県 72)
 東京電力福島第一原発事故で出た放射性物質を含む指定廃棄物の最終処分を福島県が受け入れました。これに対して「福島に押しつけるな」という声があります。原発事故の被災地であり、東電の供給エリアでないことが、主な理由のようです。
 私は、福島県の一日も早い復興を願っています。しかし、原発を受け入れて交付金を受けている以上、県と立地自治体が最終処分を受け入れるのは当然ではないかと思います。また、関東に住んでいる人たちは電気を買っているのであり、無料で供給されているわけではありません。
 周辺自治体の同意を得ず、県と立地自治体のみの同意で九州電力川内原発が再稼働し、他の原発も続こうとしています。そんな中で事故の処理を立地県以外に押しつけることには納得がいきません。
 福島県内には、汚染された土地ができてしまいました。放射能汚染を広げない観点からも、指定廃棄物も含めて、そこで管理するのが妥当ではないでしょうか。
 (1月19日付掲載の投稿〈要旨〉)


言いにくいことをよくぞ言った、という感じです。

関東に住んでいる人たちは電気を買っているのであり、無料で供給されているわけではありません」というのは、その通りです。福島の原発で作った電気を利用していたからといって、関東の住人に責任を負わせるのは筋が違います。言ってみれば、タクシーが人身事故を起こしたときに乗客にも責任があると言っているようなものです。

しかしながら、交付金を受け取ったということを理由に放射性廃棄物の受入れ義務があるというのは賛成できません。交付金を出す条件に、原発事故があったら放射性廃棄物を受け入れてもらいます、となっていたのなら別です。おそらくそんな約束はなかったのでしょう。今になって困っているというのが実情です。

どう処理するのがいいのか、私自身も明確な意見は持っていませんが、地方vs都会という図式で考えるのは避けるべきです。それは不毛な対立を招くだけです。

一般からの意見で元投書に賛意を示したのは一件。残り二件は反対しています。もう一件は賛否を示していません。

脳研究者の池谷裕二・東大教授が識者として述べていますが、同じく賛否を示していません。

【時事問題】五月雨式の逮捕は人権侵害では?

覚醒剤を所持していた容疑で逮捕されていた元プロ野球選手の清原容疑者が、今度は覚醒剤使用の罪で再逮捕されました。

所持容疑で逮捕した際の尿検査で使用していたことは分かっていたのに、今になって使用の容疑で逮捕するのは、拘留期間を延長するのが目的としか思えません。

拘留期間に限度があるのは、容疑者の人権を守る上で必要なことです。限度がなければ、警察に都合のいい自白をするまで無限で出られなくなります。

このような五月雨式の逮捕で、長期間に留めおくというのは法の趣旨に反していると思います。

【テレビ】これであなたも英国貴族通!!

NHKで放送中の世界的大ヒットドラマ「ダウントン・アビー」。今週は特番として「これであなたも英国貴族通!! ダウントン・アビー 知られざる貴族の作法」が放映されました。

ドラマの時代考証担当の人が、貴族の礼法や使用人の振る舞いなど、ドラマで再現されている100年前の英国社会の習慣を解説してくれます。

驚いたのは時代考証担当がかなり大きな発言権を持っていることです。

例えば、伯爵が女婿の助けで領地を守れたシーンがあったのですが、「昔の人は、こういう場面でもハグなどしない」と指摘されれば、現代人の感覚がどうであれ、ハグのシーンはありません。「時代考証は正しくないかもしれないが、ここはハグをさせて盛り上げたい」などと監督は言い出しません。

すべてに時代考証が優先しています。

これがこのドラマの人気の秘訣のようです。

日本のドラマと比べると雲泥の差です。「江戸時代にこんなものはない」などとTV局に言っても、良くて変人、悪ければクレーマー扱いされるでしょう。

時代考証というものを無視しているわけではないのでしょうが、味付けの一つくらいの扱いです。

姑息な演出を排し、ガチガチに時代考証に即した時代劇が観てみたいです。

【雑記】無題

今日の記事は、結論もなにもありません。胸のうちにあるもやもやを吐き出しただけです。

川崎市の有料老人ホームで、入居者が3人続けて墜死した件で容疑者の取調べが進んでいるようです。

実をいうと、この事件をはじめに聞いたとき、不謹慎ながらまず思ったのが、怪談です。次々と老人がベランダから飛び降りるなんて、信じてもいないくせに霊的なものと結びつけてしまいました。ニュースの後半で、3件とも同じ介護士が当直だった、と言外に原因を伝えたので、ようやく正気にかえれました。

さて、昨日の新聞で、田園調布署の警官がトイレで拳銃自殺をした、との記事を見たときも同じ感覚になりました。記事にもありますが、ついこの前も田園調布署で警官が拳銃自殺をしています。しかも、同じ個室で、だそうです。

これも「怪異譚かよ」と言いたくなりますが、冷静に考えればそんなことはないでしょう。しかし、ただの偶然というのも妙なものです。もちろん、後で自殺した人が意図的に同じ個室を、何故だか分かりませんが、選んだだけかもしれません。

それに、人生の最期の場所をトイレで、ということ自体、なんだか釈然としません。

ひどく不思議です。

【時事問題】ローマ法王vsトランプ氏

2月19日の朝日新聞夕刊より引用します。

 ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王は18日、メキシコ訪問からの帰路の機中会見で、米大統領選で共和党の候補指名争いをリードする不動産王ドナルド・トランプ氏について問われ、「橋ではなく壁を築くことばかり考える人は、キリスト教徒ではない」と述べた。これに対し、トランプ氏は「宗教指導者が他人の信仰を疑問視するとは恥ずべきことだ」と猛反発。両者の「舌戦」が大統領選にもたらす影響が注目されている。
 トランプ氏は、不法移民対策としてメキシコ国境沿いに壁を建設することなどを主張する。これに対し、法王は17日、米国との国境の町でミサを行い、「移住を強いられるという悲劇は今日の世界的な現象だ」などと発言。命がけで国境を越えようとする移民らを受け入れるよう呼びかけた。
(略)


まず、トランプ氏の「宗教指導者が他人の信仰を疑問視するとは恥ずべき」との意見について。

一般論として、カトリックの頂点であるローマ法王が、正しいキリスト教徒であるか否かを論じるのは不思議ではありませんし、恥ずべきこととも思えません。仏教徒やゾロアスター教徒の信仰に疑問を表明したというのであれば、大きなお世話というべきものですが、キリスト教のことなら発言権はあります。

しかしながら、不法入国者を取り締ることに異を唱えるローマ法王にも疑問はあります。

難民と移民は違います。政治的弾圧や自然災害で故国を離れざるをえない人たち(=難民)に手を差し伸べようというのは、受け入れ側の限度はあるにせよ、推奨されるべきことです。

しかし、労働者を補いたい国家側と職をもとめる人たちの間の合意で行われる合法的移住(=移民)は、経済的理由によるものです。道徳的に良いも悪いもありません。

ここで問題になっているのは、メキシコから米国に職を求めての非合法入国です。難民ではありません。取締りは当たり前です。

【映画】劇場版 selector destructed WIXOSS

分割2クールのTV版は観ていました。

販促用アニメとしては異例の設定と展開で鬼気迫るものがあった「selector WIXOSS」の劇場版です。

パンフレットには、こうありました。

2014年にTV放送され、次から次へと驚愕の展開が連続するサスペンス要素溢れる群像劇で話題を集めた「selector infected/spread WIXOSS」が、遂に劇場作品として登場!今回の劇場版ではTVスタッフが再集結。TVシリーズをベースにしつつもストーリーが進むにつれ、流れが変わっていき最終的には別のストーリーが展開していくという、言うなれば“新解釈版「selector」”として製作

期待できそうな煽りです。

しかし、実際は「TV版総集編+α」でした。

しかも、このシリーズは2クールの中で「次から次へと驚愕の展開が連続」していたものを90分の劇場版に詰め込むのですから、薄味どころか、すっ飛ばしています。初見の人だとまず理解できないでしょう。しかもそれに「+α」をしようというのですから大変です。頭がクラクラしてしまいました。

せっかく劇場版にするなら、世界観はそのままで、キャラクターを一新して別の少女たちの物語にしてくれた方がよかったです。そうしたらTVシリーズ未見の方も既存のファンも楽しめたはずです。

なんのために劇場版にしたのか不思議な感じがしました。

参)
【アニメ】selector infected WIXOSS
【アニメ】selector spread WIXOSS

【朝日新聞】不法滞在者の子供

2月18日朝日新聞朝刊「いま子どもたちは 親子で日本に(1):高校合格 一緒にいたい」より

(略)
 少女は、イランで生まれた。東京の町工場で出稼ぎしていた父の命令で、母と2歳の時に来日した。
 地元の保育園から公立小学校に進んだ。先生も友達もみんな日本人。母(46)がイランで使うペルシャ語を教えようとしても、「いやだ」と反発した。小学校1年の時、「私、日本人の顔が欲しい」と泣いて帰ってきたこともある。
 それでも、友達と自分の決定的な違いを意識することはなかった。あの日までは。
 小学2年の秋。父に「行ってきます」と言いにアパートの階段を下りた。来日後、両親は離婚したが、階下に住む父とはいつでも会えた。でも、この日はできなかった。父の部屋の前に立った数人の男性が「開けて下さい!」と叫んでいた。
 「パパは、いないよ」。学童保育からの帰り道、母に告げられた。父が短期滞在の観光ビザで超過滞在していたことが発覚し、東京入国管理局に収容されたのだ。
 約1週間後、泣きながら父と面会した。その後、2回会った。「大好きな日本のためにも、ちゃんと勉強して」。父はそう言い残すと、数カ月後、イランに強制送還された。
 その年の冬、やはり超過滞在をしていた母親と少女にも「退去強制令書」が出された。「ペルシャ語も話せないし、中身は日本人。娘の母国は日本」と母親は話す。男性優位とされるイランでは親権を父親に取られ、母子が離ればなれになる恐れもあった。2人は仮放免の許可を得て、日本で在留特別許可を求めることを決めた。
 (略)


ペルシャ語がまったくわからないのに、イランに帰れ、と言われたら困惑するというのは分かります。子供には罪はありませんので、可哀想です。

しかし、親の責任はまぬかれません。観光ビザで日本に居すわり続けたつけを、子供に払わせようとしています。無責任な親です。

ペルシャ語を教えようとしたが子供が反発した、と記事にありますが、子供が何歳の話なのかが書いてありません。はじめからペルシャ語で子供に接していたら、反発されるはずがありません。ある程度大きくなってから勉強させようとしたのなら(おそらくそうなのでしょうが)無理です。

永住許可もない(そもそも観光ビザ)くせに、子供と一緒に居すわる気満々です。

それはともかく、16歳の少女を強制送還するのは無理があります。人道的な観点から、この少女の永住(あるいは帰化)は認めるしかないのではないかと思います。しかし、母親の永住は認めるべきではありません。

【朝日新聞】投書欄「どう思いますか」:“「日本出身力士」強調はおかしい”

2月3日朝日新聞朝刊の投書欄。毎週掲載の、一つの投書に対する反響の投書を載せる「どう思いますか」のコーナー。今週は、熊本県の非常勤職員(59)の投書が元です。

 ■「日本出身力士」強調はおかしい
 非常勤職員 (熊本県 59)
 大相撲初場所で琴奨菊が優勝し、「10年ぶりに日本出身力士が優勝」と大きく報道されました。事実には違いありませんが、その間に優勝した力士たちの努力や栄誉への敬意を欠くと感じるのは私だけでしょうか。精進を重ねてこの10年間に優勝した力士たちは、どんな思いでしょう。
 確かに、相撲は日本伝統の競技です。しかし、ことさらに日本出身力士であることを重視するのならば、それは国粋主義以外の何物でもありません。属性の枠に縛られる考え方では、地球規模の問題解決を迫られる時代には全く似つかわしくありません。
 出身国がどこであれ、幕内最高優勝という栄誉の価値は変わらないはずです。長きにわたり一人横綱の重圧を受けつつ相撲人気を支え続け、史上最高の優勝回数を更新した横綱もいるのです。
 精進の末に優勝した力士ならば、どこの国の出身の誰であれ、等しく称賛を送って祝福したいと私は思います。
 (1月26日付掲載の投稿)


私も同じ違和感を持っていました。

反響の中には賛成の意見もありましたし、素朴な郷土愛の発露のようなものなので大目に見て欲しいという感想もありました。

私の意見です。

他のスポーツ(サッカーでも野球でもテニスでも)日本人が海外で大活躍すれば、マスコミは「日本人選手○○大活躍」と書きたて、皆多いに喜ぶでしょう。相撲であっても地方紙が“我が県から初の優勝力士誕生”などと書くのも微笑ましいものがあります。

しかし、今回の「日本出身力士」報道には、それらとはちょっと違う臭いがします。あくまで臭いであって証明はできませんが、郷土愛とは紙一重で違う排他意識を感じずにはいられません。

個々の日本人が“大目に見て欲しい”というのはわからないでもありませんが、マスコミの報道(特に、“多文化共生”を謳っている朝日の報道)には違和感がありました。

さて、識者の意見として、経営コンサルタント・小宮一慶氏のものが載っていました。引用します。

外国人力士の活躍が目立つようになったのは1990年代以降。中国などの経済成長に対して日本経済が伸び悩み、「失われた20年」などと呼ばれている時期と重なる。
 外資の日本進出も進む中、自信を失い、世界の中で取り残されたような寂しさ、「外国」への漠然とした反発、かつての日本社会への郷愁を抱いている人も少なくない。今回の報道やファンの声は、そうした心理の反映では。
 だが、国籍をこえた競争が商品やサービスの向上につながるのは、企業もスポーツも同じ。現に外国人力士は大相撲のレベル向上に貢献し、ファンを喜ばせている。相撲界は外国人力士を迎えるだけではなく、世界への相撲普及を進め、五輪種目採用を実現させるくらいの戦略を練って欲しい。ファンとして、そう期待している。


的外れです。

経済が不調だからといって、日本人力士の活躍を喜んでいるわけではありません。この十年、日本人力士が優勝していなかったから喜んでいるのです。喜び方が良いか悪いかはともかく、原因となったのは日本人力士が長いこと優勝から遠ざかっていたことです。経済の不調は関係ありません。

その証拠に、経済が絶好調の時代でも、オリンピックの柔道で日本人が金メダルを取ると、似たような報道がされていました。

つまり、経済が良かろうが悪かろうが、日本人には排他的な性格があり、日本伝統のスポーツでそれがあらわになる、ということです。

なんでもかんでも経済(要するに金)に結び付けて考えるのは、商売柄とはいえ品がありません。

【朝日新聞】日韓合意は共通の財産か?

2月16日朝日新聞朝刊オピニオン欄。小倉紀蔵京都大学教授のインタビュー記事、「慰安婦問題の明日」より

 ――日韓の政府間合意をどう見るべきでしょうか。
 「日本と韓国の共通の財産と考えるべきです。1991年に1人の女性が、韓国で初めて慰安婦だったと名乗り出てから25年がたちました。日韓はそれぞれの主張をしてきて、多くの対立や摩擦がありました。そんな日韓に、今回の合意で初めて接点が生まれた。これまでのすべての論点の蓄積も含めて私は財産だと思っています」
 「戦時の女性の人権蹂躙というのは、何も日本だけではなく、米国や欧州なども抱えている問題です。いずれ欧米諸国も直面するでしょうが、パンドラの箱を開けまいと避けてきた。日韓は今回の合意で、二度とこんなことが起きないように一緒にやっていこうとしている。この問題を日韓がリードしていると言えます」
(略)


私は小倉氏とは真逆な見解を持っています。今回の合意は日韓共通の財産どころか、つぎの確執の火種になると考えています。

まず韓国は、韓国慰安婦の問題を、戦時の女性人権問題一般のものとは見ていないはずです。朝鮮戦争でも韓国に慰安婦はいましたが、まるで問題視されていません。日本の戦時の慰安婦を特殊な出来事として捉えているからです。韓国では「強制連行」説がまだ生きていると思われます。

日本も、韓国慰安婦の問題を、戦時の女性人権問題一般とは見ていません。太平洋戦争時の慰安婦には、本土出身者が多勢いました。しかし、政府が彼女達に謝罪するとか償うとかいう話はありません。韓国が騒ぐからか米国がうるさいから妥協したに過ぎません。

ゆえに、この合意が戦時の女性人権問題を解決する日韓共通の財産になるはずがありません。

おそらく、韓国では数年後に「不可逆」との文字を呑ませた日本への怒りに火がつき問題を再提起してくるでしょうし、それをうけて日本人は怒り呆れることになると思います。

【世論調査】朝日新聞:2月13・14日実施

2月16日朝日新聞朝刊で世論調査の結果が発表されました。

(数字は%。小数点以下は四捨五入。質問文と回答は一部省略。◆は全員への質問。◇は枝分かれ質問で該当する回答者の中での比率。〈 〉内の数字は全体に対する比率。丸カッコ内の数字は、1月16、17日の調査結果)

◆安倍内閣を支持しますか。支持しませんか。
 支持する  40(42)
 支持しない 38(38)

◇それはどうしてですか。(選択肢から一つ選ぶ=択一。左は「支持する」40%、右は「支持しない」38%の理由)
 首相が安倍さん16〈6〉 8〈3〉
 自民党中心の内閣20〈8〉 23〈9〉
 政策の面42〈17〉 58〈22〉
 なんとなく18〈7〉 10〈4〉

◇(「支持する」と答えた40%の人に)これからも安倍内閣への支持を続けると思いますか。安倍内閣への支持を続けるとは限らないと思いますか。
 これからも安倍内閣への支持を続ける  47〈19〉
 安倍内閣への支持を続けるとは限らない 51〈20〉

◇(「支持しない」と答えた38%の人に)これからも安倍内閣を支持しないと思いますか。安倍内閣を支持するかもしれないと思いますか。
 これからも安倍内閣を支持しない 63〈24〉
 安倍内閣を支持するかもしれない 30〈11〉

◆今、どの政党を支持していますか。政党名でお答えください。
自民34(36)
民主8(8)
公明3(3)
共産3(4)
維新の党1(1)
おおさか維新の会2(2)
改革結集0(0)
社民1(1)
生活0(0)
元気0(0)
日本の心0(0)
新党改革0(0)
その他の政党0(0)
支持政党なし39(36)
答えない・分からない9(9)

◆今年の夏に、参議院選挙があります。仮にいま投票するとしたら、比例区ではどの政党、またはどの政党の候補者に投票したいと思いますか。(択一)
自民37(39)
民主16(14)
公明5(4)
共産7(8)
維新の党2(2)
おおさか維新の会6(6)
改革結集0(0)
社民1(1)
生活1(0)
元気0(0)
日本の心0(0)
新党改革0(0)
その他の政党1(2)
答えない・分からない24(24)

◆民主党と維新の党が解党し、一緒に新しい政党をつくったほうがよいと思いますか。それとも、いまのままでよいと思いますか。
 新しい政党をつくったほうがよい22
 いまのままでよい49

◆経済再生担当大臣だった甘利明さんは、自身や秘書が、建設会社側から現金を受け取った問題で、大臣をやめました。甘利さんが大臣をやめたのは当然だと思いますか。やめる必要はなかったと思いますか。
 やめたのは当然だ62
 やめる必要はなかった27

◆甘利さんをめぐる問題で、安倍内閣のイメージは、よくなりましたか。悪くなりましたか。変わりませんか。
 よくなった1
 悪くなった33
 変わらない61

◇(「変わらない」と答えた61%の人に)それは、どうしてですか。(択一)
 安倍首相の対応が適切だったから12〈7〉
 安倍内閣の政策とは関係がないから45〈27〉
 もともと安倍内閣を評価していないから24〈14〉
 関心がないから13〈8〉

◆国会議員として育児休業を取る考えを示していた、自民党の宮崎謙介衆議院議員が、不倫問題で議員をやめる考えを明らかにしました。宮崎さんが議員をやめるのは当然だと思いますか。やめる必要はないと思いますか。
 やめるのは当然だ79
 やめる必要はない13

◆安倍首相の経済政策で、日本経済が成長することを期待できると思いますか。期待できないと思いますか。
 期待できる32
 期待できない49

◆日本銀行は、金融機関の企業への貸し出しを増やすために、「マイナス金利政策」を初めて打ち出しました。この政策で、景気の回復が期待できると思いますか。期待できないと思いますか。
 期待できる13
 期待できない61

◆いま停止している原子力発電所の運転を再開することに、賛成ですか。反対ですか。
 賛成31
 反対54

◆国民の間で福島第一原発事故の被災者への関心が薄れ、風化しつつあると思いますか。そうは思いませんか。
 風化しつつある70
 そうは思わない24

◆北朝鮮は今月7日、事実上の長距離弾道ミサイルを発射しました。今回のミサイル発射に対する安倍内閣の対応を、評価しますか。評価しませんか。
 評価する54
 評価しない24
     ◇

〈調査方法〉 13、14の両日、コンピューターで無作為に作成した番号に調査員が電話をかける「朝日RDD」方式で、全国の有権者を対象に調査した(福島県の一部を除く)。世帯用と判明した番号は3909件、有効回答は1943人。回答率50%。


この世論調査が私のところに来たと想定して、回答してみます。

>◆安倍内閣を支持しますか。支持しませんか。
支持します。

>◇それはどうしてですか。
首相が安倍さん、だからです。

>◇(「支持する」と答えた40%の人に)これからも安倍内閣への支持を続けると思いますか。安倍内閣への支持を続けるとは限らないと思いますか。
支持し続けるとは限りません。

>◆今、どの政党を支持していますか。政党名でお答えください。
支持政党はありません。
あいかわらず民主は伸びないですね。

>◆今年の夏に、参議院選挙があります。仮にいま投票するとしたら、比例区ではどの政党、またはどの政党の候補者に投票したいと思いますか。(択一)
まだ決めていません。
民主と共産は支持率に比べ、投票したい率が高いのが特徴です。いわゆる反自民票でしょう。

>◆民主党と維新の党が解党し、一緒に新しい政党をつくったほうがよいと思いますか。それとも、いまのままでよいと思いますか。
民主党は、いまのままで踏ん張るべきです。解党と結党のくり返しは、心ある有権者のあざけりを買うだけです。維新の党にはなにも期待していません。

>◆経済再生担当大臣だった甘利明さんは、自身や秘書が、建設会社側から現金を受け取った問題で、大臣をやめました。甘利さんが大臣をやめたのは当然だと思いますか。やめる必要はなかったと思いますか。
やめたのは当然だと思います。

>◆甘利さんをめぐる問題で、安倍内閣のイメージは、よくなりましたか。悪くなりましたか。変わりませんか。
私としては悪くなりました。しかし、支持率への影響は出ていないことも確認すべきです。

>◆国会議員として育児休業を取る考えを示していた、自民党の宮崎謙介衆議院議員が、不倫問題で議員をやめる考えを明らかにしました。宮崎さんが議員をやめるのは当然だと思いますか。やめる必要はないと思いますか。
やめてはいけませんでした。不倫は犯罪ではありません。不倫を理由に議席を放棄するのは無責任です。

>◆安倍首相の経済政策で、日本経済が成長することを期待できると思いますか。期待できないと思いますか。
よくわからなくなってきました。よくなっては欲しいですが。

>◆日本銀行は、金融機関の企業への貸し出しを増やすために、「マイナス金利政策」を初めて打ち出しました。この政策で、景気の回復が期待できると思いますか。期待できないと思いますか。
こういう技術的質問を一般市民に問いかけるのは無意味です。素人に経済政策の判断は無理です。個人的に金利が下がるとうれしいとか悲しいとかは言えますが、その他もろもろの影響を考慮して判断できません。世論調査で訊くべき質問ではありません。

>◆いま停止している原子力発電所の運転を再開することに、賛成ですか。反対ですか。
安全が確認できたのであれば賛成です。同時に、長期的には廃止の方向に進むべきと思っています。

>◆国民の間で福島第一原発事故の被災者への関心が薄れ、風化しつつあると思いますか。そうは思いませんか。
どんな大事件、大事故でも風化はまぬかれません。

>◆北朝鮮は今月7日、事実上の長距離弾道ミサイルを発射しました。今回のミサイル発射に対する安倍内閣の対応を、評価しますか。評価しませんか。
評価します。

【テレビ】NHKスペシャル:「史上最悪の感染拡大 エボラ 闘いの記録」

2月6日放送

一昨年から西アフリカで蔓延したエボラを、現地の医師の苦闘を通して見つめなおしたドキュメンタリーです。

今回の流行で感染者(疑いを含む)は2万8千人。うち死者は1万1千人を数えました。

シオラレオネの小さな村から飛び火したことが確認されています。

現地のウマル・カーン医師は、流行前から大都市に広がることを懸念して精力的に治療にあたります。海外にも警告を発しますが、反応は鈍いものでした。

状況は次々に悪化し、中小の都市にも侵入。医療従事者にも感染がはじまり看護婦にもパニックが広がります。街には、病院に連れて行かれた患者は生きて帰れない、との噂が広がるありさまです。

そんななか、ついにカーン医師自身もエボラに感染。そして死亡します。

その後、エボラは大都市にも広がりました。

WHOが終息を宣言したのは、ようやく先月のことでした。

カーン医師の残した記録をもとに、ワクチンの開発が進められ、次の流行にそなえています。

■感想
ウマル・カーン医師の願いも空しく大都市にエボラは侵入します。しかし、基本的には西アフリカで押さえ込まれました。テレビをみていると、政府がまともに機能しているとは思えません。どういう理由で終息したのかが見えませんでした。カーン医師の英雄物語に寄りすぎていて、エボラ禍の実態が見えにくくなっています。

現地では土葬でした。葬儀の方法は文化的な背景があるのでなかなか変えられないのでしょうが、この習慣も蔓延の一因ではないかと思いました。

現地の政府がなにをしているのかさっぱり分かりません。無政府状態にさえ見えました。

【映画】コードギアス 亡国のアキト 最終章「愛シキモノタチへ」

ずっと劇場で追いかけてきた「コードギアス 亡国のアキト」がついに完結しました。

3章あたりの感想から、広げた風呂敷をたためるかを心配してきましたが、残念ながらたためていません。

それどころかさっぱり分からない話になってしまいました。

誰がどういうギアス能力を持っていて、どういう効果をはっきしたのかさえ分かりません。シリーズの前半にあった、ブリタニアに侵略された日本の外にいる日本人の苦悩、というテーマもおざなりになりました。

絵的な見ごたえはありましたが、成功とは言いがたい作品です。そもそも2012年から4年がかりの公開というのはテンポが悪すぎます。

参)
【映画】コードギアス 亡国のアキト 第1章「翼竜は舞い降りた」
【映画】コードギアス 亡国のアキト 第2章 引き裂かれし翼竜
【映画】コードギアス 亡国のアキト/第3章 輝くもの天より堕つ
【映画】コードギアス 亡国のアキト 第4章 憎しみの記憶から

【時事問題】育休不倫辞職議員の土下座

今日もこの人の話題です。

2月12日朝日新聞の記事より

(略)
その一方、宮崎氏は同誌発売前から党幹部や派閥有力者への釈明に奔走。9日には所属する二階派の重鎮、伊吹文明元衆院議長宅を訪問し、「迷惑をおかけして申し訳ない」と土下座したという。
(略)


仕事上、謝罪している光景は何度も見かけますが、土下座で謝っている姿は見たことがありません。仮に、土下座をしたら、形だけの謝罪で内心おちょくっているのかと疑われるでしょう。それくらい土下座というのは形骸化されています。

ところがテレビでは、不祥事を起こした会社の役員が土下座しているのはちょくちょく見かけます。これは自発的に土下座したというより、土下座の絵が欲しいというTVの要請ではないかと思っています。

さて、育休不倫議員は何故土下座で謝ったのでしょうか。衆院議長おちょくったとは思えません。マスコミが絵を欲しがったわけでもありません。

彼らにとっては普通だったのでしょう。棲んでる世界の空気が、一般社会とあまりにも違うのだと思います。派閥の実力者と平の議員の間には、法律的には同格なのですが、土下座での謝罪が不思議でないくらいの上下の隔たりがあると見ました。かつて外務省の陰の実力者といわれていた議員が、外務省の役人に土下座を強要していたとの報道も思い出します。

一般人の常識とあまりにもかけ離れた振る舞いは、決してよい印象を与えません。土下座する方もする方ですが、させる方もどうかしてます。

”土下座してわびろ”と口に出しては言ってないかもしれませんが、育休不倫議員が土下座をしようとしたら、それを認めず、立たせて、土下座は表面的なパフォーマンスに過ぎないと諭すべきでした。

【時事問題】育休不倫議員の辞職

昨日と同じ話題です。育休宣言をしていた議員の不倫が発覚しました。この議員が本日、議員辞職を表明しました。

議員辞職には驚きました。

議員に当選したということは、有権者から義務を課せられたという一面があります。不倫は、義務の放棄の理由にはなりません。たとえば、汚職であれば、国政をゆがめたわけですから辞職はわかります。しかし、議員の不倫で実害をこうむる国民はいません。

これまでも不倫で議員辞職した事例はないと思います。

ここで、はた、とおもいつきました。アイドルの交際禁止規定です。

アイドルの場合は擬似恋愛を売りにしているので、交際禁止も理由がないわけではありません。

この種の議員もアイドルと同じで有権者に擬似恋愛を売り込んでいるのかもしれません。そうであるなら、この不自然な議員辞職の理由もわかる気がします。

しかし、もしそれが本当であれば、はなはだしい政治の劣化です。政治家にもとめることではありません。

【時事問題】育休議員の不倫

育休取得をうったえた男性国会議員の不倫疑惑が週刊誌で報じられています。

事実かどうかは知りませんし、特に関心もありません。しかし、周囲の反応には興味深いものがあります。

2月10日朝日新聞朝刊より引用します。

 「育休宣言をされた時、実はちょっと期待した。今は売名行為のためと疑わざるを得ない」。10日の衆院予算委員会で、民主党の西村智奈美氏は厳しく批判。
(略)
 昨年11月に男の子を出産し、育休中の東京都内の会社員女性(31)も期待した一人。「育休を取りたいと思う男性がいるのは心強いと思った。裏切られた、許せない」と落胆する。夫が育休を取り、泣く子の世話や家事を分担する。「泣き声が続くとつらいが、心身ともに夫が大きな支え。奥さんにとっては一番夫にそばにいてほしいはずの時期なのに……」
(略)
 厚生労働省の「イクメンプロジェクト」メンバーの一人、東レ経営研究所の渥美由喜(なおき)主任研究員は「格好つけた『なんちゃってイクメン』のめっきがはがれたということだろう」と厳しい。
(略)
2010年に計19日間の育休をとった茨城県龍ケ崎市の中山一生市長(53)は「政治家には育休をPRする役割があり、自らが育休を取る効果はある」と話す。中山市長が育休を取るまで、市の育休を取った男性職員はゼロ。今年度は妻が出産した職員6人のうち5人が取得した。「今回の議員の行動と育休の問題は全く別の話。育休の議論は国会でしっかり続けてほしい」
(略)


はじめの三人の言っていることはおかしいです。選挙で選出された議員が育休をとっていいかどうかということと、浮気をしていいかどうかは、まるで別の問題です。

浮気がばれたら育休申請が売名行為になるという理屈は理解不能です。

問題の議員は育休中に赤ん坊をほっぽらかして遊んでいたわけではありません。奥さんと子供が病院にいる間の浮気をしていたという疑惑です。連れ合いを裏切っていますが、育児とは無関係です。

中山一生市長の言っているは的確です。「今回の議員の行動と育休の問題は全く別の話」ということにつきます。

【朝日新聞】インタビュー:ベルギーの国際関係学者

2月10日朝日新聞朝刊のオピニオン欄。ベルギーの国際関係学者バレリー・ロズ氏のインタビューより

(略) 
 ――日本は中国に対して、いつまで謝らなければいけないのでしょうか。
 「22歳のドイツ人青年から『いつまで私は(ユダヤ人虐殺について)許しを請わなければならないのか』と問われたことがあります。私はこう答えました。『出来事と全く関係ないあなたが、許しを請う必要はない。でも、あなたが責任を問われないためには、ドイツの首脳が歴史責任を認め続けなければならない。政府がそのような態度を取ることを、あなたは受け入れざるを得ない』と。政府が謝り続けるのは、歴史責任がドイツ国民の集団責任と見なされるのを防ぐためです」
 「日本も、歴史認識に関して話がまとまったと思ったら蒸し返される立場に置かれ、つらいと察します。でも、謝罪が相手側に根付くまで、政府は許しを請い続けなければなりません」
 ――政治家や政府の対応こそが重要なのですか。
 「首脳が取る態度は三つしかありません。一つは、面倒な過去を隠すこと。フランスが(旧植民地の)アルジェリアに対して取った態度です。二つ目は、被害者の立場ばかり強調すること。イスラエルとパレスチナの紛争が例で、自分たちの被害を問題にするのに相手の被害は無視するのです」
 「求められるのは三つ目の、記憶に関する作業を進めることです。仏独が両国共通の歴史教科書をつくった時のように、複数の歴史解釈を集め、協議を重ねる姿勢です。それでも、双方に解釈の違いは残る。残るのだけれど、少なくとも矛盾は解消される。片方の犯罪者がもう片方で英雄となるような矛盾が残る限り、対立の火種は消えませんから」
(略)


戦後生まれの22歳のドイツ人が第2次大戦の責任を問われないためにはドイツ政府が責任を認め続けなければならない、という理屈です。つまり、ドイツ政府が責任を認めなければ22歳が責任を問われる、ということです。

さっぱり分かりません。ドイツ政府が何を認めようと認めまいと、戦後生まれの22歳に責任なんてあるはずがありません。責任を問う者がいるとしたら、その人がおかしいのです。

最近、この手の理屈をさかんに目にします。昔のことをいつまでもいつまでも言い立てることを正当化するための編み出された理論なのでしょう。しかし、まったくお粗末です。

首脳のとる三つの態度」といって、一番目の例示でフランスのアルジェリアへの態度を挙げたのには唖然としました。ベルギーが植民地を持っていたことをベルギー人のバレリー・ロズ氏は、知らないのか、無視しています。

もしかしたら、面倒ごとを隠すというというベルギー政府の方針が大成功をおさめているのか、と思ってしまいました。

そもそも歴史の解釈など無数に存在し、時代とともに変遷していきます。例えば、徳川家康という人物への評価が、律儀者というものから権謀術数をよくする陰謀家というものまで並立するのはおかしなことではありません。むしろ健全なことです。

片方の犯罪者がもう片方で英雄」であることは、解消されるべき“矛盾”だとは思えません。

余談ですが、ブリュッセル郊外で撮ったというバレリー・ロズ氏の写真が載っています。本屋での撮影のようですが、後ろに「ONE PIECE」の特設ラックが見えました。当地でも人気があるようです。

【朝日新聞】北朝鮮の「ミサイル」問題

2月8日朝日新聞朝刊。北朝鮮の「ミサイル」発射をうけて、日米韓の3人の識者に「北朝鮮といかに向き合うか」を問うています。

その中から、元日朝国交正常化交渉政府代表・美根慶樹氏の意見をみてみます。氏は2007年から09年に日朝国交正常化交渉の政府代表を務めています。

(略)
北朝鮮の行動の根本にある問題にメスを入れる必要がある。具体的には1953年以来、休戦状態にある朝鮮戦争の終結について米国に北朝鮮との交渉を促すことだ。
 その際、はっきりさせておくべきことは、核兵器を維持したまま、その地位を認めることはあり得ないということだ。核を放棄すれば、北朝鮮という国を認めるかどうかの答えを出すという論理で迫る。もしうそをついていることが分かれば、途中で交渉を破棄すればいい。今のように、核をゴミ箱に入れないと話し合いに応じないという門前払いはすべきではない。
(略)
 北朝鮮問題は「けしからん」「国連決議違反だ」と非難するだけで国際社会の賛同を得られるところがあるが、それだけでしかない。私たちは度重なる核実験やミサイル発射に同じ対応を繰り返すだけで済ませてこなかったか。事実を直視し、これまでの対処方法をふり返ることが必要だ。


なお、同じ日の3面の記事で

2012年2月末には北朝鮮が核実験とミサイル発射を凍結する見返りに、米国が食料支援をすることで合意したが、北朝鮮が4月に「人工衛星」名目の弾道ミサイルを発射して合意が破棄されるなど、苦い経験がある


と指摘があります。これが北朝鮮のいままでの振る舞いのパターンです。

核を手放す前に交渉を始めれば、交渉の途中で食料支援だの、燃料支援だのをねだってくるに決まっています。そして最後まで核もミサイルも手放さないでしょう。

日朝交渉の経験者がなぜこのような、ぬるいことを言うのか不可解でなりません。

【本】裸足の皇女

著:永井路子

時代小説といえば、たいていは江戸時代です。歴史小説は、いろいろな時代を扱うといってもやはり戦国やご維新が多いです。

この短編集は、古代を題材にとっています。壬申の乱とか藤原四兄弟とか、そこらへんです。ただし、主人公たちは歴史を動かしたメインプレイヤーではなく、周辺にいた人たちです。その意味では時代小説的なところもあります。歴史の事件を直接扱うのではなく、背景の人たちを追っていくというスタイルでした。

小説で歴史を学ぶというのは邪道なのかもしれませんが、歴史の解説書だとどうしても人物の造形が無味乾燥になります。小説だと、根拠薄弱なのかもしれませんが、その人の性格・情念といったものがくっきりと描かれますので、人物への関心が高まります。それゆえ一般人にとっては歴史を題材にした、小説、映画、テレビドラマは意味のあるものだと思います。

古代の日本については、あまり知識しかないので、この短編集は非常に面白かったです。結構、興味がわいてきました。

【映画】ザ・ウォーク

3D、字幕で観ました。

「手に汗を握る」という言葉がありますが、この映画を観て、本当に手に汗をかきました。

話は単純で、フランスの綱渡り師が、仲間とニューヨークのワールドトレードセンタービルに不法に侵入し、二つのビルの間で綱を張って綱渡りをする、というものです。目的は純粋に綱渡りであって、金儲けでもなんでもありません。

高いところの映像が、冗談ごとでなく怖いです。映画を観てあれほどの恐怖を感じたことはありません。

監督が気をつかったのか、映画の随所で主人公の綱渡り師が出てきて、回想という形で進行します。つまり、墜死していない、ということを強調しています。それでも怖いです。

また、不穏な伏線が張られまくります。綱渡りは最後の数メートルで失敗することが多いという教えとか、綱の仕掛けは必ず自分の目で確認せよ、といわれているのに時間切れのため確認できずに決行したとか、です。主人公は死ななかったことが分かっていながら、落っこちる予感満々です。

映画館の大画面で見たこともありますが、真に恐ろしい映像でした。永遠に忘れられない映画になるでしょう。

激賞しますが、うかつにお薦めできないほど怖いです。観る人は覚悟がいります。

【朝日新聞】社説:首相の改憲論 あまりの倒錯に驚く

2月6日朝日新聞社説。「首相の改憲論 あまりの倒錯に驚く」より

 安倍首相が、9条も視野に入れた憲法改正への意欲を積極的に発信している。
 夏の参院選を控え、悲願の実現に向けた地ならしをする狙いがあるようだ。だが、その論法はあまりにも倒錯している。
 首相は衆院予算委員会で「憲法学者の7割が、9条の解釈からすれば自衛隊の存在自体が憲法違反のおそれがあると判断している」「この状況をなくすべきではないかという考え方もある」と述べた。
 首相に近い自民党の稲田政調会長が「現実に合わない9条2項をこのままにしておくことこそ、立憲主義を空洞化する」と聞いたのに答えたものだ。
 確かに朝日新聞の昨年の憲法学者へのアンケートでは、63%が自衛隊の存在は「憲法違反」「憲法違反の可能性がある」と答えている。同時に、安倍政権が集団的自衛権の行使を認める憲法解釈変更をへて国会に提出した安全保障関連法案については、98%が「違憲」「違憲の可能性」を指摘している。
 多数の憲法学者と国民の反対を押し切り、集団的自衛権は行使できないとの歴代内閣の憲法解釈を、閣議決定だけで変えてしまったのは安倍内閣である。
 自衛隊の存在と学者の見解とのへだたりを問題にするのであれば、安保法制を撤回するのが筋ではないか。「立憲主義の空洞化」を批判するなら、まずは我が身を省みるべきだろう。
(略)


首相が倒錯しているとは思えません。

この問題に対してとりうる立場は次のものだけです。

・憲法学者の多数が集団的自衛権も自衛隊の存在も憲法違反としているので、集団的自衛権には反対、自衛隊も解散すべき

・憲法学者の多数が集団的自衛権も自衛隊の存在も憲法違反としているが、政策として自衛隊は必要なので憲法は改正すべき。ただし集団的自衛権には政策として反対

・憲法学者の多数が集団的自衛権も自衛隊の存在も憲法違反としているが、政策として自衛隊も手段的自衛権も必要なので憲法は改正すべき。

・憲法学者の多数意見とかかわりなく、自衛隊も集団的自衛権を違憲と考える

・憲法学者の多数意見とかかわりなく、自衛隊を合憲。集団的自衛権を違憲と考える

・憲法学者の多数意見とかかわりなく、自衛隊も集団的自衛権も合憲と考える。


それぞれ、政策的な賛否はあるにせよ、すべて論理的にはありうる立場です。

従来の政府の立場は5番目であり、市井の改憲論者には2番目と3番目の立場の人たちがいます。安倍内閣は6番目です。しかし、誤解が生じているので憲法を改正してすっきりさせたい、ということでしょう。筋は通っています。

しかし、朝日の社説は次のものです。

・憲法学者の多数が集団的自衛権も自衛隊の存在も憲法違反としているので、集団的自衛権には反対。自衛隊については言及しない。

こちらの方がよっぽど倒錯しています。なぜなら、憲法学者多数説のつまみ食いだからです。

【朝日新聞】(社説余滴)日本の30年後は明るい?

2月5日朝日新聞朝刊オピニオン欄。教育社説担当・氏岡真弓氏の社説余滴のコーナー。「日本の30年後は明るい?」より

 日本の教師はどう変わっていくのだろうと考えさせられる調査だ。
 常葉大学大学院の紅林伸幸教授らのグループが2013~14年、小中学校教員の社会意識や教育観を調べ、約1500人から回答を得た。
 グループが注目したのが「日本の30年後は明るいか」との質問への答えである。
 「とても」「まあそう思う」と答えた教師が計22%。その楽観派を残り78%の「あまり」「まったく思わない」と回答した懐疑派と比べた。
 すると、楽観派は懐疑派より「リーダーシップ」「愛国心」を育てることに力を入れていた。「最優先の政治課題は経済発展である」「社会に競争原理は必要である」とも考えている。現政権の政策と二重写しになる結果だ。
 「日本は平等な社会」と考える割合も懐疑派より多い。貧困や格差が問題になって久しいのだが。
 「教育課程が適切に教えられていることを教育委員会が管理・指導することは必要である」とも思っている。教委に言われる前に自ら判断しようとは考えないようだ。
 こうした楽観派はベテランより若手に多いこともわかった。今の学校は団塊の世代が退職し新人が増えている。楽観派はさらに拡大しそうだ。
 なぜか。
 「教師が現場に山積する課題をこなすのに精いっぱいで自ら考えなくなっているためでは」と紅林教授は見る。
 「社会の問題を見つめないから、政権の大きな設計図も無批判に受け入れ、幸せな未来を夢見ることができるのではないか」というのだ。
(略)


グループの調査結果をネットで探しましたが見つけられませんでした。よって氏岡氏が書いたものを前提に話をすすめます。

悪意と偏見に満ちた分析だと思います。

私からすれば、日本の30年後は明るくない、と考えている教師は「リーダーシップ」も「愛国心」も否定して何を教えようとしているのか、と思います。

氏岡氏のいう「悲観派」は、学校や教育を自分が変える、という気持ちもなく、かつ教育委員会の管理・指導も拒否しています。つまり、やる気はないけど監督されるのも嫌だ、という人たちです。

「楽観派」もちょっとうっとうしいですが、「悲観派」の教師には習いたくはありません。

紅林教授の、忙しい教員は政府のいうことを無批判に信じる傾向にある、という分析も眉唾です。教員に限らず一般市民は政府の言うことはマスコミを通じて知ります。忙しくて批判的にならないというのが真実であれば、マスコミの主張に同調するはずです。新聞の社説やキャスターのコメントを素通りして政府のいうことを信じる、というのは苦しい理屈です。

虚心にアンケートをして分析したのではなく、はじめから予断をもって調査したように感じます。

【朝日新聞】投書欄「どう思いますか」:“医学部に入りはしたけれど…”

2月3日朝日新聞朝刊の投書欄。毎週掲載の、一つの投書に対する反響の投書を載せる「どう思いますか」のコーナー。今週は、宮城県の大学生の男性(19)の投書が元です。

 ■医学部に入りはしたけれど…
 大学生 宮城県 (19)
 自分の将来が見えない。私は今春、医学部に入学した。それなりの志をもって医学部受験を決めたが、想定とは程遠い環境に、人生の選択をミスしたのではないかと不安である。
 1年生は専門科目が少なく一般教養科目がほとんどだが、一般教養の方が圧倒的に興味深く、楽しい。また、他学部の学生の方が馬が合う。なぜか医学部の学生とは波長が合わない。自分は医師に向いていないのでは? だが、医学部生は医師になる以外に選択肢がないようにも感じる。
 人生の選択をする段階では、その判断が正しいのか分からない。自分の選択が正しかったと思えるように生きたいが、今の状況では可能性が低いと感じている。大学で様々な学問を学ぶ前に、自分の将来を見据えることは難しい。
 (2015年12月18日付掲載の投稿)


悩んでいるのは分かりますが、極めて個人的な問題です。新聞に投書欄に送るより、人生相談のコーナーに投げるような内容です。

それでもあえて言えば、医学部の学生としっくりこない、という理由で、医者に向いていない、と考えるのは早計です。19歳という若い年齢でのつきあいの範囲は限定的です。たまたま自分の周りの医学部の学生と馬が合わない、というだけで医師全体と合わないと決め付けるのべきではありません。

反響のうち、愛知県の精神科医(69)の意見を紹介します。

求められている医師像そのままの学生さんなので、どうしても後押ししたいと投稿しました。「一般教養が楽しい」というのは医師に必要なことです。患者さんは多くが一般の方ですから。
(略)


もうひとつ、長崎県の内科医(75)の意見

(略)
 医師は悩める患者さんを相手にする職業です。専門科目の知識だけでは良い医療はできません。心理学、倫理学、哲学など一般教養も大切で、全人的な教育の必要性が叫ばれているのです。
(略)


もしかしたら精神科医なら、患者との対話のために一般教養を身につけておく、つまり人間的な魅力を高めておく必要があるのかもしれません。

しかし、外科医とか内科医とか、我々が普通に考える医者の場合、ある限度を下回る非常識では困りますが、それよりも専門知識がしっかりしていることが望まれます。教養はあるけれど、最新の医学知識は知らないなどという医者に、私は診てもらいたくはありません。

【雑誌】「大人が観たい美術展2016」時空旅人別冊

私の場合、目当ての展覧会に行こう行こうと思いながら気がついたら終わっていた、ということが良くあります。ただの油断ですが。

そこで、今年は「大人が観たい美術展2016」で、事前に行きたい展覧会をチェックしておくことにしました。

次の展覧会には是非行きたいと思っています。


ボッティチェリ展
於:東京都美術館
期間:1月16日~4月3日

日伊国交樹立150周年記念です。


レオナルド・ダ・ヴィンチ天才の挑戦
於:江戸東京博物館
期間:1月16日~4月10日

これも日伊国交樹立150周年記念です。


カラヴァッジョ展
於:国立西洋美術館
期間:3月1日~6月12日

これも日伊国交樹立150周年記念です。


ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち
於:国立西洋美術館
期間:7月13日~10月10日

これも日伊国交樹立150周年記念です。アカデミア美術館所蔵品展です。


ルノワール展
於:国立新美術館
期間:4月27日~8月22日

オルセー美術館とオランジュリー美術館からルノワールの名品が来ます。有名作が目白押しです。


フェルメールとレンブラント:17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち展
於:森アーツセンターギャラリー
期間:1月14日~3月31日

フェルメールの「水差しを持つ女」が初来日


クラーナハ展
於:国立西洋美術館
期間:10月15日~2017年1月15日

クラーナハの回顧展は日本初とのことです。


若冲展
於:東京都美術館
期間:4月22日~5月24日

若冲の生誕300年記念です。


はじまり、美の饗宴展
於:国立新美術館
期間:1月20日~4月4日

大原美術館のコレクションです。


俺たちの国芳わたしの国貞展
於:Bunkamuraザ・ミュージアム
期間:3月19日~6月5日

すでにTVコマーシャルが流れているやつです。


世界遺産ポンペイの壁画展
於:森アーツギャラリー
期間:4月29日~7月3日

これも国交樹立150周年記念です。


メアリー・カサット展
於:横浜美術館
期間:6月25日~9月11日

印象派の有名画家ですが、単独の展覧会は珍しいように思います。


切りよく12個選びました。

【朝日新聞】不登校の急増

1月31日朝日新聞朝刊に、不登校が中学で急増している、との記事が載りました。

(略)
 1993年度~2014年度の文部科学省の学校基本調査や問題行動調査によると、全小中学生に占める新規不登校の割合は、学年が上がるほど高くなる傾向だ。
 小中学生に占める新規不登校の割合が過去最高だった14年度は、93年度と比べると全学年で上回った。学年別でも、小学2年~中学1年で過去最高。さらに、小学生の数は93年度(876万8881人)より約25%減っているのに、小学2~6年では新規不登校の人数も過去最多だった。
 国立教育政策研究所の滝充総括研究官は「学年が上がると、勉強も人間関係も難しくなる上、自分の考えで動くようになるからでは」と指摘する。中学での急増は、「小学校で数日欠席していたような潜在的な不登校の児童が、学科担任制など学校システムの違いで顕在化するのだろう」。中学3年で少し下がるのは、「受験を意識するからだと考えられる」とした。
 聖心女子大の永田佳之教授(教育学)によると、不登校は先進国で広く見られる現象で、近年は日本と同じように新規不登校が増加傾向だという。グローバル化が進む中、能力主義が台頭していると指摘。また、価値観の多様化で学校の価値も相対的に下がっているという。
(略)


このblogを不登校をしていたり、不登校になりかけている若者が読んでいるかどうか分かりませんが、一人の大人の意見として言います。

私は不登校になったことはありませんが、学校には馴染めずにいました。後一歩で不登校になったのかもしれません。

その上で言います。

できるのであれば、学校へは行った方がいいです。

私のように人付き合いの下手な人間でも、学校に通っていたおかげで、なんとかサラリーマンを続けられる程度の社会性は身につけられた、と思っています。学校に行っていなければ、おそらく社会人を失格したでしょう。

それに、大人になれば分かることなのですが、学校の人間関係など卒業すれば基本的にご破算です。そりの合わない相手とのつきあいは全くなくなります。

クラスに馴染めない、という理由だけで学校に行かないのはもったいないことだと思います。

【朝日新聞】(社説余滴)似ている。けれど違う

1月29日朝日新聞朝刊、オピニオン欄の「社説余滴」のコーナー。国際社説担当・箱田哲也さんの「似ている。けれど違う」は、日本と韓国は一見似ているところがあるので、互いに同じと考えてしまい、ひとたび違いが表面化すると対立が深まる、ということを述べています。

 韓国の朴槿恵大統領の名誉を記事で傷つけたとして、産経新聞記者が韓国の検察に起訴された一件は、無罪判決が確定した。
 (略)
 今回の件は、今後の日韓関係を考えるうえで、改めて示唆するものが多かったと思う。その一つが両国間の「違い」の問題だ。
 日本に比べ、韓国メディアでは「言論の自由の危機」というとらえ方は少なかった。
 何人かの韓国の記者に理由を聞くと、おおむね二つの答えが返ってきた。誰もうのみにしない「証券街の関係筋」の話を引用したため記事が悪意的と映った。そして、そんな情報をもとに独身女性の大統領の異性問題を取り上げたため、真に守るべき「自由」にあたるのかという疑問が生じた、という指摘だ。
 特に後者については、長く朝鮮半島報道にあたってきた日本人記者のOBらも「あれはまずかった」と漏らした。儒教意識が強い韓国は極めて倫理志向的であるうえ、韓国の大統領は王と政治指導者の中間ぐらいに位置するなどと言われるからだという。
 一方で韓国メディアは、国家運営上の失政などに関しては、大統領にも容赦ない批判を加える。それだけに、言論の自由の危機といわれてもピンとこないのだろう。
 4年前、当時の李明博大統領が天皇への謝罪要求ともとれる発言をした時のことを思い出す。李氏は趣旨が誤解されたと必死で釈明したが、後の祭り。あまりに強い日本の反発ぶりに韓国では、天皇とはどんな存在なのかが大きな話題となり、日本研究者への問い合わせが相次いだ。
 中傷や扇動が目的の言動は問題外だが、共通の文化圏に住む、似たもの同士ゆえに気づかない部分も少なくない。
 「同じだ」という意識は過剰な期待や甘えにつながりやすく、それがかなわなかった時には大きな失望や強い敵対心すら招きかねない。
 似ている。けれど違う。
 互いにこう認識することで、避けることができる無用な衝突もあるのではないか。


日韓や日中について分析をするうえで、見た目は似ていることで小さな違いで互いに嫌悪感をもつことがある、という言説はよく見聞きします。例として、茶碗の持ち方などがあります。

確かに、茶碗の持ち方に普遍的なルールがあるわけではなく、それぞれの文化的な違いでしかありません。それで、相手の文化を劣っていると決め付けるのは間違っていると思います。

しかし、朴槿恵大統領の噂報道はそれとは異なります。言論の自由の侵害と考えたのは日本だけではありません。世界から懸念が示されていました。つまり韓国VS日本ではなく、韓国VS世界、という構図でした。

日本と韓国の文化的違いに根差した衝突という分析は誤りです。韓国が世界基準と違う行動をとったというのが客観的な事実です。

「日本人記者のOB」の意見も眉唾です。そもそもは韓国の新聞が報道したものを産経新聞が紹介したのに、起訴されたのは産経新聞だけです。「儒教意識」など関係ありません。おそらく、産経新聞を叩けるチャンスとみて起訴したのでしょう。

李前大統領の発言が、同じ文化圏だと思ったので日本の天皇観を見誤った、という分析も疑問です。たとえ対立していても、政治権力をもたない外国元首に対して非礼な態度をとらないのは普遍的なルールであり、李前大統領の件以外に例を聞いたことがありません。つまり日本が特殊なのではなく、李前大統領が(韓国が)特殊だったのです。

互いに、たくさんある外国の一つと認識すべきだ、ということであるなら、同意します。
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Author:えいび
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