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【アニメ】王様ゲーム

ひどい作品でした。普通なら一話で切るところですが、酷すぎて逆に最後まで観てみたくなりました。最後まで観て後悔しています。

似たような構造の作品に「Another」があります。これも学校のクラスで死が吹き荒れるというものです。必ずしも「Another」を高く評価しているわけではありませんが、「Another」にはリアリティーがあります。理不尽に人が死んでいくという設定の中で人間の、教師の、学校の、警察の対応に現実味がありました。「王様ゲーム」には全くありません。これだけの不審死が続いているのに親も学校も警察も介入しないというのはありえません。原作者の経歴は知りませんが、社会経験が乏しいか全くないのではないでしょうか?

炎に包まれた人間が普通にお喋りしているというのも異常です。ぶん殴って気絶させた男と性交なんてできません。社会の知識だけでなく理科の知識もないみたいです。

王様ゲームはネットの中に紛れ込んだという設定なのに、全員死んだら終了(生き残りがいたら次のラウンドが始まる)というのは意味がありません。案の定、最終回で全員死んだのに普通に次のゲームが始まるところで幕となりました。ネットに紛れているのだから、ゲームで全員死んでもそれで終わるわけありません。自分たちが犠牲になることで災いと止めるべきか、という葛藤を描きたかったのでしょうが、設定を理解できていないためか、無意味なものになってしまっています。

これは「リング」を意識したのではないかと想像します。そもそも「リング」の場合はテープのダビングによって増殖するので、このままでは全人類に波及するのではという恐怖がありました。しかし「王様ゲーム」ではゲームの構造上生き残りはいたとしても一人です。延々とラウンドが続いたとしても増えることはありません。一回のゲームが終了するのに手早く10日かかるとしても、10日で30人前後が死ぬというのが続くだけです。地球の全人口を勘案すれば、全人類に波及することはありません。(現在地球の人口は70億くらいですので、毎日20万人は普通に死んでいます)

「リング」を意識したのかもしれませんが、「リング」が分かっていませんし、自分の作品も分かっていないみたいです。

褒めるところが全く見つかりませんでした。

参)
【アニメ】Another
【本】Another(アナザー)

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【朝日新聞】夫婦の家事時間格差

12月29日朝日新聞朝刊の2面。「尊厳を守る労働 女性や若者に 女性に一定割合の管理職賛成」という記事が載りました。元厚生労働省事務次官の村木厚子氏とキャスターの国谷裕子氏の対談です。その中に「6歳未満の子供を持つ夫婦が家事・育児にかける時間」というグラフが載っていました。内閣府男女共同参画局のまとめによるものです。

朝日新聞のサイトからは画像がダウンロードできなかったので、内閣府からとってきました。調査年度が違うからか若干数字が異なっていますが、おおよその傾向は変わりません。

6歳未満の子供を


日本・米国・英国・フランス・ドイツ・スウェーデン・ノルウェーで妻と夫がそれぞれ育児を含めた家事と育児だけにどれだけの時間を費やしたのかを示しています。

男女比を比べると圧倒的に日本の夫は家事をしていないことがわかります。もっと男も家事をしろ、という内閣府のお叱りのようです。

だがちょっと待ってほしい(←朝日新聞で覚えた言い回しです)

それぞれの国の専業主婦の割合が計算に入っていません。

専業主婦(主夫でも)の場合、家事にかける時間が外で働いている配偶者より多くなるのは当たり前です。他国と比較するのであれば、専業主婦どうし、フルタイムの共稼ぎどうしを比べなければ意味がありません。

日本の専業主婦の割合が高いのであれば、家事時間の差が大きくでるのは仕方ありません。

日本で専業主婦が多いのが問題だという論点もあるかと思いますが、それをこのグラフで論じるのは間違っています。それをしたいのであれば専業主婦(主夫)の割合を比較すべきです。

【アニメ】将国のアルタイル

原作(漫画)は未読です。

架空歴史戦記です。中心となる国のモデルはオスマン帝国かと思われます。ヨーロッパ風の国々と戦争だけでなく同盟や調略など結構本格的な歴史ドラマが展開します。田中芳樹的な作品です。

長髪の美男子が多数登場するので女性向けという側面もありますが、題材は男向きで、骨っぽいストーリーです。原作者は女性で、女性漫画家らしい繊細な絵ですが、ストーリーから女女しい感じはしません。

話は途中で終わってしまいましたが、歴史ものなので途中で終わっても違和感はありません。歴史を題材にしていると、原理的には話の終わりはなくてもいいので・・・・・・

モデルとなったのはイスラム教とキリスト教の国々なのですが、この作品では宗教の葛藤は描かれていません。宗教の要素は面倒なことになるから外したのかもしれませんが、本格的な架空歴史ロマンであるなら入れて欲しかったところです。

あと、キャラクターをカッコよく描くことに腐心しすぎるような感じもありました。これは漫画原作なので仕方ないのかもしれません。

全体的には水準以上の出来だと思います。

【朝日新聞】慰安婦合意への韓国の対応

慰安婦問題の最終的かつ不可逆な解決をうたった日韓合意について、韓国の検証チームは非公開の合意までも公開し、おそらく再交渉を狙っていると思われます。

12月28日朝日新聞でも取り上げていました。その中から元駐日大使シンガクス氏の意見を引用します。

 報告書は合意について、安倍晋三首相のおわびの表明や日本政府の予算による財団設立など、慰安婦問題の解決を進展させた部分もあったとしながらも、手続きや内容に多くの問題があったと指摘し、全体として批判的な内容になった。
 2015年12月の合意直後、韓国世論は今ほど悪い評価ではなかった。反対が70%に達するまで悪化したのは、朴槿恵前政権の説明不足に加え、日本側で謝罪を覆すような発言が相次ぎ、日本が10億円を払って問題を終わらせたというイメージが定着したためだ。
 歴史問題は、謝罪しながらそれに反する話をしたり、別の要求を繰り返したりすれば永遠に解決できない。ともに協力しなければならず、両政府は被害者の気持ちをどのようにすれば慰めることができるか、さらに真剣に考えるべきだ。
 国家間の合意は基本的に守られなければならないが、金科玉条ではなく「調整」はできる。たとえば日本政府は元慰安婦に率直な謝罪を盛り込んだ手紙を改めて送り、韓国政府は自国の予算で慰安婦問題を歴史の教訓として伝える。互いに不足部分を埋める努力をすることで円満に解決する道はあると思う。


日本側の「謝罪を覆すような発言が相次ぎ」というのは何のことかわかりません。私の記憶ではそういう発言はありませんでした。ひたすら”最終的かつ不可逆に解決した”と突っぱねただけです。

「日本が10億円を払って問題を終わらせた」というのはイメージではなく、事実です。日本はやることをやって「問題を終わらせた」のです。

この件に関して、日本の政治家の発言は一貫しています。

いままた、元慰安婦に手紙を送るなどという「調整」案を持ち出しても、すくなくとも安倍政権の間は(もしかしたら自民党政権の間は)応じることはないでしょう。

そういえば、朴政権時代に追加処置を求めてきたことがありましたが、安倍総理は「毛頭考えていない」と断りました。もしかしたら「謝罪を覆すような発言」ってこのことかな?

28日の朝日新聞の社説でも「さらに日本政府にできることを考え、行動する姿勢が両国関係の発展に資する」と落としどころを探っている感じです。

しかし、ここで譲歩をすれば、次の政権で(もしかしたら今の政権も)また追加処置を求めてくるのは火を見るより明らかです。

日本が再交渉に応じる気配がないことを察しているであろう知日派の韓国人でさえ、こうした甘い期待をしているようでは、いずれ失望とともにさらに対日感情が悪くなるでしょう。そしてその反応を見た日本の対韓感情もさらに悪化するでしょう。

今後の日韓関係は悪くなる基調で推移すると推測します。

それはともかく、慰安婦合意の公表されていない部分に、スワップ交渉の再開とか締結とかの条件が入ってて、それで大使館前の慰安婦像を撤去しないことを理由に日本政府は交渉に応じないのだとばかり思っていました。今回韓国が非公開の合意まで公開してくれたことで、スワップに関するものがなかったことが明らかになりました。

これなら、仮に慰安婦像を撤去してもスワップ締結はしなくて済むかもしれません。

【アニメ】妹さえいればいい。

原作は既読。作者は「僕は友達が少ない」(通称「はがない」)の平坂読です。まだ未完ですが「はがない」同様にすこぶる面白い作品です。アニメ化を楽しみにしていました。

原作と映像ではテンポが違うので、当初はちょっと違和感がありましたが、次第に慣れてきました。

誇張されているのでしょうが、作家の日常が垣間見えてそれも興味をそそりました。

一見すると変態チックなのですが、実は基本的にいい話なので癒されます。

秀作でした。

【朝日新聞】ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました。

12月25日朝日新聞夕刊。『桃太郎、鬼に子どもがいたら? 「退治は正義か」考える授業 岡山の中学』より
 

「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました。」――こんなキャッチコピーの新聞広告をもとに道徳の授業が生まれた。多様な価値観がぶつかり合う時代に、異なる視点を持つことの大切さを考える。桃太郎伝説の故郷、岡山県で始まった授業が全国に広がるか。
 12月上旬、岡山県津山市の市立西中学校。2年生の道徳の授業で、担任教諭の谷本薫彦さん(39)が生徒へ問いかけた。
 「もし桃太郎が鬼にも家族がいることを知ったら、どうしたいと思うだろう」
 授業ではまず、昔話の「桃太郎」を学ぶ。おじいさんとおばあさんから「鬼が村を荒らして困る」と聞いた桃太郎が鬼ケ島に渡り、鬼たちを退治して物語は終わる。そこへ谷本さんが鬼の子ども「鬼太郎」というキャラクターを示す。
 生徒からは「やっぱり退治するしかなかった」という意見の一方、「家族がいると分かれば、村に帰ろうと思うはず」という声も出た。次に、どんな選択肢があれば桃太郎が鬼を殺さずに済むのか議論すると、「鬼に農業を教えたら村を荒らしに来ない。鬼ケ島に農機具を持っていこう」といった発想も生まれた。
 「なぜ桃太郎には最初、鬼退治という選択肢しか浮かばなかったんだろう」という谷本さんの質問に、「鬼を悪者と決めつけてしまったから」と答えた小原彩希さん(14)。授業後、「自分も決めつけたことがあったな、と気づいた」と話した。
(略)
 谷本さんは言う。「従来の道徳の読み物教材では、生徒たちは意図される答えを察して答える。でもこの授業では期待を超える答えが出て、様々な考えや価値観を実感できる」


一般論としては、他人がどういう考えでいるのかを考えるというのは大事なことです。その意味で鬼の立場に立って桃太郎を見つめなおすというのは面白いこころみかもしれません。しかし、この授業には違和感があります。それは

>従来の道徳の読み物教材では、生徒たちは意図される答えを察して答える。でもこの授業では期待を超える答えが出て、様々な考えや価値観を実感できる

というのはまったくの錯誤だからです。多くの生徒が意図を察して答えているのは記事からも読み取れますし、そればかりか先生が答えを誘導しているのさえもうかがえます。

端緒となる「もし桃太郎が鬼にも家族がいることを知ったら、どうしたいと思うだろう」という問いかけ自体、どういう答えが望ましいのか暗黙のうちに提示しています。「やっぱり退治するしかなかった」というもっともな意見には反応せず、「どんな選択肢があれば桃太郎が鬼を殺さずに済むのか議論」しはじめるのも、おそらく教師は誘導です。あえて言えば洗脳です。

そもそも桃太郎というおとぎ話を題材に選んだところが誘導(洗脳)しやすい構造になっています。鬼にひどい目にあわされた被害者のことなど考えずにすむ仕掛けだからです。本当につきつめる問いにするなら、現実にあった事件、例えば、相模原障害者施設の事件なんかを題材にしてはどうでしょうか?

先生「もし犯人の植松聖にも家族がいることを知ったら、どうしたいと思うだろう」
生徒「家族がいたっていなくたって本人の罪の重さは変わりません」
先生「どんな選択肢があれば植松に厳罰を与えずに済むのだろうか」
生徒「いや厳罰でいいと思います」

誘導できません。

私は天邪鬼なので、中学生時代にこんな授業を受けたと想定したら、「平家の轍を踏まないために、鬼の子は赤ん坊であっても男なら首をはねておくべきだった」と答えたいです。

【アニメ】クジラの子らは砂上に歌う

原作は未読です。漫画作品で作者は梅田阿比さんという女性だそうです。

砂の上をさまよう巨大船の上に、超能力をもった短命の人間と能力のない普通の人々とが暮らしています。しかし外部世界と接触をもったことがきっかけで、楽しからざる世界の秘密が徐々に明らかになっていきます。

傑作「新世界より」を彷彿とさせますし、「無限のリヴァイアス」っぽいところもあります。

残念なことに、完全に中途半端な終わり方をしました。これでは評価のしようがありません。一段落ついたというわけでもなく唐突に終わってしまっています。どういうつもりで制作したのか不思議です。

ところで原作者の梅田阿比さんの名前なのですが、稗田阿礼からとったのでしょうか?

【朝日新聞】熊本市議の赤ん坊連れ問題

12月23日朝日新聞朝刊オピニオン欄。「ニッポンの宿題:女性の進出、阻むもの」で、熊本市議会に赤ん坊連れで出席しようとした熊本市議緒方夕佳氏の話を引用します。

 生後7カ月の長男を連れて先月、熊本市議会の本会議に出席しようとしましたが、認められませんでした。「傍聴人は議場に入れない」という規則があり、議員の子供も傍聴人とみなされたのです。開会を遅らせたとして文書で厳重注意されました。
 ある議員からは、「議会は神聖な場だ」と言われましたが、私は民主主義の場であり社会の縮図であるべきだと思います。でも熊本市議会は48人中女性が6人だけ。幼い子供を育てている女性議員は、私ひとりです。
 私は米国の大学院を出て、イスラム圏であるイエメンの国連開発計画(UNDP)の事務所で3年半働いたあと、帰国しました。
 日本政府は「女性の活躍」を長く掲げてきましたが、日本では、子育てと仕事が両立できる環境が整っていないと痛感しています。私は、子育て世代の訴えを代弁しようと長男を本会議に連れていったのですが、今回の件では全国から賛否の電話やメール、手紙をたくさんもらいました。女性からは「子育てしながら働くのは本当に難しい。応援します」という声がある一方で、「私は職場に迷惑をかけずにやってきた。これだから女はだめだと言われ、迷惑だ」「わが社では即、クビです」という批判もありました。共通するのは、男性中心の制度に、女性が合わせようと苦労している姿です。
 今回の経験で感じたのは、男性は外で働き、女性は家事と子育てという強い役割分担意識が、日本で女性の活躍を阻んでいるという実態です。市議会で、男性の市職員の育児休暇取得を促すよう執行部に求めたことがあります。上司の一言で職員は休みを取りやすくなると思ったのですが、執行部は応じません。男性が育児休暇を取らないと、子育ては女性という意識が世の中に固定化します。男女とも子育てする人が増えれば、理解が深まり、両立がしやすい環境ができていくと思うのですが。
 子供の同伴は、欧州議会などでは認められています。私は市議会事務局にサポート態勢を相談し、授乳もあるので赤ちゃんと一緒に議会に出たい、と要望しました。しかしベビーシッターを個人で雇ってくださいと言われました。傍聴者も使える無料託児所をつくることも求めましたが、相手にされません。子育ては個人の問題だという意識がとても強いのです。
(略) 



基本的には子供を連れて議会に出てもかまわないではないかと思います。非難する人間はあまりにも不寛容です。しかし、緒方氏の発言に全面的に賛成しているわけではありません。


市議会は民主主義の場であるというのは同意しますが、それが子供を連れてきていいという理由にはなりません。

市議会が社会の縮図であるというのは間違いです。議員は有権者がそれにふさわしいと考える人を多数決で選んだものです。抽選で議員が決まっているなら社会の縮図になるかもしれませんが、今日の議会が社会の縮図であるはずがありません。

市議会が神聖な場かどうかは知りませんが、神聖な場であったとしてそれが子供を連れてきてはいけない理由にはなりません。神社でも教会でも寺院でも、神聖な場所だけれど、子供連れはOKです。

どっちもどっちで理由にならないことを言い合っています。


欧州議会では認められているそうですが、欧州の地方議員というのは薄給だったり無給だったりするボランティア色の強いものです。したがってベビーシッターを雇うのも一苦労だったりしそうです。緒方氏は、日本の地方議員ですのでそれなりの所得がありますし、おそらく夫婦共稼ぎです(そうでなければ旦那が子供の面倒を見ていればいいわけですから)。したがって世間一般より高収入だと考えられます。

ベビーシッターを個人で雇ったら、という提案をなぜ飲めないのでしょうか。託児所を作る提案はいいとしてなぜ無料にしろと言うのでしょうか。市の予算でシッターを雇ったり託児所を運営したら、それは市民の税金でまかなうことになります。

子育て中の女性ということで、目くらましをされそうですが、冷静に考えれば政治家が税金を食い物にしようとしているのです。


緒方氏は自己利益のためではなく、率先して風穴を空けようという可能性もないとは言い切れません。しかし私にはそれは疑問です。それはつぎのくだりからの推測です。

>私は米国の大学院を出て、イスラム圏であるイエメンの国連開発計画(UNDP)の事務所で3年半働いたあと、帰国しました。

前後の脈絡なら米国の大学院を出たことを話し出しています。米国の大学院では教授が子供連れで講義していた、とか言うのであれば必要な情報ですが、この文脈では意味がありません。

鼻持ちならないエリート臭がします。

【アニメ】十二大戦

原作:西尾維新

原作小説は既読です。最終回の元となった漫画「どうしても叶えたいたったひとつの願いと割とそうでもない99の願い」は未読です。

原作小説は面白かったのですが、アニメの出来は今一つといったところです。絵が悪いとか動きがよくないとかいったアニメーション制作会社の問題ではありません。アニメーションとしては大きな問題はなく良くできていたと思います。

結局のところ、西尾維新の小説が映像向きでないというのがすべてです。ストーリーを動く絵に置き換えるだけでは魅力を引き出せないのです。例えば、原作では「亥」の戦士の使用武器は両手に構えた機関銃で、それぞれ「愛終(あいしゅう)」と「命恋(いのちごい)」という名前がついています。小説を読んでいて、このくだりに震えたものですが、アニメでは機関銃の名前などといった些末で映像に関係ない部分はカットされてしましました。もちろん、西尾維新の言葉遊び的な部分をアニメで表現したらテンポが無茶苦茶になるからカットするのは映像表現としては当然です。

原作は面白く制作会社も悪くないのにアニメーションとして上出来とは言えない、とてももったいない作品でした。

【朝日新聞】「ネット右翼」の背景

12月21日朝日新聞朝刊オピニオン欄の「論壇時評」。歴史社会学者・小熊英二氏の「弱者への攻撃 なぜ苛立つのか」より

 みんな、何に苛立っているのだろう。何をそんなに恐れているのだろう。
 木村忠正によると、在日コリアンなどを「ゴキブリ死ね」などと侮蔑するネット投稿の「主旋律」は、「弱者利権」批判だという。ここでの「弱者」には、「生活保護」「沖縄」「LGBT」「障害者」「ベビーカー」なども含まれる。投稿者たちは、これらの人々が「立場の弱さを利用して権利を主張」しているとみなす。「在日特権」という言葉はそうした認識を象徴するものだ。
 また木村は、ネット上の韓国・中国への侮蔑も「弱者利権」批判の延長だという。木村によればネット上の中韓批判は「歴史修正主義やナショナリズムの問題というよりも、慰安婦問題、戦争責任、戦後補償、植民地支配について、韓中にいくら謝罪しても結局(第二次大戦時における弱者の立場を盾に取り賠償金をとろうとして)問題を蒸し返されるという意識が根底には強く横たわっている」。その延長で、「弱者」の擁護者とみなされた新聞も「マスゴミ」などと侮蔑される。つまり「嫌韓・嫌中」や「マスコミ批判」も、「弱者に対する強い苛立ち」から派生しているというのだ。
 なぜ彼らは苛立つのか。木村は投稿者たちを「『マジョリティ』として満たされていないと感じている人々」と形容する。「弱者」や「少数派」より、自分たちこそ優遇されるべきだ。彼らはそうした認識に立ち、「その人たちなりの公正さ」を主張しているのだという。
(略) 
 木村を始めとした日本のネット研究者は、過激な投稿をする人に、所得や学歴で顕著な特徴は見いだせないという。彼らは、必ずしも経済的な「弱者」ではないのだ。
(略)


ある特定の思想・信条を持つ人たちがどういう背景を持っているのかと考えるのは無益なことではありません。背景を知ることで、彼らの発言だけからではわからない、根底にある根っこが見えてくる可能性があるからです。

しかし、小熊氏が紹介する「ネット右翼」の背景分析には賛同できません。

当初の説は「ネット右翼は、低学歴で低賃金。日頃のうさを晴らすために中韓の悪口をつらねている」というものでした。しかし実際の調査で、彼らの中には高学歴者もいれば高収入者もいることがわかり、学歴や収入は関係ないことが明らかになりました。そこで次に出てきた説が、「『マジョリティ』として満たされていないと感じている人々」説です。

問題だと思うのは、「低賃金、低学歴」説がどこから生み出されたかです。実体とあってないのですから誰かの想像に決まってますし、その想像が流布したのは、多くの「ネット右翼」批判者(いわゆる日本のリベラル派)がその想像を共有したからです。彼らは「ネット右翼」の主張を吟味して批判するとう本道ではなく、小馬鹿にして貶めることで対抗していたのです。

世の中には低賃金でも仕事を頑張っている人もいれば、学歴がなくても立派な人間もいます。しかし、日本の「リベラル派」の多くが、弱者の味方を自称していながら、心の底では低学歴者や低収入者を軽蔑していたのです。

最低でも「ネット右翼」が低学歴でも低収入でもないと気が付いた時に、自分たちの心根の醜さを恥じなければならなかったはずです。その反省すらない人たちなんだなあ、と深く心に刻みました。

【ウルトラセブン】第三十五話:「月世界の戦慄」

ザンパ星人登場

月基地が爆破されます。地球からキリヤマ隊長とダンが、V3からクラタ隊長と部下が調査に向かいます。月への途中不審な事故が相次ぎますが、実はクラタの部下にすりかわったザンパ星人の仕業でした。このザンパ星人はヘルメス惑星でキリヤマ隊長とクラタ隊長に艦隊を全滅させられた生き残りです。両隊長に復讐しようというわけです。

専守防衛だと思われていたウルトラ警備隊が他所の星系まで出かけてドンパチやっていたことが明らかになりました。

気になるのはザンパ星人がヘルメス惑星出身なのか、彼らもよそからやってきたかです。ザンパ星人もよそからやってきたのなら、ウルトラ警備隊(地球)との戦争は良いも悪いもないでしょう。両隊長への復讐の熱意がどこから来るのか不思議です。

そうすると、ザンパ星人はヘルメス惑星の住民で、彼らにとっては地球に侵略されたという意識でいると考えるべきかもしれません。もちろん地球側には正当な理由がある行動で、ザンパ星人のやってることは逆恨みなのかもしれませんが・・・・・・

【朝日新聞】日本の欧米崇拝

12月19日朝日新聞朝刊「ニュースQ3」のコーナー。「イシグロ氏ノーベル賞、沸く日本・静かな英国」より

 日本生まれの英国人作家カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を受賞した。日本では連日報道され盛り上がったが、イシグロ氏の地元、英国では様子が違うようだ。
 「日本語をちりばめたスピーチで非常にうれしかった」。授賞式翌日の11日、フジ系の情報番組で、キャスターがイシグロ氏の晩餐会スピーチについてこう語った。他局も関連行事が始まった6日以降、「日本への思い語る」などと報道し、大学の恩師らに取材した番組も。10月の授賞決定時に1面トップとした朝日新聞など各紙も連日、現地の動きを報じた。
 だが、英国では意外にも静かな反応だ。授賞式の翌日、主要紙デイリー・テレグラフ、ガーディアン、タイムズのうち、式典や晩餐会スピーチの様子を報じた新聞はなかった。文学賞の授賞が決まった時も1面で報じたのはガーディアンだけ。他紙は中の面で、日本のように読者、親類の反応まで報じる記事は見当たらなかった。
(略)
 日英の反応はなぜ違うのか。英国文化に詳しい北九州市立大の高山智樹准教授(文化研究)は「英国人は自国の文化に自信を持っており、海外の評価を気にしないからだ」とみる。本ならば、ノーベル文学賞より、英国最高峰のブッカー賞の方が話題になるそうだ。
(略)
 日本にゆかりのある人などが賞を受けることに関心が集まるのは自然だ。一方で、日本のメディアや社会がノーベル賞だけでなく、「世界遺産」などでもにぎわうことについて、「科学・技術や理屈を重視する欧米主導の近代的な価値観に固執しているからだ」と経済学者の水野和夫・法政大教授は話す。「既に近代は終わろうとしているのに、欧米に追いつけ追い越せの価値観から抜け出せていない証しではないか」
 ナショナリズムの観点からの分析もある。樋口直人・徳島大准教授(社会学)は、英国人のイシグロ氏が今回、日本人と同じように扱われたことに着目。「日本人が、序列の上位にあると考える欧米文化圏で評価された。だからこそ『日本人』の境界をイシグロ氏まで広げて類似性や関連性を強調する。文化的序列の中で、『日本人』の定義が都合よく容易に動くことを象徴したと思う」とみる。


英国人は日本人に比べて海外の評価を気にしないというのは本当かもしれません。そういえば、米国が駐イスラエル大使館のエルサレム移転を発表した際の英国首相の反応にはややうんざりしました。英国の外交が原因で今日の混乱が起きていることに対して自省心(海外の評価を気にするこころ)がないのか、と思いました。

それはともかく、日本人は欧米崇拝がはなはだしいというのはあり得そうな仮説ですが、逆の事象も見つけられます。

半年ほど前の新聞の投書です。中国人留学生の投書でしたが、高校生の数学オリンピックだか化学オリンピックだかで日本人が金を取ったのに大きく報道しないことに驚いていました。中国なら国をあげて祝福するのに日本人は冷たいのでは、という趣旨です。これは日本人がノーベル賞だの世界遺産だのといった特定のものが大好きなだけで、欧米の価値観一般を追認しているわけではないとも考えられます。

また、米国の映画関係者が日本での米国映画の売り上げが日本映画に負けていることにいらだっているという報道がありました。裏を返せば、日本以外の少なくとも主要な国では、米国映画のシェアが高いということだと思います。これは日本の映画ファンが欧米崇拝とは違った価値観も持っていることを示唆しています。

”日本人は欧米人にコンプレックスがあって・・・・・・”というのは耳に入りやすい説ですし、もっとも思える部分もなくはありませんが、それほど単純なことではないと思います。

【世論調査】朝日新聞12月19日

12月19日朝日新聞朝刊に世論調査の結果が発表されました。
 (数字は%。小数点以下は四捨五入。質問文と回答は一部省略。◆は全員への質問。◇は枝分かれ質問で該当する回答者の中での比率。〈 〉内の数字は全体に対する比率。丸カッコ内の数字は11月11、12日の調査結果)

◆あなたは、安倍内閣を支持しますか。支持しませんか。
 支持する41(44)
 支持しない38(39)
 その他・答えない21(17)

◇(「支持する」と答えた人に)それはどうしてですか。(選択肢から一つ選ぶ=択一)
首相が安倍さん10〈4〉
自民党中心の内閣20〈8〉
政策の面21〈9〉
他よりよさそう47〈19〉

◇(「支持しない」と答えた人に)それはどうしてですか。(択一)
首相が安倍さん21〈8〉
自民党中心の内閣23〈9〉
政策の面43〈17〉
他のほうがよさそう8〈3〉

◆あなたは今、どの政党を支持していますか。政党名でお答えください。
自民36(37)
立憲9(12)
希望1(3)
公明3(3)
共産3(3)
維新1(2)
社民0(1)
民進1(1)
自由0(0)
日本のこころ0(0)
その他の政党0(1)
支持する政党はない36(30)
答えない・分からない10(7)

◆野党についてうかがいます。あなたは、民進党から立憲民主党や希望の党などに分かれた勢力が、自民党に対抗するため、国会で一つにまとまるほうがよいと思いますか。その必要はないと思いますか。
 一つにまとまるほうがよい39
 その必要はない42
 その他・答えない19

◆第2次安倍政権が発足してから、間もなく5年になります。安倍首相のこれまでの実績全体を見て、10点満点で採点してください。5点を真ん中として、よい評価なら6点以上、悪い評価なら4点以下という具合に、0点から10点までの点数で答えてください。
0点3
1点2
2点4
3点9
4点15
5点23
6点18
7点14
8点8
9点1
10点1
その他・答えない2

◆安倍首相の「経済政策」や、年金、子育てなどの「社会保障政策」、「外交・安全保障政策」、「原発・エネルギー政策」、「憲法改正」の五つについても10点満点で採点してください。まず、これまでの経済政策には何点をつけますか。0点から10点までの点数で答えてください。
0点2
1点1
2点3
3点8
4点11
5点25
6点17
7点14
8点9
9点1
10点2
その他・答えない7

◆これまでの年金、子育てなどの社会保障政策には何点をつけますか。0点から10点までの点数で答えてください。
0点5
1点2
2点5
3点14
4点17
5点26
6点13
7点8
8点3
9点1
10点1
その他・答えない5

◆これまでの外交・安全保障政策には何点をつけますか。0点から10点までの点数で答えてください。
0点4
1点2
2点4
3点9
4点12
5点24
6点15
7点12
8点8
9点2
10点3
その他・答えない5

◆これまでの原発・エネルギー政策には何点をつけますか。0点から10点までの点数で答えてください。
0点9
1点3
2点6
3点13
4点16
5点26
6点9
7点7
8点4
9点1
10点1
その他・答えない5

◆憲法改正をめざす安倍首相の姿勢には何点をつけますか。0点から10点までの点数で答えてください。
0点12
1点3
2点7
3点10
4点10
5点22
6点11
7点8
8点6
9点2
10点4
その他・答えない5

◆あなたは、この5年間で政治への興味が増しましたか。それほどでもありませんか。
 興味が増した37
 それほどでもない55
 その他・答えない8

◆あなたは、学校法人「森友学園」や「加計学園」に関わる問題の真相解明について、安倍政権の姿勢を、評価しますか。評価しませんか。
 評価する11
 評価しない74
 その他・答えない15

◆消費税の使い道についてうかがいます。安倍内閣は、消費税を10%に引き上げる分の使い道を変え、国の借金返済から、一部を幼児教育や保育の無償化などにあてると決めました。あなたは、この方針は消費税の使い道として、妥当だと思いますか。妥当ではないと思いますか。
 妥当だ51
 妥当ではない38
 その他・答えない11

◆今月、皇室会議が開かれ、天皇陛下は2019年4月30日に退位することが決まりました。あなたは、退位が決まったことは、よかったと思いますか。よくなかったと思いますか。
 よかった89
 よくなかった3
 その他・答えない8

◆あなたは、今後の天皇の退位のあり方について、引き続き議論するほうがよいと思いますか。その必要はないと思いますか。
 議論するほうがよい50
 その必要はない39
 その他・答えない11
     ◇
 〈調査方法〉 コンピューターで無作為に電話番号を作成し、固定電話と携帯電話に調査員が電話をかけるRDD方式で、16、17の両日に全国の有権者を対象に調査した(固定は福島県の一部を除く)。固定は、有権者がいる世帯と判明した番号は1987件、有効回答923人。回答率46%。携帯は、有権者につながった番号は1988件、有効回答1004人。回答率51%。


この世論調査が私のところに来たと仮定して回答してみます。

>◆あなたは、安倍内閣を支持しますか。支持しませんか。
支持します。

>◇(「支持する」と答えた人に)それはどうしてですか。
首相が安倍さんだからです。

>◆あなたは今、どの政党を支持していますか。政党名でお答えください。
支持政党はありません。

希望の党はガタガタですね。立憲は、分裂前の民進の支持率と比べると、まだ踏ん張っている感じがします。維新はちょっと苦しくなってきました。

>◆野党についてうかがいます。あなたは、民進党から立憲民主党や希望の党などに分かれた勢力が、自民党に対抗するため、国会で一つにまとまるほうがよいと思いますか。その必要はないと思いますか。
分裂前の民進の支持率から考えて、立憲は他と差別化することで支持を増やしていると考えられます。1%の支持率しかない希望や民進といっしょにやるのは得策ではありません。

>◆第2次安倍政権が発足してから、間もなく5年になります。安倍首相のこれまでの実績全体を見て、10点満点で採点してください。5点を真ん中として、よい評価なら6点以上、悪い評価なら4点以下という具合に、0点から10点までの点数で答えてください。

>◆安倍首相の「経済政策」や、年金、子育てなどの「社会保障政策」、「外交・安全保障政策」、「原発・エネルギー政策」、「憲法改正」の五つについても10点満点で採点してください。まず、これまでの経済政策には何点をつけますか。0点から10点までの点数で答えてください。

>◆これまでの年金、子育てなどの社会保障政策には何点をつけますか。0点から10点までの点数で答えてください。

>◆これまでの外交・安全保障政策には何点をつけますか。0点から10点までの点数で答えてください。

>◆これまでの原発・エネルギー政策には何点をつけますか。0点から10点までの点数で答えてください。

>◆憲法改正をめざす安倍首相の姿勢には何点をつけますか。0点から10点までの点数で答えてください。


新しい企画です。しかし10点満点は細かすぎます。せいぜい5点満点くらいじゃないとかえってわかりづらいと思います。

>◆あなたは、この5年間で政治への興味が増しましたか。それほどでもありませんか。

選択肢が変じゃないですか。「1)興味が増した2)変わらない3)興味が減った4)その他・答えない」とすべきです。どこに誘導したいのでしょうか?

>◆あなたは、学校法人「森友学園」や「加計学園」に関わる問題の真相解明について、安倍政権の姿勢を、評価しますか。評価しませんか。

こういう質問もくだらないと思います。こういう風に聞けば大多数は「評価しません」と答えます。

『あなたは、学校法人「森友学園」や「加計学園」の問題を野党が国会で追及をすることをどう思いますか?
1)もっと追求すべき
2)他の問題に注力すべき
3)その他・答えない

といった質問の仕方なら世論をより正確にすくいとれると思います。

>◆消費税の使い道についてうかがいます。安倍内閣は、消費税を10%に引き上げる分の使い道を変え、国の借金返済から、一部を幼児教育や保育の無償化などにあてると決めました。あなたは、この方針は消費税の使い道として、妥当だと思いますか。妥当ではないと思いますか。
正直言ってよくわかりません。

>◆今月、皇室会議が開かれ、天皇陛下は2019年4月30日に退位することが決まりました。あなたは、退位が決まったことは、よかったと思いますか。よくなかったと思いますか。
よかったと思います。

>◆あなたは、今後の天皇の退位のあり方について、引き続き議論するほうがよいと思いますか。その必要はないと思いますか。
議論すべきです。

【朝日新聞】女性議員クォーター制度

12月17日朝日新聞社説「政治と女性 目標値を検討する時だ」より

 もはや「自然増」を漫然と待つべき状況ではない。政治の世界に女性が少なすぎる。
 10月の衆院選で、女性候補者は全体の17・7%だった。それでも過去最高だったというが、5人に1人にも満たない。
 当選者数は、もっと小さい。定数465で、47。前回より2人増えても1割にすぎない。
 国際的にも格差はきわだつ。「世界経済フォーラム」によると、日本の「国会の男女比」は144カ国中129位。まぎれもない「後進国」である。
 男女雇用機会均等法の施行から31年たっても、政界は分厚いガラスの天井に覆われている。
 いま必要なのは、ありふれた女性活躍の掛け声ではない。真の政治的意思を持って「目標値」を定めることである。
 女性が増えればすぐ社会が良くなるわけではない。男性と同様に、女性も個々には政治家としての資質の優劣はある。
 だとしても今の状況で国民の声をあまねく反映できるはずがない。国の意思決定の場に女性の数が大きく増えれば、政治の風景は間違いなく変わる。
 多くの女性が、育児と仕事を両立させる苦労を強いられている。職場で名字が変わる不都合さも身にしみている。家庭の事情で仕事をあきらめるのも、女性の場合が多いのが現実だ。
 より暮らしやすい社会づくりに何が必要か。女性が多い国会は、長時間労働や保育、介護などの問題にもっと敏感になりえる。選択的夫婦別姓を求める声も届きやすくなるだろう。
 海外では、候補者や議席の一定割合を女性に割り当てるクオータ制の導入が進んでいる。
(略)


国会議員が一方の性(男性)だけに偏るはっきりした理由はわかりません。クォーター制度で上げ底をしている国が多いということは、上げ底をしなければ議員は男性に偏るということの証左でもあります。ほぼすべての国でクォーター制度なしの自由選挙をすれば男性議員が多数を占めるのだと思います。

現在の国会議員に限らず、過去の政治家などは別に筋力を必要としているわけでもないのにほぼ男性で占められていました。ユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史」でもその謎を取り上げていましたが、今のところもっともだと考えられる仮説すらありません。

確かに政治家が男性にだけ偏っているのは、女性の声を政治に反映させにくいという欠点はあるかもしれません。しかし、偏りがあるのは性だけではありません。

出身地も偏っています。選挙区は全国にあり、人口比でいえばむしろ地方の方に配分は多いのですが、今の国会議員が生まれたのはだいたいが東京圏です。地元(こういう表現自体間違っていますが)には選挙事務所があるくらいで、生活の拠点は東京です。

地元の有権者が選んでいるのだからいいじゃないか、という理屈は通りません。男性に偏っている国会議員だって女性有権者も投票して決めているのですから理屈は同じです。

年齢層でも偏っています。国会議員は老齢者に偏り、国民の人口ピラミッドを反映していません。

後天的な要素ですが、学歴にも偏りがあります。ほぼ全員が高学歴というのは、有権者とかけ離れています。

このように、国会議員の構成に偏りがあり少数派の声が反映しにくいというのは、決して性だけではありません。

にもかかわらず男女差だけをことさらに問題視し、クォーター制度を導入するのは疑問があります。優秀な女性が議員になりやすいようなサポート体制をつくろうということなら賛同できるのですが・・・・・・

【東京新聞】山口二郎氏のコラム

朝、東京新聞が入っていました。見本で読んで気に入ったら取ってくださいということだと思います。前にも東京新聞が入れてあったことがあります。なかなか商売熱心です。

特報欄に「本音のコラム」というコーナーがあって、法政大学教授の山口二郎氏の「フール・ジャパン」というのが面白かったので引用します。

最近の日本では過去、現在を通して何かにつけて自画自賛する風潮が目立つ。テレビのバラエティー番組では外国人が日本の美点をほめる企画がはやり、出版界も同様である。この種の企画を考える人は、ウォシュレットを褒めてもらってうれしいと思うのだろうか。
自国褒めを過去にさかのぼらせれば、歴史修正主義になる。サンフランシスコ市が慰安婦像の設置を認めたことに抗議して、大阪市が同市との姉妹関係を断絶するkとになった。慰安婦への人権侵害を記憶するモニュメントを作ることを直ちに日本への攻撃と受け止めることは短絡的である。自画自賛は、歴史を冷静に検証することを拒絶する。
政府はクールジャパンのスローガンの下で、アニメ、日本食など文化を輸出し、資金を拠出してファンドまで作った。しかしこのファンドが出資した案件で成功しているものはほとんどない。
(略)
日本が直面している難題を解決するためには、自分たちの失敗を直視しなければならない。自国の欠点を直截に指摘する者に反日というレッテルを貼るのはクールではなくフールである。
官民こぞってフールの楽園で自己満足に浸るならば、それこそ亡国の道である。



企画を考えた人がウォシュレットを褒めてもらってうれしいのか、と問いかけるのはナンセンスです。嬉しがるかもしれないのは、企画を考えた人ではなく、その企画の番組視聴者や、その出版物の読者です。

さらには、日本の発明であるウォシュレットを褒められて素朴に喜ぶ人のどこがおかしいのかわかりません。山口氏には、便器=汚いもの=褒められるに値しないもの、という偏見があるのではないでしょうか。


自国褒めを過去にさかのぼらせたら、納豆は体にいいとか、江戸時代の経済活動は先進的だとか、縄文土器は素晴らしいだとかになるのが普通の発想です。歴史修正主義になる、というのは論理が飛びすぎです。


わざわざサンフランシスコに慰安婦像を作るのを、日本への攻撃と受けたらないというのは感度がおかしいです。中韓住民による日本排撃の一環で、表向きの理由に過去の人権侵害を記憶するモニュメントだと言い募っているだけでに決まっています。


日本のアニメや日本食を海外に広める活動は、経済活動の一環であり、日本のソフトパワーの伸長を期待したものです。歴史修正主義とは関係ありません。


山口氏の言をそのまま返せば、中韓の欠点を記すいわゆるヘイト本は、中韓への攻撃ではなく中韓の「欠点を直截に指摘」している本なのでしょうか。平和憲法を70年守ってきたすばらしさを語ることは、自国褒めなのですか。

短いコラムなのに突っ込みどころだらけでした。

【映画】オリエント急行殺人事件

原作は既読。アルバート・フィニー主演の旧作も観ています。

残念な作品でした。

まずエルキュール・ポアロがおかしいです。一目で職業やら出自やらを推理するというシャーロック・ホームズのまねはまだいいとして、容疑者と追いかけっこというアクションがあったり、奥さんだか恋人だかの写真に話しかけたり、銃をちらつかせながら最後の謎解きをするというのは、まるっきりポアロじゃありません。安手のヒーローになり下がりました。制作者は原作を読んだことがないのでしょか。読んだことがあったとしても原作を好きではなかったようです。それなら撮るのをやめてほしいです。

重要な登場人物を黒人にしたのはもうんざりです。最近のアメリカ映画はみんなこれをします。だいたいインド駐留の英国軍に黒人がいたというのも不自然な気がします。どうしても有色人種を出したいならインド人にするべきでした。とにかく黒人をちょっといい役につけようというのは、当の黒人の観客はどう思っているのでしょうか?

原作は、殺人は一個しかありませんし、物語の大部分が車内での尋問と捜索という小説媒体では気になりませんが、映像的には地味な作品です。したがってキャストを豪華にして車内の調度類にも力を入れるというのはフィニー版と共通しています。本作ではCGによる列車や、雄大な自然、雪崩による列車脱線と「見どころ」を増やしています。

しかし一番大切な謎と謎解きの部分があまりにも弱く、原作や旧版を知らない初見の人には「オリエント急行殺人事件」の魅力が伝わらないと思います。

【介護】車椅子での電車の利用

車椅子を押して電車に乗ろうとすると改札で「介助は必要ですか?」と聞かれます。「必要です」と答えると、乗車する際にホームと列車の間を渡す板を用意してくれるようです。降りる駅でも駅員さんが待っていて板を渡してくれるそうです。

「そうです」と書いたのは、実際に頼んだことがないからです。他人の手をわずらわせるのは何となく気が引けるので、いつも自力でなんとかしてます。しかし、電車に車椅子で乗り降りするのは案外簡単ではありません。

第一の問題は、車両とホームの間の隙間です。車椅子の前輪だったら完全に落ち込んでしまうほど空いています。

第二の問題は、車両とホームの間の段差です。駅のホームは必ずしも一直線ではない関係からか、車両とホームの間に段差がある場合があります。上がる場合はまだなんとかなるのですが、下がる場合は厄介です。

こうした問題を解決するには、後ろ向きに乗り降りすればいいと聞きました。

確かに車椅子の大きな後輪から進めば、隙間に落ち込むことはありません。多少沈みますが引き上げるのは簡単です。段差も大きな後輪からなら上りも下りも難しくはありません。

しかし、後ろ向きの移動というのにも問題はあります。ホームで電車を待っている場面を想像してください。電車が止まってドアが開いたときに、降りる客が降りきるのを待って乗りはじめますが、誰も下りる気配がなければすぐに乗ります。ドアに背を向けている乗客に降りる気配は感じません。多少込み合っていれば押すように乗り込んできます。

車椅子を引っ張って降りる方も後ろに目があるわけではないので、人にぶつかる危険があります。しかも車椅子を引っ張っている最中なので機敏には動けません。

根本には車椅子の前輪が小さいことが原因だと思います。昔の映画(市民ケーン)で前輪が大きい車椅子をみたことがあります。ああいうのはもう作っていないのでしょうか?

参)【介護】車椅子の前輪

【朝日新聞】「若者の○○ばなれ」の原因

12月12日朝日新聞朝刊オピニオン欄。「耕論」のコーナー。テーマは「若者の恋愛ばなれ?」です。

世代・トレンド評論家の牛窪恵氏。早稲田大学助教のトミヤマユキコ氏。東京大学生きづらさの研究会代表の山田舜也氏の三人が意見を寄せています。

それぞれ若者が恋愛しなくなった理由を語っています。恋愛をした方がいいという立場もあれば、無理に恋愛する必要はないという意見もありました。

最近、「若者の○○ばなれ」というのはよく聞きます。○○の中には「自動車」であったり「スキー」であったり「テレビ」であったり様々ですが、基本的には一世代前の若者が当たり前のように親しんでいたものを、今日の若者にさほど人気がないことを嘆くという文脈です。この記事のテーマの「恋愛ばなれ」もその一種に見えます。

「自動車ばなれ」も「スキーばなれ」も、そして「恋愛ばなれ」もそれぞれにもっともらしい理由が語られています。しかし「〇〇ばなれ」に共通する原因があると思います。それは周囲と同じでなければならないという圧力が減っていったということです。

周りが持っている自動車を自分が持たなければ居心地が悪いし、みんながやっているスキーをしなければ仲間に入れない。そしてみんながそうであるように恋人がいなければ一人前とみなされない。こうした同調圧力が、個人主義たかまりで、低減してしまったのです。これが「若者の○○ばなれ」の根本の原因だと考えられます。

マスコミの仕掛けによる若者文化というのはもう生まれないのかもしれません。

【ウルトラセブン】第三十四話:「蒸発都市」

怪獣ダンカン登場

今回の宇宙人は侵略者ではありません。自然災害を避けるために一時的に地球に避難してきました。もっとも地球人に断りもせずに勝手に押しかけ、居住用にビルをまるごと移動させ、住民(モロボシ、ソガの両隊員を含む)を人質にとります。その上、居住区に近づいたら戦争行為とみなすと宣告してきました。

態度悪いです。下出に出ろとまでは言いませんが、もう少し穏やかなもの言いというものがあるんじゃないでしょうか。おそらく地球人に対して極度の不信感を持っているのでしょう。

大人のタケナカ参謀は、それでも「一時的な滞在なら許可する」と約束します。裏を返せば、一時的でなければ許可しないということですが・・・

残念なことにモロボシ・ダンを心配するアンヌ隊員の暴走によって戦いは始まってしまいます。宇宙人にとって運がよく地球人にとって不運なことに、モロボシ・ダン=ウルトラセブンが捕まっていました。なんらかの方法でウルトラセブンを操り地球人と戦わせます。はじめからモロボシ・ダンの正体を知っていたのかもしれません。

ウルトラ警備隊の活躍でウルトラセブンの「洗脳」は解けます。そこで怪獣ダンカンを繰り出しますがこれも撃退されてしまいました。

すくなくとも対等の立場で交渉し、地球人に対して胸襟を開いていれば、アンヌ隊員の居住区への侵入も決して攻撃的なものでないと気が付いたはずです。自業自得というべきでしょうか。

宇宙人は自分のメッセージ届けるために霊媒を使いました。霊媒役は「ウルトラマン」の32話「「果てしなき逆襲」でインド支部の隊員として登場した、真理アンヌさんです。一説によれば、「ウルトラセブン」のアンヌ隊員はこの真理アンヌさんをイメージして考えらたれキャラクターだそうです。

【朝日新聞】過去の価値観がわからなければ「忠臣蔵」は理解不能では?

12月11日朝日新聞夕刊。特集「忠臣蔵をたどって」の五回目「14日は学校がお休みだ」より

(略)
 「忠臣蔵、よく知らない人は?」。9人のうち5人がおずおずと手を挙げた。11月、赤穂市立城西小学校で新任教師の研修があった。テーマは「義士学習」だった。
 講師役の赤穂市教育研究所長、元岡明さん(63)が、義士を学ぶことの必要性や意義を話す。地域の教材として、郷土を理解し、誇りに思い、愛する心をはぐくむという。
 ただし、と続けた先が重要だった。史実とフィクションを分ける。復讐や仇討ちを賛美しない。戦前、義士の生き方が軍国主義の鼓舞に利用された反省から、前時代的な「忠君愛国」は復活させない、など。そのうえで、義士の行為が感動を与えるのはなぜなのか、を問わなければならない――。
 元岡さんは教師として勤務する傍ら、40年間、研究所の「義士と教育」部会に属し、カリキュラムの編成や教材の作成などを手がけてきた。
(略)


赤穂市にとって「忠臣蔵」は郷土の誇りなのでしょうが、学校で子供に教えなければならないとまでは思いません。簡単に紹介して、本人が興味をもてば勝手に学んでいくでしょう。興味のない子供もいっしょくたにして「義士学習」をやらせるというのは、そっちの方が「前時代的」です。

それはともかく、四十七士の行為が感動に値すると考えて「義士学習」をしているのだと思いますが、それなのに「復讐や仇討ち」の賛美をしない、というのはどういうことでしょうか。復讐とか仇討とか忠君とか武士の意地とか、そうした当時の価値観を理解せずに、四十七士の行為に感動できるはずがありません。

赤穂市だから忠臣蔵は賛美したいが昔の価値観は否定したいというのは大いなる矛盾です。

【朝日新聞】社説:服務宣誓発言 政治家として心得違い

12月10日朝日新聞の社説「服務宣誓発言 政治家として心得違い」より

 政治家の役割について、改めて考えさせられる出来事だ。
 自衛隊出身の佐藤正久外務副大臣(自民党)が5日の参院外交防衛委員会で、副大臣の就任にあたって決意を表明した。
 「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託に応える決意であります」
 自衛隊員が入隊時に行う「服務の宣誓」の一部を引用したものだ。
 これは本来、政治家が使うべき言葉ではない。野党から批判されると、佐藤氏は国会で「結果として誤解を招いたとすれば大変遺憾だ」と述べた。
 言うまでもなく、政治家と自衛隊員の役割は異なる。
 自衛隊は国を防衛し、日本の平和と独立を守るのが主な任務だ。そのために生命をかけるのが自衛隊員であり、服務の宣誓は特別な意味を持つ。
 一方、政治家はより広い視野から日本を正しい方向に導くことが求められる。政治家と自衛隊員は別の視点に立ち、一定の緊張関係を保つ必要がある。
 政治が軍事に優先する原則が文民統制(シビリアンコントロール)である。
(略)
 自衛隊出身の佐藤氏は、今は文民の立場だ。なのにあえて服務の宣誓を引用したのは、自衛隊をコントロールすべき政治家が、自衛隊員と一体化しかねない危うさをはらむ。
 文民統制の精神に背く軽率な発言というほかない。
(略)
 外交官が職務にあたって生命の危険にさらされる場合はありうるだろう。だがそのことと、自衛隊員の服務宣誓を引用する姿勢は次元の異なる問題だ。
 あくまで外交の可能性を追求することによって、国民の生命と財産を守る。
 その立場に徹することこそ、外務副大臣に任じられた政治家の役割である。


朝日新聞の難癖です。

自衛隊員と政治家の役割が違うというのはその通りです。シビリアンコントロールが重要なのも賛成です。

しかし、就任の決意表明に、自衛隊の「服務の宣誓」を引用したからといって、佐藤外務副大臣が自衛隊と政治家を混同したとは断定できません。

仮に政治家がスピーチで戦国武将の逸話を披露したとしても、その人が国民主権下の政治家の役割と戦国武将の役割を混同していると非難したらとんちんかんです。

政治家を監視するのはマスコミの使命のひとつですが、本質を外した難癖には価値はありません。

【朝日新聞】子供をそそのかす大人へ

12月10日朝日新聞朝刊の投書欄。三重県の高校生(18)の投書・「永住権持つ外国人に参政権を」を引用します。

私は18歳になりました。しかし、国籍がブラジルのため、日本の選挙権はありません。私たち家族は、日本で暮らすことにしましたが、永住権を持つ外国人に選挙権がないのは不公平です。
日本で勉強し、日本で働き、日本で暮らす、永住権を持つ外国人が増えています。私のように選挙権を持たない人は政治と無関係であると思ってしまう。有望な人材を失う可能性もあります。
また、日本のGDPに貢献しつつも、自分の生活にかかわってくる問題について、政治に参加できず、他人に決められてしまうことになります。ただ、不利にならないことを祈るだけです。
私たち外国人は日本人と同じく、より良い暮らしを求めています。日本人と一緒に歩むチャンスを与えてほしい。


朝日新聞の投書は、他の新聞もそうだと思いますが、実名が載っています。いまどきのことですから、実名が分かっているので、直接この高校生に激しい反対意見が送られることを懸念されます。

普通に考えて、ブラジル人であるという認識を持っているのに選挙権がないのは不公平だ、と思うのは不自然です。それも、永住権をもっているのに、という条件付きでです。

周囲の大人によって、永住権のある外国人に選挙権を与えよという思想を吹き込まれたとしか思えません。その結果、この子供は反対意見の洪水にのみ込まれる危険にさらされています。

思慮の浅い子供をそそのかして自分の意見を代弁させる周囲の大人の卑怯さに怒りを感じます。

【時事問題】米大使館のエルサレム移転

アメリカが現在テルアビブにある駐イスラエル大使館をエルサレムに移転すると発表したことが物議をかもしています。朝日新聞の記事を引用します。

 トランプ米大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認めたことに対する8日のパレスチナ自治区での抗議行動は、その後も拡大した。ガザ地区ではイスラエル軍との衝突でパレスチナ人1人が新たに死亡。死者は計2人になった。
 ガザからは7日に続いて8日も複数のロケット弾が発射された。1発はイスラエル軍の防衛システム「鉄のドーム」で迎撃されたが、他は南部スデロトに着弾した。負傷者は確認されていない。イスラエル軍はガザの軍事施設を報復空爆するなどし、子どもを含む10人以上が負傷した。
 ガザではイスラエルとの境界付近で数千人が抗議行動に参加した。ヨルダン川西岸でも各地でパレスチナ人が投石するなどし、イスラエル軍が催涙ガスやゴム弾などを発砲。エルサレム旧市街でもパレスチナ人とイスラエルの警官隊が一時衝突した。各地の負傷者は700人を超えたという。


新聞やテレビの解説を聞いてもなんでこんな大騒ぎなのかピンときません。

中立だったのが一方に肩入れをしたというならわかりますが、米国がイスラエル寄りだったのは周知の事実です。しかも単に大使館を移転するといっただけです。それでなにが変わるでもありません。いまさら米国に憎しみをつのらせるのはなぜなのでしょう。

もしかしたら中東における米国が、昔のヨーロッパにおけるバチカンみたいな地位を占めていると思っているのでしょうか。米国は他の国と同様、決して正義の体現者ではありません。基本的には自国の利害で動きます。

各国が米国に懸念を表明しているさまは、まるで取りすがっているようで滑稽です。

米国の大使館移転などという些細な問題で大騒ぎしているなら、日頃のイスラエルの横暴なふるまいをこそ問題視すべきではないでしょうか?

【朝日新聞】”最近の若い者は・・・”

12月7日朝日新聞朝刊のオピニオン欄。「耕論」のコーナー。『「いいね」のために』から首都大学東京教授の宮台真司氏の『「空虚な承認」わきまえて』を引用します。
 

実際より見栄えのいい、多少ウソが入った写真を投稿してでも、ネットで「いいね」を欲しがる「インスタ映え」の現象は、社会からの承認が欲しいのに得られない、という不安の埋め合わせです。
 特に若い世代は、この社会の中に座席がない、ということを極端に恐れています。なぜか。社会の承認のベースとなる、仲間がいないからです。
 学生たちを見ていてもそうですが、けんかもしないし、本音もいわない。表面的な、損得勘定のつきあいです。それでは仲間はできない。仲間とは、いざとなれば自己犠牲もいとわない、「損得」より「正しさ」を重んじるつながりです。なのに若い人たちは、けんかを通じて肝胆相照らす、といった深いつきあい方を知らない。トラブル回避を優先するという育てられ方をしてきたためでしょう。
 だからこそ、不特定多数から「いいね」を募れるフェイスブックやインスタグラムは、埋め合わせとして都合がいい。フォロワー数、「いいね」の数は、一種の得点。それによって、自分が社会の中でどれだけの濃度で存在しているかを計測し、かりそめの承認が得られた気になる。
 ただそれは、不安をごまかす、一種の病的な反復行為です。不安の原因は、仲間がいないという現実なのだから。
 ソーシャルメディアで重視されるのは、反応の早さ、ノリです。そこに熟慮とか主体性が見えてはいけない。即座に反応する「自動機械」になることが求められます。
 私のゼミの学生には、そういう自動機械的コミュニケーションを禁止します。初めは戸惑いますが、次第に主体性が表れて、自分が本当に思うことを表現するようになる。そういった経験が積み重なれば、自動機械から抜け出す最初の一歩になります。
(略) 


まったく賛同できません。耳にタコができるほど聞いた”最近の若い者は・・・”です。

例えば、”今日の新聞に自分の論を発表するのをよく見かけるが、江戸時代の学者はそんなことはしていなかった、その理由はなにか?”と訊かれたら、”江戸時代に新聞がなかったからです”と答えるのが普通です。

”近頃の学者は社会に座席がないからだ”とか”他人と表面的なつきあいしかしないからだ”とか答えたらお笑いです。

今の学生のネットでの振る舞いが、昔と比べて変わって見えるのは、単に昔はネットがなかった(今ほど発展していなかった)からと考えるのが自然です。

その一方で社会がどんなに変わろうが、”最近の若い者は・・・”論はすたれることはないようですね。

【時事問題】五輪マスコット

東京五輪のマスコット案が発表されました。三種類の候補から小学生の投票で最終決定するそうです。

子供の投票で決めるというのはとても素晴らしい考えだと思いました。正直言ってどれでもいいようなものですが、なんだか分からない選考委員会の”有識者”が密室で決めるのと比べると透明性があります。参加した小学生たちにもよい思い出になるでしょう。

私の意見はどうでもいいのですが、あえて言えばこの案が一番気に入りました。

五輪マスコット


どうなるでしょうか?

【朝日新聞】投書欄「どう思いますか」:“図書館から文庫が消えたら”

12月6日の朝日新聞朝刊の投書欄。毎週掲載の、投書に対する反響の投書を載せる「どう思いますか」のコーナー。テーマは、“読書はしないといけないの?”です。

元になった投稿は、広島県の主婦(58)の投書です

 文芸春秋の社長が、全国図書館大会に出席して「できれば図書館で文庫の貸し出しをやめてほしい」と呼びかけた。文庫本の売り上げ減少を問題視しての発言らしい。
 私は図書館で文庫や新書を借りることが多い。理由は重くないことと、文庫コーナーに行けば1カ所で色んな分野の本が選べることだ。単行本は人気のものだと予約人数が3桁になる時もあり、初めから文庫を目当てに行くのである。
 興味を持った部分はノートにメモしながら読む。全部写したいような良書があり、そういう本は書店で買うことにしている。図書館で知った本を買うことが多い私にとって、図書館は広告みたいな役割を果たしているとも言える。時には古い良書を見つけるが、欲しくても新刊書店で手に入らない場合はネットに頼ることもある。
 果たして図書館から文庫がなくなったら、市販の文庫が売れるようになるだろうか。もしかすると、私は今より本を買わなくなるかもしれない。
 (11月21日付掲載の投稿〈要旨〉)


4件の反響が載りました。
もと書店店主の男性(81)は「せめて文庫本は書店で買って」と訴えています。奈良県の主婦(44)は図書館が新刊や文庫本を貸し出すことに否定的な意見。佐賀県の家事手伝い(53)は図書館だって金を払って本を買っているのだから文庫を置いたっていいじゃないかという意見。広島県の無職の男性(60)は、図書館利用者が対価を払うことを提案しています。

識者からの意見として、慶応大名誉教授(図書館情報学)の糸賀雅児氏も意見を寄せています。文庫本の貸し出しを止めても本の売り上げが伸びるとは思えないが、利用者はお金を払うか時間を使う(図書館で順番待ち)をすべきだとしています。その上で読書人口減少を食い止めるための前向きな議論を期待しています。

私見です。

図書館が貸し出しをしているから本が売れないというのは証明できません。無料だから借りて読んでいるのであって、有料となったら読まなくなるかもしれません。無料で本を借りることで本好きになって多少は自分で購入するようになるかもしれません。

証明はできないのですが、可能性が高いか低いかという想像は可能です。

まず、ベストセラー作家にとっては図書館で売り上げが伸びないというのは大いに考えられます。図書館で貸し出さなからといって全員が購入するとは思えませんがある程度は買うことが見込めますので、ベストセラー作家にとって図書館は迷惑施設かもしれません。

ほとんど売れない作家にとっては、図書館は逆に恩恵になっていと考えられます。出しても本屋に並べてもらえないかもしれませんし、並べてもらってもほとんど売れません。それを図書館が一定数買ってくれるのです。次の本を出しても、一般読者は一作目がつまらなかったらもう買ってくれませんが、図書館はある程度は買ってくれます。まさに恩恵です。

いきなり文庫で出される本がある以上、図書館が文庫を貸し出さないというの無理があります。ただ、すでに単行本を収納しているのに、新たに文庫本を購入するのは、出版社のためというより税金の効率利用という意味でやめるべきだと思います。

貸し出し点数によって作家に還元するのは、ベストセラー作家に有利(実は当然の権利なのかもしれませんが)であり、中堅以下の作家に不利です。こうした層の作家を大切にしないと出版文化はやせ細るので、貸し出し点数による作家への還元は賛成しかねます。

図書館は基本は今のままよく、同じ本を何冊購入するのをやめるのが一番よいように思います。ベストセラー作家への被害は抑えられますし、そうでない作家にとっては本を買ってもらうチャンスが増えます。利用者は無料なんだから我慢して順番を待つべきです。ベストセラーへの被害が少なくなれば出版社も不平は言わなくなるのではないでしょうか。

【時事問題】シェア自転車がうまくいくとは思えない理由

12月4日朝日新聞「シェア自転車、快走 通勤・観光・買い物…気軽に」より

 通勤者や観光客らにシェア自転車を提供する事業が広がっている。小回りが利くので、鉄道やバスなどの公共交通網を補完でき、環境や健康にもよいと期待される。国も「脱・車依存社会」の切り札として後押しするが、収支や駐輪場の確保などに課題が残る。
(略)
 都心では利用エリアを拡大する試みが進む。
 東京都千代田、中央、港、江東4区は昨年2月、相互乗り入れの実験を始めた。新宿、文京、渋谷の3区も加わり、現在は計7区内のどこでも借りたり返却したりできる。パソコンやスマートフォンで会員登録し、月額会員の場合、基本料2千円を支払えば、30分以内なら無料で利用できる。
 品川駅前の放置自転車に頭を悩ませてきた港区も14年10月から、シェア自転車の実証実験を始めた。「自転車の総量を減らせ、車から移行も促せる」と西川克介・地域交通課長。交通網が充実する都心でも移動が不便な所はあり、「広域化は必然」と考えている。
(略)


私の移動手段は基本自転車です。したがって自転車には興味があり、都内にサイクルポートには目がいきます。残念ながら、普及するのは難しいように思ってもいます。ポートを見てもあんまり利用している気配はありませんし街中で利用している人を見たこともありません。

自転車をレンタルする場面で最初に思いついたのは観光です。観光地に行って旅館を拠点にして借りた自転車であっちこっちを巡るというものです。しかしこの場合は、通常のレンタル自転車(出発地で借りて、そこに戻って返す)で事足ります。ここでいうシャア自転車(複数の拠点のいずれかで借りて、任意の拠点に返す)である必要はありません。

歩いて買い物にいったら思いのほかたくさん買ってしまったのでシェア自転車を借りる、というのは考えられます。しかしこれは住宅街で機能することです。それに家のそばに自転車ポートがないといけません。(中国では好きなところに乗り捨てられるらしいの、こうした使い方はありえます)

新しい事業を展開するには、みこみ客層の購入目的を考えるのは民間業者ならば当たり前です。検討に検討を重ねた上で進出し、それでもすべてが成功するわけではありません。

お上主導でやってうまくいくとはとても思えません。

【朝日新聞】平昌五輪への懸念

12月4日朝日新聞朝刊で、来年2月韓国の平昌で開催される冬季五輪の三つの懸念を伝えています。

第一は入場券販売が10月24日時点で31.9%(国内向けが26.5%)、11月24日発表で52%(全体の割合なのか国内向けの割合なのかきちんと書いてないのでわかりません)にとどまっていること。第二に、宿泊施設が少なく設備も悪いのに価格の高騰が心配されていること。第三に、寒さ対策が不十分で観客に不便をかける可能性があること。

第一と第二が矛盾しているように感じます。入場者が少ないなら宿泊地が少ないことは問題になりません。客が何%入ることを前提に宿泊地の心配をしているのかというのが、この記事ではわかりません。記事の書き方が悪いです。

入場券の売り上げが低いといっても、他の冬季五輪の2か月前3か月前と比べてみないとなんとも言えません。客観的に売れていないというのと希望より売れていないというのは別問題です。

宿泊地の高い安いは需要と供給の関係で決まるので、高いからといって悪いとは一概には言えないはずです。自由競争なのですから仕方ないというか当然です。

寒さ対策についての箇所を引用します。

約3万人が集まった11月4日のコンサートでは、気温3・4度、風速は毎秒8メートルの中、6人が低体温症で治療を受けた。開閉会式場は建設費用の縮小や、工事が間に合わない可能性があったことから、VIP席を除き、屋根がない。「唯一の室内」のトイレで寒さをしのぐ人々もいたという。
平昌は山あいの立地。韓国の気象庁によると、五輪が開かれる2月9日~25日の気温の平均値は零下4・8度。組織委は防風幕を設置するほか、観客全員に毛布、座布団、カイロを配る計画だ。


風速1メートルで体感気温は1度マイナスされますので、11月4日のコンサートでは体感零下5度くらいだったはずです。この程度なら特に寒いとは思えません。3万人のうち6人ですから、一般的な問題というよりこの6人の体調の問題だったのかもしれません。本番の2月に風速8メートルが吹くと零下12度検討ですので寒いと言えば寒いですが、冬季スポーツの観戦環境として、どこまでひどいのかよくわかりません。

こうしたことは平昌五輪の懸念としては大したことではないように思います。こんなことよりもっと大きな懸念があります。

北朝鮮です。

開催前に緊張が今より高まったら、中止や延期を検討しなければなりません。

開催中に戦争が始まったら、もちろん五輪は中止です。日本の観客は韓国国内では日本政府の支援は受けられません。自力で脱出しなければいけないのでしょうが、自力でなんとかなるとは思えません。この時期に、五輪観戦に訪韓するというのは無謀です。

【雑記】パソコンの新調

一月ほど前に、家で使っていたパソコンを買い替えました。使っていたのはWindowsXPです。とっくにサポート切れだったのですがマイクロソフト社の魂胆にのって金を出すのは業腹なので、だましだまし使っていましたが、動作が重くなり(変なウィルスに感染したか?)、さすがに買い替え時とあきらめました。

それでもいらないソフトがごてごて入った家電店の純正品を買う気にはなれず、ネットの中古ショップを調べました。

私はシステムエンジニアなのですが、ネットでの買い物にはなじめず、特にクレジットカード番号の入力をする気にはなれません。したがって製品の良し悪しとともに支払い方法が重要です。このサイトを選びました。

PC-WRAP

ここだとクレジットカードだけでなく、代金引換や銀行振り込みも選べます。

銀行振り込みを選びました。注文すると、振り込み先の連絡が来ます。銀行で振り込みと出荷されるという流れです。

夜に注文、翌日の昼に振り込むと、次の日には届いていました。

聞いたことのない会社だったので、本当に送ってくるか若干の不安はあったのですが、その種の問題はありません。一か月たちますが、うるさく他の製品の売り込みをかけてくることもありません。満足できる取引です。

中古品ですので運悪くはずれをひくかもしれませんし、性能と値段が見合うかどうかはその個人個人の問題です。しかし、事務関係では遺漏のない会社だと思いました。(この記事、もちろん、宣伝費はもらっていません)

【時事問題】相撲界暴力問題

横綱日馬富士が貴ノ岩関に暴力をふるったことが原因で引退を余儀なくされました。世評でも、貴ノ岩関の態度に問題があったにせよ暴力はいけない、という方向に収斂しているようです。

私も暴力はいけないという意見には反対しませんが自分も含めてこうした世論には、なにか腑に落ちないものを感じます。それはこの事件から忠臣蔵を連想したからです。

ご存知のとおり、忠臣蔵の発端である松の廊下の刃傷は、赤穂藩藩主浅野内匠頭が高家吉良上野介に殿中において切りかかった事件です。内匠頭は切腹・藩は取り潰し、上野介は殊勝にも手向かいしなかったということで罪に問われませんでした。この裁きが喧嘩両成敗のご定法に反するとして内匠頭の家臣が上野介の屋敷に乱入し首をとるという事件に発展しました。

その後芝居の題材にもなり近年になっても映画、TVドラマ、小説と親しまれています。基本は暴力をふるった内匠頭に同情的で、吉良は悪者です。”上野介が何をしたにせよ暴力はいけません”というのは聞こえてきません。

内匠頭が切りかかった理由は本人が黙したままなので誰も知りませんので上野介に落ち度があったと証明することはできません。よっぽどのことがあったんだろうと想像するのはできますが、証明は不可能です。

冷静に考えれば吉良はは切りかかられるわ、討ち入られるわと一方的な被害者です。その後、吉良家も断絶になっていますし。

しかし二つの事件への世論は大きく異なっています。

こうして考えると、”理由はともあれ暴力はいけない”というのはいい悪いはともかく、日本人が最近身に付けた考えでしかないことに気づかされます。
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えいび

Author:えいび
日々の出来事、映画やアニメの感想です。

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