【朝日新聞】夜歩きの子、声かけぬ大人 防犯意識広がり「通報されるかも」

8月31日朝日新聞朝刊。戦犯の寝屋川市の事件について、「夜回り先生」として知られる元高校教諭の水谷修さんのインタビューが掲載されました。

 「夜回り先生」として知られる元高校教諭の水谷修さん(59)の話 1980年代後半、コンビニが急激に増え始めたころ、夜の街は変わった。きれいなトイレがあり、食べ物や飲み物が買える。子どもたちはコンビニ裏の駐車場など目につきにくいところでたむろするようになった。
 「どうせ大人は声をかけてこない」と、90年代に入ると表に出てきた。95年ごろから繁華街に現れ、その延長線上に子どもたちがいることを許す今の夜の街がある。
 子どもたちは最初にちゃんと試している。声をかけられたり、怒られたりすればそこで収まるはずだった。
 どう見ても18歳以上には見えない寝屋川のあの子たちは、深夜未明から早朝までに、どれだけの大人と会ったのだろう。その1人でも帰るように声をかけていれば、せめて警察に通報していれば、事件は防げたかもしれない。
 密告のようで嫌な社会かもしれない。でも今の日本には、そういう感性が必要だ。社会全体が子どもに対し、冷たい無関心ではなく、温かい厳しさを持たないといけない。
 (聞き手・荻原千明)


前提として、日本の犯罪件数は低下傾向にあることを確認しなければなりません。昔は大人が声をかけていたのに、最近声をかけなくなったから犯罪が増えた、と考えているのだとしたら間違っています。子供が事件に巻き込まれるのは今も昔もありますし、今の方が少ないというのが真実です。

統計的に減ったとはいえ一件の犯罪も許してはならないのだ、という意見は分かります。例えば、航空機事故だの、原発の事故だのでは、統計的にどうであろうが一件でもあったら大問題です。子供の犯罪被害もそうしたものといえなくもありません。

しかし、一件の犯罪を減らすために、いわゆる「密告のようで嫌な社会」と表現される副作用の何が許容できるのかについては、議論が分かれます。

そもそもこの事件は、犯人が被害者に「声をかけた」のがきっかけだったと思います。これを忘れてはなりません。「声をかけた」大人を、ほいほい信頼してもらっても困るのです。

航空機事故調査で行うように今回の事件の原因究明と対策をするのであれば、最大の責任は犯人にあるものの次に大きな責任を負うのは、少年少女の夜歩きを許した保護者にあることを認めなければなりません。

子供が殺された親御さんにこうしたことを言うのは酷だというのは分かります。しかし、真面目に対策を考えるのであれば、“我々社会全体の責任だ”みたいな毒にも薬にもならないことを言うのではなく、本当のことを語るべきなのです。
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Re: No title

幽村芳春様

おっしゃる通りだと思います。同意します。
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えいび

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