【時事問題】投書:「思い出の品々を処分できない」

9月9日朝日新聞朝刊の投書欄。毎週掲載の、一つの投書に対する反響の投書を載せる「どう思いますか」のコーナー。今週は、神奈川県の手作り作家の女性(44)の投書「思い出の品々を処分できない」が元投書です。
 

■思い出の品々を処分できない
 「ミニマリスト」という最低限の物だけで暮らす人たちが増えているらしい。私も以前から何もかも捨てられたらどんなにスッキリするだろうと、シンプル生活に憧れを抱いてきた。けれども思うのは、思い出の品々はどうするのかということだ。
 写真に撮った後、処分するやり方もあるけれど、全てがそうできるわけでもない。しかし「ミニマリスト」の部屋は見事に何も無い。すごいの一言だ。子供の頃の作品とか手あかの付いた思い出の品など、本当に一つも残っていないのだろうか。私にはそういったものが山ほどあるのに。
 「断捨離」という言葉がはやったこともあり、多少は処分した。けれども思い出の品々はどうしたって処分できない。過去が全て消えてなくなってしまいそうで怖い。「過去にしがみついていないで前を向け」の声が飛んできそうだ。でも、思い出の品々から情熱やエネルギーをもらいながら生きている自分がいるし、これが今の私にとっての財産だから。
 (8月1日付掲載の投稿〈要旨〉)


賛否それぞれの意見が載っていますが、いつものこのコーナーよりもさらに噛み合っていません。これは元の投書が、社会や他人になにかを求めているのではなく、自分は物を捨てられません、と告白しているだけの文章だからだと思います。

有識者の意見は、「ぼくたちに、もうモノは必要ない。」の著者でミニマリスト・佐々木典士氏からです。

モノが大好きでどんなモノにも思い入れがあり、モノは自分自身だと感じて捨てられない。少し前までのぼくです。でも、そんな自分に嫌気がさしてモノを最小限にしました。
 本や音楽はスマートフォンやノートパソコンでも楽しめます。手紙、年賀状はスキャンすれば見返しやすい。捨てるのが難しい思い出にまつわるモノは写真で残す。かなりのモノがデータで保管でき、減らせる時代です。
 モノがあふれて片づけることに頭を悩ませなくて済むようになったぶん、自由に使える時間ができました。身軽になり、外によく出るようになりました。人との交流や新たな体験が増え、生き方まで変わりました。捨てることは失うことではなく、別の何かを得ることだと実感しています。


これも、つまるところは本人の生き方を説明しているだけです。そういう考え方もあるのかなあ、と思うだけです。

折角の企画なのですから、もっと白熱するようなテーマを選んで欲しいです。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

sidetitleプロフィールsidetitle

えいび

Author:えいび
日々の出来事、映画やアニメの感想です。

sidetitle最新記事sidetitle
sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle最新トラックバックsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitleFC2カウンターsidetitle
sidetitle検索フォームsidetitle
sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitleリンクsidetitle