【朝日新聞】投書欄「どう思いますか」:教員の「政治的中立」

12月2日朝日新聞朝刊の投書欄。毎週掲載の、投書に対する反響の投書を載せる「どう思いますか」のコーナー。今週は、神奈川県の女性高校教員(32)と茨城県の男性高校教員(50)の二つの投書が元です。

 ■「政治的中立」無関心を助長する
神奈川県の女性高校教員(32)
 選挙権年齢の引き下げに伴い、主権者教育の充実が急務とされている。一方で政府は教員の「政治的中立」を強調し、罰則も検討されている。私は生徒には、教員の主張がおかしいかどうか、自分で考える力があると思う。もし判断力がないのならば、投票年齢を引き下げるべきではなかった。
 若者を信頼したからこその投票年齢引き下げではなかったのか。罰則で教育を萎縮させることは簡単だが、無味乾燥な授業をしても、政治的無関心を助長するだけだ。

 ■中立でおもしろい授業したい
茨城県の男性高校教員(50)
 高校で公民科を担当する私も成長する機会と捉えている。定めるべきは授業哲学だ。授業も「聞いてもらってナンボ」の世界。中立への配慮ばかりして、生徒を眠らせては本末転倒だ。
 もちろん、公務員の公平中立は当然。主義主張を押し付けはしません。両論併記は常に意識します。特定の政党を応援することもありません。その上で、あくまで個人の意見として思いを言葉にしたい。それが私の授業哲学です。
 (10月27日付掲載の投稿〈要旨〉)


前提として分からないのは、選挙年齢を引き下げるからといって高校で「主権者教育」が必要だ、という理屈です。

これまで20歳から選挙権がありましたが、大学や職場で「主権者教育」なんてやっていませんでした。なんで18歳に引き下げた途端に、「主権者教育」が必要になるのか、まるで分かりません。

それは措くとして、神奈川県の女性高校教員の、「私は生徒には、教員の主張がおかしいかどうか、自分で考える力があると思う」との意見です。

選挙権を与えられたのだから、考える力はあると看做す、というのは結構ですが、主張のおかしさを見破られる判断力があるからといって、授業中に教員の政治的意見を拝聴しなければならない理由はありません。

二つの元投書に共通しているのは、自分の意見をしゃべらなければ、授業が無味乾燥になると考えているところです。なぜ、そう考えるのか、さっぱり分かりません。私だったら、教員の意見の方に退屈すると思います。

元投書への反応の投書も識者の意見もすべて、元投書を応援しています。

せっかくのコーナーなのですから、反対意見も紹介してほしいです。反対意見がなかったのなら、そもそもこのコーナーで取り上げる意味はありません。
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