【朝日新聞】長崎被爆で和解、元捕虜の歩み

3月19日朝日新聞朝刊のオピニオン欄。梅原季哉ヨーロッパ総局長の「長崎被爆で和解、元捕虜の歩み」より

 その人は、しっかりした足取りで玄関口に来て、柔和な笑みで迎えてくれた。
 オランダ南部ワールレで、ひとり暮らしをするウィリー・ブッヘルさん(95)。総白髪だが、あと5年で100歳にはとても見えない。歩んできた歴史を考えるとなおさらだ。第2次大戦中、連合軍兵士として捕虜になり、長崎に抑留されていた。1945年8月9日、長崎の原爆を生き延びた被爆者の一人なのだ。
(略)
 終戦で解放されたブッヘルさんはやがて帰郷。49年のインドネシア独立を受け、翌年オランダ本国へ移住した。軍を68年に退役し、静かに暮らしてきた。
 彼は、国外に住むがゆえに長年、被爆者手帳の申請すら事実上できず、医療費の支給を受けられなかった在外被爆者の典型だ。そうした日本政府の施策は、最高裁が07年に違法と判断したのを受けて改められた。ただし、過去の支払い分については在外被爆者全員には出さず、各自が提訴した場合だけ、和解して一定額を支払う対応をとるようになった。
 ブッヘルさんの場合も和解が成立し、慰謝料など計110万円の支払いが決まった。彼は淡々と語った。「これは象徴的なことだ。日本を責めるつもりで訴えたわけではない。お金の問題でもない」
 70余年前の原爆投下についてブッヘルさんは容認する立場だ。「自分たちは原爆で解放されたから」という。ただ「人類にとっての悲劇だった。日本人も苦しんだ。人間としては同じだ」とも語る。
 核兵器がひとたび使われれば、その被害に、人種や国籍の違いは関係ない。恩讐を超えた元オランダ兵の人生は、核の非人道性を雄弁に物語っている。



捕虜を虐待することはよくないことです。しかし、戦争で敵兵士を捕虜にすること自体は正当な行為です。原爆で被害を受けたのはお気の毒ですが、原爆を落としたのは日本政府ではありません。

なぜ、被爆したオランダ兵士の日本が援助をしなければならないのか、私にはさっぱり分かりません。


核兵器がひとたび使われれば、その被害に、人種や国籍の違いは関係ない」のは確かですが、別に核兵器にかぎらず兵器一般に言えることです。

なんでもかんでも反核運動にこじつけているようにしか思えません。
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