【映画】太陽

チラシから引用します。

21世紀初頭、原因不明のウイルスの拡散によって世界の人口は激減。数十年後・・・・・・生き残った人類は二つに分けられた。太陽の下では生きられないが、若く健康な肉体と高い知能を有する進化した新人類<ノクス>。太陽の下で自由を謳歌しつつも、暮らしは貧しいままの旧人類<キュリオ>。二つの世界で対立しながら生きる二つの人間がどうやって融和していくのか-----。
生きるということはどういうことなのかを問いかけていく。


設定の説明を補足します。

ノクスはこの世界では支配階級です。キュリオはいくつかの村に別れて暮らしています。舞台となるキュリオの村は、数年前にキュリオの青年がノクスを一人殺害したことで、村ごと経済制裁をうけ、ぼろぼろの状態です。物語は、経済制裁が解けたところからスタートします。

ノクスは問題のウイルスに耐性があります。キュリオにはありません。ノクスの血にはウイルスが常駐しているらしく、キュリオはノクスの血を浴びると危険なようです。しかし、握手くらいでは感染することはありません。

手術(?)によってキュリオをノクスに変えることができます。手術は20歳以下から希望者をつのってノクスが決めます。昔は30以下でも手術できたので、年齢制限は医学的なものというより政治的なもののようです。

感想です。

ノクスがキュリオを支配している仕組みはわかりません。太陽の下に出られないというハンデもありますし、夜になったからといっても吸血鬼みたいに肉体的に強いというわけでもありません。説明はまったくないのですが、ノクスはバイオ兵器を持っているのだと思います。ノクスには無害のウイルスを武器に使えばキュリオになすすべはありません。

ノクスにとってもキュリオの存在意義は、はじめは分かりませんでした。経済封鎖が解かれても貧乏なことに変わりなく、先進的生活をおくっているノクスの役に立つ物品を生産できるようには思えません。またノクスもそれぞれの能力に合わせた仕事を割り振られていますので、労務の提供というのも考えにくいです。

しかし、後でじわじわと分かってきました。ノクスは不妊体質で子供(文明の後継者)を作りにくかったのです。したがってキュリオの存在意義は子供を差し出させるというようにも読み取れます。(もっともこれは私の深読みしすぎかもしれません。自覚的にそういう設定にしているなら、手術の年齢制限を20歳ではなく3~7歳くらいにして、親と引き離すというイベントを用意したのでは、とも思います)

釈然としなかったが、このウイルスが握手程度では感染しないという設定です。その程度の感染力では人口の大半が死に至るというのは無理があります。矛盾を感じました。

観て楽しい映画ではありませんが、気になる作品ではありました。
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