【朝日新聞】憲法9条をフロイトで説明できるのか?

6月14日朝日新聞朝刊オピニオン欄。哲学者・柄谷行人氏のインタビューです。

柄谷氏は、憲法9条は日本人の心の奥に根差したものなので変更できない、という論を掲げています。

(略) 
 ――なぜ9条は変えられないといえるのですか。
 「9条は日本人の意識の問題ではなく、無意識の問題だからです。無意識というと通常は潜在意識のようなものと混同されます。潜在意識はたんに意識されないものであり、宣伝その他の操作によって変えることができます」
 「それに対して、私がいう無意識はフロイトが『超自我』と呼ぶものですが、それは状況の変化によって変わることはないし、宣伝や教育その他の意識的な操作によって変えることもできません。フロイトは超自我について、外に向けられた攻撃性が内に向けられたときに生じるといっています」
 「超自我は、内にある死の欲動が、外に向けられて攻撃欲動に転じたあと、さらに内に向けられたときに生じる。つまり、外から来たように見えるけれども、内から来るのです。その意味で、日本人の超自我は、戦争の後、憲法9条として形成されたといえます」
(略)
 ――近著では、戦後憲法の先行形態は明治憲法ではなく「徳川の国制」と指摘していますね。
 「徳川時代には、成文法ではないけれども、憲法(国制)がありました。その一つは、軍事力の放棄です。それによって、後醍醐天皇が『王政復古』をとなえた14世紀以後つづいた戦乱の時代を終わらせた。それが『徳川の平和(パクストクガワーナ)』と呼ばれるものです。それは、ある意味で9条の先行形態です」
(略)
 ――憲法9条はカントの「永遠平和のために」、またアウグスティヌスの「神の国」にさかのぼる理念にもとづくとされます。それが他ならぬ戦後日本の憲法で実現されたのは興味深いですね。
 「私は、9条が日本に深く定着した謎を解明できたと思っています。それでも、なぜそれが日本に、という謎が残ります。日本人が9条を作ったのではなく、9条のほうが日本に来たのですから。それは、困難と感謝の二重の意味で『有(あ)り難(がた)い』と思います」
(略)
 (聞き手・依田彰)


フロイトだのカントだのアウグスティヌスだのと難しそうな理論を背景にしている学問的な論考っぽいです。しかし、残念ながら、「9条は日本人の意識の問題ではなく、無意識の問題」と考えた根拠が語られていません。柄谷氏がそう思った、というだけです。

フロイトの「超自我」理論自体が正しいかどうかは関係ありません。9条と日本人の関係がフロイト理論で説明できるかどうかの根拠を示していないのが問題なのです。したがって、その後の理屈は空論です。

あからさまに言えば、有名人の名前を散りばめて、はったりをかましているだけです。

それと、日本人の平和主義という「超自我」が徳川幕府成立期からのものであるなら、ご維新から昭和二十年までは、何だったというのでしょうか。

なんとしても憲法9条を変えてなるものか、という意気込みだけは伝わりました。
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