【朝日新聞】社説:裁判員を威圧 制度の意義再確認を

7月20日の朝日新聞朝刊の社説より

指定暴力団の元組員ら2人が起訴された。知人の組幹部が被告となった事件の裁判を担当する裁判員に、路上で声をかけるなどしたことが「威迫・請託」にあたると検察は判断した。
 声かけの後、参加を辞退する裁判員が相次ぎ、職業裁判官だけで審理をやり直すことになった。ゆゆしい事態である。
 現地の福岡県内では暴力団の動きが活発で、最初から裁判員を外しておけばよかったとの声もある。だがそれは違う。
 殺人などの重大事件は裁判員裁判でおこなうと法律は定めており、例外とするには厳しい条件が課せられている。除外の申し立てがあっても裁判所が認めず、そのまま無事に判決に至ったケースもいくつもある。
 なぜ裁判員の参加にこだわるのか。それは、この制度を採り入れた理由と重なる。
 専門家任せにせず、主権者として司法権の行使にかかわり、ふつうの感覚を裁判に反映させる。経験を通じて、犯罪の背景にある社会問題やそれを乗り越える方策を考える。国民と直接結びつくことによって司法の基盤を強固にし、行政や立法をチェックする権能を高める。
(略)


暴力団がらみの裁判には市民の裁判員はなしでプロだけで裁くべきでは、との意見は至極まっとうだと思います。

しかし、朝日新聞は「だが、それは違う」と真っ向から否定しています。理由としてあげているのが、裁判員裁判の一般的意義です。

別に、裁判員裁判の制度をやめてしまえ、と言っているわけではありません。暴力団がらみの裁判は例外にしたら、と言っているだけです。他の事件では裁判員裁判なのですから、一般的意義は損なわれません。

裁判員の保護や、声かけに対する厳罰化など、再発防止策はいくつも考えられますが、暴力団がらみの事件は裁判員裁判を行わないというのも検討の余地のある考えだと思います。

裁判員裁判にこだわる態度は不可思議です。
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