【朝日新聞】「やまゆり園」事件は優性思想によるもなのか?

8月19日朝日新聞朝刊のオピニオン欄。「月刊安心新聞」のコーナー。朝日新聞客員論説委員で千葉大学教授の神里達博氏の「相模原事件から考える 「同じ船」の意識あるか」より

 相模原市の「津久井やまゆり園」で先月発生した惨劇により、列島全体は鉛のように重苦しい空気で覆われた。命を奪われた19人の方のご冥福を深くお祈りしたい。オリンピックも始まり、少しこの事件のことを忘れかけている人も多いかもしれない。しかし、いまだに私たちの心の奥には、犯人への怒りや憎しみとともに、複雑かつ不快な感情がまとわりついているようにも思う。
 あえてその感情を言葉にしてみると、「優生思想の亡霊」に不意に出くわしたことへの、驚きと不安、といえるのではないか。だが問題は、それが本当に過去の亡霊なのかということだ。ここでは、この思想の出自を探りながら、不快な「胸のつかえ」と向き合うことを試みたい。
 報道によれば、容疑者は「ヒトラーの思想が降りてきた」と話しているという。
(略)
 議論が飛躍し過ぎていると思われるかもしれない。確かに、「やまゆり園」での事件は、凶悪犯罪の個別事例と見なすこともできるだろう。しかし、私たちの社会は、知らず知らずのうちに、そのような他者の存在を根本から否定する考え方と、地続きになってはいないか。もし私たちの社会が、老いも幼きも、また病やけがを抱えていても、全て「同じ船」のメンバーとして、未来へともに連れて行くと、メンバーの誰もが確信できるような共同体であったなら、同じ事件が起きただろうか。
 いかに健康な人であっても、いつ障害を抱えるかは分からない。誰もが直面しうる問題は、社会全体で分かち合うのが、21世紀の市民の常識であるはずだ。この社会が存立する基盤を、もう一度見つめ直したい。


「やまゆり園」事件を優性思想の現れと見るのは、私には無理があるように思います。犯人の言は「ヒトラーの思想が降りてきた」です。本や講演記録に影響を受けたというわけでもなく「思想が降りてきた」です。

21世紀の市民が対峙すべき思想の体現者などではなく、頭のおかしな人だとしか思えません。その生い立ちからも、精神の不安定さを感じさせても、決して思想家という雰囲気はありません。

被害者の側に立って犯人を非難すると、それ自体が「差別」になってしまうのかという恐れさえ感じさせます。

神里氏の意見は「議論が飛躍し過ぎていると」思います。
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