【朝日新聞】「家系」重視で解体防げ

10月15日朝日新聞朝刊のオピニオン欄。「憲法を考える」という特集で、今回は「家族の助け合いとは」というテーマです。国士舘大学大学院客員教授の百地章氏の意見『「家系」重視で解体防げ』を取り上げます。

なお、百地氏の考えには、私は反対です。

(略)
 日本は伝統的に祖先を大事にしてきました。絶対的な神よりも祖先を崇拝し、心のよりどころにすることが、道徳的な規範の一つにもなっていました。それなのに、今では「家族より自分」という風潮が行き過ぎて、「夫婦別姓」を推進する人たちも出てきました。「夫婦同姓」は一つの家系を尊重することであり、祖先を大事にすることです。夫婦別姓は親子別姓につながり、家族の絆の破壊に拍車をかけます。憲法に家族を規定すれば、こうした家族解体の運動を食い止めることができるのではないでしょうか。


「家族より自分」という風潮が戦後憲法の原因のように言っていますが、まずこれに納得できません。結婚しているのに妾をかこって子供をつくって、といったことは戦前からありました。女性の社会進出が十分でないためか男女賃金格差が大きかった戦前の方がこういう事例は多かったはずです。つまり、「家族より自分」の快楽を優先している男は戦前の方が多かったのです。

夫婦別姓だと祖先を大事にしない、というのも分かりません。だとするなら、現状は祖先を大事にしているということでしょうか? 夫婦同姓でなかった江戸時代以前の人は祖先を大事にしていなかったのでしょうか?

百地氏は、自分の嫌いなことの原因を、あるものは戦後憲法に押し付け、あるものは夫婦別姓を推進するような敵に押し付け、と都合よく使い分けています。

 子どもの教育やしつけの場としての家族も再評価する必要があります。3世代同居の方が子どもの情操も安定するでしょうし、学力が優れているという指摘もあります。


こういうことは「指摘もあります」ではなく、データで示すべきです。それにしても、学力はともかく、情操の安定というのはどうやって測るのかわかりませんが・・・・・・

 家族は、高齢者を介護する場でもあります。住宅事情など様々な理由で家族だけの介護ができないこともあるでしょう。しかし、可能なら介護はできるだけ家族でした方がよいと思います。社会保障が後退するという意見もありますが、「家族の助け合いを定めたら、社会福祉国家が否定される」というわけではありません。自助、共助、公助のバランスが大切なのです。


介護が可能か不可能かは、デジタルに区分できるものではありません。大丈夫できる、と思って頑張っているうちに、どうにもこうにもならなくなる、ということがあります。ひどいときは介護殺人です。

家族で面倒みれるならそれでもよいですが、いざという時に公的なものを利用できるような社会を目指すべきです。

 戦前の家制度の復活につながるという指摘もありますが、「戸主」の復活ではありません。伝統的家族の良さを見直そうということです。憲法24条にある「両性の合意のみ」の「のみ」は、結婚に対する戸主の同意を排除した規定です。ただ、今でも親と結婚の相談はするでしょう。一方、親が結婚を強制することは、現代ではあり得ません。


結婚の相談はするでしょうが、反対することだってあるでしょう。戸主が不同意なら結婚できないとなると大問題です。「両性の合意のみ」とあるのは当然です。議論があるとすれば同性婚を認めるために「両者の合意のみ」に変えるか、というぐらいです。親が賛成してくれた方がいいに決まってますが、法律的に賛成を必要とすべきではありません。

■まとめ
百地氏の言っていることは、全く受け入れられません。

私には占領軍が押し付けた憲法を有難がる気持ちは全くありませんが、仮に、婚姻に戸主の許可が必要、という憲法改正案が国民投票にかけられたら、改正案に反対します。
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