【時事問題】「選挙結果の受入れ」とは?

米大統領選で共和党のトランプ候補が「選挙結果を受け入れるか」との質問に明言を避けました。後に、「受け入れる。ただし自分が勝てば」と発言しています。

この発言に、共和党の重鎮からも含め米国の幅広い層から批判が起きています。

朝日新聞の社説より引用してみます。

(略)
 選挙での勝利で政党の候補は国民の大統領になる。敗者もこれを受け入れる。公正な選挙に基づく平和的な権力移行によって、米国の民主主義は守られてきたのではなかったか。
 だがトランプ氏は、不正な有権者登録が横行しているとも訴え、投票所での監視行動まで支持者に呼びかけている。
 確固たる不正の証拠があるわけではない。トランプ氏にすれば、女性蔑視発言で高まる批判をかわし、自らを「被害者」と演出して支持層を固める戦術なのだろう。だが、選挙制度への国民の信頼を損ない、後々にまで混乱と分断を引きずりかねない危険きわまりない手法だ。
(略)


ひどく不思議な論調だと思いました。

米大統領選挙では二大政党の候補者のうち敗者は勝者に“参りました”みたいな連絡を入れる習慣があるらしいことは知っています。それはそれで美しいことかもしれませんが、集計結果は集計結果ですので、“参りました”といわなくても、民主主義の本旨に反しません。

もちろん集計に異議があるなら再調査を求める(訴訟を起こす)のも、当然の権利であり、民主主義への挑戦などではありません。

なんでこんなことを米国の人たちが(朝日新聞も)言っているのか考えましたが、おそらく理由は、かつてブッシュ候補とゴア候補が争った大統領選にあるのだと思います

この時、集計に不信な点がありモメにモメましたが、最後はゴア候補が「選挙結果を受け入れ」ることで決着がつきました。普通に考えれば、両者が納得するように開かれた場所で厳密に再集計すれば済む話です。しかし、米国の選挙の事務手続きがテキトーで、厳密な再集計ができなかったようです。ゴア候補が訴訟を起こしていたら、かつてない政治的混乱が続いたはずです。

トランプ候補に「選挙結果を受け入れるか」と迫る前に、客観的でどこからも異議がでないような投票の集計ができるような事務手続きができるように、頑張るべきだと思います。

米国人が上記のような論調を展開するのは情としては分からないでもありませんが、日本の朝日新聞が同じことを言うのはさっぱり理解できません。
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