【朝日新聞】イスラムと民主主義、誤解と理解

12月4日朝日新聞朝刊。「日曜に想う」のコーナー。今回は大野博人・編集委員の「イスラムと民主主義、誤解と理解」です

(略)
 1993年、米ハーバード大学のサミュエル・ハンチントン教授がフォーリン・アフェアーズ誌に発表した論文で「文明の衝突」が話題となった。これからはイデオロギーより文明間の対立の危機が増す、と指摘していた。その中に、イスラムを含め西欧以外の文明は、民主主義や市場経済といった価値観になじみにくい、という考えが示されていた。
 人口の9割ほどがイスラム教徒であるインドネシアのジャカルタに駐在していた私は違和感を覚えた。目の前で正反対に見える出来事が起きていたからだ。
 イスラム教徒の学生らによる公営宝くじへの反対運動だ。イスラムが禁じる賭けにあたるという理由だった。信徒は多くともイスラム法で統治している国ではない。庶民の楽しみに目くじらを立てる原理主義運動と見えなくもなかった。
 だが、実態は宗教運動ではなく社会運動だった。多くの貧しい人々が一獲千金を夢見てなけなしの金をつぎ込む。家庭崩壊の悲劇も後を絶たない。しかも、莫大な収益は独裁者スハルト大統領周辺の利権になっていると見られていた。
 学生リーダーらの考えは明快だった。
 「目指すのは、宗教上の教えの実現というより民主的な社会」「イスラムは運動の出発点として、あるいは参加者の連帯感を維持する上で役に立ちます」
 独裁政権下の民主化運動も、イスラムを前面に出せば弾圧をかわしやすい。イスラムは民主主義を後押ししていた。
(略)
 あれから四半世紀近く。インドネシアでも過激派がテロを起こした。最近はキリスト教徒であるジャカルタ州知事がイスラム批判をしたとして大規模な抗議デモが起きた。「知事を殺せ」という叫びも上がったという。何かが変わりつつあるのだろうか
(略)


公営宝くじの反対理由がイスラム教の教義からきていると理由を掲げているなら、それは原理主義運動に他なりません。独裁者に反対するための運動を宗教を隠れ蓑にしたのだ、というのが大野氏の解釈です。しかし独裁者の資金源が宝くじだけ、ということはないはずです。あえて宝くじ反対運動を展開したのは、イスラム教の教義が理由であることは間違いないでしょう。

学生リーダーは、目指しているのは民主的な社会であり、イスラム教は参加者の連帯感を維持するため、としていますが、彼らの目指す社会に非イスラム教徒の居場所があるようには思えません。非イスラム教徒は連帯感を持ちようがないのですから。

イスラム教徒だけであれば、民主的で平等で人権が尊重された社会が実現できるのかもしれませんが、非イスラム教徒に対してその原則は通じていません。だから、キリスト教徒であるジャカルタ州知事に攻撃的になれるのです。

「何かが変わりつつあるの」ではなく、何も変わっていないのだと思います。
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