【朝日新聞】投書欄「どう思いますか」:“読書はしないといけないの?”

4月5日と4月12日の朝日新聞朝刊の投書欄。毎週掲載の、投書に対する反響の投書を載せる「どう思いますか」のコーナー。二週連続して同じテーマで、“読書はしないといけないの?”です。

元になった投稿は、東京都の大学生(21)の投書です。

「大学生の読書時間「0分」が5割に」、という記事に、懸念や疑問の声が上がっている。もちろん、読書をする理由として、教養をつけ、新しい価値観に触れるためというのはあり得るだろう。しかし、本を読まないのは良くないと言えるのか。
私は、高校生の時まで読書は全くしなかった。それで特に困ったことはない。強いて言うなら文字を追うスピードが遅く、大学受験で苦労したぐらいだ。
大学では教育学部ということもあり、教育や社会一般に関する書籍を広く読むようになった。だが、読書が生きる上で糧になると感じたことはない。役に立つかもしれないが、読まなくても問題ないのではないか。読書よりもアルバイトや大学の勉強の方が必要と感じられる。
読書は楽器やスポーツと同じように趣味の範囲であり、読んでも読まなくても構わないのではないか。なぜ問題視されるのか。もし、読書をしなければいけない確固たる理由があるなら教えて頂きたい。


二週間にわたり、八人からの反応と、二人の識者の意見が載りましたが、「読書をしなければいけない確固たる理由」を示したものはありませんでした。また、4月12日の反応には、ネットと紙の本の対立、という観点からの反応が目立ちました。

私なりに回答してみます。

まず「読書」の種類ですが、教養(直接必要ではないが身につけておくのが喜ばしいとされる知識)のためのものと、よりよく生きるのに直接必要な知識を得るものと、に分類します。

文学作品を読むことはは前者にあたります。教育学部に在籍する投書子の「教育や社会一般に関する書籍」は後者です。むろん、文学部の学生だったら、文学作品を読むことは前者にあたりますので、この区分けは誰にでもあてはまる絶対的なものではありません。

前者の読書は必要ではありません。読みたくなければ読まないでいっこうにかまいません。一昔前なら「必読書」というものがあって、同じ階級の人間だったら誰でも読んでいなければならない本というのがあったらしいですが、現在ではそういう「必読書」は崩壊したように見えます。

後者は当然ながら必要です。例えば、システムエンジニアだったらマニュアルが読めなければ話になりません。

問題なのは、若い時に前者の読書をしていないと、後者の読書がしづらいのではないかということです。面白くない文学作品を強要されるのは苦痛ですが、楽しくて読んでいる分には、楽しいさだけでなく、言葉や言い回しを覚え、長時間の読書への耐性がつきます。中高生の間に後者の読書というのは考えにくいので、前者の読書で楽しみながら読書習慣を身につけるのはよいことだと思います。

ただ、投書子の文章は、高校生まで読書習慣がなかったのに、非常にしっかりしたものです。この投書を読むと、必ずしも読書習慣が必要とは言い切れなくなりました。
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