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【朝日新聞】死刑には論理がないのか?

8月1日朝日新聞夕刊。池澤夏樹氏の「オウムの死刑執行 論理は雰囲気の中に」より

(略)
 日本という島国の人々の特異なふるまいは何か? 公共の場のドアも横断歩道もさほど深刻なことではあるまいとしよう。だが、死刑が好きなのはどうだろう?
 今、一定の経済レベルに達した国で死刑制度を持つのはアメリカのいくつかの州(典型がテキサス)と中国、それに日本。サッカーのワールドカップ十六強の中では日本のみ。
 先日、オウム真理教に属した犯罪者たち十三名の死刑が執行された。国内のメディアは当然のことのように報じたが、海外からは批判もあった。たぶん日本の人は、「これがうちのやりかたですから、外から余計なことを言わないでください」と応じたはずだ。つまりまさに国の雰囲気なのだ。
 必ずしも死刑だけが極刑ではあるまい。獄につないだまま長くしつこく反省を強いるのも刑ではないか。人を殺したことを罰するのにその人を殺すという国家の論理もよくわからない。
 ひょっとして、この国の人々は今もまだ御霊信仰を保っているのだろうか。非業の死を遂げた者の霊は祟る。浅野内匠頭の霊を慰めるために家臣は吉良上野介の首を取り、更に江戸市民はこの一件を歌舞伎に仕立てて、言うなればお祓いをした。
 では、オウム真理教の事件はこれで祓えたのか? 殺してしまって本当によかったのか? 報復論、見せしめによる犯罪防止論、どれも死刑の理由として説得力に欠ける。残るは感情論? だから雰囲気なのだ。



社会制度をよその国と比較して論じることが一概に悪いとは言いません。しかし死刑制度を一定以上の経済レベル国家間で比べることに意味があるとは思えません。

意味があるとすれば、犯罪の発生率とか、宗教(犯罪に対して人々がどう向き合うのかということなので広い意味での宗教です)が近接な国との比較くらいです。

ましてサッカーワールドカップ16強国での比較など全くの無意味です。真面目に考えて書いているのか疑ってしまいます。


「これがうちのやりかたですから、外から余計なことを言わないでください」という回答が”雰囲気”という理屈も分かりません。

商法であれば国家間に差異があると国際的ビジネスをするのに不都合だという理屈は分かります。しかし国によって刑罰が違うのは主権国家の自由というべきで、日本だけがその自由を行使しているわけではありません。


「獄につないだまま長くしつこく反省を強いるのも刑」だというのは分かりますが、それが死刑を廃止しなければならない理由にはなりません。


「人を殺したことを罰するのにその人を殺すという国家の論理もよくわからない」そうですが、罰だから、社会から隔離するとか罰金を取るとか鞭打ちをするとか死刑にするとか色々考えられます。池澤氏が何を分からないでいるのか私にはわかりません。

社会が悪いと認定したこと、つまり人を殺すことをしたことの罰として同じ殺すという罰を与えるのはおかしいという意味で言っているのかもしれません。

それであるなら、たとえば子供を誘拐して長期間監禁していた犯人に懲役刑や禁固刑を科すことも不当ということになってしまいます。


池澤氏の方がよっぽど「雰囲気」に流されているように見えます。
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