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【朝日新聞】国民的な議論とは?

朝日新聞朝刊オピニオン欄。「フォーラム死刑、どう考える」の一回目。その中で千葉景子元法相の文章が取り上げられています。引用します。

 私自身は死刑廃止の立場ですが、法相の在任中の2010年7月には2人の執行命令書に署名しました。矛盾しているようですが、大臣の裁量で執行したり、しなかったりする制度にはなっていないし、自分の考えだけで「やりません」と済む問題ではない。きちんと向き合った上で、議論の方向をつけることが必要だと思ったからです。
(略)
 執行への立ち会い、刑場公開に続き、法務省内にも勉強会を作りました。しかし、8年たった今も、国民的な議論にはなっていない、と感じています。一般的に死刑は自分に関わることではないから、そうした議論を求めるのは難しいことなのかもしれません。
 だとすれば、国会がリードすべきだと思います。国際的な流れからしても、いつまでも「両論ありますね」ではいかないと思います。政治家のリーダーシップで議論を動かしてほしいです。


さっぱりわからないのが「国民的な議論」という言葉です。「国民的行事」とか「国民的アイドル」とかいう言葉から類推すると、国民の大多数が議論するということでしょうか。国民の大多数が関心を持つというのは分かりますが、国民みんなが議論するというのは死刑制度に限らずどんな問題であったとは思えません。オリンピックの招致に国民大多数が議論したとも思えませんし、モリカケ問題を国民大多数が口角泡を飛ばしていたとも思えません。

はっきり言えば、死刑廃止を訴えても国民の大多数は賛成してくれないという状況を、「国民的な議論になっていない」と表現しているだけだと思います。

千葉景子氏といえば、昔観たテレビで言語能力に欠けていたのを思い出しました。
参)【テレビ】ETV特集「法務大臣の決断」

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