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【テレビ】フランケンシュタインの誘惑E+  第六話「地獄の炎ナパーム」

Eテレにて放送。

主人公は有機化学者ルイス・フィーザー(1899~1977)です。ナパームの開発者です。

1899年:米オハイオ州ドイツ系の裕福な家庭に生まれる
1916年:ウィリアムズ大学で有機化学を専攻。アメリカンフットボールでも有力選手として活躍
1934年:ドイツがポーランドに侵攻。第二次世界大戦はじまる
1940年:米ルーズベルト大統領が国防研究委員会(軍と科学者が共同で兵器開発をめざす会)を発足
1940年11月:国防研究委員会の中でフィーザー新型爆弾の開発を任される。生ゴムをつかって焼夷弾の改良を目指す。
1941年12月:太平洋戦争はじまる。日本にゴムの生産地を抑えられたので、別の原料を探しはじめる
1942年7月:新型の焼夷弾(ナパーム弾)の燃焼実験に成功
1943年:ナパーム弾の量産開始。まず火炎放射器に活用し、射程を伸ばすことに成功
1945年3月:東京大空襲でナパーム弾の無差別爆撃
1945年8月:第二次世界大戦終了。フィーザーは研究者の道に戻る。有機化学の世界的リーダーとして教科書の執筆もする
1950年:朝鮮戦争。太平洋戦争の2倍のナパームが使用される
1952年:ナパームの特許が公開。メキシコ、中東などで作られ始める
1967年:雑誌ランパーズがナパームの特集記事。ナパーム弾被害の実態が知れわたり、フィーザーに中傷の手紙が殺到する。これに対して、フィーザーは「国のためならもう一度だって同じことをやる」と反論
1972年:ベトナムでナパーム弾の被害にあった少女の写真「戦争の恐怖」がピューリツァー賞をとる。これがナパームへの最後の一撃になる
1975年:サイゴン陥落。太平洋戦争の24倍のナパームが使用される
1977年:フィーザー死去
1980年:国連が人口密集地でのナパームの使用を禁止
2001年:アメリカ、すべてのナパームを廃棄したと発表
2003年:イラク戦争でゲル化したジェット燃料の爆弾を使う。米は厳密な意味でのナパームではないと釈明するが、問題視される。
現在:ナパームの製造方法は公開され安価で手軽に作成できるため貧者の兵器となりつつある

ナパームの原爆の開発コストは次のようになっている。ナパームははるかに安価に開発されたことがわかる。
ナパーム開発費:520万ドル
ナパーム開発人員:6人
原爆開発費:20億ドル
原爆開発人員:12万人

■感想
番組を見たかぎりフィーザーには殺戮兵器を作り出したという屈託はまったくないようでした。むしろ愛国心から当然のことをしたと信じ切っているみたいです。科学者ですが、フットボールの選手だったという運動選手体質が関係あるのかもしれません。

また、これまで番組で取り上げてきた科学者たちは、一応に自分が開発研究したものへの執着がありました。しかしフィーザーは第二次世界大戦が終わると、ナパームそのものへの関心は薄れてしまったかのように見えました。
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宗教国家

エノラゲイをスミソニアン博物館に展示
(高山正之『朝日は今日も腹黒い』新潮社、2016年10月、pp.18-19)
USって、そういう国で

 兵士諸君、これは神の意志に基づく闘いだ! 健闘を祈る!
って、ヴェトナム空爆のとき操縦士たちに空母の従軍牧師は鼓舞し、枯葉剤を。

何をやるかわからない国
というより、人間ってそういうものかも。

「神」を作り出して、都合よく


幻想
天皇制も?

Re: 宗教国家

>高山正之『朝日は今日も腹黒い』
機会があったら読んでみたいと思います。ありがとうございました。
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