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【朝日新聞】大浦信行氏へのインタビュー

10月12日朝日新聞朝刊オピニオン欄。昭和天皇の肖像を焼く映像作品で物議をかもした美術家・映画監督の大浦信行氏へのインタビュー記事です。

-「表現の不自由展・その後」は中止・再開という異例の展開を見せています。今回、一番驚いていることは何ですか。
「令和と呼ばれるこの時代になっても日本の人々の中に天皇タブーというものがこんなに根強く残っていたのか、ということです」
-そこで言う天皇タブーといはどのようなものでしょう。
「芸術、表現の中で天皇を扱うこと自体が認められていない。そんな風潮です。どのような動機からであれ、どのような形であれです」
-表現の具体的な中身に問題があるから、ではないですか。
「そうとは限りません。昭和天皇が存命だった時期には、劇映画で昭和天皇を正面から演じること自体がほぼ不可能でした」
(略)
-今回大浦さんの映像は、昭和天皇の肖像写真を焼き、灰を靴で踏みにじったものだという批判を受けていますね。実際、天皇の肖像を焼いたのですか。
「いえ、燃えているのは僕の作品です。80年代の作品「遠近を抱えて」のうち4枚を燃やしました。天皇が入った版画です」
(略)
「天皇の肖像が燃えたという部分だけを切り取って批判されることを残念に感じています。批判している人々のうち映像(約20分)全体を見た人は、まだ少数にとどまっているはずです」
-SNSでは、誰かが映像の一部分を切り出した短い動画が見られます。私も最初にそれを見たときは、「大浦さんが天皇の肖像写真を焼き、その灰を踏みにじった作品であり、天皇批判を表現している」との印象を持ちました
「誤解です。残念です」
-ただ、焼かれたのが作品だったとしても、その中に肖像が含まれていたのは事実ですね。人の肖像が焼かれる光景をそもそも、見る者の心を痛ませるものでは?
「そういう側面もあるとは思います。ただ理解してもらえるかどうかは分かりませんが、僕にとては燃やすことは、傷つけることではなく昇華させることでした」
-正直よくわかりません。
「祈りだと言い直せば伝わるでしょうか。燃やすという行為には、神社でみこしを燃やすような宗教的な側面もあるはずです。僕は今回の映像で、30年前から向き合ってきた「内なる天皇」をついに昇華できたと感じました。抹殺とは正反対の行為です。そもそも、もし天皇を批判するために燃やしたのだとしたら、そんな作品は幼稚すぎて表現とは呼べません」
(略)
-「不自由展・その後」の再開をどう見ていますか。
「再開は歓迎しています。ただ、一度中止になったことや文化庁が補助をやめると宣言している問題は消えません。萎縮と自主規制がさらに進んでしまうでしょう。日本を「天皇の表現がない社会」にする決定打になってしまうかもしれません。表現者が勇気を持って、表現を封印しない道を探し続けることが必要だと思います」



昭和の時代に劇で天皇を真正面から取り上げてこなかったということですが、正確には取り上げてこなかったのは昭和天皇です。過去の天皇は大河ドラマに普通に登場していたように思います。

「天皇タブー」というより「昭和天皇タブー」があった(今もある)と考えるのが自然なのかもしれません。


大浦氏の「昇華」がどうのこうのというのは、朝日の記者ではありませんが私にも「正直よく分かりません」。自分の作品を焼いただけで天皇の肖像を焼いたのではない、という理屈は普通に考えて通用しないでしょう。

気になったのは、大浦氏が作品の意図を誤解されていると釈明していることです。

論述文であれば、全体を読んで正しく解釈をしろ、と迫ることはできます。誤読があれば読者の責任ですし、誤解を招いても仕方のない表現があれば著作者の責任です。したがって、批判するなら全部読め、と言うことができます。しかし芸術作品で同じことがいえるとは思えません。

私が思うに芸術作品である以上、どう受け取るかは観るものに委ねられているべきで、作者が指図をすることではないと思います。


文化庁が補助をやめると言っていることを表現の自由への威嚇と受け取っていることはかなり疑問です。

文化庁のやり方には問題があったにせよ、税金をもらえないから作品を発表できない、という理屈はありません。

小説家だって漫画家だって国から金をもらってやっているわけではありません。なぜ自分たちだけは税金をもらえるのが当然と思っているのか不思議です。
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No title

私は常々「職人は客に合わせ、芸術家は客が合わせる」と思っています。職人は客の要望と自分の技量とをバランスさせて仕事をする訳ですから食に困ることはありません。しかし芸術家は自分の芸術性を只々発揮するものであって、たまたまその芸術性に共感したパトロンがいたならば食にありつける事もありますが必ずしも食にあり付けるものではありません。だから芸術家にとって貧乏は当たり前です。もしも自分は芸術家であり自分の作品は芸術であると言うのであれば「食えないかもしれない」という覚悟は当然です。その覚悟もなく経済的な援助や報酬を求めるならばもはや芸術家とは言えませんし、その方々の作品は芸術とは言えないと思います。
職人の立場で一言。


はじめまして

アメリカで、ルーズベルト大統領の写真を燃やして踏みつけて「これは芸術だ」と言ってみたら良いのではないでしょうか?
日本よりも自由の国、民主主義の国なのですが、どんな反応が返ってくるか面白そうです。
そして大浦氏には是非、アメリカで同じ論評をしていただきたいですね。

イギリスの先代君主ジョージ6世でも是非!

Re: はじめまして

ルーズベルトの写真を燃やすだけなら文句はでないかもしれませんが、それに公金を入れるとなると、米国の納税者は納得しないでしょうね(笑)
コメントありがとうございます。

Re: No title

ご意見、納得です。
コメントありがとうございます。

期待外れ

令和時代の超弩級アナキズム的な論理の展開を期待したのですが
 な~~んだ、この程度なの?
  バッカそのものの小者
  つまんな~~い!

表現の自由
って、核に思想があっての「表現」で
 ぼくちゃん、自分の作品燃やしただけだもん
 ほら、これって、昇華で、みんなわかってよ!

あ~あ、BAKK/AHH  こんなもん、ゴミ! 

どっかの原っぱで、カラスやバッタを相手に「表現」してればいいでしょ!
そっちのほうが、ずっとシュール!!  自分自身も作品化できて。 だ~れも反対しません。
 

知事サマ、こんなことで次の選挙 落選確実?
おかわいそうに、、、って、その程度の人物かしら?

燃やしたのは、関係者の未来?
それなら、浄化の火 って、言えるかも、、、

Re: 期待外れ

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えいび

Author:えいび
日々の出来事、映画やアニメの感想です。

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