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【朝日新聞】文学は英語のコミュニケーションに役立つのか?

11月9日朝日新聞の投書欄。米国在住の大学准教授の男性(60)の投書「英語力向上には文学を学んで」より引用します。

高校で「文学国語」が選択科目になることに懸念を覚えます。これは英語教育での「使える英語」にも逆行すると思います。
以前ハストレートに意見を伝えるのが米国人の特徴だと思っていましたが、在米25年の中で、はっきり言葉で表現されていない行間を読むことがコミュニケーション、とくに丁寧な表現に極めて重要だと痛感しています。例えば、米国では、外交文書だけでなく日常的な文章でも何が書かれていないか、数ある類語の中でなぜその単語を選んだかが大切です。
そうした行間を読む最高の訓練が、文学作品を深く読むことではないでしょうか。私の子供たちが卒業した地元の公立高校でも、英語のクラスで俳句を含め文学作品が教材に使われていました。
文学作品で母語の総合的な言語能力を高めることが、英語でのコミュニケーション能力向上に必須だというのが私の実感です。英語教育を重視する大学は、入試で読解力を問う国語の良問を出してほしいと思います。


高校の国語教科が「文学国語」と「論理国語」の選択にすることに懸念する声はしばしば聞かれます。それは常に、「文学」がおろそかになるのでは、という声です。

まだ始まっていない改革なのに、常に「文学」が軽視されると懸念するというのは面白いことです。選択になったら人気がないだろうというのが共通認識なのでしょうか。

それはさておき、この投書は米国在住の大学教員からのもので、米国人の文章も実は「行間」を大事にしている、というものです。

しかしながら、「行間を読む最高の訓練が、文学作品を深く読むこと」と言われても首をかしげます。ビジネス文書や日常で使う文章でも「行間」を大事にしているなら、別に文学ではなく、そういうビジネス文書や日常文書を教材にすればいいだけです。

地元の公立高校で文学作品を教材に使っていたから、というのは全く根拠にはなりません。

「文学作品で母語の総合的な言語能力を高めることが、英語でのコミュニケーション能力向上に必須」と言われても、論理が飛躍しているとしか思えません。

文学作品に触れていた方が人間的に豊かではないか、というのであれば、そうかとも思いますが、英語のコミュニケーションのために日本文学を勉強しろ、というのは無理矢理な理屈のように感じます。

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