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【朝日新聞】「ノーベルの遺言と限界」

12月8日朝日新聞朝刊オピニオン欄。「社説余摘」のコーナー。科学・医療社説担当・行方史郎氏の「ノーベルの遺言と限界」より。

ノーベル賞に関するものです。前半は、それぞれの分野で3人以内というルールが時代にそぐわないのではないか。インターネットや人工知能といった発明・発見がいまの賞の枠組みに収まらないのではないか、という問題提起でした。

後半の部分を引用します。

(略)
 日本はかつて科学技術基本計画(01~05年度)のなかで「50年間にノーベル賞受賞者30人」という目標を掲げたことがある。わたしは08年、授賞式の関連取材で訪れたスウェーデンのラジオ局で、逆にこの真意や数字の根拠を問われ、答えに窮した。ノーベルの遺言には「国籍は考慮しない」とあり、選ぶ側からすれば国の目標になることに困惑しているというのだ。
 00年以降、日本からの受賞者は19人で、皮肉にもこの目標を上回るペースで推移する。むろん、その多くは20世紀の業績で、計画に沿って進められた政策とは何ら関係がない。
 その貯金頼みの方も、そろそろ限界に来ている。


行方氏は「答えに窮した」ということですので、30人という目標設定に反対のようにも見えます。

一方で、昨今の科学技術への予算の低減で今後のノーベル賞受賞が見込めないことを懸念しているようにも見えます。

政府のやることは、目標設定も気に入らなければ目標が達成できないことも気に入らない、ということなのでしょうか?

それはともかく、ノーベルが「国籍は考慮しない」と遺言したのは、おそらく国籍によって賞をあげたりあげなかったりという差別はいけない、という意味だろうと思います。

そうであるなら国家が目標を掲げることとノーベルの遺言が対立するわけではないと思います。
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