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【朝日新聞】「論理国語」と「文学国語」

12月28日朝日新聞朝刊オピニオン欄。京都大学名誉教授佐伯啓思氏の「社会が失う国語力」を引用します。

(略)
ここで書いてみたいのは、国語教育改革についてだ。
しばしば論じられるのが、「現代の国語」を「論理国語」と「文学国語」に分割するという「改革」だ。どこからこのような発想が出てきたのか理解に苦しむが、多くの人が指摘しているように、文学的な感性や想像力をもたない論理はないし、また、それなりの内的な論理をもたない文学もない。この原則の一事に立つだけで、これがほとんど無意味な「改革」であることは論をまたないであろう。
(略)
数値的に示され、成績で評価さえっる学力を向上させたければ、わかりやすい実用的文章を読ませ、難解で主観的な思想や文学は避ければよいだろう。しかしそれが本当の意味での読解力にもならなければ、文章から何かをえるという人生経験にもならないことは明らかである。
(略)


「論理国語」と「文学国語」に分割したというのは科目として分割したということであって国語教育から文学を排除したということではありません。

それは措くとして、「文学的な感性や想像力をもたない論理はない」と決めつけていますが、さっぱりわかりません。いくらでもあるように思います。少なくとも「論をまたない」と根拠なく決めつけられても納得できません。

「本当の意味での読解力」といった抽象的な文言をならべて「明らかである」と断言するのも同じです。私にはちっとも明らかでありません。

私は、国語教育から文学は不要だと考えています。確かに文学は人生を豊かにはするでしょうが、それは好きな人が自分の意思で読むものであって、国民必須の教養として一律に強制するという意味が分かりません。
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