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【朝日新聞】批判精神を教えるとは?

2月4日朝日新聞朝刊オピニオン欄。「私の視点」のコーナー。公立高校教員・蜷川純雄氏の『「プラゴミ」定番の結論 批判精神、摘んだ証しか 』を引用します。

 大学の推薦入試などを控えた生徒に対して、小論文の指導をする機会がある。練習用に出される時事テーマの定番は環境問題だ。中でも、プラスチックゴミの問題は、生徒たちが必ず書かされるもののひとつだ。
 いわく、プラスチック製品は大変な勢いで増え、リサイクルを担ってきたアジアの国々でのゴミ処理も行き詰まっている。海に流れ出て、深刻な海洋汚染が指摘される。各国は対策を講じ始めている。私たちも、この世界共通の課題に取り組まなければいけない。まずレジ袋をもらわない、ポイ捨てをしないなど、一人一人ができることから……。
 生徒たちは判で押したようにこう書くのだが、入試で、こういう答案はどう評価されるのだろう。この答案から測れるのは、環境問題に対する知識や独自の視点、考察ではなく、型どおりで当たり障りのない返答ができる力ではないだろうか。
(略)
 教員として思い当たるのは、学校は、様々な場面で、他者を批判すること、問題の核心を突いて論争を起こすことを戒めてきたのではないか。その結果、批判の矛先は自分に向かう。それが批判精神を摘み、科学的な思考を妨げていると感じる。
 変化が激しく予測が困難な社会が到来するという。答えのない課題を主体的に学び、考え、表現することが求められているという。そうであれば、「型どおりで当たり障りのない答え」に意味はないはずだ。


型どおりの答えが面白くないというのはその通りだと思います。しかし、入試での答案は、面白いものを書くより、確実に合格点を狙うのは当然です。当たり障りのない回答をしている生徒が間違っているとは思いません。

問題を感じるのは、蜷川氏をはじめとする教員が学校教育を万能だと勘違いしていることです。

教員の指導を腹から納得せずに試験対策として聞いている生徒は、おそらく自分で批判精神を学んでいくでしょう。教員の指導を信じ切っている生徒に、批判精神を教えるというのは、原理的に困難です。このプラゴミの例でいえば、蜷川氏が指導に従い、”企業や政府が対策すべきです”とこれまた型にはまった意見を書くのが落ちでしょう。

私としては、学校の先生に期待するのは教科の指導だけです。人格教育みたいなことは自分で考えるから放っておいてもらいたいと思います。
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