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【朝日新聞】学術会議問題は民主主義の問題なの?

10月22日朝日新聞朝刊オピニオン欄。日本学術会議前会長・京都大学前総長の山極寿一氏の「学術会議問題と民主主義 全体主義への階段上がるな」を引用します。

 日本学術会議が推薦した新会員105人のうち、6人が菅義偉首相から任命されず、その理由がはっきりしないことが問題となっている。学問の自由への国家権力の不当な介入と非難する意見があるが、私はそもそも民主主義の問題だと思う。
 民主主義とは、どんな小さな意見も見逃さず、全体の調和と合意を図り、誰もが納得するような結論を導き出すことだ。初めから意見が一致していたら議論の必要はない。多様な考えや意見があるからこそ建設的議論が生まれ、新しい可能性が高まる。それが民主主義の原則で、結論を出すには時間がかかる。新型コロナウイルスへの対策でも、日本はなかなか方向が定まらず、ふらふらしているような印象を受けた。だが、それはなるべく多くの専門家の意見を反映しようとした民主主義の結果であったと私は評価している。
 日本学術会議も民主主義を基本として議論を展開する学術の場だ。いわば学者の国会のようなものだ。国会と違うのは政治談議ではなく学術についての論議をすることと、実に多様な学問分野の学者が集まっていることである。全国87万人の研究者を代表する日本国籍を持つ210人の会員と2千人近い連携会員からなる。公務員だが給与はなく、会議に出席する際に日当と交通費が支払われるだけのボランティアだ。しかも財政難で昨年度の下半期にはそれさえも支給できない事態となった。
 会員の任期は6年で3年ごとに半数が改選される。会員や連携会員、さらに全国の2千以上の学術研究団体の推薦から選考会議が学術的業績の高い会員候補者を選び、首相に推挙する。首相は推薦に基づいて会員を任命することになっている。これは憲法第6条の「天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する」に倣ったもので、任命が形式的なものであることは明らかだ。
(略)



国民は国会議員を選ぶことで間接的に政治参加をしています。国会がなくても、つまり選挙がなくても、勝手に議論することはできますが現実的な影響力は持ちません。

しかし、学術会議がなくても学者は研究はできます。政治への影響という意味でも、諮問委員会やら参考人招致やらで影響を与えることはしています。

したがって、学術会議が「学者の国会」というのは無理があります。

だいたいが学術会議のメンバーは学者が選挙で選んでいるわけでもありません。


>公務員だが給与はなく、会議に出席する際に日当と交通費が支払われるだけのボランティアだ。

もともと「ボランティア」には無償奉仕という意味はありません。自発的に参加するという意味なので報酬が発生する場合もあります。しかしここでは無償奉仕という意味で使っているようです。

しかしそうなると意味がとれません。日当(=一日払いの給料)が出ているなら対価を得ているということです。

これでは、サラリーマンが月給と出張旅費が支払われるだけのボランティアだ、と言っているのと同じです。


>憲法第6条の「天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する」に倣ったもので、任命が形式的なものであることは明らかだ。

新しい内閣総理大臣は、きっかけとしては、実力者たちが談合したり、前の総理大臣が指名したりしています。しかしそれでもその後に国会で多数を得なければ指名されません。

したがって内閣総理大臣の選出は民主主義にのっとったものであり、天皇の任命は形式です。

しかし学術会議の新メンバーの指名は民主的に行われていません。天皇と比べるのはおこがましい限りです。


学術会議のことはよく知りませんが、京都大学の前総長というからには相当の学識を持った人のはずです。その人がこんなぼろぼろの理屈をこねまわすというのはどうしたことでしょう。

自分の専門分野以外では論理的な思考ができなくなるのか、前学術会議会長という立場から無理筋と分かって言っているのか・・・

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