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【朝日新聞】異議あり:Naoto Kan? Kan Naoto!

和歌山大学の江利川春雄教授が、西洋語で日本人の名前を名-姓の順にひっくり返すことに反対意見を述べています。「自分のアイデンティティに一番かかわる名前について自覚的に対応す」べき。特に政治家が名-姓で名乗るのは「向こうのヘゲモニー(主導権、覇権)を認めたことにな」る、との主張です。

基本的には同意します。一部気になったのは、欧米社会で暮らす日本人も姓-名の順を守るべきなのかどうかという点です。アイデンティティやヘゲモニーの論議も結構ですが、そこまで姓-名にこだわると毎日が不便では、という気がします。

日本社会で暮らしている日本人が西洋語で名乗るのは姓-名の順の方がよい、というのには異議ありません。

そこまではよいのですが、江利川教授は、自説を補強するために暴走ぎみに論を展開します。姓と名の順番などを問題としてとらえること自体がおかしい、という意見に対して、

自分の名前を大事にできない人は、他人の名前も大事にできないでしょう。あえて言えば、戦前の日本が朝鮮半島でやってしまった「創氏改名」も、名前の持つ意味をあまりにも軽々しく考えてしまったからではないでしょうか


つまり、「自分の名前を大切にしない = 名-姓にする」→「他人の名前を大切にしない」→「朝鮮半島で創氏改名政策をした」という流れです。

問題は二点あります。

第一に、論理に飛躍がありすぎです。西洋人の名前を日本語であらわす際に姓-名にしたわけではありませんから、「自分の名前を大切にしない = 名-姓にする」→「他人の名前を大切にしない」は直接つながっていません。「他人の名前を大切にしない」→「朝鮮半島で創氏改名政策をした」も飛躍しすぎです。政治上の政策はもっといろいろな理由でなされたと考えるのが常識です。

第二に、論議がわかれているもの(この場合は「創氏改名」)を論拠にしたことで、不必要に敵をつくっています。いくらよい主張をしても、本論と関係ないところで、味方になってくれるかもしれない人を敵に追いやるのは賢明ではありません。


※創氏改名については、wikiで、さまざまな説が紹介されています。
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