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【朝日新聞】社説:靖国合祀判決―信教の自由を守れたか

12月26日の朝日新聞の社説です。

引用します。

靖国合祀判決―信教の自由を守れたか
 亡くなった肉親を静かに弔っていた遺族のもとに「故人を祭神として祀(まつ)った」という通知が宗教団体から届いた。やめてほしいと求めると、「教義で取り消しはできない」と拒まれた。
 憲法の「信教の自由」を持ち出すまでもなく、当事者になったとすれば、納得がいかない話ではなかろうか。
 戦争で死んだ父や兄が、意に反して靖国神社に「英霊」として祀られ、合祀(ごうし)の取り消しを拒まれた遺族の思いもそのようなものだろう。
 そうした遺族らが靖国神社の合祀の名簿から親族の名前の削除などを求めた裁判で、大阪高裁は先週、一審に続いて訴えを退けた。遺族は国とともに靖国神社を被告とし、故人をしのぶ権利が侵害されたと主張していた。
 判決は、靖国神社にも信教の自由が保障されており、遺族の主張は合祀に対する不快な心情や靖国神社への嫌悪の感情でしかない、と指摘した。
 判断のよりどころは、1988年の殉職自衛官合祀訴訟の最高裁判決だ。殉職した夫を遺族の意思に反して、護国神社が合祀したのは違法と訴えた妻に対し、最高裁は「寛容であれ」と諭した。神社の宗教活動の自由のために私人は我慢するべきだという論法だ。
 今回もこの考えを踏襲して「しのぶ権利」は法的に保護する利益にあたらないと判断した。しかし、信教の自由とは本来、少数者の保護をめざすことに意味があるのではないか。この場合、遺族らがそれにあたる。
(後略)



新聞記事(直接にはこの社説)のみからの感想です。実際の判決文は読んでいません。

原告の訴えを退けた裁判所の判断は、正しいと思います。ただし、靖国神社に対して寛容であるべし、という意見からではありません。

第一に、尊重すべきなのは戦死した当人の意思のはずです。原告が何を信仰しているのか分かりませんが、遺族の意思は、直接の関係はありません。もしかすると、当人は靖国に祭られことを望んでいたのを、別の宗教に入れあげた息子や娘が訴えを起こしているのかもしれません。そうだとすると、この訴え自体がかなりいびつな感じがします。

第二に、原告が神道を信仰していないのであれば、靖国神社の「合祀」などという祭礼は無視すればよいだけです。靖国の「合祀」など異教徒の儀式に映っているはずです。無信仰なら、なおのこと無視するはずです。

次のように考えれば明白です。キリスト教の教義では、非キリスト教徒は地獄落ちになるそうです。私はキリスト教徒ではありませんので、死後は地獄落ちになるそうです。しかし、私はこれを聞いても、非キリスト教徒であるが故に、腹が立ちません。腹が立つはずがないのです。

私には、「遺族の主張は合祀に対する不快な心情や靖国神社への嫌悪の感情でしかない」という裁判所の指摘は、正しいように思えます。

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