FC2ブログ

【朝日新聞】歴史認識、解決を探る

8月22日朝日新聞朝刊、国際面。米ダートマス大学のジェニファー・リンド准教授のインタビューです。

 歴史認識を巡る韓国や中国との対立が収まらない日本。安倍晋三首相が15日の戦没者追悼式の式辞で、加害責任に触れなかったことも、両国から反発を受けた。問題は、袋小路に入り込んでしまったかのようにも見える。国際政治における「謝罪」について研究する、米ダートマス大のジェニファー・リンド准教授に聞いた。
 ――「日本は戦後のドイツに学ぶべきだ」という意見をどう思いますか?
 ドイツから学ぶのであれば、日本はアデナウアー首相時代に学ぶべきだというのが私の主張です。過去に起きたことを認め、真実を語ると同時に、国内で反発が起きないよう配慮するやり方です。
 ドイツが謝罪したから独仏は和解したというのは、非常に広く受け入れられている物語ですが、実際は違います。西ドイツは50年代にフランスとの和解を進めましたが、当時はきちんと謝罪をしていなかったのです。犠牲者の碑や非常に誠実な教科書をつくったのは後のことです。
 ――では、何が和解を可能にしたと考えますか。
 当時の和解は、独仏が一つになれる形で歴史を語るときに起きたのです。ドイツは「自分たちは恐ろしいことをした。その責任を取る」と明確にしました。
 米国は当時、ソ連の侵攻には核兵器で応じるつもりだったので、核戦争を避けたかった独仏は、ほかの道を探したのです。
 ――著書では「謝罪にはリスクもある」と指摘しています。
 私の考えでは、謝罪という概念は(和解の)入り口にはなりません。間違った方向に行く危険があるのです。外国への謝罪はしばしば国内の反発を引き起こします。どの国にも、戦争を戦った人や遺族がおり、国のためにやったと信じています。相手側の記憶よりも、自分たちの記憶を重視するのです。
 ――和解はどう達成されるものですか。
 世界各国の和解の事例を見ると、安全保障上であれ経済的な理由であれ、お互いを必要とする状況がまずあります。通常は、そこから過去についての交渉が始まります。
 その結論が謝罪かもしれませんし、何らかのセレモニーかもしれません。たとえば独仏首脳がベルダンで手を取り合ったのは非常に重要な瞬間でしたが、謝罪ではありませんでした。
 過去をどう扱うかについて国内で議論があること自体は正当なことです。ただ、日本はまず、真実を語る必要があります。日本が隣国への歴史上の行為を認め、自分たちが受け入れられる言葉で、何が起きたのかを若者に伝えるのです。
 (ハノーバー〈米ニューハンプシャー州〉=大島隆)


謝罪は和解の入口にはならない。真実を語ることが入口になる、との指摘です。

疑問があります。日米関係を例にあげます。日本は宣戦布告なしに真珠湾奇襲をしたことを若者に繰り返し教育してなどいません。米国も民間人を殺す目的で爆撃をしたことを教育しているとは思えません。にもかかわらず、日米は友好国です。

謝罪どころか、和解のために真実を語ることが必要という意見には頷けません。

また、リンド氏の「日本はまず、真実を語る必要があります」という発言からは、なにが「真実」なのか客観的に明らかだと、天真爛漫に信じている無邪気さを感じます。現実はそうではありません。

あまり役に立つアドバイスだとは思えません。

スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

sidetitleプロフィールsidetitle

えいび

Author:えいび
日々の出来事、映画やアニメの感想です。

sidetitle最新記事sidetitle
sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle最新トラックバックsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitleFC2カウンターsidetitle
sidetitle検索フォームsidetitle
sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitleリンクsidetitle