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【時事問題】死刑制度 その1

数週間前に渋谷で開催されたアムネスティ日本と死刑廃止ネットワーク東京による「死刑囚の絵画展」にたまたま立ち寄りました。その際にもらった公益社団法人アムネスティ・インターナショナル日本のパンフレットを素材に死刑制度について考えてみます。

はじめに私の立場を説明します。いまの時点では死刑反対に傾いています。冤罪への恐れが拭えないからです。

死刑反対派の私ですが、アムネスティのパンフレットには首を傾げざるをえないところが多々あります。これらを挙げながら死刑廃止派がなぜ日本の多数派にならないかを探ります。

パンフレットは、「もしも死刑がなかったら」という題名でA4サイズに裏表がカラー印刷されています。


まず、はじめの文章です。

もしも日本に死刑がなかったら、どうなると思いますか?
凶悪犯罪が増えると思いますか?
しかし、それは思い込みかもしれません。誰も明確に説明できていないのです。
ひとつだけ確かなことは、死刑は人の命を奪う刑罰だということです。
誰かが死刑という殺人をしているのは、まぎれもない事実です。

死刑判決が確定すると、数年後に死刑が執行されます。
法務大臣がハンコを押した時、執行されるのです。
命令を受けて、死刑囚の首に縄をかけるのは、刑務官です。
もともと刑務官の仕事は、囚人を教育し更生させることです。
人を殺すことではありません。
しかし死刑がある限り、私たちは正義の名において、刑務官に殺人をさせてしまっていることになります。
しかもそのような事実は、あまり世間に知らされていません。

毎年、私たちの知らないところで、死刑は確実に行われています。

死刑についての考えは、人それぞれです。
アムネスティは、死刑に関する様々な情報を提供します。
大切なことは、まず死刑について知り、考えることです。
現に100人もの死刑囚が刑に処せられようとしているのですから。


「法務大臣がハンコを押した時、執行されるのです」というのは間違いです。事実は刑務官がボタンを押した時に執行されます。

それに至るまでの大まかな流れは、

逮捕→起訴→死刑確定→法務大臣のハンコ→執行

です。法務大臣のハンコはそのうちの一つに過ぎません。

これが死刑廃止派の主張の奇妙な点の一つです。彼らは、逮捕した警察も、起訴し死刑を求刑した検察官も、直接執行した刑務官も非難しません。彼らの標的はつねに法務大臣です。

私から見れば、警察が逮捕するのも、検察が起訴するのも、法務大臣がハンコを押すのも、刑務官が執行するのも、すべて職務上の義務で選択肢はありません。警察が犯人を逮捕するのは当然ですし、十分な証拠があるなら検察が起訴するのも当然です。刑務官が命令に従うのがあたりまえのように、法務大臣もハンコを押すのは当たり前の職務です。ハンコを押さない大臣がおかしいのです。

死刑執行に至る流れで選択肢があるとすれば裁判官の判決くらいなものです。これも相場で決めているようなので選択肢があるとは言い切れませんが、死刑判決を下さないことが職務上の義務の不履行にはなりません。

故に、死刑反対派が批判すべきなのは法務大臣ではなく、死刑判決を出した裁判官であるべきです。法務大臣に職務の執行よやめろなどと無茶な抗議をするのではなく、無期懲役なり有期刑なりにしろと裁判官に要求すべきです。

なぜ法務大臣を非難するのか理解できません。

「もともと刑務官の仕事は、囚人を教育し更生させることです」というのも理解できません。刑務官が死刑に関わってきたのは昔からです。ありていに言えば、死刑執行は刑務官の仕事の一つでした。「もともと」死刑にかかわりがなかったとの主張は事実と異なります。

「毎年、私たちの知らないところで、死刑は確実に行われています」というも事実ではありません。死刑を執行していない年もあります。また死刑執行の後マスコミを通じて発表がありますので、国民の知らないところで死刑を行っている、というのは間違いです。

理屈もおかしいし、事実関係もあやふやです。これでは賛同は得られないでしょう。



死刑は被害者遺族を癒せるのでしょうか?
凶悪事件が起きると、「なぜ加害者の人権が守られて、被害者の人権が軽んじられているのか」という声が聞かれます。
加害者は刑事訴訟法によって、逮捕から起訴、裁判まで法律によって守られています。
しかし、被害者、そしてその家族を守ってくれる法律は十分に整備されていません。日本における犯罪被害者対策は、欧米に比べて30年遅れていると言われています。死刑があることによって、私たちは被害者遺族が癒されていると思い込んでいるだけかもしれません。


この点についてはある程度賛同します。

加害者であろうと人権は保護すべきです。被害者の遺族が苦しんでいるからといって加害者への法の保護をなくしていいことにはなりません。被害者の遺族へのいたわりと加害者の人権保護は相反するものではありません。

ここまではアムネスティの言い分と私の意見は同じなのですが、「死刑があることによって、私たちは被害者遺族が癒されていると思い込んでいるだけかもしれません」というのが分かりません。

「思い込んでいるだけかもしれません」という主張には、「死刑があることによって、被害者遺族は癒されているかもしれません」という主張をぶつけてみたくなります。

すべてではないかもしれませんが、死刑で癒される家族がいるのは真実です。


長くなるので後半は明日にします。
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