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【時事問題】センター試験改革

朝日新聞からの引用です。

 知識偏重の「一発勝負」から、課外活動などを含めた「人物本位」の選抜へ。安倍晋三首相肝いりの施策とされる大学入試改革の概要が見えてきた。大学側は「多様性のある学生の確保」の重要性は認めるものの、ペーパーテスト重視からの大転換を迫る内容に困惑を隠せない。
首相官邸で開かれた教育再生実行会議を終え、文部科学省内で記者会見に臨んだ下村博文文科相は言った。「国際化、そして高齢化が進み、日本は少子化の中でそれを支えていかねばならない。一人一人の人材力を高めることが必要で、そのための改革案と考えている」
 今回、大学入試改革に向けて政府が動いた背景にあるのは、大学の「大衆化」だ。少子化と学校増によって大学進学率は5割を超え、志願者に対する入学者の割合は9割台に上昇。大学の定員と志願者数がつりあう「全入」どころか4割の私大が定員割れを起こしている。「えり好みしなければどこかの大学には入れる」と、高校生の学習時間は減っている。
 そんな中で、延々と点数主義の入試を続けても意味がない。意欲や潜在能力といった観点に切り替え、積極的に人材を見いだして育てなければ、大学教育は停滞から抜け出せない。レベルの違いこそあれ、それは難関大学にも通じることだろう――。実行会議のメンバーは、こんな考えを共有していたという。
 文科省幹部の一人は「合否判断のモノサシを取り換える必要性は、この10年来ずっと感じてきた。教育問題に熱心な安倍政権ができたことで、トップダウンで一気に進める環境が整った」と明かす。
(略)


普通に考えて、「えり好みしなければどこかの大学には入れる」のですから、入試方法をどのように変えても日本全体から見れば意味がありません。

例えば、いままでの入試方法ではA君は甲大学に合格していたのが、入試改革で甲大学にはいけず乙大学に行くことになります。甲大学はいままで入学してこなかったようなB君を入学させることになります。A君やB君といった個人あるいは甲大学や乙大学といった個々の大学に着目すれば変革ですが、日本全体から見ればなんの変わりもありません。意欲と潜在能力のある高校生も意欲と潜在能力のない学生もどこかの大学に行くのですから。

それぞれの大学が入試改革をしたいのであれば自由に行えばいいと思いますが、文科省が音頭とりをするのは違和感があります。
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