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【テレビ】フランケンシュタインの誘惑E+  第十八話「”いのち”の優劣 ナチス科学者」

Eテレにて放送。

ドイツの人類遺伝学者オトマール・フォン・フェアシュアー(1896~1969)が主人公です。ナチスが進めた断種法の理論的背景を構築し、ユダヤ人迫害への責任がありながら、罪に問われることなく科学界の重鎮として生をまっとうした男の素顔に迫ります。

1896年:ドイツ中央部ゾルツに生まれる
1919年:マールブルク大学で医学を学び、優生学に魅せられる。優生学とはダーウィンの進化論とメンデルの遺伝学が融合したもので、劣った遺伝子を持つ者を断種することで国家・民族の弱体化を防ごうとする考えのこと。
1923年:大学の付属病院に勤めだす。研究対象として双子に目をつける。当時流行していた結核の統計から、結核に耐性のない遺伝子が存在することを突き止め、断種を推奨する。
1931年:障害者への断種を主張しだす。プロイセン州政府はフェアシュアーの提言に従い不妊手術を模索するが、法律の壁に阻まれる
1933年:ヒトラー内閣成立。断種法が成立する。当人の同意を必要とせず断種ができるようになる。
ナチス政権とフェアシュアーが結びつき、フェアシュアーは出世街道を驀進する。フランクフルト大学の遺伝病理学研究所所長に就任する。遺伝的に問題のあるカップルの情報を優生裁判所に報告。次々と判決が下された。1945年までに40万人(ドイツの200人に一人の割合)で断種が行われた。
1935年:血統保護法が成立。ユダヤ人とドイツ人の結婚や性的関係を持つことを禁止する。この段階で、「ユダヤ人」とは何かということが問題になる。フェアシュアーは、ユダヤ人の定義に乗り出す。
1942年:カイザー・ヴェルヘルム人類学人類遺伝子優生学研究所所長に就任。ユダヤ人を特定するたんぱく質を見つけ出そうと試みる。ユダヤ人と比較のための非ユダヤ人の大量の血液が必要となる。アウシュビッツ強制収容所に赴任した弟子のメンゲレが、収容されたユダヤ人や捕虜の血を抜いてフェアシュアーに送る
1945年5月:ドイツ降伏。フェアシュアーは自分に不利な証拠を破棄する。拘束されたが、アウシュビッツの出来事は知らなかったとの言い分が通り、日本円にして45万円の罰金で済む。
1951年:ミュンスター大学 人類遺伝子研究所所長に就任
1952年:ドイツ人類学教会会長に就任
1968年:自動車事故。昏睡状態になる
1969年:11カ月の昏睡を経て死去
死ぬまで、戦争中の行為が問題視されることはなかった。

現在、証拠が発掘され、フェアシュアーの罪が明らかになっている。

■感想
番組でも言及されていますが、断種法の考えナチスやフェアシュアーの発明ではなく、世界中で行われています。日本でも、最近になって本人の同意なしに断種手術をしたことに対するお詫びと補償が行われました。現在になってフェアシュアーが非難されているのはアウシュビッツの出来事に積極的に関与したからのようです。

「優生学」と聞くとおどろおどろしいですが、出生前検査が普通になった現在、我々自身も「優生学」と無関係とは言い切れません。ナチスやフェアシュアーだけを非難して済む問題ではないと思います。

【テレビ】ダークサイドミステリー  「幻のニホンオオカミを追え!」

NHK-BSにて放送。

公式には絶滅したとされながら、たびたび生存情報が飛び交うニホンオオカミの話です。

1905年:奈良で最後の個体が死んでいるのが発見される。
1963年:静岡で自衛隊員がニホンオオカミを目撃
1996年:秩父で写真が撮られる。専門家が”ニホンオオカミに近い”と鑑定
1999年:山梨でも目撃
2013年:埼玉で正体不明の遠吠えが聞かれる。

剥製は国内に三体あります。どれも姿かたちが異なっています。剥製の専門家によれば、剥製というのは作成者の個性が入りやすいもので、作者が生きているニホンオオカミを見たことがないとすれば、見た目が異なるのはあり得ることだそうです。

オランダにニホンオオカミのタイプ標本(その種の基準となる標本)の剥製があります。これはシーボルトが持ち出したもので、これも国内の三体の剥製と微妙に違う姿です。なお、この標本の台座には「ヤマイヌ」という表記があります。

これについて
ⅰ)ニホンオオカミとは別にヤマイヌという種がいた。
ⅱ)オオカミとヤマイヌは同じ種。
ⅲ)犬とニホンオオカミが交雑したものがヤマイヌ。
という三つの説が唱えられていました。
近年になって、日本各地に保存されていたニホンオオカミの骨から、ニホンオオカミ特有のDNAが解析され、それをオランダの標本と照らし合わせたところ、すくなくともニホンオオカミの血を引く生き物であることが証明されました。つまり、ⅱ)かⅲ)です。

■感想
番組ではさらっと触れただけですが、一番気になったのはニホンオオカミがなぜ絶滅したかです。なんとなく明治になって開発が進んだために絶滅したように考えていましたが、日本の山地が明治で急速に開発されたわけではないのでちょっと腑に落ちません。餌となるイノシシやシカは現在でも生き残っているのですから、ニホンオオカミだけがすぽっと絶滅したのは不思議です。

ヤマイヌといえば、映画「オーメン」で悪魔の子ダミアンを生んだ獣を思い出します。そういう種がいるものだとばかり思っていましたが、学問的な分類にはないようです。

ニホンオオカミに関する日本人の記録が案外少ないのも驚きです。むしろ西洋人の方が熱心に収集したりしています。昔の日本人は意外に自然に対する興味が薄かったのでしょうか?

【朝日新聞】文化格差?

9月12日朝日新聞朝刊オピニオン欄。「欧州季評」のコーナー。英国在住のライターであるブレイディみかこ氏の「大変革時代の英国の教育 長い目で文化格差解消を」を引用します。

(略)
 (英国の)長年の緊縮財政は学校現場を疲弊させ、貧困層の子どもを増やした。広がっているのは経済格差だけではない。サッカーの母国として知られ、音楽や演劇、ダンスの分野でも世界中の人々から「本場」と呼ばれてきた国の子どもたちの間で、「文化格差」が広がっている。
 政府の社会流動性委員会(SMC)の調査によれば、学校の外で楽器を習ったり、合唱やオーケストラの一員になったりする機会に恵まれる10歳から15歳の児童の数は、低所得層では裕福な層の約3分の1になるという。また、パキスタン系英国人の児童の4%が音楽のレッスンを受けているのに対し、インド系の児童では28%、白人の児童では20%になる。イングランド北東部では9%の児童が音楽のレッスンを受けているが、ロンドンを含む裕福な南東部では22%だ。
 裕福でない家庭の児童がスポーツや演劇、ダンス、芸術などの課外活動に参加する機会を失っているため、SMCは奨学金や学校への資金援助、サポートの必要性を指摘している。
 課外活動にはお金がかかる。だが、音楽やスポーツ、芸術などを通して、児童たちは思わぬ自分の才能に気づいたり、自信を身に付けたり、チームスピリットを学んだりする。資金不足のためアフタースクール・クラブ(学童保育)の運営をやめたり、夏休みなどの休暇中に課外活動をできなくなったりしている学校が増え、児童たちがこうした活動に参加する場が失われている。
 文化活動やスポーツに参加する機会がなければ、子どもたちは「溶け込めないという不安」を抱くようになるそうだ。つまり、例えば楽器を習うことや歌うこと、クリケットをプレーすることに敷居の高さを感じ、自分は音楽や演劇、芸術、スポーツには「値しない」人間だと感じるようになる。
 こんなに早い時期から児童たちが好奇心や芸術性や遊びの精神を培う機会から引き離されていると思うと、ビートルズやシェークスピアの国はいったいどうなってしまったのかと思う。自己表現ができるのは裕福な子どもたちだけで、貧しい子どもたちは文化の外側に押しやられている。これではエリート主義の構造を強化させ、支配層と庶民の意識の乖離を増長するばかりだ。
(略)



提示されたデータが偏っているので、実情がはっきりしませんが、分かった範囲ではこういうことです。
・学校以外で音楽活動をしている児童の割合は、低所得者の家の子は裕福な家の子の三分の一。
・音楽レッスンを受けているインド系の児童は28%。白人の子は20%。パキスタン系の子は4%
・音楽レッスンを受けている子は、イングランド北東部では9%。南東部(裕福な地域)は22%。


もしかしたら英国在住者には自明なのかもしれませんが、人種と所得格差の関係がよくわかりません。インド系が一番裕福で、白人が次いで、パキスタン系が貧困ということでしょうか?


ブレイディ氏が主張しながらデータを出していないのが、『「文化格差」が広がっている』根拠です。つまり、昔は今より格差が少ないというデータがありません。

また、地域的なことではイングラントの北東と南東の情報だけで、北西と南西がどうなっているのか分かりません。イングランド以外はまったくわかりません。

また、裕福な家の子(低所得者の家の子)の何パーセントが学校外で音楽活動をしているのかも明示していません。


常識的に考えて、古今東西を通じて、家計に余裕がない限り子供に音楽を習わせたいとは思わないはずです。最近になって格差が広まったというのは眉唾です。

また子供の習い事ですから、親の意向が強く反映します。家計の余裕だけでなく、文化的違いも影響すると思います。たとえばイスラム圏のパキスタンでは芸術的なものへの関心が低いという可能性があります。

ブレイディ氏が問題にしているのは学校外の活動ですが、そこから推測するにおそらく英国の学校でも音楽などの芸術の授業はあるようです。であれば、学校外で音楽活動をしなくても『自分は音楽や演劇、芸術、スポーツには「値しない」人間だと感じるようになる』というのは無理があります。

こういう提言は文化格差の是正のためではなく、職にあぶれた音楽家の雇用対策のようにしかみえません

【朝日新聞】呼び方をかえたって・・・

9月11日の朝日新聞の記事『「不登校」と呼ばないで アイドルら、代わりの呼称募る』

 「在宅就学者」? それとも「スクールフリー」? ネガティブなイメージが持たれがちな「不登校」に代わる新しい言葉を見つけよう、とアイドルグループ「制服向上委員会」が募っている。様々な理由で学校に行かない子どもたちへの社会のまなざしを変えていくのが狙いだ。
(略)
 「不登校」の代替案をさがすことにしたのは、メンバーが不登校になった時、周囲から「不登校」と言われるたびに傷ついた経験などからだ。「『学校に行かない』という選択を、否定しない言葉をつくりたい」と、今年4月から募集を始めた。これまでに「スクールフリー」「在宅就学者」「自休校」など50以上の案が集まった。ほとんどが当事者やその家族からだ。
 寄せられた案は、社会学者の宮台真司さんなどを交えて検討し、10月18日にルネこだいら(東京都小平市美園町)で開くイベント「世の中から“不登校”という名が消える日」で発表する。
 橋本さんは「自分を守るために学校に通っていない当事者にとって、登校することが正しい、という印象がある不登校という言葉は重い。募集をきっかけに、社会の認識にも変化が起きてほしい」と語る。
(略)
  学校に通わない子どもたちを指す言葉は、これまでも変化してきた。
 1990年代初頭までは「登校拒否」や「学校ぎらい」と呼ばれることが多く、文部科学省も97年度までは「学校ぎらい」として調査をまとめていた。
 不登校の子どもや保護者向けに支援情報や経験談などを伝えている「不登校新聞」編集長の石井志昂(しこう)さん(37)は「『不登校』という言葉自体が、誰にでもおこりうるものという認識に変化してきたことでできたもの」と説明する。
 ただ不登校新聞にも昨年8月、当事者から「『不登校』は差別的で、最悪。新語を使いだしたらいい」と訴える意見が掲載されるなど、変化を求める声がある。
 石井さんは「学校に行けなくなって傷つかない人はいない。当事者から望まれるネーミングが求められている」と話した。


登校していないのだから「不登校」という呼称に問題があるとは思えません。言葉の中に、揶揄したり嘲笑したりさげすんだりと負の意味を持つ漢字が使わられていたりしたら、それは止めよう、というのはあり得ます。例えば、「障害者」などです。

しかし、「不登校」そのものに負の意味はありません。学校に行かないという状態に負の意味がこもっているために、「不登校」という言葉に過敏になっているだけです。「不登校」をやめて「在宅就学者」に替えても、しばらくしたら「在宅就学者」はやめてくれ、ということになるだけでしょう。

【朝日新聞】入管、長期化する収容

9月5日朝日新聞朝刊オピニオン欄。インタビュー記事。弁護士・児玉晃一氏の「入管、長期化する収容」を引用します。

 在留資格を失った外国人が入国管理当局の施設で長期間、収容され続けるケースが増えている。明確な期限もないまま、数年間に及ぶ例が珍しくなく、自殺や抗議のハンストも相次ぐ。20年以上前から外国人を支援してきた弁護士の児玉晃一さんは、人権侵害が今、最悪の状況だと言う。この事態、日本社会の何を映すのか。
(略)
 ――国内にある17の施設に、現時点で1200人余りの外国人が収容されています。6カ月以上の長期収容者は昨年末の時点で、681人に上っていました。この20年余りの間で見て、現在の長期収容の状況はどうですか。
 「最悪の状況だと思います。いまや2年や3年の長期収容が珍しくありません。仮放免を何回申請しても認められない。考えられない事態です」
(略)
――日本では「不法滞在」という言葉が使われますね。
 「国際的には通常、『超過滞在』という言葉が使われています。オーバーステイです」
 ――超過滞在をしている人は犯罪者なのでしょうか。
 「日本の法律には刑事罰があります。ただ海外では、行政処分である『強制退去』の対象にはなっても、刑事罰の対象ではない国が多いと聞きます。超過滞在は、人のモノを取るとか人を殺傷するといった行為とは全然違うと私は思います」
 「日本の入管政策の特徴は全件収容主義です。逃亡の恐れがあるかなどに関係なく、不法状態にあるというだけで誰でもつかまえて収容してよい、とする考えです。外国人の人権とは相いれません」
 ――そもそも、超過滞在になる理由とは。
 「母国に帰ると政治的に迫害されるなどの危険を抱えた人が少なくありません。日本で家族や養うべき子どもができたり、地域とのつながりができたりした人もいます。事情は様々です」
(略)
  ――超過滞在の外国人は治安を脅かす要因でしょうか。
 「いえ。彼らの多くは『超過滞在しかしていない』のです。何年も理不尽な収容をされながら耐えている。仮放免を受けたあと日本で何年も生活している人々も同様です。働くなとか県外に出るなという制約を受け、微罪でも犯せば再収容されてしまうという厳しい条件をクリアしながら暮らしている。統計を偽装したり公文書を偽造したりする人より、よほど真面目に生きている人たちです」
(略)
 ――長期収容問題を解決するためには、何が必要ですか。
 「超過滞在の外国人を何らかの形で正規滞在者と認めていく仕組みが必要です。欧州では実際、そうした形で社会に再び受け入れている例もあると聞きます」
(略)



不法滞在者は法律違反をしているわけですが、強盗とか窃盗とかとは性質を異にする、というのは同意します。直接的には治安を脅かすような存在ではありません。そして、不法滞在者であったとしても、人権は守られるべきです。外国の真似をしろというわけではありませんが、諸外国と比べて日本の扱いが悪いというなら改善してしかるべきです。

しかしながら、それらの問題を解決するために、不法滞在者を正規滞在者と認めろ、というのは飛躍しすぎです。また「欧州では・・・例もあると聞きます」って専門家なら、きちんと事実を確認して喋るべきです。


不法滞在になる理由として、
-母国に帰ると政治的に迫害される危険がある
-日本で家族や養うべき子どもができた
-地域とのつながりができた
というものを挙げています。

母国で政治的迫害をされるおそれがあるなら難民申請ができるはずです。認められやすいかどうかは分かりませんが、制度としては整っています。その制度が有名無実化しているというのであれば、具体例を挙げて丁寧に説明すべきです。

日本人と結婚した、というのであれば滞在は可能なはずです。ここでいう「家族ができた」というのは外国人同士の結婚のことでしょうか。そういうのは”理由”にならないように思います。

地域とのつながりができたから不法滞在になった、などというのはまるで説得力のない”理由”です。
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えいび

Author:えいび
日々の出来事、映画やアニメの感想です。

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