【アニメ】小林さんちのメイドラゴン

京都アニメーション制作です。

京都アニメーションの作品なので当然のように視聴していました。

いつもとは違って、力の抜けた絵で勝負してきましたが、これはこれで味がありました。仕草や表情の描写がいつも通りの素晴らしさです。

特に、幼女の可愛さは突き抜けたものがあります。こういうことを書くと、アニメファンが誤解されますが、本当にそう思っているのですから仕方ありません。

コメディーとシリアスのバランスも取れていました。この制作会社の過去の作品に後半シリアスに振れすぎておかしな具合になったものもありましたが、この作品では成功しています。

二期があれば観たいです。

【朝日新聞】世襲議員について

4月15日朝日新聞朝刊のオピニオン欄。内山融・東京大学教授の「《なぜ》「3バン」強み、若くして当選」より

 衆議院における世襲議員の割合は、2割前後で推移しており、自民党だけみるともっと高くなります。外国も世襲議員はいますが、たとえば英国下院は1割ほどで、米国はもっと低いようです。国際的にみても、日本は世襲が多い国といえます。海外の学者に「日本は(権力が世襲される)封建国家か」と驚かれたこともあります。
(略)


「世襲議員」が多いと言っても、実際のところ世襲ではありません。親が政治家で息子(娘)も政治家をやっているというだけです。選挙に当選しなければ政治家にはなれないのですから、厳密な意味での世襲とは違います。

海外の識者の声に耳を傾けるのは大切かもしれませんが、鵜呑みにするのではなく、疑いをもって多面的に考えるべきです。

内山氏は英国と米国とを比べていますが、英国との比較はなぜか下院だけです(米国は上院を含めて言っているのかどうか不明です)。

英国の上院は貴族院ですので、世襲の(しかも厳密な意味での世襲)割合はかなり高いと予想できます。

上下院を合算すれば、日本より「世襲」率が高いと推測できます。

海外の学者に「日本は(権力が世襲される)封建国家か」と驚かれて、恐れ入っている方が私には驚きです。

女性議員の割合の国際比較も同じです。何故だか下院だけで比較しています。上院(参議院/貴族院)を含めると、どこかの国の都合が悪いからなのでしょうか?

【映画】パッセンジャー

主演:クリス・ブラッド & ジェニファー・ローレンス

20XX年―――新たなる居留地を目指し、5000人を乗せた豪華宇宙船アヴァロン号が地球を後にした。
目的地の惑星到着までの120年間、冬眠装置で眠る乗客の中で、なぜか2人の男女だけが目覚めてしまった。90年も早く―――。
エンジニアのジムと作家のオーロラは、絶望的状況の中でお互いを求め合い、愛し合い、なんとか生きる術を見つけようとするが、予期せぬ出来事が2人の運命を狂わせていく―――。


主人公ジムに突きつけられた二者択一の選択は、SFでなければあり得ない状況設定で惹き付けられました。宇宙船の内部も外部も凝った映像で圧倒されます。原作は小説なのかとも思いましたが、特に説明もないので、オリジナルらしいです。

しかし素晴らしいのは前半までです。後半はグダグダ。いかにもアメリカ映画的な展開で、後半の筋はすべて予測の範囲内でした。

はじめに出されたアイデアは素晴らしいのですが、複数ライターが集まる会議でありきたりの展開だけが採用されてしまったように見えます。

前半と後半の落差に唖然です。

【アニメ】昭和元禄落語心中 助六再び篇

「昭和元禄落語心中」の二期です。一期は観ていました。原作は未読です。

間が空いたせいなのか、一期を観たほどの感動が薄まった気がします。

話が“現在”に移ったことで、主要登場人物の交代がありました。これらのキャラクターにもうひとつ馴染めないというのもあります。特に重要な役回りである小夏(二代目助六の娘)のひととなりがまるで駄目です。“人間それじゃいかんでしょ”と言いたくなります。

単に駄目な人間というならそれでも構いません。駄目な人間というのは世の中にいっぱいいるのですから、物語の中できちんと位置づけされていれば問題ありません。しかし、それを超えて、性格付けとして不自然に見えるのは致命的です。

一期が面白かっただけに残念です。

【朝日新聞】投書欄「どう思いますか」:“読書はしないといけないの?”

4月5日と4月12日の朝日新聞朝刊の投書欄。毎週掲載の、投書に対する反響の投書を載せる「どう思いますか」のコーナー。二週連続して同じテーマで、“読書はしないといけないの?”です。

元になった投稿は、東京都の大学生(21)の投書です。

「大学生の読書時間「0分」が5割に」、という記事に、懸念や疑問の声が上がっている。もちろん、読書をする理由として、教養をつけ、新しい価値観に触れるためというのはあり得るだろう。しかし、本を読まないのは良くないと言えるのか。
私は、高校生の時まで読書は全くしなかった。それで特に困ったことはない。強いて言うなら文字を追うスピードが遅く、大学受験で苦労したぐらいだ。
大学では教育学部ということもあり、教育や社会一般に関する書籍を広く読むようになった。だが、読書が生きる上で糧になると感じたことはない。役に立つかもしれないが、読まなくても問題ないのではないか。読書よりもアルバイトや大学の勉強の方が必要と感じられる。
読書は楽器やスポーツと同じように趣味の範囲であり、読んでも読まなくても構わないのではないか。なぜ問題視されるのか。もし、読書をしなければいけない確固たる理由があるなら教えて頂きたい。


二週間にわたり、八人からの反応と、二人の識者の意見が載りましたが、「読書をしなければいけない確固たる理由」を示したものはありませんでした。また、4月12日の反応には、ネットと紙の本の対立、という観点からの反応が目立ちました。

私なりに回答してみます。

まず「読書」の種類ですが、教養(直接必要ではないが身につけておくのが喜ばしいとされる知識)のためのものと、よりよく生きるのに直接必要な知識を得るものと、に分類します。

文学作品を読むことはは前者にあたります。教育学部に在籍する投書子の「教育や社会一般に関する書籍」は後者です。むろん、文学部の学生だったら、文学作品を読むことは前者にあたりますので、この区分けは誰にでもあてはまる絶対的なものではありません。

前者の読書は必要ではありません。読みたくなければ読まないでいっこうにかまいません。一昔前なら「必読書」というものがあって、同じ階級の人間だったら誰でも読んでいなければならない本というのがあったらしいですが、現在ではそういう「必読書」は崩壊したように見えます。

後者は当然ながら必要です。例えば、システムエンジニアだったらマニュアルが読めなければ話になりません。

問題なのは、若い時に前者の読書をしていないと、後者の読書がしづらいのではないかということです。面白くない文学作品を強要されるのは苦痛ですが、楽しくて読んでいる分には、楽しいさだけでなく、言葉や言い回しを覚え、長時間の読書への耐性がつきます。中高生の間に後者の読書というのは考えにくいので、前者の読書で楽しみながら読書習慣を身につけるのはよいことだと思います。

ただ、投書子の文章は、高校生まで読書習慣がなかったのに、非常にしっかりしたものです。この投書を読むと、必ずしも読書習慣が必要とは言い切れなくなりました。
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えいび

Author:えいび
日々の出来事、映画やアニメの感想です。

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